momoparco
  5℃
2005年11月28日(月)  

 扉を開けると重たいベルの音がした。バーテンがこちらを向いて目礼をする。店は飴色のアンティークなしつらえでセンスが良かった。ただし、真冬の暖房は未来から来た俺にとってはかなり暑い。(俺のひいじいさんが、アインシュタインのひ孫くらいの年だ。)鈍い光沢を放つカウンターの端に腰かけると俺は言った。
「ハーパーのロックを」

 俺のいる星はこの地球よりずっと進化している。地球じゃ家電に頼るインターネットなんぞ画面すらない。全ては頭の中で受信出来るし、念写のように発信出来る。ログインするのは自分の頭の中だけだから、セキュリティは万全というシンプルさだ。もっとも、そんな時代でも女どもは、やれ子どもがどうした、亭主がどうしたとかまびすしく井戸端会議をやっているのはどうすることも出来ない。いつだって、男のロマンを潰すのは女と相場は決まっている。

 俺、もしくは故郷の人間と地球の人間とは、外見的には何ら変わることはない。いつこの時代に来ても不審がられないためだろう。だが、ひとつだけ決定的に違うのは体温だ。あらゆるものの放熱からあらゆるものを守るために、惑星そのものの温度が上昇しない。従って人間の体温も徐々に下がり、その差は5℃ほどになった。だから地球はとても暑くて、氷の入ったバーボンが心地よい。俺は休暇を取って遊びに来ていた。帰るのは明日だ。

 ひとつ置いたスツールで、さっきから俺にさり気なくそして意味ありげな視線を送っている女は、ちらりと見た限り(その女の顔の冷たく通った鼻筋やふくよかな唇、腰の辺りの柔らかな線だとか上に組まれた脚のふくらはぎが張りつめている様子を上から下まで舐めるようにして観察)待ち合わせではないらしい。真冬だというのに、たった独りでフローズンダイキリなんぞ飲んで気取っているのはよほど持て余しているのだろう。そそられる風情だ。男と女は、男と女さえいれば、それがはじまりの合図になる。未来で生きる現代の男と、過去で生きる現代の女。5℃ほど体温の高い地球の女と最後の夜を過ごすのも悪くない。きっと火の玉みたいに熱いんだろう。
 ―溶けるかも知れない―― その気になり始めた自分に気がついて、俺はくつくつと笑いそうになる。

 「楽しそうね」女が言った。値踏みは合格したらしい。
 「何か飲みませんか?」俺は言った。お定まりの台詞だ。
 視線を絡ませるようにして女は乗った。
 「同じものをいただくわ」

 球体の氷の入ったグラスが二つずつ空になる頃には、俺は女の隣に移っていた。女は、妖しい視線をまるで蜘蛛の糸のように光らせて、両脚の奥に蠢くものを意識させるように、何度も脚を組替える。その何度目かの時に上になった太ももがゆっくりとそしてぴったりと俺のそれに触れると、弾かれたように視線をほどいて立ち上がった。
 「先に行くわ」
 深紅に濡れた唇を触れそうなほどに俺の耳に近づけて何かを囁こうとする。どうやら待ちきれないらしい。場所を告げるつもりなのだろう。俺はわざと視線をはずしてじらすようにグラスを玩び、氷を揺すりながら次の言葉を待つ。
 「あなたってツメタイのね。あたしも飽きているのよ、里の男に。今夜は火の玉みたいな地球の男がいいわ」
 きっかり5つ。細いヒールの音にさようならを言わせて扉の向こうへ女が消えた。 
 ―お熱いのがお好き――
 隙間からジタンの煙のように5℃ほど冷たい外気を流しこんで扉が閉じた。からんからん。ロマンの終りを告げる重たいベルの音がする。



  恋文
2005年11月26日(土)  

夜の帳に月が露になるように 恋が色濃く焦がれてゆく

しじまに星の瞬きを聴いて したためはじめた恋文は

はじまりの文字のみつからぬ 十重に二十重に幾千の偲い

溜息だけが便箋をなぞる せめて今夜の貴方の夢に

そっとしのびこめたらと おやすみなさいを呟いてみる・・・



  海
2005年11月24日(木)  

月にはいくつもの海がある

愛の入り江

霧の浅瀬

静かの海

夢の湖・・・

太陽の光を受けて輝く月は

あふれるほどの雫をたたえる銀の皿

さざなみに揺れる湖水の小舟

やがて満ち やがて欠け

やさしく 妖しく 夜を奏で

愛色の波をそっと導く



  がんと私
2005年11月23日(水)  

  11月21日付 読売新聞より 記事:本田麻由美記者

 -「抗がん剤は、(完治に有効と見られる)三つぐらいを除き、保険適用しなくてもいいと思う」
 厚生労働省の医療保険担当課長が先月、シンポジウムでこんな発言をした。再発したがんの場合、 抗がん剤は延命効果しかないことが多いので、完治が望めない治療なら患者が自費で払ってほしい――との趣旨だという。
私はこの場にいなかったが、その夜から知人の間でメールが飛び交い、発言の内容を詳細に知ることが出来た。

 この発言には、多くの疑問がある。がん患者団体が昨年、海外では有効とされていながら国内では未承認の抗がん剤について、保険適用になるまでには自費と保険診療との併用を認めるよう求め、厚労省側も対応を始めた。大半の抗がん剤を保険から外そうという考えは、そういう動きに逆行するのではないか。

 また、再発がんは「治らない」というが、糖尿病や多くの難病と同様に、適切な治療のもとで「病気とつきあいながら生きていく」という疾患になりつつある。「延命効果でしかない」といって保険で払わないというのなら、こうした疾患も保険適用から外すということなのだろうか。

 患者でもある私には、この発言は見過ごせない。真意を聞こうと課長に取材すると、「公的保険の範囲をどうすべきか問題提起をしたつもり。国民的議論をしてほしいと言いたかった」のだという。

 急速な高齢化と医療技術の進歩で、医療費は増え続けている。
すべてを公的保険でカバーするなら、国民の保険料・税負担は増えるばかりだ。その負担増を抑制したいなら、保険の範囲を縮小しなければならないが、今度は患者の自己負担が増える。財務省、経済界などで、「負担抑制」の声が強いが、国民はどう判断するのか、という訳だ。

 増え続ける医療費のすべてを、広く国民の負担で成り立つ公的保険でみるのは難しくなると思う。だが、公的保険の範囲を見直すなら、まずは無駄を排除すべきだ。そのうえで、保険から外すかどうかの議論をするなら、風邪などの軽医療や、価値観で洗濯できる生死にかかわらない医療からにしてほしい。

 新しい抗がん剤が、既存の薬に比べて数か月の延命効果しかない、という例も少なくない。
だが、新薬の開発が進んで、次の数ヶ月に命をつなげることに、患者は希望を見いだす。健康な人たちは、「保険料ばかり取られるのはたまらない」と嘆くかもしれないが、私が3年半前に突然がんと診断されたように、いつ同じ立場になるかわからないということを忘れないでほしい。-


 21日の新聞に載っていた記事である。

 私の母は3年前よりがん患者だ。
自覚症状も何もないまま、突然変異に近所の病院で受診し、すぐにガンセンターへ紹介状が出た。
ガンセンターで診察、即刻�郡�のがんと診断され、その場で緊急入院、1週間後には手術を受けた。それから丸2年と少し経って、2ヶ所にがんの転移が見つかり、放射線治療を2ヶ所行う。更に数ヵ月後には、血液検査においての腫瘍マーカーの数値が上がっていることが分り、部位は定かではないものの新たながんが再発した可能性と見て、抗がん剤投与の治療中である。

 抗がん剤は、2泊3日の入院をし、点滴で行う。毎週血液検査をして、副作用として白血球が下がった時点で、それを調整するために3日間の注射に通院する。それを6回繰り返す。(6か月の間、毎月一連の治療があるわけである。)点滴の直前に受けたCTの結果、鎖骨に転移が認められ、改めて放射線を行うか、このまま抗がん剤投与を続けるか、現在様子をみているところである。

 母は高齢のため、老人医療が適用されるので、医療費は全体の一割負担である。
しかし、病院での入・通院患者は、圧倒的に現役世代が多く、医療費の負担は三割となっている。
10代の終わりごろの人から、定年前の世代まで、さまざまな若い世代の人が、高額な治療を受けているのは事実だ。

 ひとつのがんを放射線で叩いて、消滅(完全とはいえない)させたとしても、体の中にがんがある以上は、次にまたどこかに現れるのは避け難い。
抗がん剤にしても、100%の治癒というのは事実上難しい。
しかし、そのようなひとつひとつを、延命治療であるといってしまうとしたら、記者同様に多いに疑問である。
 
 また、「急速な高齢化と医療技術の進歩で、医療費は増え続けている。」というくだりにも全く同感である。医療の技術が進歩することは素晴らしいことではあるが、果たして高齢者にとっては、それがまったく嬉しいことであるかどうか。治療は時として酷である。
 
 この記者のように、患者がまだ現役であれば、尚更治療をやめるわけないはいかないだろうし、そのような状況はいつ誰の目前に起こっても、全く不思議はないわけである。
 
 余談だが、父もがんであった。母の手術時に心臓疾患があることがわかり、大きな心臓の手術後にがんが発症。一度は手術、転移して次は放射線、そしてまた転移が見つかり、内視鏡の手術と、1年半の間に4回の手術を受けて、最終的には動脈瘤が引き金になり、手術室に入ったまま意識を取りもどすことなく3日後に亡くなった。

 がんは、もぐら叩きのように現れる。それを告げるのは医師であり、進歩した現代の医療である。ここで、「急速な高齢化と医療技術の進歩」という別な論点が見いだされるのである。

 母の場合は、まだまだ治療が続くということであり、同じようなひと、あるいはもっと進行しているひとと考えると、それを自己負担で受けるというのはいかがなものか。

 ちなみに、父が受けた放射線治療の第1回目の自己負担額は、1万円を超える。一割で1万円であれば、全額負担は10万を越える。放射線は、計26回あるから全てを受けるとすれば、相当な金額になるが、決まった量の放射線を分割して短い時間で照射すると、この回数が必要になるのである。母も同じく26回を2ヶ所受けたし、抗がん剤を含めて、まだまだ治療が続くということであり、同じような人、あるいはもっと病的に進んでいるひとと考えると、それを自己負担で受けることにするというのは、絶句する。すべてのひとが、高額医療を受けることの出来るがん保険に加入しているとは考えにくい。

 現代の老人の三人に一人はがん患者である。私たちが老人になる頃には二人に一人になると言われている。それほどに、人は長生きをするようになったということだし(急速な高齢化)、医学が進歩しているということでもある。

 仮に明日、あなたや、あなたの恋人や配偶者、親、あるいは子が、がんを告知されたとしたら、どうだろう。勿論、そうでないことを心から祈るし、この問題を議論するものではないが、まだ若い大学生が、帽子を被り点滴をひきずりながら歩く姿や、親の病室に見舞いに来ている小学校低学年くらいの小さな子どもたち、生まれたての赤ちゃんを連れて通院する若い母親、車椅子で介護の手を借り、待合室で死んだように待つお年寄り。がんと診断され、病気のことよりも、治療費の捻出に頭を抱えていた中年夫婦。薬の副作用で髪は抜け落ち、長い時間を待合室や病室で過ごすどの沢山のひとたち。それぞれの方の想いは計り知れず、いつどの場面に遭遇しても、心が痛み、視界がゆるんでしかたがない。



  Scarlet moon
2005年11月22日(火)  

ささやかな嫉妬は
欲望に灯を燈すルビー色の媚薬になる

欲しいものを手に入れてしまうと
ねだる気持ちが喪失する

それを寂しいと知っているから

緋い月は
舌の上でワインをころがすように

そっと味わう




  Sweet Magical Stairs
2005年11月19日(土)  



おうちには ひみつのかいだんがあるから

さんたさんに おねがいのおてがみをかいたら

そのかいだんをのぼってとどけてきてあげる





     子どもたちには見えない階段
     小さな願いの叶いそうな予感にわくわくする子どもがいて
     大喜びするシーンを想い描いてわくわくする大人がいる


     ・・・やがて
     夢を見ていたのはこどもたちだけではないことを
     教えられる時がくる

     
     クリスマスは とろけるほどに甘い
     幸 せ な 時 という 神さまがくれる贈り物
     箱に入れてリボンをかけて
     いつまでもずっと暖められている


     誰もがみんな魔法使い
     誰もがみんな魔法にかかる
     子どもも 大人も みんなみんな輪になって
     


     本当は?
      一番の鍵を握っていたのはだれ?
      一番の夢を見ていたのはだれ?
    

     それは
     神さまが教えてくれる その時までのお楽しみ
     甘い甘い ミラクルが そっと種明かしされるまでの
     お た の し み



  指を折って数えないとわからないお値段がついたひと
2005年11月16日(水)  

 夕方のニュースで、ヤンキースの松井選手が、日本人では史上初めての巨額なギャランティでの契約更新のニュースを伝えていた。スポーツの選手が海外へ出て活躍し、ギャラが上がっていくのを見るのは初めてではないが、その時映し出された彼の映像を見ていたら、やっぱり松井選手って素敵だなと思ってしまった。

 どの場面を見ても、松井選手の服装がいつもシンプルでそれほどのお金持ちを感じさせないものがあるからである。いくらシンプルなシャツであっても、お値段はそれなりなのだとは思うのだが、それにしても嫌味がない。

 私は野球やサッカーはあまり詳しくないので、そのような見方をすると偏見と思われるかも知れないが、こういう時、どうしても浮かんでしまうのは、まるで浮かんで欲しくないサッカーの中田英寿である。

 中田の場合、実力の方は名実ともにあるのだと、それは大いに認めるのだが、あのファッションセンスがどうもいけない。何日か前ににも帰国した時の映像を見たが、そして伝える番組の方もどうしてもその話題になるのであるが、何で彼はいつもあのようなブランド満艦飾なのだろう。

 彼(あるいは彼のスタイリスト)は、ヴィトンやヴェルサーチェから、一体いくら貰っているのか?と聞いてみたくなるほどである。足し算が過ぎて何かが足りない。

 ファッションには内面が出る。それを選び身につけることは、何らかの形である種の人間性が浮き出てしまうものである。もしもあれが彼の好みだとしたら、かなりのコンプレックスを持っていたに違いない。(一体何になのかはわからないけど、邪推ならいくらでも出来そう)彼ほど、ヨーロッパ老舗の品々を日本的に消化している人間はなかなか見られるものではない。それともああした海外ブランド純日本風ダサさのマネキンが、やはり必要なのであろうか。

 断っておきたいのは、イタリア人はとてもスタイリストであるということだ。お金のない若いうちはともかく、ある程度の余裕が生まれて、ある程度お洒落なひとであれば、とても素敵な着こなしをする。セクシーだしエレガンスだ。間違っても中田が、素敵なイタリア男と同じだと思ってしまってはいけないのである。彼を見るたび、私はいつも恥ずかしくて赤面する。

 話がそれて、自分でもそれが本筋だったと思いたくなるが、じつはそうではなくて、松井選手の高感度が高いということを書きたかったのである。ああ、彼は是非ともあのままで行って欲しいものだ。いや、たぶん、彼はずっとあのままだろうと安心している。

 伝える安藤優子さんが、いつになくはしゃいでいらしたのも、なんだか私には嬉しかったりするのであった。大きなお世話だろうけど。



  狂った計算 東野圭吾
2005年11月15日(火)  

その日は浮かなかった。

 東野圭吾の「狂った計算」という短編を読んで、その文章から目が離せなくなった。

 一人の主婦が、ある男に出会う。女が紅茶が好きだと知ると、男は美味しい紅茶の専門店を教えてくれる。ときどきその店に男が現れることを知ると、女はなんとなくその時間帯にその店に訪れるようになる。男に会える時もあれば、そうでない時もあり、その時は会えなかった。そして、その日は浮かなかった。

 何かを大きく期待して、心を躍らせながら行動を起し、結局期待に添うようなことが起らずに、とても落胆することがある。とてもわかりやすい感情だ。しかし、この場合は、心を躍らせることは自重気味に、どちらかと言えば感情は静かに抑えていた。だめでもともととか、どちらでも良いとか、そんな風に意識が働いているのだと思う。仮に思うようにならなくても、それをやり過ごせるために。

 しかし、実際は、その日は浮かなかったのである。大きな嘆きや悲しみといった、わかりやすい感情ではなくて、浮かない気持ち。心に何かをかかえて気が晴れないというようなものとは違う。失ってみて初めて知る存在の大きさや喪質感だとか、そんなはっきりしたものでもなく、泣いたりするものとも違う。

 それほど白と黒のはっきりした線ではない、もっと灰色の曖昧なところで、無意識のうちに、本当はとても大きな期待をしていたことを知り、自分の内側の声を始めて聞いたときのようなおののきが、浮かなかったという言葉から感じ入ってしまったのである。

 感情の喜怒哀楽の間にある色んな気持ち。ひとつの想いと想いの間に細かいグラデーションがあって、その中のほんのひとつの色が、浮かなかった気持ちだ。

 まだ読み始めたばかりの著者の本のことをあれこれ書くことは出来ないけれど、浮かなかった・・・何かが私の中で際立っていたので。



  お伽話なノスタルジー
2005年11月14日(月)  




家の近くにはお気に入りのスポットがある。
坂道の途中でその場所が近づくと、わざとアクセルをふかして加速する。

目の前にあった道が唐突に終り、晴れていても曇っていても
遠く目の前には、星たちが瞬く横須賀港の夜の景色は
街灯りにかこまれて、船の晄はきらきらと、水に映ってゆらゆらと眩(まばゆ)くて
横浜の海岸通りを歩くみたいに、郷愁に似たさみしさに包まれる。

見るたびに、想いだすのはアンデルセンの人魚姫の、幾度も繰ったページの挿絵。
甲板には、パーティを抜け出した王子がいて、暗い海には王子を悲しく見上げる人魚姫。
心配そうな姉たちと、メデューサみたいな髪をして、魔法の薬を持つ魔女がいた。
魔女の鼻と爪は長く長く曲がっていて、ガラスの瓶からは白い煙がたちのぼる。
船上から絶えず聴こえるワルツの調べと華やかな笑い声
シャンペングラスのはぜる音についえた人魚の小さな泡。

帰る途中で、どうしても車を止めてしまう場所。
心細くて、ノスタルジックな気分を誘う、眼下に広がる満天の星。



  セピア色の声
2005年11月13日(日)  

充電が切れる音かも知れない・・・
ふいにカナリア色の電子音が聞こえた
突然聞こえなくなるかも知れないはずの会話は
何故か途切れることがなく続いた
夏の日の光と影

晩秋の黄昏が
ボイスメモリーの中に入っていた声をつれてくる
あの時誤ってスィッチを押してしまったのは
灼熱の太陽ががはめたオレンジ色の罠
それとも街路樹からのぞく天使のいたずら

時が経っても変わらない声
心のシャッターが焼きつけた画像が
ミルク色した記憶の彼方から
かすかにすこしずつ浮かびあがる

残像は
言葉の意味はもうなくなったとしても
少しずつ色褪せてゆくのだとしても
近くの彼方へ 淡く鮮明に残ってゆく



  芳香
2005年11月12日(土)  

蘭の花は、もともと虫媒花で
虫に花粉をつけさせるために花の作りを進化させてきたそうです。
蜜を出し放香し誘い込んで実を結ぼうとする複雑な形は、種の保存のためだとか。

熱帯地方に咲くらんの花は、花びらも葉も非常に硬く
見た目にはサボテンの葉に色がついたような質感があります。
色も鮮やかで、花びらに細かい線がスッと入ったもの、葉に斑点や縞の入ったもの
虫に食べられないよう身を守るために、まるで昆虫を思わせるような模様のあるもの。

複雑な形の蘭の花は、見れば見るほど
可憐な花の精というよりも、妖しい化身が宿って見えるような気がします。


     綺麗な薔薇には棘がある
     それは本当だけど
     悪の華には色がない

     あたしは食虫花
     純白に佇む隠花植物
     だから纏うのは香りだけ

     ふらふらと蝶がくる
     鮮やかな色を見せびらかせて
     花を枯れさせる遊び人みたいな男が

     やがてあたしの匂いを嗅ぎとると
     その指は狂った揚羽蝶のように
     フェロモンのありかを探りはじめる

     花びらの陰で淫靡な香りを濃くして
     あたしは甘い蜜をあふれさせ
     男の体をからめとる

     蝶が舞い あたしは濡れて
     鱗粉の 最後の粒子を味わいつくすと
     やっとおなかがいっぱいになる 

     美味しかったわ ご馳走さま

     そしてまた清楚に佇み
     かすかに香る
     あたしは蝕虫花だから・・・



  篝火草*シクラメン*の窓 田辺聖子
2005年11月10日(木)  

 数日前にもこのひとの小説のことを書いたのだが、同じ短編集にあった、この小説が特に素敵だったので。

 若い頃に読んだ時には、とても庶民的な味わいと、カラリとした若い恋愛物の印象が強かったのだが、今読んでみると、一体何を読んでいたのかと思えるほどに違う。

 話の中に散りばめられているのは、会社を定年退職したような年齢層の、恋愛とはいえ、愛とか憎しみといったなまなましさはなくて、かといって、単なる友達関係とも違うストーリー。そこにはやはり恋がある。人生を引きかえすことは出来ないし、そうするつもりもない男女の機微がしっとりと描かれていて、それはとてもしっくりする。

 しみじみと人生は濃ゆい。
希薄なようでいて、酸いも甘いもかみ分けた大人は、恋の美味しさを味わう術を知っていて、美味しいところだけ上手に掬いとっている。大人の恋という言い方は、どこか胡散臭くて好きではないのだが。

 知らないことは知らないままに、あえてつまびらかにする必要はない。本当に必要なのは、目の前にいるお互いと、その時共に過ごせるだけの空間と、気持ちだけである。出過ぎることはないけれど、かといって控え目を課しているのでもなく、エネルギーの燃やしどころを心得ていて。

 男は消耗品だ。少しもずるくなく、少しも嫌味でもなく、さらりとした実感がある。年齢と経験を積み重ねてきた者たちだけにしか得ることのできないたおやかな深み。年をとるということは、きっと溶けてゆくことだ。見実を結ぶか結ばないかなどは何の意味も持たないのだ。したたかに、ふてぶてしく、あたたかくとけてゆく。

 早く年をとってみたいと思えるような、そんな素敵な小説集だった。



  恰好いいって何か
2005年11月08日(火)  

 ネットの中でもリアルでも、恰好よく年を取りたいとか、恰好よくありたいというひとが沢山いる。
特に男性は、その傾向が強い。男みんなに共通の思いなのかもしれない。私だって、恰好いいのは好きだ。

 でも、その恰好よさって何だろうと考えると、はてさて、みんなが同じように思っているわけでもなさそうだと思い至る。昔むかしからある言葉なのに、ちっともすたれていない、死語にならない「カッコいい」。

 先日、テレビに波乃久里子さんが出ていらした。当代きっての歌舞伎役者(と私は思っている)、中村勘三郎さんの実のお姉さまである。番組では、知られざる歌舞伎一家の生活のようなものを扱っていて、波乃さんが父である十七代目中村勘三郎氏のことや、家族での生活を想い出を交えながら、紹介するものであった。

 残念ながら、途中で時間がなくなってしまって泣く泣くテレビの前を離れたのだが、母親の久枝さんは、六代目・尾上菊五郎の長女で、勘三郎氏が久里子さんにはとても甘かったのとは正反対に芸にはとても厳しくて、久里子さんが出来るようになるまで、朝まででも稽古をつけるような方だったらしい。

 再現フィルムによると、いくらやっても出来ない久里子さんに業を煮やした久枝さんが、久里子さんを階段の下に向かって突き落としてしまうシーンがあった。(手すりがあったので、転がり落ちてしまわなかったけど)それはもう、芸の鬼という顔で、言葉は憶えていないが、キレのいい江戸っ子弁だった(に決まっている)。私はそれを見ていたら、ひぇぇ〜〜、恰好いい〜!と思ってしまったのである。

 なんてことをいうと、なんと荒っぽいと思われそうなのだけど、(虐待とか、野蛮とか言われそうだし)なんというか、こう、小股の切れ上がった女がとっても好きなのだ私は。ということを改めて確認したのである。

 そういう恰好良さはちょっと私には手の出ないものではあるが、そう、どちらかといえば粋な女がいいと思う。私がカッコ良くなりたいと思うとしたら、延長線上には、粋。小股の切れ上がった粋な女。ピンシャンと筋金が入って、まさしく竹を割ったような。(ここで確認したいのは、ほかのことには鷹揚であるという点だ。癇症病みとは違うの絶対に。)ああ、カッコいい、憧れちゃう。

 
 そこへいくと男の場合は・・・。
っていうか、やっぱりそういうのって、他人が認めてナンボだろう。男性のみなさん、頑張ってくださいましね。



  11月の夜の雨
2005年11月07日(月)  

ヘッドライトのスポットが
雨のラインを悲し気に浮かびあがらせると

すり抜けるテールランプがあざ笑うように
不規則な赤い螺旋を描いて消えてゆく

濡れ羽色のアスファルトは
わずかに埃の匂いを放ってここにいるわと主張して

墨色の空に浮かぶ
色づきはじめた木々の影を映しだす

タイアの飛沫(しぶき)をからませる音が
その影を激しく愛撫して通りすぎる

愛されたいのは
愛し足りないからだと言い残して

ひと気のない夜の銀杏並木に
ゆきずりの雨が降る



  ご挨拶にかえて
2005年11月06日(日)  

 寒い一日でしたね。
晴天の昨日は、日中汗ばむほどでしたが、雨の今日は気温も低く、エアコンは暖房に。

 この場をお読みいただいている皆さまはすでにお気づきのことですが、トップページを変えてみました。
サイトの構成は、なるべくクリックの回数を少なく、ということだったのですが、ふと気がつくといくつか手数のかかるようになっており、少々気になっているところでした。

 日頃更新もままならずにおりますが、何かこう、気分転換をして、また違った形になるのも良いかな、などと考えました。
といって、中身は何も変わってはおりませんが。(笑)

 この部屋が出来て、丸二年が過ぎました。その前の時からを入れますと、5年目ということになります。初めのころのDiaryを読みかえしてみますと、ずい分と暢気にやっていたものだと思わざるを得ないところです。

 日々はほんとうに少しずつ過ぎて行きますが、長い単位で考えてみますと、ひとの生活は刻々と変わっております。その中には、ネットに表出しない部分も勿論あります。むしろ、リアルとネットとの間がピタリと重なることはありませんし、それは私のネットに対するスタンスというものでもあります。

 同じように、皆さまの5年間も色々なことがおありと思います。長いお付き合いの中で、コンスタントに更新を続けられていらっしゃる方の方が少なく、どうされたのかと思っているとお忙しかったり、ほかのことに取り組まれていらしたり、さまざまな理由や事情で更新と更新の間にすき間がある場合が多くなってまいりました。

 そのことは、ひととして当然のことであり、リアルを押してまでネットというのは、私個人としては考えにくいものでもあります。
といって、初めのころはただ珍しく面白く、楽しくて、かなりなハードユーザーであったことも事実ですが。(笑)掲示板へもちょくちょくお邪魔いたしましたし、当方の掲示板も賑わっておりました。状況が許したということでもありますが、今とは温度差があることも否めません。

 最近はすっかり落ち着いて、ロムの方が多いくらい。ブラウザを通しての関わり、文字だけの関わりではありますが、おひとりおひとりの個性は、胸のうちにしっかりと刻まれていて、日々の生活の中でも、どうされていらっしゃるかと想うことも当然あります。すっかり更新をやめてしまわれた方のことはとても寂しい気持ちもいたしますが、そうしたことも受容しつつ、今後も細々と続けていこうと思っております。

 皆さまに、つつがなく、平和な日が続きますように。



  夜の香雪蘭*フリージア* 田辺聖子
2005年11月05日(土)  

 久しぶりに田辺さんの本を読んだ。
この方の小説を初めて読んだのはイタリア時代。日本語に餓えていた私に、ときどき父や母の読んだ本がまとめて船便で送られてきて、その中に何冊も混じっていた。たぶん、父が読んだものだろう。

 大阪人らしく、登場人物の会話はほとんど大阪弁で、プロフィールのお写真からは、私とはとても年齢差を感じたのだが、意に反して描かれるものは、若々しい、活き活きとした恋愛ものが多かった。もしかしたらお若かったのかも知れない。印象に残るのは、ほんのり。そう、どれもこれもほんのりという言葉がとてもよく似合う内容だった。


 それから強く感じたのは、なんと語彙の豊富なひとだろうということ。私の語彙は、このひとから頂戴したものが沢山ある。辞書をひきひき漢字のひとつひとつを調べた記憶がある。あの頃は、少しばかり緊張をして、ほんのりを味わっていたと思う。

 

 最近、ブックオフでこの本を見つけて迷わず連れて帰って来た。短編集のまだ二作目なのだが、改めて読むと、あの時の緊張感がないぶん、物語が細胞にゆきわたるような心地よさがある。

 相変わらず台詞は関西弁。真似ようと思っても出来るものではないけれど、描写のひとこまひとこまが、とても瑞々しくて美しい。田辺さんて、やっぱり素敵だなと改めて思う。



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