momoparco
  越智吹雪物語
2006年03月19日(日)  


 行ってまいりました、日生劇場です。
 越智吹雪さんのことは、昨年2月に↓↓この場所に書いたのですが サン・トワ・マミー(別窓) ちらしでこの広告を見た途端、これは観るしかないという気持ちでした。そっくりなんだもの。

 越智さんを演じるのは池端慎之介(ピーター)。まるで越智さんがのりうつったかのようだというお話をあちこちで聞いて、日に日に期待が高まり、心が躍っておりました。

 私が、在りし日の越智さんを拝見したのは子どもの頃でしたから、実際のステージはテレビで垣間見たことしかなかったので、憧れの越智さん、とても楽しみにしておりました。

 お話は越智さんが宝塚音楽学校に入学した年、同じ年に広報部に入社した岩谷時子さんとの出逢いの場から始まります。それから女二人の厚くて固い友情は、越智さんが亡くなられるまで、そしてその後も続いて行くわけですが、実は私、昨日まで、岩谷時子さんといえば、作詞家さんだとばかり思っていたので、いきさつを知って驚きました。岩谷さんを演じるのは、高畑淳子さん。この方、私の中では、某番組でのカリスマホストにめろめろ、ぼろぼろになってしまうお姿が鮮明に焼きついておりましたが(爆)、そんなイメージは見事に払拭され、岩谷さんの、思慮深く控え目なお人柄そのままに、押えた演技がお見事でした。

 越智さんは、宝塚音楽学校から同歌劇団に入団、わずか数年でスターの座に昇りつめるわけですが、人気と反比例するように、彼女の中ではいつまでも宝塚という小さな世界ではなくて、もっともっと広くて大きな世界に羽ばたきたいという気持ちが強まって行きます。芸術家ではなくて芸人になりたいとの熱い想いは募るばかり。ついに意を決して退団届けを出すのですが、時を同じくして、憧れの東京(帝劇)から是非彼女をとの誘いがかかり、退団届けは預かりのまま(宝塚に在籍のまま)当時の豪華なキャスト(森繁さんとか)と共に舞台を共にすることになります。『モルガンお雪』は、男役スターだった越智さんが、粋な芸者衆に扮し、男優とともに舞台にのるという、彼女にとっても願ったり叶ったりの企画で、舞台は成功をおさめます。その後、単身パリに渡り、シャンソンの世界で大きな刺激を受けて、ひと回り大きくなって帰国するのでした。

 代表作となった『愛の讃歌』のいきさつも初めて知ったのですが、この曲はもともとエディット・ピアフの書いたもの。ピアフの悲恋。彼女が恋人のために創った曲は、一度も彼に聴かせることは出来ずに彼は亡くなってしまうのですが、この曲を越智さんが歌うことになった時に、そのままの歌詞では暗すぎるというので、急遽、岩谷さんが日本語の歌詞をつけることになります。その後も沢山の曲に歌詞をのせていらっしゃいますね。


 高く青い空が 頭の上に落ちてきたって
 この大地が割れて ひっくり返ったって
 世界中のどんな出来事だって
 どうってこたぁ ありゃあしない
 あなたの この愛の前には
愛の讃歌
作詞 エディット・ピアフ 日本語訳 三輪明宏


 テープなどのない時代ですから、黛敏郎さんの弾くピアノを何度も聴いては歌詞をつけていくのですが、最初はとても出来ないとしり込みをしていた岩谷さんが、ついに説得に負けて歌詞を書き始めると、それはまるで天から降りてくるようで、日頃控え目な彼女の想いが極まり朗読するシーンは、心が揺さぶられるほどでした。

 そして、越智吹雪ステージのシーンへ。『サン・トワ・マミー』『ラストダンスは私と』『ろくでなし』などなど・・・。曲が始まるたびに鳥肌が立ち涙が流れてしまいまして、ハンカチで顔を蔽いたくなるほどなのだけど、舞台から目は離せないのですね。

 観ているうちに、越智さんが素晴らしく、ピーターが素晴らしく、何がなんだかわからなくなって、コーちゃんとピーちゃんがごっちゃになって、コーちゃんトレ・ビアン!ピーちゃんブラボー!みたいな。(笑)その洒脱な歌いっぷりと、パリの豪奢で粋なファッションに身を包んで颯爽としたドレスの裾さばきの恰好よさ。口元の表情や、目つきやお茶目なしぐさのひとつひとつが越智さんそのもので、ライヴの醍醐味が相まって、まさしく光臨。

 歌詞の中に『好きよ』という言葉が沢山出てくる歌があって、心変わりした恋人を問いつめてなじるような歌なのだけど、好きよ、好き好きとその言葉が何十回と繰りかえされるのですが、ひとつひとつの好きが、今まで聞いていた好きとは同じ日本語とは思えないほどに美しい響きを持っていて、凄みすら感じるものでした。歌い上げた越智さんが凄くて、彷彿とさせるピーターが凄くて。もちろん、『愛の讃歌』は圧巻です。

 それに、ピーちゃん(笑)のあの脚の細さ!なんでしょ、あれ。とても男のひと(だしょ?)の脚とは思えないような膝下の美しさ!ダンスを踊る方の脚は、やはりしっかりと筋肉があるはずなのに、彼の脚ってそれがないのですね。細いヒールの似合うこと、その美しい線といったら、黒木瞳さんの半分くらいしかないんだもの。

 ピーターって、どうなってるの?って部分が沢山あるのだけど(爆)あの脚もまさにそれ。天は色んなものをひとに与えるのだなと。あるものとないもの、ないものとあるもの、得るべくして得たもの、それともあらかじめ与えられたもの。努力や忍耐とは、他人が認めて初めて意味をなすものだと思うのですが、本当に天から与えられたものに磨きをかけるとき、そのひとはそれを努力とは決して思わず、むしろ愉しみながら、文字通り歌うようにものにしてゆくものなのだと思います。そして実を結んだ時、それらが全てオーラとなって後ろから輝いているのではないかと。

 越智さんの稀有な存在感と、ピーターの幅広い芸がぴったりと重なり再演を繰り返されるこの舞台を、また何年かしてもう一度観てみたいと思うものでした。越智吹雪さん、沢山のひとに沢山の夢を与えていらしたんだなと心から思いました。

 


 あなたの燃える手で 私を抱きしめて
 ただ二人だけで 生きていたいの
 ただ命の限り わたしは愛したい
 命の限りに あなたを愛するの
 頬と頬よせ 燃える口づけを
 交わすよろこび
 あなたと二人で 暮らせるものなら
 なんにもいらない
 なんにもいらない
 あなたと二人で 生きていくのよ
 私の願いは ただそれだけよ
 あなたと二人
 固くいだきあい 燃える指に髪を
 からませながら いとしみながら
 くちづけを交わすの 愛こそ燃える火よ
 私を燃やす火 心とかす恋よ

愛の讃歌
 作詞:エディット・ピアフ  日本語詞:岩谷時子
 作曲:マルグリット・モノー 唄:越路吹雪




  Ngocchi alla Primavera.
2006年03月12日(日)  


 春を感じたら、何故かボロネーズとニョッキが同時に食べたくなってしまい、ニョッキにこのソースで良いのかと自問しながら、でも食欲に負けて作ってしまいました。
春の一日のランチは、ニョッキボロネーズ。(笑)

 食事の際に、画像を写したことがないので、いただくときになって、ソースとニョッキを混ぜ合わせながら、ああ、こちらを写すんだったと思ったのは後の祭り。(笑) 
 せっかくだからたまには書いてみようかしら?と思ったのは、友人バレリアのボロネーズの作り方。

 イタリア料理は、家庭料理が基本なので、これが絶対の作り方というのはなくて、各々の家庭の主婦が我が家の味としてそのレシピがあります。特に、基本となるトマトソースにいたっては、作り方やこだわりは千差万別。でも、どの家庭の味も私にはとても美味しくて、口に合わないなどということはありませんでした。これって、もしかしたら日本の家庭でも同じことかも知れませんね。

 さて、バレリア一家のボロネーズの作り方

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材料(8〜10人分 ^^; メインのおかずではないので、小分けして冷凍しておくと良いですね)

人参      中くらいのもの 1本
玉ねぎ     同じく中くらい一個
セロリ     一本
ニンニク    3片
ひき肉     250g
ブーケガルニ  適当に
トマトの缶詰  2缶
(お薦めは、カゴメが輸入販売している、Cirio のものか、Spinadoro のものですが、イタリア産トマトなら、デルモンテでも大丈夫です。)
オリーブオイル 少々
(お薦めは、Olio Sasso というものですが、これも何でも可。サラダオイルでも可です。)

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� 〜瓦討量邵擇鬚澆犬鸚擇蠅砲靴董▲�イルで時間をかけて煮込むようにしっかりと炒めます。
(バレリアは、ブーケガルニの中身も一緒にみじん切りにしていましたが、好みによっては、後から取り出せるようにしておいても良いでしょう)

�◆´,砲劼�肉を加えて、全体に火が通ったら、塩、こしょうで味付けをして、缶詰を丸ごと入れます。
この時、缶にこびりついたトマト汁が勿体ないので(爆)水をささっとくぐらせて入れてしまっても可。

�� くつくつと煮立ったら小一時間、弱火にしてコトコトと煮込みます。
あらかたの水分が飛んだところで、更に塩、こしょうで味付けをします。
トマトの出来によって、酸味が強ければ、ほんのわずかの砂糖を加えることもありますが、そこまで酸味が強いということは滅多にないことなので、なるべく我慢。
市販のマギーブイヨン等を入れて、好みの味に整えます。
(一つずつ入れては味見をしてみます。)

�ぁ,弔い砲箸Δ箸Α⇒省�な水分が飛んで、みっちりとしたソースが出来れば完成です。
本来は、パスタといただく方が美味しいと思いますが、というか、ニョッキはそのもの自体が重いので、バジリコの葉など入れたあっさりトマトソースの方が似合うのですが、今日の気分はこちらでした。

 あまりお料理の話題を書かないし、食卓の画像は慣れないしで、見にくいですね。^^;
一応、イカスミのCiabattaと共に。
・・・チャバッタってぞうりの意味で、切る前は、本当にぞうりみたいなパンですが、とっても美味です。

 イタリアのキッチンの香りが漂う春のメニュー、Ngocchi alla Primavera.は、あくまでも momo* 風味、パスタでいただく方がベターです。
また、このソースをラザーニャに使っても美味しいですよ。

 画像を沢山使ったら、疲れちゃったみたいな春のDiaryでした。^^;



  啓蟄
2006年03月11日(土)  

 昨年6月に愛を捕まえた夜がありました。それがこの画像。大きなノコギリクワガタの♂を、なんと道を歩いていて拾ったのが始まりでしたが(右側の煙草と比べてみても、大きさがおわかりでしょう)、その後このように愛をひっかけるための竹(別窓)という状態がありまして、一頭では可哀想なので、お店で♀を買ってきておりました。

 ♀の方は土の中からなかなか姿を見せなかったのですが、食べ物が減っている様子を見て安心しておりました。

 それに、私には虫のことにとてもお詳しい、虫愛づる姫(別名柊さん、またある時はroba さん・笑)という心強いお友達がいてくださり、彼女から色々とならではのアドヴァイスをいただいて、なんとかやっておりました。

 ・・・ところが、ある朝見ると、この立派な♂君が・・・、ブローチ状態になってしまっていたのですね。(涙)つまりもう、硬くなってしまっておりまして、ああ、やっぱり私には無理だったのかなと、それならいっそのこと、早く自然に帰してあげれば良かったなどと思ったりして、♀の方は早く帰してあげようと心に決めたその夜、またまたなんというか大きな先代の再来のように二代目の♂を拾ったのでありました。

 なんだろう、この偶然。しかも、こんな都会でそんなことがあるなんて、やはりこれは神様の思し召しかも知れないと、再び連れて帰ってしまったのが昨年のこと。

 画像がないのは、秋も深まり飼育にはあまり自信がなかったので、あまり手を出さずにいたためで、未だに写していないのですが、今度の♂は先代よりふた回りくらい小さいオオクワガタ(だと思う)。さて、この二人が仲良く出来るかどうかと懸念しておりましたが、本当に寒い日が始まり、自然にまかせておいておりました。

 今日、春先の暖かい陽だまりを感じて、なんとなくケースの中が気になって、ついうっかりちょっと、いじってしまったのですね。まぁ、言ってみれば人為的啓蟄とでも申しましょうか。

 そしたら!ふふふ。元気な♀を発見。ちゃんと生きていてくれました。冬越しなど私に出来るかしら?ととても心配でしたけど。
それに、何やら土の一部が小さく蠢いたような気がして、ちょちょっとひっくり返してみたら!幼虫がいるではありません??クリーム色の頭にオレンジ色の体。いきなりの明るい光に驚いた様子で、うねうね動いているので、ごめんねとばかりにすぐまた土をかぶせてしまったので、こちらも画像はないのですが。何かこう、生命力のすごさとか、生あるものの健気さとか、そんなことを感じてうるうるしてしまいました。感動しますね。特に新しい命の誕生には。


 柊さんちのクワ嬢(10倍ルーペで)⇒⇒⇒
 彼女の場合は、さすが手馴れたもので、真冬でも室内で飼われるペット状態なのでした。もう私にはとてもその真似は出来ないのですが、今日の出来事がとても嬉しかったので、ご報告にお邪魔したら、掲示板に画像を貼りつけてくださったのでUPさせていただきました。

 栄養状態もよさそうにツヤツヤで(なのか?)、しかも10倍ルーペでの立派なお写真は、見合い写真にもなりそう。これで素敵な殿方が見つかれば、おっしゃることは何もないそうな。(クワ姫がですわよ、年のため・・・たぶん)


 このところ、北風はめっきり弱まり、三寒四温をくりかえしながらひと雨ごとに春を感じておりました。新しい命の芽吹く季節。春先は、薄い色をした花が目立ちますね。桃の花は文字通り綺麗な桃色。早咲きの桜はうっすらと淡い桃色。ソメイヨシノやハモクレンの固い蕾も、もうすぐにほころびそうな気配を見せてくれています。ひとつひとつの花びらが小さくてはかなげで。

 それに卒業の季節。あちこちで卒業式も行われているこの頃、また新しい始まりを迎える日も近いということでもありますね。春はやはり、心が浮き立つような、嬉しい季節でもありますね。



  唇に微笑みを
2006年03月08日(水)  

 昨年の終りごろ、ある方のブログに、お友達の結婚披露宴に列席された日のことが綴られていた。おしまいに、全ての邪がリセットされたような日だったと締めくくられていた。その言葉がいつも頭の片隅にある。

 記憶をする脳の組織とは、弦楽器のようなものだと思う。振動する琴線がその後の記憶を決めてしまうようだ。
想い出したくないことを思い出すより、忘れてしまいたくないことをいつも想い出せるようなそんな弦に触れさせたい。
エバンスのピアノのように、鍵盤を、叩くのではなく、つまびいているような音色の記憶。

 心を浄化させるのは、選び出す風景や状況ではなくて、映し出す内側によるものなのだろう。だから、いつも心に花束を。



  見えない情事...小池真理子
2006年03月06日(月)  

 忙しいとはいえ、毎晩ベッドに入ってから本を読むのは、赤ちゃんが眠りにつく前におしゃぶりをくわえるのと同じようなものなので、日によって数行で眠ってしまうこともあれば、何ページも読み進んでしまうこともある。

 先週のある時、新しい本がなかったので、書棚にあったこの本を選んでベッドに入った。明らかに過去に読んでいたらしいのだが、読み始めてみたら内容をあまり憶えていなかったので、再度読んでみようと思ったのである。

 小池さんの本を初めて読んだ時の感じは、以前にも書いたが、なんと辛気臭い文章を書くひとだと思ったことだ。以来、何冊か読んでみても、新しい感覚も憶えるのだが、どうしてもその辛気臭さというものが抜けてくれない。しかし、それが彼女の彼女たるゆえんなのだろうと、けっこう好きな作家の一人となっているのも確かだ。

 本来彼女は、ミステリーが分野であるらしい。なるほど彼女の短編集は、確かにその色が非常に濃いし、かといって例えば夏木静子のようなミステリーに重きを置くような書かれ方ではなくて、女性ならではの心理描写がリアルに掘り下げられていて、まるで私の内面を覗かれているような感覚を憶えてしまうほどであり、それゆえの怖さがある。

 見えない情事は短編集で、サスペンスにホラーが加わっているものだ。疲れた夜に読むには、おどろおどろしいほど鬱蒼と暗澹としたものなのに、先が気になってついつい読んでしまっていた。もちろん現実に起きた話ではないし、私の日常に現実感があるわけでもない。私は単なる傍観者に過ぎないいはずなのに、いくつも続けて読んでしまったその晩は悪夢にうなされてしまった。いくつか見た夢、そのどれもが、怖ろしいホラーチックな夢ばかりなのである。目覚めの悪さといったらなかった。朝になって、何故あのような夢ばかりを見たのかと、まどろみの中で思い返せば、思い当たるのは彼女の本を読んだからだということにしかならなかった。相当な筆力なのだろうなと改めて舌を巻くような思いで、しかし、一日の終り、特に疲れている時などには、あまり読むものではないなと思ったのも確かである。やはり、寝覚めはすっきりしている方が良いと思う。


 ところで、小池真理子はとても美しい作家だと思う。女性の作家でも色々な方がいらっしゃる。例えば江國香織もとても美しい。どちらかといえば、私も面食いだから美しいひとの紡ぎ出したものは、それ相応の凄みがあるようにとこれは極私的に思っている。

 小池さんの生年月日からすると、現在彼女は56歳。私は50代の作家というと思い出すのに、森瑶子さんがいる。彼女は52歳の時に胃癌でなくなってしまったから、作家として活躍していらしたのはそれよりもずっと前の年齢ということになるのだが、経済的にも精神的にも自立した、スマートでハンサムな女を書くひとと言えば、このひとを置いて他にはなかったのではないだろうか。

 彼女の小説のファンだという女は多かったし、それほどに影響力のある小説を書いていたから、ネットをはじめた当初、森瑶子の小説の中に登場する女を気取ったような女がネットの中にもずいぶんといた。私は一ロムリストに過ぎなかったが、そうした女たちは、影響されたもどきであったがために、掲示板等でことある度に衣がはげおちて、ただの凡人であることを露にしては次々と消えていった。およそ、ハンサムとは程遠い形で。

 それほどに、インパクトの強い森さんが最も信頼を寄せ、これぞハンサムないい女であると絶賛していたのは、親友であり、作詞家の安井かずみさんである。安井さんもとても美しいひとであった。私は彼女の作詞は大好きだったし、常にキラリと光る才能を感じてやまなかった。じつに4000もの曲に詞を乗せたという。

 その安井かずみさんが、肺癌で亡くなられたのは、森瑶子さんが亡くなって一年も経たないうちだったと思う。私にとっては、まるで後を追うようにして亡くなられてしまったのが、彼女が55歳の時である。

 女の50代とは一体何があるのだろう。こじつけがましいが、彼女たちと、現在も活躍している小池さんの辛気臭さを考え合わせると、何かがあるような気がしてならない。

 と、くれば、若かりし頃の安井さんと大親友であった加賀まりこさんのことが浮かんでしまう。加賀さんは、現在も尚活躍していらっしゃる女優さんだが、この方が更年期の時に死んでしまいたいというくらいに暗くて辛い日々を送っていらしたということを後から知って、これは本当にまったくもってこじつけがましい以外の何物でもないのだが、私の中では何かが関連付いてしまうのである。

 年齢とは重ねてゆくもので、減ってゆくものでは決してないのだから、自分より先をゆく年齢層や、年代の女性はどうしても気になる。気になるというよりは、何かを示唆してくれるようで、参考になったりもするし、というよりは憧れを持っての興味がある。

 若い層の作家からは、若さゆえの瑞々しい感性を感じとることはあるが、興味というのとは少し違う。かつではそうだった、とか、失ったものに関して興味を持ったところで、この先の何かに影響はあまりないように思うのだ。例えば密かに応援している女優の管野美穂は、楽しみという点においての興味はあっても、自分の将来に思いを馳せるということにはどうしてもならないから。

 話はずれにずれ、とことんこじづけになってしまったけれど、まだ未知の世界、踏み入れていない部分がどうにも気になって仕方がない。女の年齢層、40代までとは明らかに違うような50代。そこには一体何があるのかと、どうしても考えてしまうのが、小池真理子の小説なのである。



  My Foolish Heart
2006年03月05日(日)  

 昨年の終わりごろ、いきつけの jazzinn5 さんの素敵なサイトの掲示板に流れていた曲がとても気に入って教えていただいたビル・エバンスのアルバム『Waltz for Debby』。

 とりわけ私のお気に入りは、一曲目の My Foolish Heart 。タイトルのとおり、jazzinn5 さんの解説にあるとおり、恋をした時の喜びとはうらはらに、私ってなんて愚かなのかしら?と感じてしまうそんな時。自嘲的なものではないけれど、やるせないような気持ちが、白い霧のようにひんやりとしたせつない吐息となって聴こえてくるようで、羽の中にうもれてしまいそうなほど。聴けば聴くほど、涙ぐんでしまう曲です。

 jazzinn5 さんのお部屋では、素敵なjazz が沢山紹介されていて、ゆっくりとひもとかせていただいているのですが、選曲も、レビューもそしてひとつひとつのファイルのつくりが、それはそれはうっとりするほど美しくて落ち着いた大人の雰囲気。

 この曲のことをお訊きしたのは年末だったのだけど、CD を入手したのはごくごく最近。第一曲目にこの My Foolish Heart があって、曲が流れ出したとたんにハートがふーりっしゅ。(笑)というのは変ですが、本当にとても素敵な曲なのです。ふとした時に自然に頭の中に流れています。


 こちらもずっと聴きたいと思っていたアルバム、『春色彩華』東儀秀樹+BAO 。東儀さんの吹く篳篥(ひちりき)と、東儀さんが自ら上海でオーディションをして出逢った中国民族音楽演奏家による、琵琶、二胡、笛とのコラボ。また新しい音が生まれています。雅楽の音は、しみじみと心を和ませてくれる響きがあり、とてもリラックスできますが、中国古来の楽器とシンセサイザーの音が溶け合い、ゆったりとした大きな大地や、中国の雄大な河の流れを感じます。更に、クラシックの『G線上のアリア』のアレンジで醸し出される不思議さが、細胞のすみずみに行きわたるようで、優雅な力を感じています。


 このところ、ハードな日々が続き、サイトの更新はもとより、音楽をゆっくりと聴くこともままならず、驚かれる方もいらっしゃるでしょうが、未開封のCDもまだ何枚かあります。(笑)状況も環境もひとによってさまざま、それぞれに事情もあり、同じように同じことが出来るとは限らないと思いますが、自分の時間、わずかな時間であればあるほど、ようやく手にいれた自由な時間と空間は、大切に使いたいものですね。

 皆さま、素敵な休日を。



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