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天の声
2003年09月30日(火)
晴天が続きますね。 爽やかな秋晴れ。 本当に空が高くて清清しい。 夜なのに、群青色の空に白い雲が綺麗に見えます。よほど澄んでいるのでしょうね。 虫の声が少しだけ大人しくなりつつあって、一雨ごとに気温が下がり、だんだん秋が終わってゆくのでしょうか。 ・・・ちょっと肌寒い。
お部屋の方、リニュします、などと大見得を切ったものの、なかなか進行しません。^^; 何だろう、やり始めると異常に頭が痛くなったり目が痛くなったりしています。 何か拒否反応みたい(笑)
なんていうのは冗談ですが、先日のダイアリーを読まれた方から、
前進のためには基地が必要。 ここが基地です。 しっかりとした基地です。 このこと、どうかお忘れなきよう 笑
とのメッセージをいただきました。 天からの暗示のようなお言葉に、う〜ん。と唸ってしまいました。 色々考えすぎのきらいもありますが、どうにもなかなか進まなかったところへ、ちょっとヒントをいただいたような気持ち。 で、転載させていただきました。 あ、”笑”というのも含みます。(笑)
枝葉が伸びるのは望ましいことでしょう。ブツブツと切ってしまっては勿体ない。
で、まだまだ思案中。
ところで、ミラーサイトの方と行き来して気がついたのですが、同じつくりなのにあちらの方が軽いんですね。 あ、ダイアリーは同じものを引いているので、分かりにくいか・・・(笑)
もともとの momomoon の部屋はさすらいタウンというコミニュティーです。で、ミラーの方は、moon というコミニュティーです。 どうも moon の方がスパっと部屋が開くのですね。しかもさすらいの方、何故かエラーが出ることがある。(画面の左下にマークが)それが、また何であるのか気になって気になって、何かこう大雑把なクセにそういうことが気になって、色々調べてみたのですが、両者どこといって変わりがない。 するってぇと何かい、おまいさん。さすらいの方が問題ありってのかい? というわけで、何となくさすらいタウン、ちょっと調子が悪くないですか? 例えばログインしようとするとなかなか入れなかったり、ページの特にcgi を使った部分(日記、掲示板、趣味の部屋のものなど)がとても重たいですね。
さすらいは、今まで一度もサーバーの方に問題がなくて気に入っていたのですが、最近どうも時間帯では重たくて、どうにもやる気が失せてしまったりということが続いていたのもそのせいだったのかな?なんて思ったりしています。
あ〜、なんでこんなこと書いているんだか(笑)
心境
2003年09月27日(土)
先週はそれまでとはまるで別世界のように気温が下がり、少しぐらいのこととあなどっていたらすっかり風邪を引いてしまった。連日の真夏日に少々うんざりしながら、薄着のままでいたのがいけなかったらしい。ようやく何とか回復して、本調子に戻ったところ。
部屋は勿論留守がちになり、本を読んで過ごす時間が長かったように思う。しばらくして、体調が良くなってから、部屋の方の、以前から書いているファイルの引越しやら何やらを、少しはいじってみたのだが、やっているうちに何かとても大きな違いを感じ初めた。
それが、何なのか漠然としたまま、皆さまの所へお邪魔して、更新されたものを拝見させていただいたりするうちに、知らず知らずのうちに、この部屋というものをとても距離を置いて眺めていたようだ。
私はこの部屋を始めて2年とほぼ半年になるが、このところ、一体この部屋で何をしたいのか?ということが分からなくなっていた。そもそも初めから大それた目的などなかったが、初めのうちはただただ面白くて色々なことを試してみたりした。大胆なことに画像BBSで描いた絵をアップしてみたこともある。
確かに、そういったこととの出会いもあったし、それはそれで楽しいものではあったが、部屋のコンテンツとして続けて行くというのとは何かが違う。それは多分ただの気まぐれだったのだと今になって分かってきた。
私は物を読むのが好きだし、書いてみればそれも楽しい。必ずお邪魔するのは、日記なり、エッセイなり本や映画の感想なり、何かを書かれているお部屋で、要するに文章でその部屋の方が何をして、何をどう感じてどう思ったかを知ることが好きなのだ。ただ、そういう方のお部屋へは、なかなか書き込みをしないので、表向きには分かりにくいことだとは思う。
この2年と少しの間には、私の行きつけのお部屋の管理人さんたちにも思うことは色々おありのようで、好意的に思っているがお名前を書いてよいかどうか悩むところなので伏せさせていただくが、ミステリー好きなある方は、このコミニュティーの人との関係には思うような出会いを見出すことが出来ずに、他の場所で今はとても充実したお部屋作りをされている。
日記や小説などを書かれていらっしゃる方のお部屋に更新された日記には、まるで私の思っていたようなことを書いて下さったのじゃないかと思えるようなものがあった。 お部屋を休んでしまわれるのかと心配したのだが、岐路に立っているわけではないとも書いていらしたし、その後も更新をされているので安心している。
部屋の更新は勿論、私生活での出来事も影響があるし、これが職業ではないから、あくまでも余暇にしか出来ない。 そんな中で、私はもうあまり今までのように新しいことをやってみるのじゃなく、自分の中にあるものを、文字で少しずつ出して行こうと思っている。
私は、更新頻度が多かろうが少なかろうが、人の思いに触れたいだけで、掲示板でのゲームのようなものには興味がないし、他人の投稿で成り立つものをその人の部屋と感じることもない。カウント数をあげようと思えばいくらでも上げることの出来るこのコミュニティーで、カウンターの数字などにこだわる気もさらさらない。何かその方の得意な物を作って更新されたのなら、それはそれで喜んで見させていただく。
インターネットとは、普段触れ合うことの出来ない人との出会いの場所である。 そんな中で、少しでも考えを持ち寄り(配信)、別の考えを持つとしても、それを分かち合うことが出来れば嬉しいことだと思っている。
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この部屋はほとんどリニューアルされる予定です。 今ある状態は、時間と相談しながら変えて行くつもりでおりますので、トップページにも書きましたが、しばらくはミラーサイトの方へいらしていただけたらと思います。 月や天体に関してのものは、この場に戻ることはないと思います。 ミラーサイトは1年以上前からずっとあった場所なんですが、誰にも気付かれなかったみたいです。(笑)
落ち着かない状態で申し訳ありません。 転機といった感じでしょうか。ご理解いただけたけたら大変に嬉しく思います。
で、明日は月末の日曜で、例によってお仕事どぇす。(泣)(笑)
あっ!そうそう! 誰にも気付かれなかったものがもう1つあります。(正確には、気がついた方はたったの2人。)私の顔写真、しかも正面を向いたアップが、もう2年近くこの部屋のどこかにあるんですが。(笑)
近々、今月のものでも追加してみようかなと思ったりしています。 セクシーショットじゃないよ。(爆笑)
ちょっと寒い
2003年09月20日(土)
ちょっとどころか暑さに慣れた体には、かなり寒くなってしまいましたね。うっかりすると風邪を引きそうです。
いきなりですが、今夜のおかずは何ですか?(笑) 私、お昼過ぎにスーパーへ買出しに行ったんですが、食料品売り場は他に比べて寒いでしょ。で、見て歩いているうちにだんだん暖かいものが食べたくなりまして・・・「う〜ん、鍋物だなぁ〜」みたいな。 で、ちょっと奮発してスキヤキにしようと思ったわけです。 皆さまの所ではスキヤキってどんな物を入れますか? 私は取りあえず、お肉と白菜、春菊、筍、しらたき(糸こんにゃくのこと)、しいたけ、長ねぎに焼きどうふ、とこんな感じなんですが。 最後の焼き豆腐だけがないんです。お昼の2時にもう売り切れ。 う〜ん、みんな同じような事を考えているのかな〜と思いまして、でもやはり、スキヤキには焼き豆腐がないと! というワケで、帰る道々にある八百屋さんへ立ち寄ったんですが、ココにもない! ええ?!というワケで、商店街にあるスーパーへ行こうとしたら、今日は氏神さまのお祭りでお神輿が通るそうで通行止め。 またまた仕方がないので、ちょっと戻って隣町の商店街まで行ってみたら・・・駅の近くにあるスーパーは何故か閉店。日曜日に閉店というのはどうもお店がダメらしい。(近くにイトーヨーカ堂が出来てあまり芳しくない?) トホホな気分で、もう1つ通りに面したスーパーへ行くと・・・、あったはずのスーパーがない!あらら、ここも?・・・。
で!もう本当に仕方がないので、通行止めの道を大きく迂回して、駅の近くのスーパーへ行って見れば、やっぱりないのが焼き豆腐。 たった一丁のお豆腐のために30分もドライブしてしまったというお話。お天気というのは、食べ物に顕著に影響しますね。
・・・私が食べるはずの焼き豆腐、今夜は誰が食べているのやら。
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部屋つくりの方がなかなかはかどりません。 こう気温が低くなると、トップページの画像も、for season のファイルも何だか寒々しくて申し訳もございません。 つい一昨日まで、シャワーで良かったのに今夜はお風呂に入りたい気分なんですから、あの画像ではもう季節を大きくはずれていることは間違いないんですが、それをいじる間が惜しい。 何とか今月中には形にしたいと思っているのに、(コツコツやってはいるのですが)もうしばらくこのままで、お許しくださいねん(はぁと)
(今、宮尾登美子の小説を読み出していて、そちらの方が気になるんです)
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でお豆腐はどうしたかって? しょうがないから、もめんのお豆腐を買いました。これをバーナーで焼いて食べます。(嘘ぴょん♪)
ちょっと涼しく
2003年09月19日(金)
怒涛のような一週間がやっと終わってやっとお休み。 来週は火曜日が休日だから、何だか少し気が楽です。 今日はとても涼しくなりましたね。 やっと暑さから開放されたのでしょうか?
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ところで、携帯への迷惑メール。 私の携帯はドコモのもので、以前は届いたメールは全て開封しないと削除出来ないものだったので、この迷惑メールが日に何通も届くと本当に迷惑したものだ。 その頃はそういったことが社会問題にもなり始めていたので、ドコモからもメールアドレスは出来るだけ複雑なものに変えるようにとお達しがあり、私のものも以前のシンプルなものに比べると非常にややこしいアドレスになっている。しかし、それ以降迷惑メールは来なくなったので、精神衛生上非常にスッキリと過ごしていた。
余談だが、私の友人なども同じ頃一斉にアドレスを変えたので、一時は毎日誰かのメールアドレスを書き換えていた。 こんなの→onakaippai_mo_nemuixxx@docomo とか、watasi_wa_tottemo_kawaikochanxxx@docomo(爆)
新しい機種に変更してからは、迷惑メールに対しての機能も増えたし、アドレス自体が複雑なので一度もこの手のものは届いたことがなかったのに・・・。 なんとなんと!先週は、驚いたことにショートメールからお出ましになった。 (ショートメールなんて使ったこともないので、使い方も分からないのにね。) 送信元は不明、ただ必要なことだけ書かれているのだが・・・。 その件名の刺激的なことと言ったら! なんていうか、そりゃぁもう刺激的! 言葉だけですでにもう、くんずほぐれつしている。
私は勿論、すぐに削除してしまい、アクセスする気にもならないが、あのような物が広く子供たちの携帯電話にも届いていると思うととっても複雑な気持ちになる。
子供というのは好奇心が旺盛で、こんな風に禁断の味のしそうな秘密めいた、いかがわし気でうしろめたい言葉の羅列には、冒険心がチョット刺激されてもおかしくないだろう。 チョットどころか沢山かも。 私が子供なら、ちょっと覗いてみたいだろうし、というよりコッソリ覗いてみただろう。 そういうものが、何もしなくても向こうから飛び込んで来るのだから、今の子供たちはある意味とても不幸だと思う。 大人の私は軽蔑していればそれで済むが、今の子供たちはどうだろう。 こういったものは入り口で、そこから援助交際を始める子もいるし、大きな事件に発展することもある。
大人はその分別で、或いは趣味と人生観で何をしようと勝手だが、子供の手の届く場所にこのようなものが氾濫しているというのが恐ろしい。送っているのが大人たちなのだと思うとそれもまた情けない。
せっかくの休日にこんな話を書いたのは、最近小中高生の失踪事件が次々と起こり、心を痛めていたからなのだ。 イタチごっごじゃない取り締まり方というのはないものなのだろうか。
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みなさま、良い週末を♪
まだ秋じゃない
2003年09月18日(木)
「私はね、この秋にはもう生きていないよ」 友人の母上で今年72歳になるFさんは、夏の前にそう言った。 看護婦の彼女は、3年前に食道癌の手術をしてからも、その年齢や病気の重さからは考えられないほどの驚異的な精神力で、週に一度だけ仕事に出るまでに回復し、職場復帰を果たしてこの春先まで現役で仕事をしていた。 手術の後、何度かの辛い抗癌治療にも耐え、人前に出る頃にはとても病気をした人とは思えないほど元気になり、健康には重々注意しながら頑張っておられた。
彼女は、物事がはっきりしていておよそ中途半場の嫌いな人であった。そのせいで、あちこちで衝突も多かったが、表と裏のない性格は無邪気とも言えるほどの人なので、何故かそれは彼女らしいことと周囲には暗黙の了解があり、大きな確執もなく通ってしまうことが多かった。 口をきくといつも歯切れのいいチャキチャキの江戸っ子弁で、少しでも腑に落ちないことがあると、誰彼構わず啖呵を切る。まるで竹を割ったような、「てやんでぇ、すっとこどっこい」の人であった。
抗癌剤投与の治療の時には、ひどい副作用に苦しみ、 「Fさん一緒に頑張りましょうね」という看護婦さんに 「『頑張るのはあたしだよ、あんたじゃないよ!』って言ってやったのよ。なーにが、一緒に頑張りましょうだよね。痛みなんか分からないくせに、最近の看護婦はさ」と言って首をすくめてクククと笑っていた。
春が来て、定期健診の結果今までにない項目の数値が少しだけ上がり、それは他の病院ではなかなか気が付かないような子細な項目ではあったが、医師や何より彼女自身がとてつもなく不安にかられたようであった。
シフラ・・・この項目を私の友人である彼女の娘がインターネットで調べても詳しいことは分からないが、新潟医大で一件だけその件に対するデータが見つかったと言う。 「娘に調べてもらったけど、分からないのよね。新潟医大での話は肺癌のことなんだけどさ、食道癌からのデータがないんだわ」 「でも、多分転移してる。若い人ならもっと早く病状が現われるんだけどさ、私なんかもう年だからさ、でも何がどこでどうなってるのかそれが知りたいのよ。はっきり分からないのが嫌よ」
放射線治療の後は、食事がほとんど摂れなくなり、栄養失調と脱水症状を起こしていたので、ほとんどの水分や栄養は点滴からという状態で、体重は27キロになってしまったと言っていた。それでも言葉だけ聞いていると元気も元気、声だって少しも変わりなく威勢のいい江戸っ子弁は健在であった。彼女は他人に弱みをみせることはなく、実際に娘にすら、辛いとか苦しいとか泣き言を言わず、代わりに喧嘩を売っていた。
「私はね、もう今までに沢山の人の死ぬのに立ち会って来た。そうして何百人って死んだ人の体も拭いて来たのよ。だから、死ぬってことは少しも怖くない。日常的なことだったからね。だけどね。痛いのは嫌。何があっても痛いのは嫌よ。それだけは絶対に嫌。だからドクターにもあんまりいじくり回さないでと言ってあるんだ。」
夏の前に会いに行った時に、誰もいない家の中で彼女は私にそう言った。 それまで、週に一度か二週に一度、彼女を訪ねて少しだけ話しが出来ることがあったが、その時はそれまでになく自分の病気のことを語った。 プロ。・・・聞いている私よりそのことに詳しく、私の知らないような事を噛んで含めるように説明する彼女を何か不思議な気持ちで私は見ていた。
その後、彼女は栄養の状態も含めて自宅では過ごせなくなり、入院をするがしばらくしてホスピスへと転院する。友人はほぼ毎日のようにメールで様子を知らせてくれていて、一度は退院する話になったが、肺炎を起こしてしまったので先送りになってしまったと聞き、退院出来るようなら少し様子を見てお見舞いに行こうと思っていた。
ホスピスは治療をする場所ではなくて、出来るだけ苦痛を遠ざけ、心穏やかに過ごす場所である。友人からのメールで、彼女に投与されるモルヒネや麻酔の量が増えていることが分かった。 痛みは知覚ではなく、感情だという。看護婦として長く働き、痛みに苦しむ患者を多く見送っていれば、たとえ死ぬことは恐れなくても痛みに対する恐怖はあっただろう。この病気に限って言えば、そこまでの痛みに耐えて元気になりました、という話は聞かない。その痛みは後々語れることとしては誰も味わうことはないわけで、それは想像を絶するものだろうと思う。 正気でいれば耐えられるものではない痛みのために、薬の量を増やしているのだろう。どれほど彼女が気丈に頑張っても、それはもう彼女の力ではどうにもならなかったのだろうと思う。
先週は忙しくて時間が取れなかったので、今週中には友人と一緒に訪ねて行こうと思っていたのに、そしてそれほど差し迫った様子はなかったのに、一昨日の午後、突然のように彼女は亡くなってしまった。
あまりにも活きの良い人は亡くなってもそれを信じさせないものがある。 私は、Fさんがホスピスに入ってから、一度も会いに行かなかったことに悔いが残ったが、反面どこかで信じられないような気持ちがあった。 通夜の席で、読経と焼香の匂いの中で彼女の遺影に会っても何故かそれはただの形のようでしかなくて、今日の告別式で彼女の顔を見て花を手向けても 「あたしさ、こうやってるけどさ、ホントはさ、・・・ククク」と笑っているような気がしてならない。
沢山の苦しみから解放されて、心穏やかに静かに眠るようなFさんの顔を見ながら 「なにさ、今頃来たって遅いんだよ!」とあの歯切れのいいチャキチャキの江戸っ子弁でもう一度言ってもらえたら、と思った。
世界柔道
2003年09月14日(日)
みなさんご存知のことと思うが、今夜は男子60�禅蕁¬戯絞無蕁⊇�子48�禅蕕般戯絞無蕕了邱腓�あった。 期待をしていたのは、勿論柔ちゃんこと大会6連覇を目指す田村亮子選手。
本当に強かった! 準決勝までの試合が全て1本勝ちで、その強さを嫌というほど見せてもらった。特に準決勝の試合は素晴らしかった。それまでも優勢で進んでいたが、残り僅か2秒の所での目にも鮮やかな1本。あのまま技をかけずに時間を過ごしても勝っていたはずなのだが、残りたった数秒まで勝負をかける姿が素晴らしかった。
柔ちゃんといえば15歳で優勝してから28歳の今日まで、この大会で実に12年間に渡って王者の座を守り抜き、ついに今夜前人未到の6連覇を制したのである。今までに手にしたタイトルは、世界選手権4回、五輪では2回の銀メダルと2回の金メダル。いつの頃からか勝つことが当たり前となり、彼女にかかるプレッシャーは計り知れないものがある。 試合以外での彼女の顔は、とても勝負をする人とは思えないほど穏やかで、常に目を三日月目にした笑顔であるのに、一度畳の上に立つとその表情はきりりと厳しい勝負師の顔になる。 今夜は初めからその表情もとりわけ厳しく、いかにこの大会にかけていたのかが推し量れるようであった。
彼女は一番重要なのは戦術だといい、体を33%、技術を33%、頭を33%ではなくて、3つの要素をそれぞれ110%使うのでなければダメだともいう。この110%という言葉の全てがあの残り僅か2秒の勝負を生むのだと心から納得させられた。
余談だが、同じく期待していた男子60�禅蕕量鄲蔀藕�選手の場合、同じように優勢のまま試合が進んだのに、残り僅か数秒で逆に1本取られてしまった。あれは油断だったろう。天国と地獄の狭間にある少しの油断がそれまでの経過時間をもみ消して勝ちを逃してしまうのだ。 彼はその後、敗者復活戦で蘇り3位の入賞となるが、あんなに強い選手なのに、絶対に勝てたはずなのにと思うと惜しくて泣きたくなる。次の瞬間に何が起こるか分からない勝負の世界に絶対はない。同じように彼が110%の力で挑んでいたら、と思わずにはいられない。 その部分の冷静さが結果の違いとなるのじゃないだろうか。
さて田村選手の決勝戦は、もう心臓がバクバクの状態で見させていただく。(もう何だかいただくという心境になっていた)どうしても決勝戦というと、あのアトランタの時の決勝で北朝鮮に負けた時のことが脳裏をよぎり、何故かちょっとだけ不安になってしまうのだ。次のシドニーでは勝ったのにである。さすがにこの決勝は、有効を取ったあとに有効を取られヒヤリとさせられる。私の心臓は口から1mほど飛び出しそうになる。そして、技ありを取ってちょっと立ち直り(私が)さすがに1本とはいかなかったが、時間切れで亮子選手の勝ちとなる。
私は田村選手が大好きである。彼女の試合はいつも勝ちに行く。勝負する人の当たり前の姿をこれほど純粋に見せてくれる人を他では見ないし、普段はにんまり三日月目なのに、勝った時だけにほんの数秒だけ見せる、あの負けん気の強い勝負師の顔を見るのが大好きだ。
彼女はまだまだ戦うという。来年のアテネはもとより、08年の北京五輪まで現役を続けるという。15歳で初優勝をしてから13年、今28歳の彼女が6年後のオリンピックと言えば34歳。一体どんな人になっているのか。彼女なら誰も見た事のない夢を更に更に見させてくれるような気がする。常に110%の力で勝負に臨み続ける彼女をとても尊敬する。
(彼女はライセンスを持っていて、いずれパリ−ダガール・ラリーにも出るという。そうなったらそっちも応援したいと思う。)
柔ちゃん、本当におめでとうございます。そしてありがとう。 興奮のあまり、柔ちゃんになったり田村選手になったりしていますが。
感動の momomoon より
早寝の快感
2003年09月13日(土)
今日は日曜日なのに曜日の感覚がなくて、何となく平日のような気がしてます。
先週は少しばかりハードな週で、おまけに遅く来た夏の暑さも手伝って疲れ気味の日々。 「アンタって何てタイミングの悪い男なのよ」って言いたくなりません?この夏。 まぁ、好きだから惚れた弱みで許しちゃうんだけど。(笑)
部屋の更新は余暇にしか出来ないから、このところちょっとお留守気味。 で、何をしていたのかというと、毎晩早寝にいそしんでおりました。 う〜んと、そうですね、夜11時ごろにはベッドに入っていたかも知れない。それから赤ちゃんで言えばおしゃぶりの役目を果たす行為をして(本読むことね・爆)瞼がくっつく時が来たらそのまま眠る・・・。とすると12時前には眠りに入っていたのだと思う。 するとどうだろう?こうして毎日たっぷり睡眠をとると、翌日のスッキリさ加減といったら素晴らしい!(笑)朝から頭も体も軽くて爽やか。
ネットという場所には魔物がいて、ほんの少しのつもりで立ち上げてもついついフラフラと読み歩いてしまったり、ちょこっと部屋などいじり始めれば時間などアッと言う間に経ってしまう。あ〜またこんな時間になってしまったということが続く。いわゆるハマルというやつ。(そう、魔物が私をハメるのね。)
どうもそのせいで万年寝不足状態のようになっていたらしい。 久しぶりに日々たっぷり眠ってみれば、それはそれは気分爽快。 頭の後ろに霞もかかっていないし(何それ)肩もこらずに足取りも軽い。 あ〜、更新してないな〜とか、訪問してないな〜とか思っていても、次第に『それがどうした』の気分になってくる。
世の中にはインターネットをしない人が沢山いて、そういう人にとってこの世界はない世界。 この中で何が起きようと、まったくもってない世界。 そこで、ごちゃごちゃ、あれがどうしたこれがどうしたと、考えてみれば喧しく書くこともないなどと思えたり。
心身ともに健康な状態は、凄まじく気持ちの良いものですね。(今更)
部屋の模様替えも途中だし、ファイルの位置関係がスパゲティのように絡んで、細切れの時間ではどうにも編集しきれなくなっていたのもあるのだけど。 また少しずつ頑張ってみるかな。なんて思ったり思わなかったり。 いつもいつも、相変わらず勝手な私でございます。
さて、本当に良いお天気。皆さまよい休日を(はぁと)
それがどうした (アッテンボロー)
今夜の満月
2003年09月10日(水)
昨日に続いて晴天の夜空に白くまんまるな月がぷっかりと浮かぶ。 月があまりにも明るいので、近くで火星もよく見えるような・・・。 実際のお互いの距離は、こちらから見えるほどに近くはないのに、月があまりにも明るいので、火星が月明かりに照らし出されたようにことさらに輝いて見える。2つの星がすぐ近くにいることがまるで当たり前ようで、何かのドラマが生まれそうである。
月と太陽、この2つの関係もそれぞれの位置を少しでも違えれば、月は全く見えないかあるいはほんの少ししか見えないか、月の形が日々変化して見えることもなかったかも知れない。 それが、お互いが奇跡的な位置関係にあることで、月の満ち欠けを眺めることが出来るし、月の見えない時を知る。偶然は必然であったかのような錯覚を覚える。 万物はこのようにして偶然に生まれ、それぞれのあるべき姿でそこにいる。 今、何万年のうちの一度、こうして月のすぐ近くに火星が見えることも全ては偶然の出来事で、月や火星が意図したことではない。 人の力で到底創り出すことの出来ない現象を見る度に、天神地祇を感じる。 天地創造の匠に感謝したくなる。
あるがままの姿で、あるべき形でそこにいることが、ほんの偶然のお互いの座標が、何かを生み出すことがある。どちらかを輝かせたり曇らせたり。 それは人と人との関わりにも似て、今ここにいる私と貴方や貴方の周囲の誰彼と、同じことなのではないだろうか。 私は誰かによって輝いているかも知れないし、誰かが私によって輝いているかも知れない。 宇宙を眺めて、周囲を眺めて、ただそれぞれの存在そのものに感謝することが出来るのじゃないだろうか。 言葉はいらないし、理屈もいらない。ただ生み出されてここにいることに感謝する。
わても陽気なオバタリアン?
2003年09月08日(月)
オバタリアンという言葉が流行った頃、TVで『わてら陽気なオバタリアン』という番組を見たことがある。 これはオバタリアンとはこんな時にこんなことをしている、というような出来事を再現フィルムに構成して見せる番組で、何てことはないのだがオバさんの生態(?)をこまかく見せてくれていた。
オバタリアンに扮するのは、俳優の故 大泉滉氏の奥さまで、大体この大泉滉という人が畑いじりが大好きで、普段はいつも麦藁帽子に作業着、足には黒いゴム長を履き、住んでいる家も豪邸には程遠い。奥様もまた芸能人の妻というより全く飾り気のないそこらのオバさんで、夫婦揃ってどこを切っても金太郎飴のように庶民中の庶民といった感じ。大泉さんは独特な存在感があり、とても好きな俳優さんであった。
で、 ある月曜日、オバタリアンの家は朝からもう大変。 何が大変かというと、前日の日曜日に普段はいない亭主やガキどもが飲み食い汚してやりたい放題。オバはんいくら片しても追いつかない。 『あ〜あ、しょうがないわねぇ〜。まったくもういやんなっちゃう。・・・、もういいわ。明日みんながいなくなったらゆっくりやりましょう』と開き直って迎えた朝は、奴らが狼藉の限りを尽くし、タテのものは全てヨコに、開けたものは開けっ放し、汚れたものは汚れッぱ、洗い物の溜まった台所や、洗濯機・・・etc・・・ etc。 散らかし放題のどよどよの家の中をカメラはナメる。 『さぁ、どこから始めようかしら?』 ぐるっと見渡すオバタリアン。やおら座って 『その前に、ちょっとお茶でも飲みましょう』(ヲイ、そこで座って茶ぁ飲むのか!) 表情1つ変えることもなく、静かに馥郁と香る(かどうか)お茶などたしなむオバタリアン。
これ、ホント笑ったんです。受けた受けた、何故か私のツボに嵌ってすげぇおかしかったのよ。 あ〜あ、オバハンになってもあんなになりたくないなぁ〜と思いつつ、遠い他人事を笑って過ごしていたのであるよ。
ところが最近、フと我と我が身を振り返ると・・・これに近いような時がある。 私は子供の頃は、非常にチョコマカした子供で、1つところにじっとしていることはあまりなくて、いつもいつも動いていた。(何かをしていた) それは大人になってもかなりの間そうであったと思う。空間移動のようなものは苦ではなかったし体が付いて行ったから、どこにいても時間と体の動きは必ず1足す1は2、というように計算が出来ていた。 つまり、何かをするのに必要な時間を割り出して、その全てが目論んだ通りになっていたのである。物事ははかどったし、遣り残しとかやりっ放しというようなことはなくて、むしろせいせいしていたものなのだ。 それが、この頃はどうかというと、何故か1足す1が2にならない。 運動の内容が1なのに、1足す1が3になったり4になったり、その伝で行くと一日の時間は絶対に足りなくて、思ったことは全て終わらず翌日以降に持ち越しになってしまう。 習慣的になっていることなら、むしろ若い時より慣れている分手早くなっているはずなのに、どういうわけだかこなせない。
だから最近は、1足す1と考える前に、足すか足さないかなどと考えてしまうことすらあるのである。 何故か・・・、よくよく考えてみると、1つの行動から次の行動に移る間が長くなっていて、つまり休んでいる時間が延びている。 これは要するに、あのオバタリアンと同じ状態ではないか。 他人事だと思って笑っていたのに、年長者を笑うものではない、明日は我が身なのだから。
とまぁ、こんなことを考えて、子供の頃と大人になってからとでは同じ時間でも時間の観念が違うなぁ〜と思っていたら、前回のダイアリーのような事柄を思い出したというお粗末。
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今週は少しハードな週です。 従って、部屋の手直しがはかどらない予定です。 ファイルいじりばかりしていたら目が疲れるし、以前部屋を作り直した時と同じことをしているのも虚しいし。 予定では、プリズンホテルはこの秋には Open だったはずなのですが、それも流れそうですし。(涙) この機会に少しリニュってみようかななどと考え始めたら、またまたワケわかんなくなっちゃうじゃないのよね〜。 ややこしいことが起きている上に、ややこしいことを考えてしまうから、ますます遅くなりそうですが、同じやり直しを2回するなんてツマンナイですし。 もう、こうなったら長期戦の構えで行きます。 だってさ、オバタリアンなんだもん♪(笑)
まっくら
2003年09月06日(土)
子供の頃、母は厚紙でかるた様のカードを作り、朝食を摂る私に見せてひらがなを憶えさせた。幼稚園に通う私は、パンを片手に母が差し出すカードの文字を読むのであった。 ある時からそれはカタカナに変わり、数字に変わった。数字を1から100まで読むのであった。 そしてそれを憶えると、今度はまた厚紙で文字盤と長針、短針のついた時計を作り、針をクルクル動かして時間を聞いた。 時計を読むのはとても難しかった。数字の1は短い針が指すと1と読めるが長い針だと10になる。3は3だが15だし、6は6だが30になる。それがなかなか憶えられずに、15分を3分と言ったり、45分を9分と言ったりした。 それはゲームのようだがそうでもなくて、すらすらと読めた時には楽しかったが、時計が上手く読めないと時々母は怖くなった。
一体何の話かというと、今日、人が一日に平均8時間ぐらい寝ると言うことを初めて知った時に驚愕したことを思い出して、それは一体いつのことだったかとつらつら考えているうちに思い出したことなのだ。
私が初めて自分がどのくらい眠るのかを知ったのはだから、時計の読み方を教わった時である。 母が作った時計は上質なおもちゃのようで楽しくて、初めはクルクル回して遊んだりした。その時に、あさはどこからどこまでで、よるはどこからどこまでとそんなことを教わって、じゃあ寝ている時間はどこからどこまでということを聞いた時に、長い間眠っているということを知ったのだ。 私は自分がそんなにも長い間眠っているということが絶対に信じられなかった。 私はそれほど夢を見ないし、子供の頃は寝たと思ったら朝が来て、それはほんの一瞬のことのようであったから。自分はそんなにも眠ってしまう・・・、それはあり得ないことだと思った。時間の観念はまだなかったから、8時間と言ってもピンとこなかったが、一日の内で、起きて幼稚園へ行ったり遊んだり、ごはんを食べたりお風呂に入ったりテレビをみたり、その全部をひっくるめたのと同じくらいに眠ってしまうということは、大問題であった。
眠っている間のことは記憶になくて、誰も彼もが同じなら、夜は誰が見張るのだろう。 その時私は、世界中が同じ朝と同じ夜で、眠りの時間はこの世の中の何もかもが真っ暗ななかで静止したような状態を思い描いていた。子供の私は眠っているということと死んでいるということがほとんど同義語になっていて、イメージしたものは何もないもの・・・”無”という言葉が一番近い。勿論、死ぬということも分かっていたわけではないが、とにかく何にもない暗い世界なのであった。
あの時は、それではいけないのじゃないかと思っても、どうしてもどうしても夜になると眠くなり、寝てしまうとまた朝で、みんなの顔を見て、まだ大丈夫だったと安心した。少しは見張っていようと思ってもどうにもならないのであった。
しばらくはそんなことを気にしていたが、多分別のことに興味が移って次第に気にならなくなったのだろう。誰かと話したこともないし、大人に聞いてみたわけでもない。
忘れていた記憶の断片が、遠い過去から蘇り、しばしタイムスリップしたような気持ちになっただけのことである。
お遊びデス
2003年09月03日(水)
こっそりと画像なんかUPしてみようかと。(笑)
携帯のカメラで写したやつ。
画質がどうとか照明がナンだとか、被写体がどうだとか、言わないのがお約束。(爆)
こんな顔で画面を見つめている・・・。
ということは、こんな顔でお宅訪問しているようです。
すっぴんでごめんね☆ ← 聞いてないって?(笑)
これがほんとのぷろふぃーる。
(* ̄m ̄ ) っぷぷ。
↓
↓
 著者近影 2003.08
陰翳礼讃 より
2003年09月01日(月)
私は吸い物椀を前にして、椀が微かに耳の奥へ沁むようにジイと鳴っている、あの遠い虫の音のようなおとを聴きつゝこれから食べるものの味わいに思いをひそめる時、いつも自分が三昧境に惹き入れられるのを覚える。茶人が湯のたぎるおとに尾上の松風を連想しながら無我の境に入ると云うのも、恐らくそれに似たような心持なのであろう。日本の料理は食うものでなく見るものだと云われるが、こう云う場合、私は見るものである以上に瞑想するものであると云おう。そうしてそれは、闇にまたゝく蝋燭の灯と漆の器とが合奏する無言の音楽の作用なのである。かつて漱石先生は「草枕」の中で羊羹の色を讃美しておられたことがあったが、そう云えばあの色などはやはり瞑想的ではないか。玉のように半透明に曇った肌が、奥の方まで日の光りを吸い取って夢みる如きほの明るさを啣んでいる感じ、あの色あいの深さ、複雑さは、西洋の菓子には絶対に見られない。クリームなどはあれに比べると何と云う浅はかさ、単純さであろう。だが、その羊羹の色あいも、あれを塗り物の菓子器に入れて、肌の色が辛うじて見分けられる暗がりへ沈めると、ひとしお瞑想的になる。人はあの冷たく滑らかなものを口中にふくむ時、あたかも室内の暗黒が一個の甘い塊になって舌の先で融けるのを感じ、ほんとうはそう旨くない羊羹でも、味に異様な深みが添われるように思う。
谷崎潤一郎
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9ですね。あちらこちらで秋という文字を見かけます。 まだ残暑も残っていてはっきりとした秋ではなくて。 実はとっくに忍びよっていた秋の気配が日ごとに姿を見せ始める今の心境は・・・。 去りゆく恋人の後姿を、引き止めるすべもなく見送る心境。 未練たっぷりに、瞬きも出来ずに。 しばらくして、街の灯りが饒舌な季節になりきってしまえば、それはそれで新しい恋人が出来たように、体中に血が行きわたるような気分になれるのですが・・・。 今はまだ見送ることで精一杯。寂しい寂しい夏の終わり。
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まだ戻っていないコンテンツは、ファイルは取り戻せたのですが、ソースが文字化けしていて手作業で修正しなくてはならないために、戻すまでには少し時間が必要です。 メニューが沢山あってもいつも目にするわけではないと思うのですが、なければないで、お客様が驚かれるようですね。 気がついていただけるのは嬉しいことだと思います。 この機会に気になっていた部分など修正しながらのんびりUPする予定です。
涼しくなって、うっかりすると風邪を引きそうな時がありますね。 体調をくずさないように、お気をつけてね♪
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