ことば探し
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2003年07月30日(水) 人は悲しいかな、わがままを許された量しか、

人は悲しいかな、わがままを許された量しか、
人のわがままを許せない。
たとえ、それが我が子でも許せない。


 「思い残し症候群」より  岩月 謙司著



著者は人はしてもらったことは出来るが、
してもらってないことは出来ないものだと言う。
同様に、わがままもそうだと言う。

確かに、どのくらいわがままを許していいのか
わからないことはある。
自分の中の限界線が揺れることはよくある。
何がわがままで、わがままでないのか
よくわからないこともある。

私が許されてきた、わがままの量はどのくらいなのだろう…
それが起点の量になっているのだろうか…
うーん、わからないなぁ。


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2003年07月29日(火) 「愛しても、愛してはもらえないおそれがある」

「愛しても、愛してはもらえないおそれがある」
それでいいのではないか…

あなたは愛するがゆえに愛するのであって、
何かを返してもらいたくて愛するわけではない。


「自分らしさを愛せますか?」より レオ・バスカリア著



「愛しても、愛してはもらえないおそれがある」
それでいいのではないか…

私も、心からそう思う。
そういうこともある。
そういう愛もある。
それでいいのではないか…



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2003年07月28日(月) 熱意なしに達成されたものは何ひとつない。

熱意なしに達成されたものは何ひとつない。


       ラルフ・ウォルド・エマーソン





熱意の力は大きいと思う。
熱意は、人を動かし、仕事を動かし、
世の中さえも動かす力があると思う。
その熱意を、どのくらい持ち続けられるか、
どれだけ伝えられるか…
その人の力量がそこにあると思う。


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2003年07月27日(日) 子供の幸せを願わない親はいない、というのは、

子供の幸せを願わない親はいない、というのは、
残念ながら幻想に近い。


  「思い残し症候群」より  岩月 謙司著



私もそう思う…

もちろん、幸せを願う親もいると知っている。
しかし…案外少ないのではないかと思っている。

親が、幸せを願っている風を装っているが、
全く違う意図を感じることがある。
親がそれを意識しているかどうかわからないが、
無意識に、あるいは、意識的にコントロールしようと
する感じを持つことがある。
そうして、それに流されることがある。
何か違うなと感じながら…

本当に、子の幸せを願えるのか…
何が子の本当の幸せなのか…
それで、本当に自分が幸せに思えるか…
目先の幸せ風で、満足してはいないか…
自分の不幸を、子に押しつけていないか…
どうなんだろう…




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2003年07月26日(土) 「75%の規則」

「75%の規則」

収納場所が75%までふさがったら、
それを満杯と見なしましょう。
ファイルも、クローゼットも常に75%の物が
埋まっている状態にとどめておけば、
とても使い勝手がよくなります。


 「すべては、単純に!でうまくいく」より
        ローター・J・ザイヴァード&
   ヴェルナー・ティキ・キュステンマッハー



この本によると、あらゆる複雑な活動や発明は、
もともと人生を「シンプルにしたい」という
気持ちから発しているというのだ。
しかし、人はそう思いながら、
そのような意図が生かされないまま
逆に次から次へと、複雑なものを
生み出すことになってしまっているという。

そうかもしれないなぁ。
新しい家に引っ越して、1年半たって、
まだ収納場所の整理がつかないままでいる。
やってはいるのだが、
使い勝手が、今ひとつという気がしている。
機能的でない気がしている。
そう思って整理するための収納棚を買う。カゴを買う。
しかし、買ってもなかなか整理がつかないまま、
ずっとそのままになっていたりする。
整理するために、物が増え、
しかも、気持ちは焦ってしまう…
そのたびに、ああもっとシンプルに整理したいと
ため息をつくのだ…




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