| 2004年01月09日(金) |
今日をだらだらと無為に過ごす…明日も同じこと… |
今日をだらだらと無為に過ごす…明日も同じこと… そして次の日はもっとぐずぐずする。 ためらいのひとつひとつが、それぞれの遅れをもたらし、 日々のことを後悔しつつ日々が暮れていく。
おまえは本気でやっているのか? 一瞬考えてみるがいい…思い切りのよさには、 才能と力と魔術が内在する。
ひたすら没頭すれば、心に灯が点る… 始めるのだ。 そうすればその仕事は完成する。
ゲーテ
おまえは本気でやっているのか?と問われると、 本気ではないと今は答えるな… ただ、ひたすらやってはいるが… 少なくても、本気になれないのは確かだ。 情けないと思いつつ。
仕事はだらだらとしてる気がするし、 したくない理由を見つけて仕事を先送りばかりしている。 そして、仕事を残しては後悔する… そして、ああ、あれもこれもしなくちゃと思ってばかりいる。 休んでいても、仕事のことが頭の中に残っている。 効率が悪いとわかっているが、 先送りの癖が直らない…
ひたすら没頭すればいいのか… 出来ることから、すぐに手をつければいいとわかっているが、 ぐずぐずしているなぁ…うーん、いかん。
| 2004年01月08日(木) |
自分と人との違いは、実はわずかなもの。賢い人はそう知っています。 |
自分と人との違いは、実はわずかなもの。 賢い人はそう知っています。 自信があるから、そう思えるゆとりが生れるのです。
賢くない人は、自分と人との違いはものすごい、 そう思っています。 余裕がないから、常に自分が優位であることに しがみつくのです。
「女性が好かれる9つの理由」より 赤羽 建美著
自分と人との違い… 私もそんなに違いはないと思う(賢いかどうかは別にして) もちろん、大きく違っている人もいるだろう。 全然違う性格の人もいるだろう。 でも、大半は、そんなに違いはないと思っている。 根本はどうも似通ってるように思う。
そういえば先日隣人と話しているときに、 カルロスゴーンさんの話になった。 「カルロスゴーンさんが『私に出来ることは他の人にも出来る』 (出来ないと思うが)ってTVで言っていたと話すと、 隣人は「出来る人ほど、そう言うんだよなぁ」と しみじみ言っていた。 私も、ものすごい人なんだなぁと思った。
| 2004年01月07日(水) |
人生は失敗の連続でよい。 |
人生は失敗の連続でよい。 ただし、失敗して悔しいと思う気持ちを持つことは大切だ。 それさえあれば、失敗を悲観することなく真摯に反省し、 諦めずに努力をするから、同じ失敗を繰り返すことがない。 この類の人には、大きな未来がある(略) 諦めない限り、それは未来につながる「意味のある失敗」 なのだから。
「6000人を一瞬で変えたひと言」より 大越 俊夫著
今日は完全に失敗した日だった。 しまったと思ったが、遅かった… 今日の反省は「しゃべりすぎ」だ。 本当に反省しよう…これではダメだ、また失敗する。
大越さんは、失敗した時は、 「あー、ダメだ」と言わずに、 「ムッチャくやしいー」と言いなさいと 言っている。
今日の私は 「ムッチャくやしいー」より 「ああ、情けない…」だな。
| 2004年01月06日(火) |
何でも初めから無理と思うたら、結果もそのようになります。 |
何でも初めから無理と思うたら、結果もそのようになります。 無理でも目的を立てて、どないしたら完遂でけるか、 焦点を絞っていくことが大切なのです。
幕末〜明治にかけて活躍した女性実業家 広岡 浅子
会社から家まで、 歩いて帰ることを続けてちょうど一年がたった。 会社から家まで歩いて、だいたい40〜45分くらいだ。 (電車で帰るとだいたい25分くらい) 遅くなったときと、直帰で違うコースを帰ってくる場合と、 大雨や台風の時を除いて、ほぼ毎日歩いて帰った。
始めた時、回りはいつまで続くかな?と言った。 実は、自分自身も無理かも…と思っていた。 まぁ、続くところまでやってみようと軽い気持ちだった。 しかし、やってみたら、歩くことが苦でないことに気が付いた。 しかも、意外に楽しいのだ。 歩かなければ、気が付くこともない店を見つけたり、 意外な場所を知ったり… 体調もよくなってきた。 こうなると、続けたいという気持ちが出てきて、 今では、あちこち歩いて行くようになった。 20分くらいの距離なら、まず歩く。
こんなささやかなことでも、自信につながる。 歩けるということ、続けられたということ、 体力がついたということ。
最初に目的があったわけではなく、 運動不足を補うために始めたことだったが、 無理と思ったら出来なかったし、しなかったと思う。 やってみてから、無理かどうかを判断しても いいのではないかと思う。
| 2004年01月05日(月) |
人は偉大でありたいと望みつつ、実際の自分はつまらぬ存在だと考える。 |
人は偉大でありたいと望みつつ、 実際の自分はつまらぬ存在だと考える。 幸せになりたいという望みと裏腹に、 わが身を振り返ればみじめに感じる。 完璧でありたいと願いながら、 欠点だらけのわが身を思う。 他人から愛され尊敬されたいと願いつつも、 自分は欠点ばかりで嫌われ軽蔑されてるだけだと思い込んでいる。
「そんな無責任な!」の中に引用された「パスカルのことば」 ヴィンセント・バリー著
人は複雑なんだなぁとつくづく思う。 裏表の気持ちや、明暗の気持ちが必ずある。
ケンカをした後、こみ上げてくる怒りとともに、 自分の悪さも、落ち度も気が付いていたりする。 もちろん認めたり、謝ったりはしないのだが… そして、そんな謝れない自分が嫌になったりする。
注意されたことに反発しながらも、 実はちゃんとわかってることも多い。 (それを直すかどうかは別にして)
何かをほめられて、「嬉しい」と思いながら、 本当に本音を言ってるのだろうかと疑って 素直に「嬉しい」と言えなかったり… 有頂天になってる自分を知られたくなくて、 妙に冷静に受け答えしてみたり…
会えて嬉しい反面、 別れの時の寂しさが身にしみたり…
でも…だから人間っていいのかも知れないなぁ… どっちか一方の気持ちしか持てなかったら、 それはそれで、少し怖い気がする。 単純な人ってだけでは片づけられないような気がする。
そういう裏表の気持ちがあるから、 人間は深くなれるような気もする。
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