| 2002年08月19日(月) |
事件の表面に見えている材料だけで判断してはならない。 |
事件の表面に見えている材料だけで判断してはならない。 人間というのは想像以上に複雑な生き物である。
人は生きていくうちに独自の行動や思想パターンを確立していく。 ある程度の形が出来るまでには長い年月を必要とする。 日々を過ごしていくのに、人はそういうパターンを必要としている。 よほどの理由がない限り、そのパターンを破ることはない。
「動機が怖いほど読める!」 ジョン・ダグラス著
イヤな事件が続いている… 短絡的な少年犯罪、残忍な殺傷事件等々、こういう事件の背後に 何があるのか…
犯人像について、そんな犯罪を犯すような感じには見えないとか、 明るくていい子だったとか、そんな印象が多く語られる。 何がそんな印象を与え、その裏に何があるのか… プロファイラーが言うように、表面で判断しては いけないのだろう。
最近の犯罪はあまりに短絡的で、手軽に行われているような気がする。 それだけ、人のこころが索漠としてるのだろう。 その索漠も、おそらく、長い間に積み重なってきたのだろう。
| 2002年08月18日(日) |
意地の悪い言い方になるが、個性をすばらしいものとして称揚しようとする傾向は、 |
意地の悪い言い方になるが、 個性をすばらしいものとして称揚しようとする傾向は、 凡庸さからの逃走を意味しており、凡庸であることに安住できなくなった 近代人たちの強い不安をあらわしている。
自分が当たり前の存在であると知ることが 生きる自信につながらず、かえって存在の根拠を喪失して しまうように感じさせられている。
人々はたえず、自分自身に対して、個性という呪文を かけていないといたたまれないのである。
近代人は近代人は、「人と同じであろうとする」本能的な傾向と 「人とはちがった存在であろうとする」脅迫的な傾向とに 引き裂かれているのである。
「この国はなぜ寂しいのか」 小浜 逸郎著
今の時代は「個性」を求められながら、 「個性」を上手に出さないと居心地が悪い思いをする。 「個性」的であろうとするあまり、無理を重ねている人もいる。
「個性」という言葉に、振り回されている感じがしている。 本当の個性とは、どういうものだろう。 私自身は個性的なのだろうか…
| 2002年08月15日(木) |
<自由>とは、文字通り自ら由しとする生き方です。 |
<自由>とは、文字通り自ら由しとする生き方です。
もちろん、その自らの決断による行為には、自ら 負わなければならない責任がともなうことを忘れてはならない。
「こころのケア」 近藤 裕著
自由が重いときがある。 なかなか自ら由しと思えないときだ。 そんなときには、少し休養が必要なのかもしれない。
| 2002年08月14日(水) |
愛とは冒険である、賭である。 |
愛とは冒険である、賭である。 男女がお互いに選び合うときも、そのほかのときも。
「人と仕事」 神谷 美恵子著
本当にこのことば通りだと思う。 冒険であり、賭であると思う。 そうであるなら、冒険もわくわくしながら、 賭も、どきどきしながらのものにしたい。 出来るだけ自分が楽しめるようなものにしたい。
結果がどうあっても、惨めな気持ちに陥らないように… 相手を恨まないように… 毎日が充実したものであるためにも。
| 2002年08月13日(火) |
金さえあれば何かが出来る、と思ったら大きな間違いで、 |
金さえあれば何かが出来る、と思ったら大きな間違いで、 金があったって何も出来ない、というのが私の考えです。
山本 周五郎のことば
給料が下がって、お金について考えるようになった。 一番に思ったのは、宝くじを買おう…だった。 全く創造性がなくて、自分でも呆れるが… その裏に、ともかくお金がなくちゃという思いがある。
今の状態では、 好きな仕事をしていれば、お金はおのずとついてくる、 いい仕事をしていれば、お金は入ってくる、などと、 のんびりしたことはとても言っていられない…
本当は、お金に振り回されたくはない。 お金があれば、何でも出来るとは思っていないし、 お金で人生を売ろうとも思ってはいない。 しかし、凡人なので、給料が下がったとたんに 不安になり、じたばたとしてしまうのだ。 ああ、情けない。
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