momoparco
  時代と見事に寝た男
2006年07月23日(日)  




 想い出ばかり積み重ねても
 明日を生きる夢にはならない
 男と女は承知の上で
 辛い芝居をつづけていたよ

 カサブランカダンディ



 尊敬するお知り合いの方から、ストレスが溜まって鬱々としたら、大きな声で歌うといいと教えていただいた。気ままに出歩いて発散できないときのオススメの方法だった。
それで選んだのは、このCD。
普段は日本語の歌を聴くことがほとんどないのだが、一緒に歌うとなるとやはり日本人の曲かと。


 実は、ジュリー大好き。
ジュリーのことは、他の場所で熱く熱く語ったし、今更という気もしていたので、この場に書いたことはなかったのだが、私の中でニッポンの大スターと言ったら後にも先にもこのひとだけ。

 後々色々な新人さんが出てきても、みんなジュリーがやったことだとしか見えないようなところがある。あり過ぎる。
(ギャル世代には、「え?!?!?」らしいし、米米の石井竜也を真似しているのかい?などと言われてしまうのが悲しいところ・←向きになるより涙の脱力)

 余談ですが、このジャケット。ぱっと見たら全部がジュリーなのかと思ってしまったのだけど、よく見ると3人の女性モデルさんがご一緒なのでした。ジュリーの左側に写っている黄色いスーツを着たモデルさんは、かの山口小夜子さん。と思って良く見るとやはり素敵。うつむく体のラインや表情から醸されるものが、これは他のものではないジュリーのアルバムのジャケットであるという意気込みのようなものを感じてしまう。とても頭の良い方だとは聞いていたが、さすが。そして美し過ぎ。

 大人になって歌詞を聴いていると、涙ぐんでしまうようなものが沢山ありますね。
え?何でココで泣くんだ?私は!
と、そういう風に。
このアルバムの歌詞は、作詞がほとんど阿久悠さんなのですが、凄いなと、非常に単純に思います。

 「時の過ぎ行くままに」は、高度成長期の時代、少しずつみんなの生活が安定して、何となく大きな不自由というものから抜け出た頃に、それまでは前向きで明るい「365歩のマーチ」みたいな歌が流行っていたわけで、敢えて「けだるさ」を売りにしたこの曲はとっても流行ったとか。

 山口百恵さんが引退される時、写真家の篠山紀信さんが百恵さんのことを
『時代と見事に寝た女』とおっしゃっていましたが、ジュリーもそうではなかったかと思います。

 そう、「けだるさ」といえば、ジュリー。ジュリーといえば「けだるさ」。
彼の持つ、ルックスや声や、それに曲が相まってそれはそれは斬新な世界を創りあげたのだろうと思います。
私は子どもでしたが、確か「危険なふたり」で、レコード大賞を獲った時の場面で、ジュリーが「作曲家の先生に、『お前の喉もやっとプロの歌手の喉になったな』と言われたことがとても嬉しい」というようなことを言っていて、喉って違うのね?と単純に思ったことがありました。

 ああ、もう能書きは何でも良いでしょう。(笑)
好きなものに理由はいらない。

 アイロン台を部屋の真ん中に置いて、四隅からスピーカーで流れる声に合わせてがんがんと歌います。
すると・・・、イントロが始まった時点で世界が変わる。
発散できちゃったりする。
これには驚きました。

 初めは、そんなことで?なんて思っていたのだけど、そのうちに、フリまでつけて(笑)
誰かが見たら、オカシクなったと思われそうだけど、いいの。

っじゅりーぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜!!!

ってな気分。
いや、ほんとに格好いいですね。



  戻りました
2006年07月20日(木)  

 またおさぼりになってしまいました。m(_ _*)m

 先週の木曜に、母退院しましたが、あまり容態がよろしくなくて、土曜の午後には意識がなくなり、救急で病院に入りました。
当夜は、何もかもが状態悪く、「親族にもすぐに知らせるように」とのこと。私たちは泊り込み一夜を明かしたわけですが、お蔭様で、幸いなことに持ち直して今日に至ります。

 私がふいに更新をサボると、長くお付き合いいただいているお客さまには、どうしても三年前の父の時のことを連想させてしまうのではないかと、たぶん、皆さまハラハラしてくださったような気がしております。実際に私自身が連想しました。
ご心配おかけして申し訳ありません。


 この数日は、まったくパソに触る余裕もなく、日にちが過ぎてしまいました。
こういう時、病状は刻一刻と変わっていき、細かなことを書いているときりがないのですが、毎日病院から帰ってくるとグッタリしてしまって(私が)掲示板にもメッセージをいただいたままお返事が遅くなってごめんなさい。

 いや、実に疲れました。まだ今後のことを考えると不安材料も沢山。寝ていても頭が寝ていないようで非常に疲れます。私の頭脳は、眠っていても物を考える事が出来る合理的な頭脳らしいのですが、惜しいことに、翌朝になるとその結論を憶えていないという、まことに怠惰な頭脳でもあるようです。下手な考え休むに似たりって、身をもってこのことです。(見た目眠っているんだもの。)

 今日は、先ほど面会に行って、夕方また行きます。色々必要な物が出てくるので、日に二回ほどは行ったり来たりになりますね。

 意識はすこーしずつしか回復せず、初めのうちは呼ぶとまぶたが動く程度。
一日経って、ようやく少し目を開けるようになり、かすかな返事をするようになり、そのうち何か話すのですが、酸素マスクの中で声はくぐもっているだけでなく、実際に何を言っているのか皆目意味の解らないことばかりで、命があるのに、本人と話しているという実感が湧いたのは、もう少し後のこと。

 なんでも

 「四隅に笹の葉の柱が立っていて、真っ赤なドライフラワーがたーくさん飾られた、とてもとても綺麗な所に行って来た」んだそうなそうな。
その場所には亡き父がいて
 「こんな偽物の花ばかりの中にいても、ひとつもいいことなんかないんだから、早く帰れ」と言ったとか。
それで二人で野球拳をして(何故に?)帰って来たのだと。

 どうやって行ったのか帰って来たのかは解らないけれど、目が覚めたらあなたたち(私たち)がいた・・・んだそうな。


 その話を聞いて、ようやく母が戻ったという実感が湧き、少しばかり安堵した途端に、私といたしましては



 ・・・・・・フェイントかけやがって。



 そんな心境でございました。




  M:I-��
2006年07月12日(水)  

監督:J・J・エイブラムス
主演:トム・クルーズ / ミシェル・モナハン / 2006年

今回はイーサン・ハント(トム ・クルーズ)は一線を退き、教官として後進の指導に当たりながら、婚約者と幸せな日々を過ごしているという場面から始まる。
が、その後はおなじみの、世にも不可能なミッション、そしてミッション、更にミッション・・・。

さて、M:I といえば、どうしてもイーサンは人間離れをした超人的な男をイメージしていた。彼はやる、彼には出来る、彼なら・・・。
たぶんそれは、人なのだけど人でない、私の中ではもっと超越した存在として、結局のところ格好良く、最後には何とかなっているのだという安心感を、どんなに危機感のあるシーンでさえもたらしてくれるものであった。例えば 007 みたいに。

しかし、今回は彼が婚約中ということで、俄然その人間離れ度が大きく変わった。もちろん、人間の方へ一歩近づいて来たわけで(もともと人間なのに)、どうしてもそのような目つきで観てしまうからなのか、「格好いい」から 「-α」 みたいなものが邪魔をするのをどうしようもなかった。

その場限りの美しいヒロインとのロマンス(を匂わせる)、何ものにも縛られないものから一気に婚約中である。これはなんと言っても生々しい。だからこそ、人間は死ぬのである。

だから、ところどころでホロリとして、涙が流れてしまうシーンもあったのだけど、今までとは何だか違う。なんでしょう、彼はやっぱり彼でなくちゃいけないというような、そこのところが、観終わった時に、いつもと違うのだった。

では、面白くなかったのかというと、これがまた大変面白い。(笑)
どんでん返しもあそこまでやられてしまえば、彼が人間であろうと人間離れしていようと、もはや問題にはならなくなる。次にまた導火線に火がつくのかどうかは知りようもないけれど・・・。


テレビのCMでは、モーガン・フリーマンを若くしたようなヴィング・レイムスが映っていて、たいていあの手のブラザーが出ると面白いのだ、と勝手に思い込みのある私は、今回のキャストにも大いに喜んだ。

それにそれに本当に美しいマギー・Q。雑誌の表紙からそのまま抜け出たような美しさには魅了されるし、え?ちょっと待って!今のシーンをもう一度観せて!といいたくなる場面があったりする。

私はアメリカ映画を観るといつも思うのだけど、モデル出身のマギー・Qは別として、女優さんのお肌、キメの細やかさだとかシミやしわというものが、日本の映画のように美しくは映っていないのですね。

実際に向こうの方のお肌は、顔だけでなくて首や胸元にもシミはあるし、顔には産毛もキラキラ光っていて。だけどそれが美しさに対して何のマイナスの要素にはなっていない。むしろ、安心感をもたらすだけでなくて、大人の余裕すら感じてしまう。

綺麗に写る、ということを前提とすれば、日本の映画は圧倒的にひとりひとりのお肌は美しいのだが、そうしたものからは感じ取ることの出来ない何か、若くても、人としての深みとか奥行きとか、年輪とでもいうか。そうしたところがとっても好き。

フィリップ・シーモア・ホフマンは、ディカプリオを太らせて老けさせたみたいに見えてしまって、何だか何だか。(笑)いつもながら、役者が揃っていて、あ、そうだ!さるシーンで、これってヤバくね?みたいな事を言いつつ、体全体は職業意識と習慣で見事に反応してしまうスタッフがいておかしかったりおかしかったり。

以前の M:I は、夜の先行レイトショウを観たのだが、観客が若者ばかりだったのに対して、今回は若年層よりも中年層の方が多くて、今更ながらそうだったのねという感覚。(何が?)婚約パーティの場面で流れた曲はなんと、懐かしのシルバー・コンベンション(たぶん)が二曲だったし。これは、観ている層を狙ったのでもないと思うのだけど、その辺りがまた心憎かった。

アクションは・・・。前回は冒頭のロッククライミングのシーンで私は度肝を抜かれたのだが、今回もやはりスタントを使っていないとか。それにしてはあのシーン・・・。
ええ、どうぞ、お時間がありましたら、とくとご覧くださいませ。



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