| 2004年02月13日(金) |
すぐ「わかりました」という人間に、わかったためしはない。 |
すぐ「わかりました」という人間に、わかったためしはない。
小早川 隆景
私は隣人とケンカをして、 言っても無駄だと思うと ああ、もう聞きたくないと思うと、早々に 「わかりました」と答えて、その場を終わりにするが (終わりにならないこともあるが…) わかったためしなどない。 このことばにまったく同意する。
| 2004年02月12日(木) |
親密な関係を築き上げるのは容易なことではない。 |
親密な関係を築き上げるのは容易なことではない。 その過程はのろく漸進的である。
あまりに急速な親密さはもろい。 そのようなものは、もし一方が相手について否定的な、 あるいは気に入らない何かを発見したときには、 たやすくこわれてしまう。
それに反して、時間をかけて活動を共にし、 自己開示をし合うという強い基盤の上に築き上げられた 親密な関係は、簡単には壊れないのである。
「ふれあいの心理学」より V.J.デルレガ A.L.チェイキン著
壊れにくい関係でありたいと思う。 隣人とも、友人とも、親兄弟とも。 しかし、近い関係ほど、なかなか冷静でいられなくて、 お互いに干渉し合ってしまう。 言いたいことを言ってしまう。 なかなか適度な距離が取れない…保てない。
その関係に時間をかけたからといって、 親密な関係が出来るかというと…そうではない。 上手に互いに自己開示をする間柄でないと親密な関係を 築くのは、難しいだろう。 自己開示するには、強い信頼感がないといけないし、 恐らく、大きな勇気が必要だ。 それを超えて、自己開示出来るかどうか… また、肉親とはどのような開示がいいのか… うーん、難しい。
| 2004年02月11日(水) |
人生に疲れたという人がいたら、それは人生のほうが、 |
人生に疲れたという人がいたら、それは人生のほうが、 その人間に疲れたのだと思えば、間違いはない。
ジョージ・サンダース
そっか、そういう見方も出来るのか… いつも自分の側からばかり見てると、いけないな。
人生に疲れたと言う人は、自ら疲れさせている人が多いように思う。 余計なことに気を使っている人が多いように思う。 自分の考え方に固執してる人が多いように思う。 だから、思い通りには行かなくて、余計疲れる…ように見える。
もっと、違う見方をしてみたらいいのにと思うが、 頑固に自分のやり方、考え方、見方に固執する。 そう言う人は、自分ばかりが疲れていると思っているだろうが、 実は、人生の方でも、その人間に疲れているのだな…きっと。 それに、実は回りの人もその人を見ているだけで、 とっても疲れているのだ…
| 2004年02月10日(火) |
我々は自分一人の力で自分を肯定することは出来ません。 |
我々は自分一人の力で自分を肯定することは出来ません。 必ず誰か他の人間が、その瞳の中に我々の美点を写し出して 見せてくれなければなりません。 他者が鏡となって、 我々の姿を投げ返してくれなければならないのです(略)
すべての人間にとって本当に必要なものは、 ひとからもらう肯定的な愛であります。
「孤独なこころを支える」より ロバート・E・ラーソンJr
肯定的な愛か… 深くて、重いなぁ…
自分にとって重要な他者から、今ある自分を 受け止めてもらえ、認めてもらえ、OKをだしてもらったら、 それはとても自信になる。
しかし、その重要な誰かも、同じように、 誰かに受け止めてもらい、認めてもらい、OKをだしてもらい、 自信を持つことが出来ないと 肯定的愛などあげられないのではないのか…
肯定的愛の連鎖が必要なんだと思う。
| 2004年02月09日(月) |
その人その人の命があるように、その人その人の時がある。 |
その人その人の命があるように、その人その人の時がある。
「人間の深層にひそむもの」より 河合 隼雄著
昨年、希望退職制度に応募し、 仕事の引き継ぎが終わり次第退社という条件で折り合いを付け、 やっと引き継ぎが完了した…長かった… 資料の整理も終わり、残務処理も終わり、 ほとんどの仕事に区切りをつけた。
私にとっては、タイミングのいい希望退職募集だった。 仕事に対しての、熱意もやる気も失っていたし、 今の仕事は自分を賭けてやるべき仕事ではないと かなり以前から思っていたから。
今の会社にはとても感謝している。 ことばに言い尽くせないくらいだ。 私は今の会社が好きだし、一緒に働いている仲間も好きだ。 けれど、 感謝や、好きだけでなくて、私は生き甲斐が欲しくなった。 自分を賭けてやれるものが欲しくなった。 そういう時期が来たのだ…
さあて、これからだな、勝負は。 まぁ、のんびり行くとするか…
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