ことば探し
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2004年09月19日(日) モティベーションとは、夢が作業着を着るときだ。

モティベーションとは、夢が作業着を着るときだ。

               ハル・ローチ



新球団参入を表明している、ライブドアの堀江社長が、
テレビのインタビューで
「僕は今回のこと(新球団参入)はきっとうまくいくと
 楽観視してます。 
 そう思ってないと、モティベーションが維持できませんから」
と言うようなことを言っていた。

そうか、堀江社長は、こういうふうに考えて
モティベーションを維持してるのかと妙に感心してしまった。

私は、堀江社長に新球団を作ってほしいと思っている。
どういうふうに球団を運営していくのか、
新しい試みをしていくのか、見てみたいからだ。
きっと新しいことをやってくれると思うからだ。
楽しみにしてるんだけど…、どうなるのかなぁ。


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2004年09月18日(土) 社会は、なにが「ふさわしい」かを決めてしまうので、「ふさわしい」とされる世の中の規範からはずれると、

社会は、なにが「ふさわしい」かを決めてしまうので、
「ふさわしい」とされる世の中の規範からはずれると、
人は罪悪感を感じることがあるのです。(略)

悪いことをしたわけではないのに罪悪感を感じてしまうと、
人はその原因をつきとめようとして
自分が罪だと思う行為を心のなかに思い描こうとするものです。
はるか昔の、とるに足らないことをあてはめてみたり、
自分で悪事をでっちあげたりします。


「いつだって、誰かがいてくれる」より
 A.J.ツワルスキー著 笹野洋子訳
 講談社



プロ野球の古田選手の苦しそうな顔を見ると、
「あなたが悪いんじゃない」と言ってあげたくなる。
きっと、どこかに罪悪感を持ってしまっていると思う。
(もちろん、迷いやもっと重い想いがあるのだと思うが)

自分が正しいと思ったことや、
自分の信念を貫くときでさえ
人は罪悪感を持ってしまう。
また、世の中の多く人が、支持してくれても、
多くの人が「正しかった」と言ってくれても、
罪悪感を持ってしまったりする。

それほどに、罪悪感とは、自分で制御できない、
押さえようとして押さえられない、
人間的な感情に私には思える。


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2004年09月17日(金) 行き先がわからなければ、どの道を通ってもどこへも行き着かない。

行き先がわからなければ、
どの道を通ってもどこへも行き着かない。

   ヘンリー・キッシンジャー
   (米国の政治学者、外交官)



そうだなぁ…
行き先がはっきりとなければ、
目的地には行けないなぁ。
どの道を通ってもなぁ。
道の問題じゃないな。

もっとも、
行き先を決めずにその時まかせに行く道も
それはそれでありだと思う。
行った先で何かを見つける行き方だな。
見つかるかどうかはわらないけれど。




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2004年09月16日(木) 創造において最も困難なのは、始めることだ。

創造において最も困難なのは、
始めることだ。


              著者不明


全くその通りだと思う。
いつも何かを「始めること」が
なかなか難しい。
(もっとも「始めた」後も大変なのだが…)

しかし…
自分から始めないと、何1つも始まらないのだ。
まず、一歩。これが大事だな。


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2004年09月15日(水) 「ほんとうは私のことをそんなふうに思っていたの?」

「ほんとうは私のことをそんなふうに思っていたの?」

相手の目を通して自分を見るためには、
自分の殻から出て、強い意志をもって客観的に自分の
欠点に目を向けなければなりません。

自分について、また相手が自分をどう見ているかについて、
何かいやなことを発見してしてしまったとしても、
自分の性格に対する相手の反応を理解する方法は、
これしかありません。

自分の考え方や感じ方を知るには、
ストレスを感じている状態(とくに大切な人と対立したとき)の
自分の行動をチェックするといいでしょう。
そのようなときにこそ性格の「核」が
あらわれ、コントロールできない
「ほんとうの」思考や感情の
パターンが明らかになるからです。


「心を読む本」 みくに出版
          D・グレン・フォスター
          メアリー・マーシャル著
          新田 久美訳



「えっ、ほんとうは私のことをそんなふうに思っていたの?」
こんなことは、切ないがよくある。
自分に近い人に、そう感じると、
力が抜けて、ガックリくる。
「あっ、そう……」と。
(もっとも、相手も恐らくそういう感情を
 持つこともあるだろうが…)

自分が思い描いている自分像と
他人から見た自分像が大きく違っているからだ。
また、自分が思っていることや、感じていることが、
他人のそれとは、全然違っているときがあるからだ。

これは仕方ないことだと思うが、
時々、埋めようのないミゾを感じてしまう。
だからと言って、人の感じている私像を
変えることもなかなか出来ない。
一度出来上がった「その人像」は
そう簡単に、変えられるものではないからだ。

まぁ、あまり深刻にならずに、
どう見られても、どう感じられても、
「これが自分だから、仕方ないか」と
思うのが、一番いいかと思ったりする。
しかし、「これが、私」と開き直る前に、
一度自分の性格を点検してみる必要はあるのかも知れない。









 




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