| 2004年06月09日(水) |
人生ははかないロウソクの光りではない。 |
人生ははかないロウソクの光りではない。 それは、私がしばらくの間手に持つ、 たいまつの炎のようなものである。 私はそのたいまつの火を、自分が持っている間、 できる限り明るく燃やし続けたい。 そして、それを次の世代に手渡していきたい。
ジョージ・バーナード・ショー
はかないロウソクの火と思うか、 たいまつの炎と思うか…その人の考え方によるのだろうな。 私は、たいまつの炎と思いたいな。 そう思った方が、私は生きていく力がわくから。
| 2004年06月08日(火) |
粘り強さとは、身についたエネルギーである。 |
粘り強さとは、身についたエネルギーである。 粘り強い努力を賢明に、途切れることなく続いていけば、 やがてはそれが成功につながる。
「探求心」より サミュエル・スマイルズ 本明 寛訳
私は粘り強い方だと思う。 これだっ!と思ったら、まず諦めることはない。 何年でも、何年でも粘る。 じっと粘る…ひそかに粘る。 フラフラしながらでも、行きつ戻りつでも粘る。 未だに、粘っているものがいくつかある。 まだ、芽すらでていないものばかりだが、 そんなことはどうでもいい。 これからもきっと粘る。 芽が出て、花が咲くまで粘ってやるっ。 (しつこい!!) どんな花が咲くんだろう…楽しみ。 (キレイな花だといいなぁ)
しかし、その反面…これだっ!と思わないものは、 とても諦めが早い。 ダメだと思ったら、さっさとやめる。 もう少しやれば、ものになりそうなことでも 途中で諦めたりしてしまう。やめてしまう… お金をかけても、時間をかけてもそうだ。 仕事に必要なことでも、 生活に必要なものでも、そうだ。
この粘りと諦めのバランスがもう少し取れていたら、 人生が変わっていたかも…などと思うのだが…
| 2004年06月07日(月) |
アメリカのミシガン大学がおこなった調査では、心配事の80%は実際には起こらなかったとされています。 |
アメリカのミシガン大学がおこなった調査では、 心配事の80%は実際には起こらなかったとされています。 起きてしまうのは残りの20%だけで、しかも そのうちの80%(つまり全体からすると16%)は、 順序立てて整理し、準備を整えて対応すれば発生には 至らず、解決できるというのです。
つまり、わたしたちの頭を悩ます心配事のうち、 本当に実現してしまうのはわずか4%にすぎない、 ということになります。
「眠りはじめの5分間」より 佐藤 富雄著
「私は心配しているのよ…」母の口癖である。 母は心配症である。 自分のこと、私のこと、父のこと、いろいろと心配している。 これから起こりそうなこと、過去のこと、 起こってもいない出来事、起こりそうもないこと… ともかくあれこれ心配らしい。
しかし…心配してくれない方がずぅっと嬉しい。 余計な心配はしてくれない方が、ありがたい。 いつもあれこれ心配されては、母に何も相談できないし、 (考えてみると、私は母に相談したことがない) 心配されることが心配で、とても話す気にもならない… 心配のあまり暗い顔して、ぶつぶつと文句を言うなら、 してもらわず、明るい笑顔の方が何倍もいい。 しかし、母は心配していることが、何かとても みんなのことを想っているかのように思い込んでいる。
母には…明るく生きて欲しい。 楽しく生きて欲しい。 残り時間は、暗い顔でなくて、明るい顔で生きて欲しい。 もともと笑顔のステキな人なのになぁ。 心配するより、人生を受け入れて生きて欲しい… それが、家族みんなの願いである。 その方がよっぽど家族にとっては嬉しい。 こんな想いはどうしたら通じるのだろうなぁ。 この想いは、希望でしかないのかなぁ…
| 2004年06月06日(日) |
言いたいことがあれば存分に言い、時間など無視してでも言い尽くしたい、 |
言いたいことがあれば存分に言い、時間など無視してでも言い尽くしたい、 と言うことも人間性と呼べるならば、 言いたいことがあっても、相手の立場を考え、 あるいは、飯時には引き上げるという常識も、やはり、 人間性と呼んでいいのではないだろうか。
「カウンセリングと人間性」より 河合隼雄著
隣人と言い争いをしてして、つい、言い過ぎてしまう。 (もちろん、隣人もそうなのだが…) (隣人に対して出だけでなく、両親にもだな、言い過ぎるのは) 後で、あれは言わなければよかったとか、 あの言い方はちょっとまずかったなどと反省するのだが、 言い争いになると、また同じ過ちを犯してしまう…
言い過ぎると、こんなふうに、言った私も気分がよくなく、 言われた方も気分がよくない。 わかっているけど、一言多くなる…言い過ぎる。 日頃の不満やら、本音が出てしまうからだ。
そうしてその言い過ぎた余計な一言が、長い間かけて、 雪のように静かに積もって、とんでもなく大きな 雪崩を引き起こしたりする…
一言少ないくらいの方が、いいのではないかと最近は思う。 言い足りないくらいで、いいのではないかと思う。 その修行を積まねばと本当に心から思う…
| 2004年06月05日(土) |
「女性の『いや』は『いい』と言う意味」と断定する男性がいます。 |
「女性の『いや』は『いい』と言う意味」と断定する男性がいます。 先日、若い男性がこんなことを言っていたので、 「どうして?」と聞いてみました。
「だって先生、女性ってそういうものですよ」と分かったようなことを言います。 20歳になるかならないかの男性が、女性の何たるかをわかるはずもありません。 よく聞いてみると、誰かにそう言ってそそのかされたようです。
彼には、 「それは君のお婆さんくらいの女性が、君と同じ歳頃だった昔のことで、 現代もそうだと思っていると大恥をかくよ」とアドバイスしました。
女性が自分の感情を内側に隠して表に出さなかったのは、 もう何十年も前のこと。 今の女性は男性と同じように、好きは好き、いやはいやと 言葉にも態度にも表します。これが基本です。
なぜかこの人の「ことばが力を持つ」より 多湖 輝著
そうそう、 未だに女性の「イヤ」は「いい」ということだなどと言う、 どうにも勝手な解釈をする男性はいる… んなわけないって。 イヤはイヤだって。 男性は、自分がイヤだと言われた(つまり拒否された)ことを 認めたくないから、そんな勝手な解釈をするようにしか私には思えない。 ちゃんと、イヤはイヤだって。 感づいてほしいなぁ。
いや、かわいく「いやっ!」とか「いやん」は違うかもしれないか… 私にはもう言えないので、ありえないが…(寂)
《ちょっとひといき》 妙なガーベラ(なぜか、3つの花が1つになって咲いている)

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