| 2003年06月09日(月) |
ストレスは人生のスパイスだ。 |
ストレスは人生のスパイスだ。
ストレスを発見したカナダの生理学者 ハンス・セリエ
そうか、スパイスか。 いつも「ストレス」言っていたが、 これからは「スパイス」と言えば、 ちょっとは気持ちが軽くなるかな。
今日はスパイスがたまった日だった… 何か変か…
| 2003年06月08日(日) |
「行ってらっしゃい」それは「安心」のメッセージ。 |
「行ってらっしゃい」それは「安心」のメッセージ。 「待っているよ」それは「必要」というメッセージ。 「お帰りなさい、お疲れさま」それは「いたわり」のメッセージ。
『「引きこもり」から、どうぬけだすか』より 富田 富士也著
著者は言う。 帰省して、故郷から戻るときに父や母が言う 「行ってらっしゃい。今度はいつ帰るんだい、待ってるからな」 そんな何気ないことばの、ありがたみを忘れがちだが、 とてもかけがいないと。
毎日の生活に追われて、つい流しがちだけれど、 明日からは必ず言って送り出そう。 「行ってらっしゃい」 そして、遅く帰ってくるとつい言いがちな 「何してたの?今日は」の前に 「お帰りなさい、お疲れさま」を。
何日出来るか…自信はないが…
| 2003年06月07日(土) |
登る山はいくつもある。 |
登る山はいくつもある。 しかし、心理的に病んでいる人は「この山」に 登らなければいけないと思い込む。 「自分はこの山に登る体力がない」のだから、 自分の体力に合った山に登ればいいのだが、 神経症型の人はそうは思えない。
世の中には「あの山」もあれば、「その山」もある。 どの山に登っても立派だと思えれば、自分に合う山を探して登れる。 だから、「この山」に執着しない。
「なぜこの人は、自分のことしか考えないのか」より 加藤 諦三著
まるで、母のことを言ってるようだ。 母はもう出来ないにもかかわらず、高い理想を持ち、 自分が持つだけならいいが、他人にもそれを押しつける。 自分も「この山」に登らなければいけないし、 他人も「この山」に登らなければいけないと思っている。 母の言う「この山」は、かなり偏っているのだが…。
人それぞれ「違う山」があって、それでいいのだと言うことが 理解できないらしい。 というより、理解したくないようだ。 いつも自分は正しいと思っていたいらしい。 その私が言うのだから、正しいと押しつける… 周りのものは、みんな疲れる。 しかし、本人は「1番疲れるのは私」と言っている。 周りは「ああ、そうですか」と言って無視をする。 すると、「誰も私のことを分かってくれない」と言う。 みんなため息をついて、誰もまともに話そうとしなくなる…
年を重ねたら丸くなる、と誰かが言っていたが、 母は、丸くなるなどという傾向はみじんもない。 よく働き、物事をきちんとやってきた母を 限りなく尊敬しているが、 母は、ある意味で反面教師なのだ、私の。 こんなふうに年を取りなくないものだなぁと 娘はしみじみ思う。 元気は元気でいいのだが…ふぅ。
| 2003年06月06日(金) |
つまり男にとっては、相手をキャッチするまでが勝負どころで、 |
つまり男にとっては、相手をキャッチするまでが勝負どころで、 エネルギーも使いますが、結婚したとたん、 「結婚したんだからもう彼女は逃げない」と心のどこかで 思うようになります。
これに対して女性達は、結婚は「終わり」ではなく、 ここから二人の関係が本当に開ける「始まり」だという思いが強く、 この男女の微妙な違いは、その後の結婚生活に様々な影響を 与えることになります。
「男というもの」より 渡辺 淳一著
やっと読み終えたが、重かった… しかし…ものすごい本音に出会えた気がする。 そうか、そうなのか… やっぱり男と女というのは、 かなり違う人種なんだなとつくづく思った。
だからどうなのか… だからどうなのか… だから、何… うーん、よくわからない…
| 2003年06月05日(木) |
正直に言って、人間には、選ばないで済むほうがありがたいと |
正直に言って、人間には、選ばないで済むほうがありがたいと 思われることが少なくない。 つまり人間には自由への欲求もあると同時に 不自由への欲求もあると思われる。
「生きがいについて」 神谷美恵子著
選ぶということは、とても迷うということだ。 何か買うとき、何かを食べるとき、 そんな毎日のことでも選ぶ作業はある。
それが苦痛の時もあるが、 出来れば、選ぶことを(つまり迷うことを) でれるだけ楽しみたいと思う。 それが、大きなことでも、ささやかなことでも。 どうせ選ばずにおれないのだ。 いつか選ぶのだ。
「自分で選んだ」と心から思えれば、納得できる。 納得できると言うことは、 とても大きな力になると私には思える。
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