ことば探し
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2003年03月26日(水) 思慮深い市民の小さな集まりが世界を変えることが出来るのを

思慮深い市民の小さな集まりが
世界を変えることが出来るのを
疑ってはならない。
実際に変化とはこの方法でしか起きていない。


           マーガレット・ミード



本当にそうであると信じたい。
大きな力の前で、小さな力は無力感を感じることが多い。
けれど、大きな力ばかりに、動かされがちに見えるが、
その下で、今はまだ小さいけれど力強い力が生まれていると
信じたい。

ささやかな力だが、きっと何かを動かすことが出来ると
思って、仕事も、生活もしていきたい。
そのために、諦めず、自分の力や思ったことを信じる
能力が一番大事かもしれない。


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2003年03月25日(火) たいていの人は自分がよくない振る舞いをしたときは

たいていの人は自分がよくない振る舞いをしたときは
それに気づいていて、
そんなことをした自分がいやだと思ってます。


   「やさしさの法則」より  ギャビン・ウィトセット著



本当に、そうかなと疑問に思う気持ちもあるが…
自分の場合を考えてみると、
よくない振る舞いをしたときには、
自分でよくわかっているし、そんな自分がいやだと思っている。
しかし、だからと言って、その振る舞いを直せるかどうか…
行動を直せるかどうか、その辺は曖昧である。
いやだと思う気持ちと、だからその行動や、振る舞いを
直そうという間には、大きな隔たりがあるように思う。


このことばでギャビンが言いたいのは、
たいていの人がそう思うものなので、
いやな振る舞いをした人をみたら、
このことばを思い出して欲しいと言っているのである。
そう思うだけで、ちょっとだけやさしい気持ちになれると…





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2003年03月24日(月) 日本人がこれまでやってきた人間関係のやり方は、

日本人がこれまでやってきた人間関係のやり方は、
話しなんかしないでも以心伝心でだいたいピタッと
わかるというのが好きなのです。
それで、皆一緒じゃないか、と。
いちいち説明しなくて、一緒にやりましょうという
気持ちがあるのです。(略)

ところが、アメリカ人やフランス人を見ていますと、
一人一人がきっちり別れていて、話し合いでまとまっている。
これについては、一長一短で、どちらがいいとは言えないと
思っています。


       「日本人」という病 より  河合隼雄著



小泉さんは、「説明をしている」「説明をしたきた」と
力説しているが、どうしてもそうは見えない。
私たちに向かって、本当にわかって欲しいという
訴える気持ちに欠けるように見える。
それよりは、「俺の苦しい気持ち、わかってるだろう」
と、詳しい説明などはせず、本音を言わずに、わかってくれ!と
押しつけている感じを受ける。

以前の日本なら、それで収まって来たのかも知れない。
しかし、今はみんなが、他国のやり方を見ることが出来るし、
比較する事が出来る。
「説明をしたきた」と開き直る前(そう見える)に、
どうしたら少しでもわかってもらえるか、理解してもらえるのか、
もっと伝える方法を考え、実践した方がいいと思う。



…ただ、これが自分のことになると、確かに説明下手で、
説明不足で、議論もなかなか出来ず、本音も言えず、
同じような手法を使っているような気もする…
もちろん、立場が違うので、全然重さが違うが。
日本人か…、やっぱり。














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2003年03月23日(日) 第一に大切なのは着手しうるということだ。

第一に大切なのは着手しうるということだ。
勉強机に向かって座り、勉強に心をむけようと決心することが、
結局は一番むつかしい。
ひとたびペンを手にして最初の一字を書いてしまえば、
事はすでにぐっと楽になっている。


                    ヒルティ



3連休は仕事もしようと思っていたが、ついに
手をつけなかった…
資料も全部持ってきていたのに、広げもしなかった。
しておけば、月曜日がうーんと楽になるのに。
あーあ、結局月曜日に残してしまった…
意志が弱いなぁ…

明日全力でしよう。
何とかなる…と信じて。
ヒルティのことば…身にしみるなぁ。


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2003年03月22日(土) うわべだけではない幸福…不変で中味で充実し、

うわべだけではない幸福…不変で中味が充実し、
人目のつかないところこそ美しい、
そんなものを丹念に探し求めよう。
それは、それほど遠い所にあるわけではない。
手を伸ばせば、届く所にきっと見つかるものである。


         「わが死生観」より   セネカ      



私の趣味は、料理、ベランダ菜園、読書、寝ることである。
今日は、遅く起きて、ブルーベリーを植え、バラを植え替え、
パンを焼き、ゆっくり時間をかけて煮込み料理もつくった。
義理を欠いている友人に、ハガキも出せた。
今日は、気持ちがゆったりしている。

いつもは、精神的に余裕がないことを理由に、
いろいろなことを吹っ飛ばして、生活している。
かなり、義理も欠いていると思っている。
毎日ゆったりとした気持ちでいたいと思いながら、
日々の生活に左右されてしまって、
気持ちの余裕が持てない。

今日のようなゆったりした気持ちが続けば、
愚痴ることもないだろうにと思うのだが…






    


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