| 2004年06月19日(土) |
相手に喜んでもらいたい、それが自分の喜びにつながることは確かですが、 |
相手に喜んでもらいたい、それが自分の喜びにつながることは確かですが、 時には、相手に気づかれなくても、それが徒労だとしても、 ちゃんと喜べる人間になりたいと思ってます。 つまり、見返りを何も期待しないということでしょうか(略)
与える喜びの中で、とても大切なことは、ちゃんと自分で自分に 喜び与えられるということでないでしょうか?
「わたしのためにできること」より 唯川 恵著
人に与えて、見返りを求めないのは ものすごく高等な精神がいるような気がする… だって、人に与えたら、自然に見返りは欲しいと思ってしまうものなぁ。
でも、そう思ってばかりいるのも、 どうにもみっともないし情けないことだとも思う… 見返りを求めるのことが、あまり自分の中で美しくないことだと 心の中で思っているからだ。 (にもかかわらず、求めてしまうのだが…) やっぱり、本当には見返りを求めず与えるようでありたい…なぁ。
しかし、自分が与えられたら、ちゃんと見返りはしようと思う。 それが礼儀なような気がするから。 せめて最低限、お礼だけはちゃんと言おうと思う。
兄が、出張先の山形からさくらんぼを送ってくれた。 兄弟といえども、やっぱり何かを返さなくてはと思うので、 お礼だけでなく、今度は何かを兄宅に持っていこうと思っている。 何にしようかな…と苦痛に思わず、楽しく考えられるのが一番いいのかな。
| 2004年06月18日(金) |
無償の愛をそそぐには、思い切って信じることが必要です。 |
無償の愛をそそぐには、思い切って信じることが必要です。 しがみつくようにしか愛せないのは、パートナーへの信頼が 根本的に欠けているからにほかなりません。 意識しているといないにとにかかわらず、 「あなたの愛が信じられない」といっているようなものです。
なるほど、パートナーが信頼に値しなかったり、 信頼に応えられなかったりするのかもしれません。 ただし、ひとつだけ肝に銘じておいてください。
首輪をつけておけば忠実に愛する方法を 教えこめるというものではないのです。 なんらかの関係を築きたいなら、相手を信頼しなくてなりません。 それは避けては通れないことです。 しがみつくだけではうまくいきません。
「くよくよするな」ブックス リチャード・カールソン著 安野 玲訳
本当にその通りと思うが、 信じることはなかなか難しく… ましてや無償の愛なら…こちらが欲しいくらいなので… どうにも、うまい具合に、ちょうど良く信じたり、愛したり出来ない。
こればっかりは…簡単に出来るいい方法などなくて、 右往左往したり、頭を抱えたり、悩んだりしながら 身につけていくしかないのかもしれない。 ちょっとづつ悟ったりして…
| 2004年06月17日(木) |
心にどんな「栄養」与えてますか? |
心にどんな「栄養」与えてますか? 暴力的で悲観的なものだけでは、希望に満ちた姿勢は維持できません。 同じように、 不平やゴシップや暗い話しばかり垂れ流す人といっしょにいれば、 あなたの気性まで影響を受けてしまいます。
心に与える栄養は慎重に選びましょう。 聞いたり、読んだり、見たり、参加したりするものを通して、 生活のなかに気分を高揚させる体験を気前よくちりばめましょう。
悲観的なタイプの人と過ごす時間と、 楽観的なタイプの人と過ごす時間を、 バランスよくふりわけてください。
「くよくよするな」ブックス リチャード・カールソン著 安野 玲訳
ある人に会って「この頃感動したことあった?」と聞かれた。 あまり大きな感動は思いつかなかったので、 「ロードオブザリングを見て、すごさに感動した」と答えた。
「どこに感動した?」とさらに問われて、 「こんなスゴイ映像を作れる人がいること、映像のすごさ、 出演者のステキさ、ともかく面白かったこと、わくわくしたこと」 と答えた。
ただ考えてみると、映画制作者が伝えたかったこと、 (例えば、友情とか、生きるものの弱さとか強さとか、勇気とか) 指輪物語に貫かれている本筋の哲学や意味、ストーリーについては、 あまり深く考えたりはしなかったし、 生き方のヒントになるという感じではなく、 ただ全体の映像のすごさに感動していたような… 心の栄養になっているかな?
でも、スゴイ!と思えること、 素直にいいなぁと思えることは、 心の栄養になると思うから、きっとなっているに違いない。
| 2004年06月16日(水) |
「“こころ”がわかればすべてがわかる」という安易なコンセプトがマスメディアの中で成立してしまっている。 |
確かに人間の行うことには、それが経済、政治活動でもスポーツでも 恋愛でも犯罪でも、その背後には必ず行為者の“こころ”が絡んでくる。 それは事実だ。 しかし、だからと言って、その“こころ”の部分を解説すれば 人間のすべてがわかる、ということにはならないはずだ。 それなのに、いつの間にか、 「“こころ”がわかればすべてがわかる」という 安易なコンセプトがマスメディアの中で成立してしまっている。
「インターネットマザー」より 香山 リカ著
人のこころはわからない…だから知りたいと思うが…わからない。 わかったふりは出来るが、実は全然わからない。 わかったと思う瞬間があっても、次にはまたわからなくなる。 未だに隣人のこころもわからない、 両親のこころもわからない。 きっとそんなものなのだと、思っているが、 わかろうとする気持ちがあるかないかの差はとても大きいように思う。
| 2004年06月15日(火) |
ものごとがうまくいっていない時ほど人は他人に認めてもらいたくなる。 |
ものごとがうまくいっていない時ほど人は他人に認めてもらいたくなる。 うちひしがれている時こそ、他人から肯定してもらいたくなるものだ。 リストラされて、家族を養えなくなると不安になっている男性や、 恋人に捨てられた女性、顧客を逃したセールスマンは、 存在を肯定してもらうことで自尊心を取り戻そうとしている。
「わたしはなぜ、誤解ばかりされるのか」より ジョーエレン・ディミトリアス著 富田 香里訳
ものごとがうまく行ってないと、いらいらして人に当たったり、 周りの人のことを考える余裕がなくなって、勝手な行動をしたり、 まったく自分の殻に閉じこもったりしてしまう。
こういう態度なのに、他人に認めてもらいたいと願ってもそれは 無理だと思うのだが…優しい言葉はかけてもらいたいと思う。 認めてもらいたいと、心の中で思っている。
しかし、そんな状態の時には、優しい言葉や、思いやりをかけてもらっても、 優しい思いが伝わらず、感謝出来ないことが多い。 いろんなことに敏感になっているので、 逆に皮肉にとったりもする。
人間って、何だか悲しいなぁ… どうして、素直に感謝出来ないんだろう。 素直に、人の思いやりを受け取れないんだろう。 本当には、その思いやりをかけてくれた人も、 落ち込んでいる人を見て、苦しんでいるかも知れないのに…
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