ことば探し
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2002年08月29日(木) つらぬけ!

つらぬけ!
この短い言葉は、内面生活の多くの危機に臨んで、
ほとんど魔術的な力を発揮する。

               ヒルティのことば



つらぬけ!か、勇気がいるなぁ。


   
 


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2002年08月28日(水) 人に「良いこと」を言ってもらっても、あまり役に立たないことが多い。

人に「良いこと」を言ってもらっても、あまり役に立たないことが多い。

アドバイスが役に立つ時というのは、アドバイスをあげた人より、
もらった人の力量のせいだと言えます。
だって、アドバイスを生かすちからを、その人が持っていたわけだから。

「相談」というと、相手の話を聞いて、それに対して「良いこと」を
言ってあげて、その「良いこと」を相手が実行して、
自分が感謝される、そういうパターンを想像しがちですが、
どうも、そんなときは、「相手を聞いてやってる自分」が主役ですね。
親切をしてあげる自分が嬉しい、みたいな…


         「こころの天気図」  河合 隼雄著



私にとって「良いこと」が、他の人にも「良いこと」であるという
保証はどこにもないし、もっと「良いこと」があるかもしれないのだ。
アドバイスをするのも、されるのもあまり好きではないが、
求められるといつも迷う…
しかし、相手の力を信じれば、迷ったまま答えても
いいのかもしれない。














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2002年08月27日(火) 自分の持っている器量とか決断力とかを、もっと信じなきゃ。

自分の持っている器量とか決断力とかを、もっと信じなきゃ。
信じて開発しなきゃ。
みんな、あっちこっちからの情報で、
人と比べて自分はダメなのだと、悪いところばかり目につき、
悪いところを直そうとしすぎるのと違いますか?

悪いところなんて直るはずがないんだから。
そりゃ、直るかもしれませんよ、
でも、悪いところを直すのに15年もかかるんだったら、
よいところを1ヶ月で開発した方がトクでしょう。


       「こころの天気図」    河合 隼雄著



うーん、そう考えればいいか…
なるほど…
自分の力を「ダメ」と「信じる」で揺れる我である。


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2002年08月26日(月) 過去をくり返すのはあなたのこころの傾向である。

過去をくり返すのはあなたのこころの傾向である。
それを変えるためには、粘り強さと専念がいる。
なぜなら、こころは積極的な変化に対するあなたの献身を
捨てさせるために数限りない理由を並べ立てることができるからである。
しかし「踏みとどまる」力をあなたに与え、
粘り強くあなたの理想に向かって努力する力を
与えるのはあなたの意志である。


   「セルフコントロール」 マーク・サーストン博士著



私は意志が弱い…といつも思う。
楽なことにすぐなびくし、楽なことが大好きだ。
無理は嫌いだし、意見もすぐ変わりがちだ。
ああ、意志が弱いなぁといつも思う。

しかし、変化は望んでいる…例にもれず。
ただ、急な変化はやっぱり堪えるし、
変化のために自分が努力をすることはしんどいと
勝手なことを思っている。
結局…そう結局は、変化をただ漫然と待っているだけなのだ。
しかも都合のいい変化を。
楽しい変化を。
今時、そんなことがあり得ないとわかっていても…
あーあ。




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2002年08月25日(日) 何かで冷たくされたり、侮辱されたり、がっかりさせられたりした場合、

何かで冷たくされたり、侮辱されたり、
がっかりさせられたりした場合、
私達はそうした感情を意識しないかもしれないが、
からだはいつも意識している。
      
       (略)


病気にならないためのあらゆるプロセスの中で
きわめて重要な点は、心が傷ついたときに
そのことに気づいてそれを意識することだ。


「症状で解るあなたの深層心理」 マーチン・ラッシュ著



母が手術した。
心臓を患いながらの持病の膝手術は、麻酔の問題などあり、
かなり検査をし、治療上の試しをした後の決断だった。
手術はいろいろ考慮をしてもらい、うまくいったが、母は
「心臓が今までより苦しい、本当に手術はうまくいったのか」と
疑っていて、手術をしてもらったことに感謝の気持ちは
持てないようだ。

母は自分で自分を追い込む典型のような人だ。
いわゆる一般的な世間の常識や、こうあるべき論に
とらわれていて、いつもきちんと正しくせねばと思っている。
(例えば役割、お返し、お礼等々)
たとえ病気でも、膝が痛くてもやるべき事はやるのが
当然のことだと母は思っている。
それは、当然他人もそうするべきという考えにつながっていて
そういう考えを押しつける。

楽しんだり、好きなことをすることなど、許すことが出来ないようだ。
その前にするべき事があると言う。
ちゃんとやるべき事をやってから、やるならいいと母は言う。
およそ、楽をするということを知らない、認められない人なのだ。
楽をしてると、たぶんだが、罪悪感を持つんだと思う。

そんな母を見ていると、いつも複雑な気持ちになる。
私はやるべきことをちゃんとやってきた母を尊敬しているが、
それを振りかざし、人に押しつけることをする母は、
どうしても好きになれないからだ。

おそらく母の時代は、自分の感情を抑え込むだけで、
感じることなどなかったろうと思う、
自分の感情を大事にするなど、思いもしなかったろう。
その今までの知らずに、積もり積もった感情が
身体を通じて、性格となり、
病気となっていったように感じる。
そう言うには短絡的かもしれないが…



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