ことば探し
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2004年08月05日(木) 「知ること」と「実践できること」との間には、

一冊の本を読んで1つの理論を理解する。
しかし実地ではそのとおりにうまくいかない。
そう言う時、別の本を読むとか、ある人の経験談をきくことによって、
別の理論を知る。すなわち
「知識として知る」と、それで何か解決したような安心感を、
無意識のうちに持っている。
別の不安をもったとき、別の理論を知ることによって安心する。
            (略)
「知ること」と「実践できること」との間には、
明らかに1つのミゾがあるわけで、このミゾを埋めない限り、
いかに立派な理論といえども、身に付いて来ないのである。


 「カウンセラーの自己訓練」より  広瀬 米夫著



私は本を読むのが好きだが、知識としていくらたくさん
詰め込んでも、1つの体験、1つの実践にはかなわないと思っている。
知識を活かすためにも、体験とか実践することが
なにより大事なのではないかと思う。

この秋、私も持っている知識を活かすために、
自分の力を試すために、実践してみることにした。
ともかく、実際にやってみなければ身に付かないことが多い。
やってみて、はじめて知識が生きる。
私は、知識を活かしたい。
生きた知識にしたい…そう思っている。








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2004年08月04日(水) 意気を呑んで「なんて美しいのだろう!」と感じるとき、

意気を呑んで「なんて美しいのだろう!」と感じるとき、
そこにはいつも魂が存在する。


 「魂をみがく30のレッスン」より  リチャード・カールソン
                  ベンジャミン・シールド著



美しいと感じるとこころが刺激される。
人は美しいものを見たり、感じたり、触れたり
するのが大事と思う。
それは、やはりこころが動くことだし、
何か魂に触れるものだと思う。
こんなふうになりたいと思ったり、
ここに住みたいと思ったり、絶句したり、
感動したり…泣けてきたり…ただただ呆然としたり…

私は小学校の時から、油絵を描いてきたが
(今はもう全然書いてないが)先生がよく言っていた。
「いっぱいキレイなものを見なさい、そして、美しいと
思ったものを、思ったように描きなさい」と。
今でも、そのことばを思い出す…
美しいものは、こころを刺激する。
本当にそう思う。



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2004年08月03日(火) 努力しない方がよいときもある。

努力しない方がよいときもある。
自分の考えと魂との関係を客観的に眺める際も、
このことが当てはまる。
考えに重きを置かない方が、
容易に自分自身の深い部分とつながることができる。


             リチャード・カールソン



「努力しない方がよいときもある」…
私はあまり「努力」が好きではないので、このことばは妙に嬉しい。
しかし、このことばは、
「努力した方がいいときもある」と言ってるのだから、
手放しで喜んではいられない…たぶん。

努力かぁ…
してる人はいつもしてるんだよなぁ…




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2004年08月02日(月) ほどんどの人は心の痛みには耐えられないと勝手に思い込んで、

ほどんどの人は心の痛みには耐えられないと勝手に思い込んで、
死ぬまで感情から逃げ回っています。
でも、心の痛みにはもう耐えているのです。
まだなのはもう乗り越えたと感じることだけです。


                 バーソロミュー



自分の感情ってやっかいだなぁと思うけど、
その感情と上手につきあっていくしかないのだと思う。
思ったようには思ってくれない感情、
抑えようとして抑えきれないほど強い感情
情けないほどすぐ変わる感情…

だからいい時もあれば、悪い時もある。
激するときもあれば、落ち込むときもあり、楽しいときもある。
そんな感情とうまくやって行くには
自分の感情を知って、うまく折り合いをつけるしかないかな。


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2004年07月31日(土) 人は話をすることによって、相手の知的レベルを判断する。

人は話をすることによって、相手の知的レベルを判断する。
そして、実は、それ以外に判断しようがない。
そうだとすると、
「あの人は、話しをしていると愚かに見えるが、実は賢い」
といったことは原則として起こらない。
言い換えれば、話しをして愚かに見える人は、
文字通り、愚かな人間として扱われる。
そのような人は、よほどのことがない限り、挽回の手立てがない。

それほどまでに、社会人にとって日常会話は
大きな意味をもっていると言っていいだろう。


 「頭がいい人、悪い人の話方」より  樋口 裕一著



厳しいなぁ…けれど、現実はそうだなぁ。
話し方1つで印象が随分違うことも、
話し方1つで、瞬間的に評価され、判断されることも確かだ。
(それが合っているかどうかは別にして)
服装なども同じだが、やはり社会人としては、
今ここで、見えるもので、最初に判断されるのは事実だ。

そして、話しをしてみると、中身のある人か、ない人なのかは、
やっぱりわかってくる。
賢く見えた人が実は、中身のない人だったということはよくある。
そんな時は、なんーだとがっくりする…
最初から愚かそうだなと思われると、それなりの話ししかしないか、
まともに相手にしてもらえなくなる…

それは違う、イヤだと言ってみても仕方ない。
現実は、やっぱりそうなっている…うーん…


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