ことば探し
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2002年09月24日(火) 本来、人間は極楽にいた。

本来、人間は極楽にいた。
それは、小さな子供や原始的な人を見ればわかる。
長ずるにつれ、偏見や独断でゆがみ、汚れていってしまう。
悟りとは、そういうものを一切取り去った、
「空」の世界でものを見ることである。


         「共時性の発見」 恩田 彰著



極楽か…いいなぁ。
今の疲れた自分を見ると、極楽からうーーんと
離れたところにいるような気がする。
さびしいことだなぁ…


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2002年09月23日(月) わたしの考えでは、人はそれぞれ自分の中にちからを持っており、

わたしの考えでは、人はそれぞれ自分の中にちからを持っており、
そのちからが、わたしたちを優しく導いて、
健康や素晴らしい人間関係、キャリアをわたしたちに与え、
またあらゆる幸運をもたらす。

こうしたことを自分にもたらすには、わたしたちはまず、
それが可能だと無条件に信じなくてはならない。


    「こころが満たされる本」 ルイーズ・L・ヘイ著



何でも原点は自分だし、始まりも自分だ。
自分のちからを信じられるか、運を信じられるかどうか、
信じるのも自分だし、信じないもの自分だ。
私は信じたい方の人間だが、いつもゆらゆら揺れている。
けれど、ゆらゆら揺れながらでも、
自分のちからと自分の運を信じて行きたい。


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2002年09月22日(日) 相手方をよく知ろう、というのは、容易な作業ではない。

相手方をよく知ろう、というのは、容易な作業ではない。


            「人間関係」 加藤 秀俊著



その通りだと身にしみて、思う。
本当に容易ではない。わかっている…

ときどき、疲れる。
そして、悔しい思いをする。
私は相手をよく知ろうと努力しようと思うが、
相手はそうでないように見えるからだ。
そんな中で、それでも相手をよく知ろうと思い続けるには、
自分との葛藤もある。
実は、自分との戦いもある。

知ることも容易でないが、
自分の思いを継続するもの容易でない。


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2002年09月21日(土) ふたりの人間が、つねに異質な部分を用意することによってのみ、

ふたりの人間が、つねに異質な部分を用意することによってのみ、
相互刺激の可能性は持続する。
親しい人間関係、人間改造的な関係は、実は相互に相手を解放しあう
関係なのであって、相互拘束的なものではけっしてない。


                「人間関係」  加藤 秀俊著



この言葉のいわんとすることは分かってはいるのだが…
実際に生活をしていると、相手の異質な部分ばかりが目につく。
自分で同じでない所というのは、目につくもので、
どうにも気になるもので(特に些細なことが)
異質なものを認めないといけないと思っていても、
育ちが違えば、習慣も違うとわかっていても、
ついつい、互いに非難の対象になってしまう。
それも刺激と言ってしまえば、確かにそうだが、
決して「解放」の人間関係ではなく、
どちらかというと、同質化改造計画の形相だ。

もっとちゃんと、異質な部分を認めないとなぁ…
いつもそう思っているのだが…





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2002年09月20日(金) 「才」より「徳」

「才」より「徳」


           作者不明



久しぶりに、転勤した尊敬する上司と飲んだ。
上司はちっとも変わっておらず、エリート街道まっしぐらにも
かかわらず、相変わらず、腰が低く、大地に根を張ったような
生き方、仕事をしている。
その行動力と、有言実行して、
結果を出しているということにすごさを感じる。
その上司が、つくづく言った言葉がこれである。
「才」より「徳」
この言葉を教わったのは、上司の後輩からであると言う。

上司と一緒に出た結婚式のスピーチがすばらしかったと
ほめたら(本当にうまかったなぁ)
「あの時は、話しの内容を計算して、練習もした。
 つまりまだそれは「才」である。
 でもそれではダメで、「徳」とは自然ににじみ出るものだ。
 50過ぎたら、計算しなくても自然にいい話が出来る
 ようになりたいものだ」と言っていた。











                


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