アルの日記
DiaryINDEX|past|will
う〜ん・・・昨日つぶやいたことをとりあえず日記として残しておこうかと思ったのでCopy&Pasteします。
アル さっきM理から電話があった 1183回 アル 今日の飲み会に参加しているらしい 1184回 アル 「あれっ?今日来るんだよねぇ〜?来るって聞いたけど〜 1185回 アル ちょっと待っててぇ〜」と言って次々と参加メンバーに電話が変わって 行った。 1186回 アル 8人参加しているらしい 1187回 アル よく旅行とか一緒に行ったりしたメンバーでみんな良いやつらだ 1188回 アル 「いやぁ〜、無理だよ〜」と何度も言ったのだが、「じゃあ、待ってる からぁ〜」と言われて電話を切った 1189回 アル う〜ん・・・行けば良かったかなぁ〜・・・ 1190回 アル でも今から行ったらあそこまで2時間はかかるから無理だよなぁ 〜・・・ 1191回 アル う〜ん・・・最近ずっと一人でいるのに慣れてしまっていたから、何だ かそうまでして俺を誘ってくれるのは凄く嬉しくてかなり癒されたのだ った 1192回 アル そういえばいつも俺が隊長として旅行(といっても実態は飲んで騒ぐ内 容)を計画して実地していたのだったが 1193回 アル すっかり忘れてしまっていたなぁ〜・・・そういうこと・・・ 1194回 アル M理に「ちょっと今度何か(←旅行とかイベント)計画してよぉ〜」っ ていったら 1195回 アル 「M理にそんな権力ないも〜ん。アルが計画してよ〜」と言われてしま った 1196回 アル う〜ん・・・しかし今の俺はそんな精神力もない・・・涙 1197回 アル あ〜・・・・・どうしたんだろう、俺・・・・・涙 1198回 アル 意識が完全に低下してしまっているのかなぁ・・・ 1199回 アル 自分を追い込むことに集中してしまっていて、そういう暖かい場がある ことをすっかり忘れてしまっていた・・・ 1200回 アル でも俺と彼女ら(彼ら)のいる場所は明らかに違う 1201回 アル だからいつも俺は自分を抑えてみんなに合わせなければならなかった 1202回 アル それでも楽しいことは楽しかったのだが・・・ 1203回 アル しかし今は自分を優先して生きなければ・・・ 1204回 アル それである程度納得したらまた一緒に遊びましょう、涙 1205回 アル それまで俺のことを忘れないでいてください、涙 1206回
はぁ〜・・・なんだかんだ言っても所詮一人でずっと閉じ篭っていると心が明らかに弱ってくるのがわかる。 でもこれは俺が選択したことなんだよ。 正直言って俺に後悔はない。 あとは死ぬまでちゃんと生きるだけ。 自分から命を絶つことはないよ。 まあ、間接的に酒やら何やらでっていうのはあるかもしれないけどね。 でもそれは死のうと思う気持ちからじゃあない。 ただ、highになりたいだけ、笑。 周りの人に迷惑がかかる・・・・・それぐらいかな・・・悪いと思うのは。
「死ぬ」ということについて恐怖感はない。 誰しも子供の頃に一度は考えることだと思うけど。 そんなの実際に死ぬ時になって怖がればいいさ。 でも、人間はいつかは死ぬっていうことは一応常に頭の中にある。
例えばカンボジアのプノンペンにあるツールスレーン(ポルポト時代にたくさんの人を監禁して拷問にかけていた元学校の収容施設)に行ってみる。 そこには本物の頭蓋骨を何十個も使ってカンボジアの地図が描かれている。 ちょっとゾ〜っとしたけど正直言って俺は日本生まれの日本育ち・・・「死」がそんなに身近にない環境で育ったからあまり実感が涌かない。 同様に、killing field(大量虐殺が実際に行われた現場)に行ってみる。 塔が建っていて中に無数の骨が収められている。 ちょっと歩いて足で地面を軽く掘ってみると、衣服の切れ端や人間の骨がごろごろ出てくる。 これにもちょっとゾ〜っとしたけどやっぱり実感が涌かない。
インドのバラナシ(ベナレス)で死体を薪で焼いているのを見る。 またはたまにガンジス川に流れている死体を目撃する。 ゲッ〜!!!っと思うけどやっぱり自分が死ぬということとダイレクトに結びついてこない。 想像力の欠如? はっはっは〜、どうでもいいよ〜そんなこと。 所詮人間なんてそんなもの。 つまり、自分が培ってきた常識からなかなか離れられないだけ。 それに死ななきゃ死を克服するなんてできないでしょ? 生きているときは死を克服する必要なんてないよ。 ただ、いつ死んでもいいように生きれたらいいなぁ〜とは思うけどね。 つまり後悔のないような人生。
でも、即身成仏した人のミイラとか見てみたいと思っている。 東北の方とか行くと結構見れるらしいけどまだ見たことない。 ああいう密教系の人たちは死を克服したと言えるんじゃないかなぁ〜とか思うんだけど。 でもああいう人たちは生きていた時代が俺達とは違うし、死んだから、死を克服したから偉いと言うわけではなくて、そこに救いを求めたと言うか真剣に生きて悩んで考えぬいた末そこに至ったということで何だか妙な共感を覚えてしまうんだけど・・・笑。 あぁ〜疲れたぁ〜・・・書きたい事がいっぱいあるし書けないようなこともいっぱいあるんだけど最近は「暴走」していて時間があまりないので書けんのです・・・涙。 そのうち時間に余裕が出てきたらいろいろと考えて書きたいなぁ〜。 もともと言葉って苦手だから書くことによって少しでも磨けていけたらと思うのだけどやっぱり難しいなぁ〜。
あぁ〜旅もまた行きたいなぁ〜。 でもこの地球上にもう未開の地ってもうほとんどないような気がする。 あるとすれば何もない所か行くのにべらぼうな金がかかるかムチャクチャ危険な所か・・・。 まあわざわざそういうところに行くのもいいかもしれないけどそれよりも自分に新しい何かをもたらしてくれるような所を発見したいっていう気持ちが強い。 人間、比較して初めて自分がわかったり、また他者がわかったりすることって多いと思う。 それってたまにすごく苦痛だったりもするけど刺激的だし何よりも新しい発見があるので楽しい。 あぁぁぁあああああ〜、今の自分の状況・・・・・はやくどうにかせねばぁぁぁあああああ〜、涙。
ふぅ〜、今日は飲み会があるのだが行かない予定だ。 昨日、前彼女とKからそれぞれ連絡があって誘ってくれたのだが、現在の俺の状態ではおそらく疲れてしまうので断ったのだった。 まあ、その二人と俺と三人で飲みとかなら大丈夫そうなのだけど(もちろん個室があるような居酒屋とか誰かの家とか落ちついた場所がベター)、他にもたくさん来るらしいので行くのをやめた。 っていうか場所も遠いのだ。 車でも電車でも、行くのは良いとして、飲んだ後は帰りがツライ。 やっぱり温泉に入った後、できれば囲炉裏があるような雰囲気の良い所で美味い物を食いながら飲み、もういつでも寝れるような体制が整っているっていうのが理想的な飲みだ!(もちろん温泉に浸かりながら飲んでもよいのは言うまでもない、笑)
はぁ〜・・・そんなことばっかり考えてるなぁ〜・・・涙笑。 まあでも楽しいことを想像しながら生きていた方が良いのだ! いずれその楽しいことも実現する・・・・・といいのだが・・・。 いやっ、実現させるように頑張ろうっと。 よ〜し、もうひと頑張りするかなっ! ではでは。
ふぅ〜、いかんなぁ〜・・・。 ネットやってる時間も削らなきゃならんのですが、ここは居心地がいいのでつい訪れてしまう。 まあ、一息入れているっていうことにしておこうっと。
さてと日記、日記。
昨日は夜、友人Tから電話がかかってきた。 彼は原因不明(といってもおそらく精神的原因がメイン)の植物状態で危篤だった友人であるが、入院先の病院から公衆電話を使ってかけてきたらしい。 まだ薬やら何やらでロレツが全然回っていないので、なかなか言葉が聞き取れないのであるが、まあ幼なじみということもありだいたい言いたいことも想像できるので何とか会話は成り立った。 この連休明けに1週間ほど仮退院するらしいのでちょっと久々に会ってみようかと思っている。
病院のクリスマスパーティーで出し物をやったらしいのだが、彼は久々にギターを弾いたらしい。 そう言えば高校生の頃ギターを覚えてから彼は物凄いスピードで曲を創り出した。 なんていうんだろう・・・あの頃はまだ医者にかかるほど精神が犯されてはいなかったのであるが、やっぱりその兆候はあって、彼が創る曲やギタープレイにも色濃く出ていたと思う。 プレイ自体はすごく荒削で繊細さを欠いているのであるが、彼の創る音楽は物凄く繊細で内向的であり、もろくて儚い危うさが漂っていた。 が、なかなかいい曲があった。 当時(20歳くらい)、俺は宅録にハマッて曲を創って録音しては某ラジオ曲のアマチュア番組に投稿して流してもらったりしていたのであるが、彼の曲も一曲アレンジして流してもらったのだった。 う〜ん・・・幼なじみということもあって彼の世界観はよくわかるのであるが、今はちょっと苦し過ぎて「あの世界」には入っていけない。 電話で話した感じでもやっぱりもろくて儚い危うさが多少漂っていた。 正直言って、もし仮退院が終わって正式に退院したとしても、またあの環境にいる限り元の悪い循環に戻ってしまうのではないかと心配している。 まあ、俺がどうこうできる問題ではないので、一人の友人として今まで通りにくっだらないジョーク飛ばしながら付き合っていくしかないのだろうなぁ〜・・・。
結局、自分の問題は人や医者や薬の力を借りるにしても自分で解決する以外ないと思うのだが・・・う〜ん・・・難しい。
う〜ん・・・時間が足りん! 本気出そうと思ったが時間が全然足りんのです! あ〜、今までの空白の時間をもっと有効に使えていれば・・・。 な〜んてこと言っていてもしょうがないか・・・。
とにかくやりたいことが多すぎるのです。 好奇心旺盛なようで、あれもこれもと思ってしまう。 かなり絞ったんだけどそれでも全部こなすには時間がかなりかかってしまう。 昨日会った焼き鳥屋のおっちゃんのように何かの分野で「スペシャリスト」にならなければならんのに・・・涙。 いかん・・・いかんぞぉ〜!!!absolutely いかぁあああ〜ん!!!!!
う〜ん・・・削れる時間といえば・・・睡眠時間か・・・。 よ〜し、睡眠時間削る!!!絶対削る!!! やってやる、絶〜対やってやる!!! 何だか熱〜〜〜〜物が込み上げてきた!!! ふっ、とうとう俺の中のラテン系の血が騒ぎ出したか・・・(←Note:私はコテコテの日本人です)。
何だか生活に張り合いが出てきそうな感じがしています。 やっぱりやりたいことは先延ばしにしないで真っ先にやるのが精神衛生上いいような気が・・・。 でもそれってなかなか難しいことなんだよねぇ〜・・・。
今日は酒屋に行ったら店の前に移動焼き鳥屋が出ていたので吸いこまれるように近づいて行き、気付いたら注文していた。 焼いている間に店のおっちゃんが話し掛けてきた。 「いやぁ〜寒いね〜。お客さ〜ん、正月はどこかに出かけたの〜?。」 「いえ〜、ずっと家に閉じ篭って飲んでたんですよ〜。」 「へぇ〜、奥さんと一緒に〜?」 はうっ!そうか・・・もう結婚しているように見られてもおかしくないような感じだったのか・・・と思いながら、 「いや−、奥さんどころか相手もいないんですよ〜。」 と言うと、店のおやっさんは、 「ええぇ〜!?お客さん男前なのにねぇ〜・・・きっと人を見る目がないんだろうねぇ〜、周りの娘たちは〜・・・。」
・・・・・うっうっうっ、涙・・・おやっさ〜ん・・・あんた、秀吉のような人垂らしの達人か〜い? 商売上手だねぇ〜・・・涙。 でもその全然嫌味のない、人の良さがにじみ出ている雰囲気・・・正直言って嬉しいよ〜、涙。 「ナンコツ5本追加して。」 とは言えなかったが、何だか久しぶりに人情味のある人に出会えてちょっと癒されたのでした。
家に帰って少し休んでから、電気を消し、間接照明だけにしてインセンス(←お香のことね)を焚きながら音楽を流した。 今日流したのはBill Evansの名盤「Waltz for Debby」。 う〜ん・・・良いなぁ〜・・・何回聞いてもいいよ、このアルバム。 ライブ盤なのであるが演奏も素晴らしいし、観客のしゃべり声とかもずっと入っていて何とも言えない空気感が伝わってくる。 確か1961年の録音だが録音状態もなかなか良い。 ハイハットやシンバル、スネアのブラッシング音のようなハイトーンも良い感じでレコーディングされている。 もっと良いステレオシステムで音量ももっと上げて聞くとさらに良いのであるが・・・。 でも俺の持っているシステムでも全然問題ない。 か〜な〜り、癒される。 気持ちいいなぁ〜。 昔のジャズは良いステレオシステムで、もちろん大音量で、できればアナログ盤で聞くのがベストなのだが、レコードはかさばって置く所に困ってしまうため今のところCDやDATで我慢している。
話は変わって、長野に引っ越した友人Mから年賀状が届いた。 まあ、年賀状と言うか絵葉書なのであるが、裏に白熊の写真が写っていた。 ・・・・・う〜ん・・・・・・これは俺に対する何かしらのメッセージだろうな〜・・・。 「はぁ〜???何言ってんの〜???」 って読んでくださっている方は思われたかもしれないが、「白い熊」というのは俺にとってコペルニクス的転回を起こさせた出来事に深く関連しているのです。 う〜ん・・・この話をすると長くなる上にちょっと神秘主義的な話になってきてしまうのでそのうち語れたら語りたいと思います。 う〜ん・・・どうやら彼は俺にまた変化を促しているみたいだ・・・。 それでは今日はこの辺で。 おやすみなさい。
う〜ん・・・今まで「本気」って出したことない。 っていうか出せたことがない。 いつもあっけなく自ら潰れていってしまうのだ。 う〜ん・・・我ながら情けないなぁ〜。 いや、情けないというより悔しいし、なんか釈然としない気持ちが常に残っていてすっきりしない。 それを通り越すと(放っておくと)何やっても駄目だ〜っていうような感じになってしまい、無気力になり慢性的な駄目駄目鬱々モードに突入する。 でも後悔の念が残っていないのはちょっと救いか・・・まあ致命的な後悔がないだけで小さいのはいっぱいあるけど・・・。 っていうか後悔まで加わるともうどうにもならなくなってしまうので、ある地点でしない方向に持っていったのだろう、記憶にはまったくないが・・・。
今までずっとそんなことの繰り返しだったので「生きてる」っていう実感がほとんどない。 自分としてはそれが嫌だ。 本気出してしっかり生きたい。 たとえ自分が無力で努力しても無駄で何もできなかったとしても。 そんなこたぁ〜知ったこっちゃ〜ないしどうでもいいよ。 結果良ければすべて良し。 ↑どうでもいいよ。 結果じゃなくてプロセスが大事。 ↑それもどうでもいい。 努力すれば必ず報われる。 ↑知ったこっちゃぁないよ。 努力しても必ず報われるわけではないが努力することが大事。 ↑ちゃんちゃらおかしいぜぃ〜。 孤独だってどうでもいい。 エゴイストだと言われようがどうでもいい。 思いやりがないと言われようがどうでもいい。 断食失敗したってどうでもいい。 駄目人間だと思われようがどうでもいい。 対人恐怖的なところが治らなくったってどうでもいい。 また発狂しそうになってもどうでもいい。 ドラッグ漬けになっても酒漬けになってもどうだっていい。 女の子に振られたってどうでもいい(←いや、これはちょっとどうでも良くない) タンスの角に足の小指ぶつけたってどうでもいい。 トイレに入って用を足した後に紙がないのに気付いたってどうでもいい。 社会の窓が全開なのを気付かずに1日過ごしてしまったってどうでもいい。 レズビアンの子にゲイかと思ったと言われてショックだったこともどうだっていい。 etc,etc・・・・・どうでもいい何だっていい。
目標はただ一つ。 つまり、自分の存在を全肯定して命を燃やし尽くしたい。 ただそれだけ。
以上、戯言でした、笑。
| 2002年01月04日(金) |
羨ましすぎる入院生活 |
今日は友人と飲む予定だったが急に仕事が入ってしまったらしく中止。 あ〜・・・やっと孤独から救われるかと思って楽しみにしていたが仕事じゃしょうがないかぁ〜、涙。 う〜ん・・・しかしやっと三箇日も終わりだぁ〜、うれしいぜぃ〜。 正月やら大晦日やらクリスマスやら、こういうお祭り気分はどうも孤独感が増してしまってペースが乱れる。 その孤独感から飲み食いに走ってしまい、あっけなく目方が増えてしまった、泣。 困ったもんだよ、まったく。
話は変わって、昨日、友人Tからショートメールが入った。 Tは前にも日記に書いたけど、原因不明で(っていっても精神的要因が最も大きいのは明らかなのだが)一時期植物状態になってしまっていた友人であるが復活して正月だけ一時的に退院して実家に戻ってきたらしい。 復活したといってもずっとまともに歩けなくて車椅子だったのだがリハビリでなんとかフラフラだけど歩けるようになったという感じみたいだ。
そのメールの内容:「あそこは(←入院先の病院のこと)天国だよ!可愛い子もけっこういるし看護婦も美人ばかりだ!」
・・・・・・お〜いおいおい、早く良くなって退院する気あるのか〜笑? まあでもそんなことが言えるほど復活してくれたのは嬉しい。 新年早々良いニュースだ。 しかし・・・だ・・・・・いかんぞぉ〜!!! 早く完全復帰して退院しろぉぉぉおおお〜!!! そんな病院にいては絶対にいかん!!! 他の誰が許しても俺は絶対に、ぜっーったーいに許さ〜〜〜〜ん!!!!! 今度、絶対に絶対にぜった〜〜〜〜〜いにお見舞いに行ってやるからなぁ〜!!! 覚悟しておけぇ〜〜〜〜〜!!! っていうかお見舞いに行かさせて下さい!!! お願いします!!! この通り!!! あぁぁぁあああああ〜、俺もそんな病院・・・・・入院したいなぁ〜、涙。
あ〜孤独だぁ〜。 何か良いことないかなぁ〜。
今日は久々にギター君を取り出して弦を取り替えてあげた。 かなり長い間、ほったらかしにしておいたから状態悪くなってるだろうなぁ〜って思ったら逆に良くなっていたのでびっくりした。 ストラトキャスター君・・・君には大変お世話になってきた・・・すまんねぇ〜、ぜんぜんかまってやれなくて・・・。 ピカピカに磨いて接触口にもアルコールスプレー噴射。 ふぅ〜・・・他の楽器も手入れしようかと思ったが面倒になって終了。
さっそくアンプにシールドを繋いで音出してみた。 まずはクリントーンで高低音のみをアップさせ中音をかなり絞ったいわゆる「ドンシャリ」の音でファンキー&ソウルフルな16ビートのカッティング。 う〜ん・・・ぜんぜん弾いとらんからなかなか上手く行かない。 が、しばらくやってるとノッてきた・・・う〜ん、気持ちいいィ〜。 ついつい首でリズムをとってしまう、笑。 う〜ん・・・やっぱ裏のリズムは気持ちええなぁ〜。 いろんなジャンルの音楽好きだけどやっぱブラック・ミュージックは大好きなのです。 ソウル度が高いもの・・・やっぱりここにくるのさ〜(と言いながら心臓のあたりを叩いている、笑)。 エスカレートしてコンプレッサーとエンハンサーを探す。 しかし見つからん・・・涙。 今度はワウペダルを発見!!! うぉぉぉおおおおお〜、久々にチャカポコできるぞ〜・・・って思ったら電池切れてた、涙。
仕方がないので今度は高音を絞り、低音を出して、ピックアップをリアに切り替え、ちょっと哀愁系の曲を・・・と思ったか全然頭に浮かばない。 う〜ん・・・そうだ!ウエス・モンゴメリーのあの曲を・・・と思ったが全然覚えていない、涙。 譜面集を探し出して見ながらちょっと練習。 う〜ん・・・一応できたがやっぱりあんなに味だせんなぁ〜・・・まあ、ギターがストラトだからか・・・フルアコ売らなきゃよかったなぁ〜・・・涙。
今度はガット・ギターを取り出してチューニングを合わせる。 う〜ん・・・こりゃかなり状態が悪くなってしまっている・・・ネックかなり反っちゃったなぁ〜・・・。 でも無理やりボサノバっぽいのをちょこっと弾いてみる。 ・・・・・・駄目だ・・・音が災厄だ・・・やる気なくした・・・涙。
さ〜て今度はベース弾こう・・・と思ったら指がボロボロで痛くなってしまっているので断念。
こんな感じの1日でした。 う〜ん・・・でもやっぱり久々に楽器弾くと面白いなぁ〜。 ちょくちょくまた練習して音楽やりたいなぁ〜って思った1日でした。
| 2002年01月02日(水) |
明けましておめでとうございます。 |
みなさん明けましておめでとうございます。
う〜ん・・・年も明けたしそろそろ本格的に生活態度を改めないとなぁ〜って思っている今日この頃です。 年末からずっと独りでテレビ見ながら飲み明かして気絶したようにパタっと倒れて寝てしまいました。 今日も何もすることがなく(っていうか何もする気が起きず)早い時間から飲んだくれていました。 テレビテレビテレビ・・・普段はあまり見ないようにしているのですがこの時期は面白そうな特番やってるのでつい見てしまう。 でもテレビってずっと見てると疲れちゃうんですよね〜、自分。 あまりの情報量の多さに・・・涙。 特にCMとかはなるべくボ〜っと何も考えずに見るようにしてるんですけど・・・やっぱり疲れてしまう。 音楽聴きながら本読んだり・・・そういうシンプルな生活したいんですけど社会から取り残されていってしまうような強迫観念があってつい見てしまう。
しかし格闘技は見ていても全然疲れない! 面白いなぁ〜。 先月のK1最終戦もサモアの怪人マーク・ハント・・・カッコ良かった!!! 「うぉ〜!!!すげぇ〜!!!」とか独り言を言いながらいつも見てしまっている、笑。 大晦日の猪木軍対K1の最終戦、安田とレ・バンナの試合もなかなか興奮した。 安田・・・負けるだろうなぁ〜って思ってたら凄い奮闘。 なかなか感動的な勝ち様だったなぁ〜。 かなりエネルギーもらったよ。 俺も頑張らなきゃ。
よ〜し、猪木イズム・・・俺も継承するぞぉぉぉおおお、だぁぁぁああああ〜笑!!! そんなわけでみなさん今年もよろしくお願いします。
| 2001年12月30日(日) |
最近頭に浮かぶこと Vol.2 |
前回の続き。
う〜ん・・・長くなってしまったのだがそろそろ本題に入ろう。 話はちょっと飛躍して、世の中にはいろいろな人がいていろいろな価値観・社会・立場で生きている。 調子の悪い時というのは意識範囲がかなり小さくなってしまっている時が多いのでそういう時は自分の場合、なるべくいろいろな事についていろいろな角度から考えようとしてみたりする。 一つの物事に対してもいろいろな考え方・見方が存在するのだがそれらを一つの頭で一遍に処理しようとしても無理なので、その時に思い浮かんだ考え方でとりあえず考えてみたりする。 今、ふっと思い浮かんだのはDurkheimの「自殺論」。 これによると自殺のタイプを社会との融合度と社会的規制という2つの組み合わせから以下の4つに分類している。
��Egoistic suicide 社会との融合度が低い時に「個」が孤立してしまって起こる自殺。 集団との結びつきが弱まったり壊れたりした時に発生する。
��Anomic suicide 社会的規制の欠如による自殺。 つまり、アノミー状態(社会の急激な変化や不安定さにより価値観や道徳の基準が失われてしまっている状態)による自殺。 例えば今の日本のように経済的な大変動やら目まぐるしいほどの情報が入ってすぐに消費されていくような状態は一種のアノミー状態なのかも。 何が正しくて何が悪いのか、その判断基準になるものがわからなくなってしまっている人が多いのだから。 また、これには離婚などのような個人的なことも含まれる。 自分を取り巻く環境と自分の欲求とのバランスが崩れてしまうために起こるのである。
��Altruistic suicide 直訳すれば利他的自殺。 これは社会との融合度が強い時に起こる。 例えば、あの9月11日のアメリカのテロ事件やイスラエルで頻発しているイスラムの自爆テロ、日本の神風特攻隊など。 トラディショナルなものが根強く残っている社会で発生する。
��Fatalistic suicide これは社会的規制が強すぎる時に起こる自殺。 あまりの圧迫感により自分の運命や社会に対して無力感を抱いてしまって起こる。
この論に対していろいろな賛否両論があったみたいだが、一見個人的な原因で自殺してしまうというように見えるけどその背景にはやっぱり社会的な要因も存在することは確かなのだ。 そして、この自殺論から「人間が正常を保って生きていくには社会との融合(つまり社会の中での自分の居場所があるということ)と社会からの規制(価値観や道徳の基準など)、この2つがそれぞれバランスよく備わっている必要があるのでは?」っていうことが導き出せるように思うのです。
ここでまた話はタイの友人のことに戻るのだが、彼にこのことを当てはめて考えてみる。 最初に書いたように彼は駄目人間なのである(←もちろん親しみを込めて、笑)。 まず、社会との融合ということについて考えてみると、前回も書いたように彼は国籍はタイ人であるが、父親はフィリピン在住のフィリピン人であり母親はタイ国籍だが中国人(華僑)で、おまけに彼のnative languageは英語でありタイ語もしゃべるとはいえどこかたどたどしいのでタイ人の中にいてもどこかやっぱり浮いてしまっている。 実際、タイで大学院に通いながらどこかで英語も教えていたのだが、どちらも馴染めず(周りの人との付き合いがうまく行かず)辞めてしまっていた(←これはアメリカでもそうだった)。 つまり、アイデンティティーの問題でかなり悩んできたことが容易に想像できるのです。(でも、タイにいる華僑は他の国と違ってなんかタイとうまく融合してしまっている感じがするのだが・・・あれもタイのお国柄で外部のものに対して優しく寛容な人々だから溶け込むことができたのだろうか・・・そういう点では一応彼も融合しているといえば融合しているような気がする・・・やっぱり良い国なんだなぁ〜・・う〜ん・・・そういえばタイも日本同様、アジアの中では欧米の植民地支配を受けなかった国・・・これも何らかの関連があるのかな・・・それにタイも戦争中、日本とかに協力してたから準敗戦国になってしまったんだっけ・・・?う〜ん・・・はっ!そうか、ということは・・・(以下独り言が延々と続く、笑)。
次に社会的規制・・・というか、彼の道徳・価値観について。 やはり彼は欧米での生活が長かったせいか、ある種、分裂的な所があるように感じるのです。 ひとつはタイ人的なところであり、もうひとつは欧米人的なところ。 前者に関しては、タイは敬虔な仏教国であるのである程度の年齢になるとみんな一度は僧門に入らなければならないらしくて、彼も例外ではなく、ジャングルの中の寺でオレンジ色の袈裟を着て丸坊主の彼の姿が写った写真があった。 それを見た俺は思わず笑いそうになってしまったが必死に耐えたのだった、笑。 その隣には何故か白人の坊さんが写っていて「誰これ?」と聞いたら意外なことに「師匠のアメリカ人だ」と言っていた。 う〜ん・・・仏教の師がアメリカ人・・・当時はタイ語が全然できなかったのだろうか・・・? まあ、60年代後半のヒッピームーブメントとかサイケなサブカルチャーで白人でも東洋の思想に入れ込んだりする人が多かったからそういう人がいてもおかしくはないのだが・・・う〜ん・・・まあ、これ以上あまり突っ込んで聞かなかったのでよくわからんのだが・・・。 ちょっと話が脱線したが、まあそんな感じで彼は敬虔な仏教徒であり、例えば仏壇に足を向けて寝ようとすると怒る。 それに、物を非常に大切にする。 俺が大昔に録ってあげたテープもちゃんとまだ持っていてくれたし、本もいらないから捨てようとすると怒る。 食べ物もどんどん出してくれるのだが腹いっぱいだからもう食えん!といっても絶対に残さず食べさせられる。 表情などもタイ人らしく目が澄んでいて爽やかで穏やかな微笑みを浮かべる。 (ちなみに物を大事にするっていうことは自分の記憶・思い出なども含めた自分自身、さらにはそれに関連して自分と関わりを持ってきた人をも大事にするということに繋がってくるような気がするのです。それゆえ彼は昔のことを細かく覚えていたりする。俺はあんまり覚えていないのだが・・・笑。)
しかし欧米人的なところがやっぱりある。 彼は本名の方がカッコイイ響きなのであるが英語の名前を付けられて育った。 それゆえ俺もずっとその英語の名前で呼んでいる。 まあこれはおいといて、とにかく欧米的エゴイズムが強くてかなりワガママな頑固者であり(←これはお金持ちのボンボンということも関連していると思うのだが・・・笑)、特に、怒ったときなどは徹底的に相手を罵倒するようなところがある。 そういう時の彼の言葉の5分の一くらいは”fuckin'”やら”suck”、”ass”みたいな単語で占められ、かなり興奮してイってしまっているため早口過ぎてスラングだらけなので所々しか聞き取れなくなる。 そして俺はそういう光景を目撃するたびに彼の中の穏やかで思いやりのあるタイ人気質との明らかな乖離を感じざるを得ないのだ。 う〜ん・・・その後に自己嫌悪に陥ってるのだろうか・・・わからん。
そういえばこんなエピソードがあった。 雑誌に、とある欧米人のサッカー選手がシュートを決めた後に勝ち誇って自分を鼓舞するかのような表情、つまり、キリスト教的一神教・善悪二元論に端を発する欧米人的個人主義から来る表情を浮かべてこぶしを強く握り締め、手を大きく振り挙げたポーズで写っていた。 彼は俺に「アル(仮名)、これどう思う?」と不機嫌そうな顔で聞いた。 彼が何を言いたいのかはわかっていたし、俺も同じ気持ちだったので「こういう表情は嫌いだ。」と答えた。 そう、あれは「俺がやったんだ!!!どうだ!!!見たか???この俺様がやったんだぞ!!!あいつらに一発かましてやったぜ!!!」っていう表情であり、それは思いやりという相手の気持ちを察する我々の文化からは出てこないものなのだ。 例えば日本とかの場合ならチームの仲間との喜びを分かち合うかのような表情を浮かべて喜ぶはずだ。(う〜ん・・・これらのことについても、例えば個人主義と天才や発明の関連性とかメインストリームとオルタナティブの事についてとかいろいろと書きたいことがあるのだがそれはまたそのうちに考えようっと・・・笑。)
特に彼はアメリカ人が嫌いだった。 昔、俺の部屋に遊びにきていた時もよく窓を開けてそこから顔を出し「アメリカ人は馬鹿だぁ〜。ふざけんなぁ〜。」と叫んでいた、笑。 ああいう自己表現方法もまるで白人のそれだ、笑。 笑い方も白人の様に体全体で思いっきり笑う。 っていうかアメリカに来る前はずっと長年イギリスにいたのでまるでイギリス人みたいだった。 表情、ジェスチャーを含めた話ぶり、礼儀正しくてスノッブなところ。 「Can you・・・?」というと「Could you・・・?」に直される、笑。 まあ、今はずっとタイに住んでいるので少しそういう傾向は薄れているかも知れないが、文化・社会が人に与える影響というのはそれらに浸かっている期間が長ければ長いほど大きいのであまり変わってないような気もする。
う〜ん・・・俺は何が言いたいんだろう・・・笑。 ん〜・・・・結局、彼がちょっぴり羨ましかったりするってことかな・・・笑。 酒の飲み過ぎやら何やらで頭の中が爆発してしまったらしく、医者に通っていたみたいだが、見たところ経済力もあって奥さんもいて先々の心配もなさそうでのんびりと快適な暮らしをしているし。 人間関係うまくやっていけないと言ってもやっぱり俺の抱えている問題とはどこか違う。 これはやっぱり社会・文化の違いから来ていることは間違いない。 社会的圧迫感・閉塞感・孤独感、言葉にすることができないこの持って行き場のないやるせない感情・・・一体この正体は何なんだろう・・・? 今の俺には、とりあえず自分の気が狂わないようにするという「防御的、消極的アプローチ」だけで、なかなか動きに転ずる「攻撃的、積極的アプローチ」が取れんのです。
まあ人や他の国の人々を羨ましがってばかりいてもしょうがないな・・・。 自分にはやっぱり自分なりの課題があるのでそれに体当たりで直面しながら頑張って問題を解決していくしか方法はないのだから。 それ以外の方法でどうにかなったとしても自分にとってはちゃんと生きたって事にはならんと思うし。 自分がこの国のこの時代に生まれて今生きてるって事はそれなりに何かしらの意味・役割があるのでしょう。 その意味・役割を考えるのは自分自身であり、それを踏まえてどう生きるかも自分自身で決めること。 う〜ん・・・とりあえず日本酒でも買ってきてその辺については飲みながらゆっくり考えるかな・・・(←ついでにこの意味・役割についても飲みながら考えてみるか・・・笑)。
|