momoparco
  このサイトは
2004年03月29日(月)  

 読み込みが悪いときが多い気がするのは、私だけでしょうか?
サーバー側かなぁ?と思うのは、別なパソで見ても同じような状況になるからなのですが。
皆さまのところから、ページはいつも迅速に表示されていますでしょうか?
呼び出せないファイル等はありませんか?

 何か不具合がありましたら、教えていただけると助かります。
よろしくお願いいたします♪



  音楽UP♪
2004年03月27日(土)  

 ようやくこの部屋も音が流れるようになりました。
この部屋、ちょっと作りが入り組んでいて、midi のメニューを作ったのは良いけれど、呼び出すのに四苦八苦。(笑)

 やっと先ほど、本腰を入れて作業を終了。
何とか思い通りに流せるようになったようです。

 曲はいつもの、masahiko+ さんよりいただいたものばかり。
何だか、私のサイトのご用達のようになってしまっておりますが(笑)
いつもありがとうございます。
momomoon の方も、コチラも全部 masahiko+ さんの曲ばかりでございます。(笑)

 音が苦手な方には、申し訳ありませんが、メニューの一番上にあります off をポチっと押していただきますと、音は止ります。
コンテンツをご覧いただく間に、曲を変えたり音を消されたい場合には、midi menu の小窓を閉じずにそのまま最小化しておいていただきますと、いちいち最初のページへと戻らなくても大丈夫です。

 今日は暖かでしたね。
お花見に行かれた方も多いでしょう。
桜が次々と綺麗な花をつけて、心が浮き立つような気持ちですね。
明日もお天気なのかな?
残念ながら、私は仕事がありますが、みなさま素敵な休日を♪





  都会の人
2004年03月26日(金)  

 明日おやすみなので、真夜中のこんな時間に(笑)
ほら、最近あまり更新が進まないし〜、何だかつらつら思っていたことを書いてみようかなとおもいまして〜
(でも、日曜はお仕事じゃいっ!)

 
 で、

 よく【都会の人】っていう言い方しますでしょ。
ネットサーフィンなんかしていても、そのような表現を時々見かけます。
都会の人について書いているわけですから、書いている方は勿論都会の人ではない。

 都会じゃない所の出身の方が、現在都会に住んでいらっしゃる場合と、都会にお住まいでない方が、たまたま何かの用事で都会にいらした時のことを書いていらっしゃる場合と、二通りあるのですが。
内容はどちらかと言えばあまり好意的には書かれていない。

 特によく見るのは、ゴミゴミしている、人間が冷たい(人のことに無関心であるとか)、とそういう感じ、批判的なことが多いです。

 で、私が1つお聞きしたいのは、その【都会の人】って枠は、一体何を基準に出て来るのでしょうか?っていうことなんですが。

 都会にはとてつもなく沢山の人がいて、その多くは他所の土地からの人なんですよね。
数年前まで他所の人だったか、今朝まで他所の人だったか、いずれにしても根っからの土地の人の方が断然少ないわけですよ。

 例えば私の職場でも、地元の人の方がはるかに少ない。80%が他所から来た人です。
高校生までは、ほとんど全員が地元の人。わざわざ他所から移り住んで同じ高校に入学する人はいなかった。
でも、その後の年齢になると、あちこちからの人が世界に加わるようになります。

 貴方が都会に出てきて見た人たちは、本当に都会の人なんですかね。
私もかつて何年も海外に住んでおりましたから、故郷に対して望郷、哀愁、そんな気持ちを持つのは大いに分かります。
ふるさとは遠くにありて思うもの
って言いますもんね。

 生まれ育った土地のメンタリティは、同じ国の人同士、説明しなくても通じ合う。
だから、同郷の人に会えると懐かしいし、安心だし、やっぱりいいなぁ〜なんて思ったりもする。
他所の国に住むと、勿論その国の嫌なところも見えてくる、何かの違和感を感じることは多々あります。

 まぁ、この際単位としては何でもいいわけです、国でも県でも町でも村でも。
1つの地域、枠、そういう感じで。

 そんな中で、都会にいる人を全て【都会の人】として、批判するのはどこを見てのことなの?ってそういう気持ちがすごくするのです。
で、他所から来て都会に住んでいる人は、本当に地元を愛するようにそこにいるのかな?ってそういう気持ちももっとするわけです。

 例えば、誰か他所の人が都会人というものを一からげにして、ものすごく批判する。でも、それじゃあ私の回りにいる(近所に住む人でもいいし、職場の人でもいい)貴方と同郷のあの人のあれは一体何なの?って聞きたいことも出て来るわけですよ。(笑)

 細かく言うと、あっちの地方の人とこっちの地方の人が、やっぱりそれぞれお互いを認めていない場合なんかもあるのに、こと一旦、相手が【都会の人】となると、一気に同調しちゃったり。(笑)

 何かにおいて色々言われる【都会】と【都会の人】。
都会ではない所の人にとって、都会って言葉は何だか都合が良すぎないかなぁ?
もしかして【都合の人】?
右を見ても左を見ても、地元の人を探す方が難しいのに。

 と、真夜中のつぶやきしろうかな?(笑)





  自慢の骨 ^^
2004年03月24日(水)  

 骨密度なるものを測ってみた。
これは、職場のS子さんがある時、【骨塩定量検査】というのを受けて、その結果を教えてくれたのがきっかけである。

 彼女はもともと、自分の体の骨密度がどのくらいなのか気になっていたらしい。
年齢は40代前半だから、まだ骨量の影響が体に出るわけもないし、骨粗鬆症の心配はないはずだが、人というのはこのように、日頃見ることも感じることも出来ない自分の体のことにはチョット興味があるものだ。
勿論、興味があってのことで、何かを心配していたわけではないのだが、結果は周囲の想像に反して、【骨量減少域】であった。
「ひぇ〜、私もう減少域だわ〜」というので、ちょっとショックを受けていたS子さんである。

 彼女の骨密度は、同年代の人との比較では80%台、骨量値の一番高いといわれる年齢(0〜44歳)の中では70%台。これはやはり低いだろう。外見的にはとても健康そうで、確かに丈夫で頑張りも効くが、人というのは分からない。

 骨塩定量検査は簡単で、両手のレントゲンを撮るだけ。
結果は年齢によりそれぞれ、【正常域】【骨量減少域】【骨粗鬆症域】【骨粗鬆症】と別けられる。

 年齢によってこの域が変わるのは、女性の骨量がピークであるのは成長期をほぼ過ぎた20歳前後から40歳半ばまでで、その後極端に減少して行くからだ。

 男性は40歳前後からなだらかなカーブを描いてゆっくりと下降していくが極端に少なくなることはない。これに対し、女性は50歳前後を境に急な下降線を描いていて、これは女性の生理的な現象が影響するからだが、60歳ぐらいになると男性の80歳に相当する量へと減っている。

 高齢の女性に骨粗鬆症が多いのはこのためで、骨密度がスカスカになると骨折しやすくなり、それが原因で寝ついてしまうことも少なくはない。骨は丈夫な方がいい。

 さて、私の場合はどうだったのか。
S子さんだけでなく、一緒に測った数人の中で私は一番痩せている。
日頃『折れそうだね』と言われつけている私である。掴んでみた感じも骨が太いわけでもないし、さぁどうかなぁ?と思っていたら。
なんとなんと一番高い。(笑)
域は勿論正常値、測定値骨量という共通の数字では、最高が3の中で2.99。限りなく3に近い数字である。%でいうと、同年代の中では109.2%。一番高いといわれる年齢層との比較でも、108.9%!(笑)これは一緒に測った27歳のAちゃんよりも高いのであった。

 人は見かけによらないものだと一同仰天。
なので、これからは鉄骨女と呼んでもらいましょうか。(爆)
転びそうになったら私が支えてあげますからね♪

 
 骨を丈夫にするためには、牛乳、魚、野菜をたっぷり、バランスの良い食生活と、適度な運動、日光浴が大切だとか。それでもどうしても足りない場合は、カルシウム剤やビタミン剤が有効だそうです。
みなさまも、骨をお大切にね。





  本日もオフライン
2004年03月20日(土)  

 キダム東京追加公演を観に行ってきます。
夜9時からは先日この場に書いた
『サイエンスミステリー それは運命か奇跡か!? DNAが解き明かす人間の真実と愛』
80万人に一人という難病を持つアシュリーという少女のドキュメントの続編を見ます。

 公式サイトは コチラ きっかけは〜フジテレビ♪(笑)

 休日ですが、不在が続きます。
皆さま素敵な週末を♪




  大学教授の妻ざます
2004年03月17日(水)  

っていうかね
前回書いた話には続きがあって、ここまで持って来たかったんだけど、長くなったので〆ちゃったのね。
だから、カラスの話から先に読んでいただけるとより分かりやすいんだわ♪

 で



 私の家の前の通りに面して、2ブロックほど離れたところに友人S子の家がある。お互いに属する班が違うことや、子どもの性別、学年、学区が違うので接点もなく、知り合ったのは3年ぐらい前。ほぼ同じ頃に引越して来て、ひょんなことから親しくなり、今では随分仲良くしてもらっている。

 彼女の区域のゴミ集積場も、同じようにカラスの被害に合うことが続き
彼女は掃除当番の時、いつも同じゴミ袋が破られていることに気がついたらしい。どうして分かったのかと言えば、いつも同じ家に届いた郵便物がゴミと一緒に散乱していたからだという。

 毎回この家のゴミだけが、生ゴミをカラスに分かりやすく捨てていたので、S子はその家に行って注意をしようとしたらしい。しかし、同じ区域の他の家の奥さんたちが
「あの家だけはやめた方がいい」
と口を揃えて言ったという。

 しかしこのS子は、どちらかと言えばハキハキとした学級委員タイプで
働き者だし、しっかりしているし、言うことにはいつも説得力がある。
この時はまだ、回りの
「やめた方がいい」
という言葉の意味がよく分からなかったらしい。

 ある朝同じようにカラスの仕業を見つけた彼女は、散乱するゴミの中に混じる沢山の郵便物の宛先が件の家であることを確認し、早速この家のインターフォンを鳴らしに行った。

 中から出てきた50がらみの上品な奥さまに事情を話して、一度見に来てくれるように言うと、話を聞いた奥さまはちょっと不愉快そうになり
「何でウチのゴミだと分かるのよ」
と聞いた。

 それは見てもらえば分かるから、とにかく来て頂戴というわけで、二人してゴミの散らばる場所へ行き、お宅のゴミだけがいつもこうなると現場を見せてS子は言った。

 するとこの奥さまの言うことが
「あ〜ら、じゃあ今度から郵便物は
 シュレッダーにかけて捨てないとダメだわね」
だったとか。

 「あたし、開いた口が塞がらなくってあんぐりだったわよ。
  目が点よ〜。
  あの家のご主人って、大学教授なのよ、知ってた?」

 で、この奥さんは、やれカラスが悪いだのカラスを何とかしないからどうのと、さんざカラスと行政を悪者にして、ご迷惑を・・・でもなく、ごめんなさい・・・でもなく帰っていったという話。

 だぁかぁらぁ〜、それは野生のカラスの罪じゃない。
カラスはカラスで生きるために必死なのだ。
どこで何を食べようと、それはカラスの勝手でしょ。
といいたかったわけなんざます。

 
 で、まだ同じような話があるんだけど〜
書いてたら思い出した、また長くなるわん♪
ま、いっか。(笑)



 別の区域にいる友人の話。
町内をいくつか分けている班では、班長という役割が、半期に一度ずつの持ち回りで回って来る。仕事といえば、町内会費を集めたり、公園の掃除の日には人を募って掃除に行ったり、地区委員からまとめて配られる配布物を回覧板にして回したり、難しいいことは何もないが、配布物はしょっちゅう配られるし、掃除をやる人がなかなかいなかったりで、何かと煩わしいものなのだ。

 しかし、半年やると次に回って来るのは5〜6年先のことだから
ここはお互い様のこと、断る人など勿論いない・・・、はず。

 で、彼女は半年経って役割を終え、町内でもちょっと変わり者というその家に、次の班長さんをやってくれるようにと、引継ぐ品々を持って参じたところ
「ウチの主人は大学教授でございます。
 その家の人間が、班長など出来るわけがございません」

 2つ返事で断られたとか。
どうもその家では毎回そのようにして断っていた・・・、つまり一度もやったことがないらしい。

 何故にこのようなことが通ってきたのかというと、この辺りは高齢の方が多い。かいつまんでいうと『先生』というものに対して逆らえない。(逆らわない)
教育の違い世代の違い、隔世の差だと思うが、逆らうことはないようだ。
そういう人たちがそれを、「まぁあそこはしょうがない」という暗黙の了解で通してしまって来たために、今となってはそれを覆すのが大変らしい。逆にい辛くなってしまいそうな雰囲気なのだそうである。



 カラスからここまで話が飛んで、〆もないけどお終いざます♪





  カラスの勝手でしょ
2004年03月15日(月)  

 お向かいの家の前がゴミの集積場所になっている。
私の家は四つ角の一角にあるので、この家も角地である。
ゴミを出すには曜日が決まっているが、生ゴミを出すときに気をつけないと、カラスが来てゴミを食い散らす。
以前このようなことがあちこちで重なって起きたので、ゴミはカラスよけの大きなネットをかぶせて置くようになった。

 しかし、効果があったのはほんの数ヶ月で、頭の良いカラスたちは、それが自分たちには害がないと知ると、ますます大きな顔をして狼藉を働くようになる。

 早朝のカラスは目が良く見えるので、ゴミの袋の中にじかに残飯が入っていたりすると、すぐに飛んできて袋を破り中身を地面にぶちまけて食い尽くす。数羽のカラスがこれをすると、四つ角の真ん中は、破れた袋から引っ張り出されたあらゆるゴミだらけになる。おまけにゴミの中には水分を含んだものも多くあるので、路面にはおびただしいゴミやシミがへばりつき、汚いことこの上ない。
なので、どの家でも生ゴミを捨てる場合には、中が見えないように古新聞や広告紙でそれらを包み、それから袋に入れて出す。

 しかし、何故かいつもゴミを出す時にはもう道の上にはカラスに出されたゴミが散乱している。
ゴミを出しに行くと箒とちりとりを使ってこのゴミを掃除するが、広範囲に渡り夥しい生ゴミを綺麗に掃き掃除するのは大変なことだ。いつも誰かがこの場所を掃いていて、後から来た人が手伝いをする。

 町内にはいくつかの班があり、1つの班に10件ぐらいの家がある。
この班ごとにひと月ずつの持ち回りで、ゴミ当番というのがあり、当番になるとゴミの収集車が行ってから、辺りを掃除して、カラスよけのネットを片付けるが、最近は道中が汚れるので、これを水で流す作業も加わる。

 これは、近くに住む誰かが早朝出勤前にゴミを出して行くからで、その人は多分、その後のことなど知らないのだろう。まったくいい気なものである。

 これから先、気温が高くなり 生ゴミが腐敗しやすくなったり、雨の続く季節に入ると、ますます不快なことになる。
その前に何とかしたいが、はて一体どうしたらよいのやら。




  宇宙葬
2004年03月14日(日)  

 父の病気の話しが続くし、楽しい話題がないのもどうかなというこの頃ですが・・・。
ですので、今日は1つ楽しい話題を。

 それは何の話かというと、お墓の話。(爆)
オイオイ、それじゃ暗いじゃないかと言わんといて。(笑)

 たまたま友人と話していたんですが、この件について。
お墓って、その家の家長が継ぐ、というか、本家が継ぐというか、そういうのありますでしょ?
で、一家の次男以下は、新しくお墓を建てることになりますでしょ?

 ところが、このお墓ってとってもとっても高いんですよね。
土地の時価にもよりますが、この辺りで近くて交通の便が良くて、景色も良くて、なんてなんて色々なことを要求しますと、墓地と言えども、小ベンツの一台分ぐらいの値段になります。

 すると、やはりこういうものを用意するのはもーたーいへん。
なので
「もう死んでから後のことなんて何も要求しないから、骨は細かく粉にして、横浜港にでも撒いてくれたらそれでいいわよね!」
などと言いましたら、友人が
「骨を海に撒くのも、山に捲くのも何とか協会に登録しなくてはならないし、それだって30〜40万かかるのよ」
と教えてくれました。

 海なら海の、山なら山の持ち主の許可も得ないといけないのだとか。
(海の持ち主ってのも変だけど・笑)

「え?そうなの? 勝手に撒いたらダメなのね?」

 というお話から発展して、彼女が教えてくれるには、こういうことをする協会には、『宇宙葬』というのもあるそうです。
それはどういうことかというと、骨をロケットで宙に打ち上げてくれるんだとか。
宇宙飛行士になるのが夢だった人だとか、空が好きだという人だとか、そんな人が登録するらしいです。

 で、宇宙飛び立つにも2通りあって、1つは、ロケットは軌道を出ずに飛んでいる、つまりずっと軌道に乗って延々とぐるぐる飛び続ける方法と、もう1つは、この軌道を抜けてはるか遠くの大宇宙へと飛び立てるものなんだとか。
どこへ行くのかは分からない。
とにかくそういうものなんだそうで。

 費用は、登録料の他別途料金。勿論、個人で行くのと数人で行くのとでは価格が違うらしいですが、実際にそのようなロケットが飛んでいるらしいです。

 ちょっと想像してみませんか?
楽しくはないですか?


ないですよね・・・。

こりゃまった、失礼いたしました!





  ようやく週末
2004年03月13日(土)  

 久しぶりに連休だ。
昨日とはうって変わり、暖かな一日。

 父の放射線治療も3週目を終わり、やっと半分きたところ。
この治療は、実際に照射しているのはものの1分ぐらいなので、往復しても1時間以内に終わる。
基本的に予約が前提ではないが、朝一番に行くとほとんど待たずに受けられる。
たまに一人二人先客(とは言わないか・笑)があっても、照射時間が短いのだから大して待つこともない。当初、私はこの時間を読書時間に当てようとしていたが、あまりにもすぐに終わるので大して本は読めなかったりする。

 さて、親父殿はどうかというと。
初めに心配された通院による疲れもなんのその。ちっとも疲れていないどころか、この日課のおかげで随分と元気になった。まず、あんなによろけていた足腰が鍛えられた。

 病院の正面玄関から放射線治療室までは、かなりの道のりがある。院内の廊下を歩くだけだが、いくつかの角を曲がりながら延々と続く長い廊下を歩くと、ちょっとした散歩のようである。それを往復するのだから、知らず知らずに脚がしっかりとして、しかも歩調も早くなった。

 父は杖を持っているが、照射が終わると片手に杖を持ったまま、歩きながらコートを着る。これを持ち、持ち替えてこちらの袖とあちらの袖を通すのだから、つまり、杖はついていない。それでもしっかり歩いている。全く危なくもない。むしろ、杖をついて歩くと両脚と杖とのリズムが合っていない。

 私は今回初めて知ったが、本当に必要な時は、杖の存在は脚の動きと調和をしているものだ。しかし、このようにいらないようになってくると、その動きはまるきり不調和なのである。
親父に関して言えば、まるでタクトを振っているようである。(爆)

 これは可笑しなことだが、大変に喜ばしいことだ。今のところ、手すりのない階段を降りる時などには、杖を頼りにしたいらしいが、もうそろそろいらないんじゃない? そんな感じである。

 暖かい日と寒い日が行ったり来たり。
少しずつ少しずつ、本当に暖かい春が来れば、その頃にはこの通院も終わる。
父の脚は今よりもう少し鍛えられているだろう。

 やっとようやく春が来るのかな、とそんな気持ちでいる今日この頃。
あと三週間、頑張らないとね♪





  買い物
2004年03月09日(火)  

 駅の近くの書店で文庫本を数冊買った。
この書店は商店街に昔からあるお店であまり繁盛していない。
昔は繁盛していたのだろうが、今となっては間口は狭いし古いしで、置いてある本の数も少ない。少ないというより、昔々に比べれば本も雑誌も数が多過ぎて、このような小さな店ではほんの一部しか置ききれないだろう。それに、大型の書店やブックオフの出現で、売り上げはその日その日がやっとではないかとさえ思われる。店の主は老人夫婦で、彼らはきっとこの商売で子どもたちを大きくしたのだろうと勝手に想像する。

 私はなるべくならこの書店で購入しようと思うが、即日手に入る大手書店や、半値以下の古本屋の魅力も捨てがたい。急いで大量に欲しいときは、アマゾンで購入してしまうこともある。本を買うのにもノリがあるのだ。そんな時はこの店の主人の顔が思い浮かび、申し訳ないような気持ちになってしまう。

 店の主は本のことを良く識っていて、訊ねたことはすぐに答えてくれる。店内にないと(たいていはない)積極的に取り寄せようとはからってくれる。商売のためだと言えばそれまでのことだがこのお店に私は弱い。何もわざわざ取り寄せてもらわなくても、多分大手の書店へ行けば即日に手に入るだろうとは思うが、それじゃあと言ってお願いすることになる。

 昔はこのような本屋が沢山あった。子どもの頃に住んでいた家の近くには二軒の本屋があったが、どちらの造りも先の店と大差ない。店主は常に、客の本に対する扱いがどうであるかと目を光らせていて、少しでもぞんざいに扱うと容赦なく怒る。立ち読みなどすると、同じくらいの店の娘がハタキを持って近付いてきて、『立ち読みはやめて』と言って本を取り上げてしまう。これは漫画だけど。(笑)一般書物を買うのにも、書店に入るということは少しばかり心構えがいるのであった。

 椎名誠のエッセイ『さらば国分寺書店のオババ』には似たような話が書かれていた。ずっと前に読んだものなので内容はおぼつかないが、まだ椎名誠が若い頃、この書店(確か古本屋だったと思う)の主である老齢の女性が、それはそれは怖くて憎たらしいオババであったというような話。本というものを大切に扱い、しかし彼女は何でも知っていて、それはたいそう難しい古書のことであったりする。椎名誠は憎憎しげに、しかし畏敬の念を込めて書いていた。実際にこの人は当時にしては相当の教養があるに人だったらしい。

 林真理子の母上も書店を営み、後年はかなりカツカツの生活だったらしい。母上はもと文学少女で、小説を書くのは夢だったらしい。林真理子が直木賞を獲ったとき、誰よりも喜んだのは母上だったというし、林真理子も一番の親孝行が出来たと思っている。だから、林真理子は小さな書店を見るとつい本を買ってしまうと書いていた。

 映画『ユーガッタ・メール』では、メグ・ライアン扮する児童書店の主は、子どもの本のことなら何でも知っていて、彼女に任せれば子どもに読ませたい本がすぐに見つかると人々の信頼が厚かった。しかし、トム・ハンクス扮する書店社長がすぐ近くに大規模な書店をオープン。この店の店員は本のことなど何も知らないが、試読コーナーではコーヒーをサービスし、子どもの遊べるスペースもある。更に大量に入荷するので値引き率がとても高い。このためお客を取られたメグ・ライアンの店は商売が立ち行かなくなり、惜しまれながらも店を閉じることになる。映画は、2人のラブロマンスへと発展してハッピーエンドに終わるのだが、要するにそういうことである。(笑)

 とにかく、小さな本屋の主は大変だ。これは本に限ったことではないだろう。何かにおいて、専門の知識は必要なくなり、ただ右から左へベルトコンベアーのような接客でも、安くて品揃えが豊富であれば、お客は流れてくるものだ。しかし、何を聞いてもさっぱり分からないだの、マニュアル通りの接客を寸分たりとも変えようとしない様子を見ていると、面白くもなんともない。たった今レジを済ませたばかりの釣銭40円と、財布の中に見つかった10円とを合わせて10円を50円玉に替えて欲しいといったら、両替は出来ませんなどというレジ係がいて唖然とする。初めに出せば良かったのだが、その時には見つからなかったのだ。

 物を買うときに、ほんの少しのことでもしっかりと質問に答えてくれたり、何かを教えてくれたりすると、買い物の満足度が大きく違う。

 この店の前を通る時にこの店主と目が合ってしまうと、何だか吸い込まれるようにして店内に入ってしまう私がいる。この書店で本を買うと、本が本として雄弁になり、手に入れた嬉しさがまるで違うような気がしてしまうのだ。でも、そういうのを求めちゃいけないんだろうなぁ〜。




  アシュリー
2004年03月07日(日)  

 昼間、何気なくついていたTVを見て目が釘付けになった。
番組は、『ザ・ノンフィクション』、サブタイトルは『命を刻む少女 〜アシュリーの生き方〜』。

 『サイエンスミステリー それは運命か奇跡か!? DNAが解き明かす人間の真実と愛』
という番組で紹介された4つのドキュメントのうちの1つであるらしい。

 遺伝子異常で、通常の10倍の速さで老化してしまう『プロジェリア』という病を背負って生まれた少女、アシュリーのドキュメントである。
 
 この番組のことをご存知の方や、TVで見たという方も沢山いらっしゃることだろう。

 そうでない方のために、私が書くより、こちらを覗いていただきたい。
短い命を刻む少女 ←

 平均寿命はわすか13歳。17歳で彼女を産んだ彼女の母の苦悩。
祖母はまだ57歳で、自分よりも先に自分より老いを知っている孫娘を思い涙を流す。 曾祖母は80代。多分、アシュリーの体は曾祖母以上に老いているのだろう。
苦難を全て受け入れた人々の笑顔はなんと明るいのだろう。


 幸いなことにアシュリーにはアルツハイマーなどの症状はなく、彼女はとても聡明で賢い。インタビューに答える1つ1つの彼女の答えは、11歳の少女とは思えないほど、自立している。

 学校に通い、誰かを頼らず、病に甘えず。
『誰かに悲しんでいる姿を見せたくない』という。
彼女は、動物を愛して、沢山の生き物を飼う。動物病院へも行って手伝いをする。将来は獣医になりたいという。
従姉妹にもらった『ななかまど』という体調4�僂曚匹涼遒�弱ってくると、持てる愛情を全て注ぎ、必死で看病をする。
『ななかまど』は一時元気になったように見えたが、彼女がちょっと外出した隙に、愛犬に食べられてしまう。
アシュリーは、それで良かったかも知れないという。
『もしかしたら、ななかまどは苦しんでいたのかも知れないから』

 クリスマスになると、可愛らしいサンタの格好をして、子ども病院にいる沢山の子供たちにプレゼントを配りに行く。
プレゼントは、彼女がコツコツと貯めたお小遣いで用意するのである。

 体は日に日に老化し、元気な日々ばかりが続くのではない。薬も山のように服用する。そんな中で、彼女は必死に明るく生きていて、人をハッピーにしたいという。

 11歳のアシュリーからは、学ぶものが多すぎた。彼女の可愛らしさは、まるで映画に出てくる妖精のようで、その口から発する言葉の全てが透明で清い。
尊敬ということばがぴったりするような少女の生き様である。

 生まれ変わったら? という質問に対して、少し首をかしげながら
『もう一度自分をやりたい』といった。
『私は私でいたいから』


 今月20日(土)に、続きがある。
同じ病の15歳の少年と会うのだ。予告では『アシュリーの初恋』といっていた。是非見ていただければと思う。




  早落ちウィン
2004年03月03日(水)  

 体の中から、「疲れ」というものが抜け切らない。
時々このようなことがあり(誰でもそうかも)、そんな時には赤面するようなことをしてしまう。

 例えばスーパーで買い物をして、レジを済ませてカゴの中身を袋に詰めるとき。
カートを荷物を詰めるテーブルに横付けして、カゴをテーブルの上に乗せる。
ふと見ると脇にサービスカウンター。
「そうだ、切手を買っておかなくちゃ」
思い出して、カゴをそのままサービスカウンターへ足を運ぶ。
袋詰めにした物を持って行くと重いので、先に切手を買ってしまおうと思うのだ。

 用を済ませてテーブルに戻る。さっきの買った品物をぽんぽん袋に詰め始めると、痛いほど隣のおばさんの視線を感じる。ん?

 はっと気づくと、カゴはおばさんのものである。
私のカゴは隣にあるのだ。
「ごめんなさい」
で、赤面。

 かと思うと、仕事を終えてエレベーターに乗ったときのこと。
誰もいない箱に乗り込み、後ろの壁にもたれて目を閉じる。
「ハァ〜疲れた」

 しばらくして、扉が開くと、聞こえてくるのは同僚の声。
「何してるの?←(ニュアンスとしては、こういう感じ⇒笑)」
気がつくと、私ボタン押してないんじゃん。
で、赤面。

 今よりもっと忙しい頃、よく電車を乗り過ごした。
立っている時はそんなことはないが、座席が空いて座れたりすると、それも暖房が効いている車内だと、足元がポカポカ、電車の揺れが心地よくて睡魔に負けて寝てしまう。

 電車が駅に着く気配を感じてはっと気がつくと、とっくに降りるべき駅を過ぎていて、そんな時の寝覚めの悪いこと!

 そんな時、何が辛いかというと、乗り過ごした顔など出来ないことだ。
私は一応スカしているので(爆)、いかにもその駅で降りるんだわよ、という顔をして背筋を伸ばしてスッと降りる。

 しかし、頭の中はパニックだ。
実を言えば、スカした表情筋を一皮むけば、寝呆けたふにゃけ顔。頭蓋骨の中の脳味噌だって真っ青で、表向きの顔とのギャップは月と地球の距離よりもある。

 そのギャップを取り繕うのは意外と努力がいるのである。
本当はまだ寝呆けていたいのだが、私は気どっていなくてはいけない。
本当は、私は赤面するタイプではないが、多分白黒ぐらいはしているかも知れない。

 あの時の気持ち!リゲインのCMを地で行っているというわけです。

 なので、今夜はもうおやすみ。
誰がなんと言っても10時就寝。
あ、もう過ぎそう!
おやすみなさい。
今夜も徹夜で寝ることに専念します。
明日の徹夜明けが楽しみかも?(笑)




  弥生の夜明け
2004年03月01日(月)  

 今日の月の始まりは、みぞれまじりの雨が降り、本当に寒い一日だった。
昨日までの陽気は、もう本当に春がそこまで来ているようだったのに、それを裏切るかのような今朝方の雨。
寒い寒い。
少しばかり暖かさに慣れていた体には、みぞれに濡れるのはこたえる。

 おまけに昨夜は怖い夢を見た。
私は普段、あまり夢を見ないし、見ても憶えていないのだが、昨夜見た夢は今でもはっきりと思い出すことができる。

 最初の夢は、突然友人から切羽詰った声で電話がかかる。
「もしもし! 聞いて! ウチの旦那にヤフーから300万円のアクセス請求のメールが来てるのよ!!」
ほとんど叫びに近い彼女の声を聞きながら、頭の中では今流行りのインターネットアクセスの多額の請求詐欺だと思っている。
私の家のリビングは真っ暗で、彼女の泣き叫ぶ声があまりにも恐怖に満ちていてひどく怖い思いをするところで目が覚める。

 目が覚めて、夢だと気がついた時に、何であの詐欺がヤフーなのかと思ってみた。
多分、最近の個人情報漏れが明るみに出たことがどこかにあったのだろう。それにこのひと月の間には、私の回りで「オレオレ」詐欺の電話をかけられた知人が2人いて、その話も頭の片隅にあったのだと思う。
 「オレオレ」電話は、一つは知人の息子さんの名を名乗り、事故をおこしてしまったというもので、彼女がどうもおかしいと色々なことを根掘り葉掘り聞くうち電話がプツッっと切れたという。
もう一軒は、職場のボスの実家の母上のところに、ボスの息子と名乗って電話がかかったらしいが、ボスの家には大学生はいないので、やはり詐欺に乗ることはなかったという。


 何か胸の上に、大きな重たい鉛を乗せられたような、嫌な怖さがいつまでも残る。私は子どもの頃から、寝ている間に胸やお腹の上に手や物が乗っていると、必ず怖い夢を見て金縛りに合うというクセがある。どういうわけだかそうなのだ。この時も、右手がお腹の上にあり、少しだけ体の向きを変えてまた眠る。

 少しまどろんだ頃、私は都心のビルの最上階にいる。最近友人がそのフロアでお店を出したというので、お祝いがてら顔を見に行ったのである。エレベーターを降りるとすぐにお店の入り口がある。店内はエスニック風の洒落た造りでとても広い。まだ開店間もない時間なのでお客はいない。どういうわけだかスタッフも友人の姿も見えないが、とにかく中へ入ってしばし店内の様子を眺めている。突然銃声が聞こえて来た。生の銃声を聞くのは初めてだったが、銃弾が当たった観葉植物の大きなテラコッタの鉢がくだけ、続く銃声で窓ガラスが割れ、銃の音だろうと思っている。男の怒鳴り声が聞こえる。何語なのかはわからない。
 
 しばらくすると迷彩色の服を着て武装した男と、頭に白いヘッドギアをつけた男がかなり近い距離で撃ち合っている。見つからないように隠れる場所を探していると、男たちの数が後から後から増え、そちこちで何故か皆一騎打ちをしている。彼らはお互いの姿しか見えない様子で、私の存在には気がつかない。エレベーターのある場所に行きたいが、一組の向かい合う男たちの間を通らないと私はそこへ行かれない。足がすくんだままどうしたものかと考えた時に目が覚めた。

 これはさっきより怖かった。胸の中がしめつけられるようで、いくら夢だとわかっても恐怖がなかなか去っていかない。何だろう今の夢は。よく回らない頭で考えた。多分、迷彩服の男たちは、イラクにいる自衛隊。白いヘッドギアは、オウムの判決が出たからで、一騎打ちはきっと、渡辺謙とアカデミー賞を結びつける、ザ・ラストサムライのどこかのシーンだったのだろう。今度は左手が胸の上に乗っていた。

 それからうつらうつらすると、携帯電話にワン切りコールが数回かかる。早朝の電話は、深夜の電話よりも、何か良くないことの知らせのような気がして、あまり気持ちがよくない。
 おまけに新しい電話のアラーム機能が上手く設定できていず、何度も何度もアラームが鳴り、朝までまんじりともしなかった。

 昨日は、明日からもう3月、春が近いと浮かれていたのに、何だか重たい朝だった。
ニュースは次から次から悪夢を知らせる。おびただしいほどの悪夢である。普段一つ一つを見聞きして、それが何かの形で塊になっていたのかも知れない。全く無意識のことである。 アカデミー賞だけが、唯一楽しみな結果をもたらしてくれるかも知れない要素ではあったが、私は意外とヤワなのだろうか。




Copyright©*momo* 2001-2006 (Prison Hotel)