| 2003年01月24日(金) |
相手が誰であれ、つねに明るい顔で挨拶せよ。 |
相手が誰であれ、つねに明るい顔で挨拶せよ。
ユダヤ教律法タルムードより
朝の挨拶は明るい顔でしよう…と決めているが、 日によって出来が異なる。 もちろん、かえってくる言葉もその日の気分によって 左右されている。 人間はその日の気分に左右されるものなんだとつくづく思う。 その日の気分というのは、思っている以上に お互いにかなり影響を与える。
出来るだけ気持ちよく過ごしたいので、 (仕事も、毎日の生活も) 気分に左右されることなく、明るい挨拶をしようと 反省をこめて、心に誓う。 せめて、朝の挨拶だけでも…
| 2003年01月23日(木) |
大きな石につまづく者はないが、人は小さな石につまずく。 |
大きな石につまずく者はないが、人は小さな石につまずく。 人は大きな事を見逃すことはないが、小事はつい看過しがちなものだ。 そこに盲点がある。
先をみるために必要欠くべからざることの一つは、 現在の小事をゆるがせにしないことにある。
「先を読む眼・人を見る眼」より 邑井 操著
その通りだと思う。
毎日の生活も小さな事の積み重ねで成り立っている。 案外、大きな事では協力したり、折れ合ったりするが、 小さな事では、なかなかそう言うことが出来なかったりする。 小さな事は、ついおろそかにする。軽視しがちである。 しかし、その小さな事が実は、 後々とても大きな事だったりする。 その中に真実があったりする。
小事…ちゃんと、見ないとなぁ。
| 2003年01月22日(水) |
誰が、何が、あなたにやすらぎを与えてくれるのか? |
誰が、何が、あなたに安らぎを与えてくれるのか?
それは、あなた自身の心以外にはない。 安らぎがほしければ、あなた自身が安らいで生きねばならない。 思い通りになれば、心が安らぐ…というなら、 それは、常に出来ることではない。 もしそうなっても、長続きしないだろう。
安らかに眠るために、死ぬまで待つ必要はない。
「人生を治す処方箋」より バーニー・シーゲル著
自分の心の安らぎを得るには、 やっぱり、自分自身の心の持ち方が大事なのだと思う。 自分の思いようで、心は落ち着いたり、 ざわざわしたりする。 できるだけ、安らいで生活をしたいと思う。 毎日のことだから、出来るだけ安らいで。
| 2003年01月21日(火) |
愛とは、あなたが人々のために身を捧げてつくすことだ。 |
愛とは、あなたが人々のために身を捧げてつくすことだ。 それは、彼らを変えようとすることではない。
「人生を治す処方箋」より バーニー・シーゲル著
母は頑固である。そして、かたくなである。 自分の非をほとんど認めない。 いつも、父の犠牲になってきたと思っていて、 父の行動や、性格を直そうと四苦八苦している。 (父の性格を直すことが正しくて、愛だと思っている) その上、義理堅く、働き者である。 それだからこそ、今まで乱れもなく生活が出来てきたのだと思うが、 そんな母を見ていると、こちらが辛くなる。
つい、もっと楽に生きればいいのにとか、 人のことを直そうと、無駄なことをするのをやめて、 あなたの性格を変えた方がいいと言いたくなってしまう。
しかし、そう言っている私も母の性格を変えようとしている。 母はそのまんまの母でいいのだと、認めることが出来ない。 出来れば性格を変えたい、直したいと思っている。 結局、私も母と同じようなことをしている。
愛は…なかなかに実行出来ないものである。ふぅ。
| 2003年01月20日(月) |
自分のちからを、自分以外の人にゆだねない。 |
自分のちからを、自分以外の人にゆだねない。
他人の評価や善悪のイメージで、 自分のちからを左右されてはならない。 自分のちからを他人に与えてしまうと、 彼らはわたしたちを思いのままにする。
「こころが満たされる本」より ルイーズ・L・ヘイ著
自分のちからを自分以外の人にゆだねない…か。 知らない間に、ゆだねてしまってきた気がする。 その方が、楽なような気がして、 その方が、自分を生かしてくれるような気がして。 …その幻想にこの頃やっと気がついた。
そして、最近は 自分の人生を人任せにしてはいけない、 会社に頼っていけない、 自分の足で立たねばと実感することが多い。 自分で、自分をちからを生かさねば…と。
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