ことば探し
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2004年10月14日(木) 「ご注文のヤツが入荷しました料金的には変わりませんから、

「ご注文のヤツが入荷しました。料金的には変わりませんから、
 じゃぁご自宅へ配達ですね。ご住所もっかい確認します。
 マンション名とかありますか?
 お届けまで1週間ぐらいかかりますが大丈夫ですか?」

右の文中の傍線(上記文の斜体太字)は不適切な言葉です。
それを直したのが次の文です。

「ご注文の商品が入荷しました。料金は変わりませんから、
 それではご自宅へ配達ですね。ご住所もう一度確認します。
 マンション名ありますか?
 お届けまで1週間ぐらいかかりますが、よろしいですか?」

正しい言葉に慣れていないと、不適切な言葉は
なかなか直せない、難しいものです。


「そのバイト語はやめなさい」より  小林 作都子著
                  日本経済新聞社



言われるたびに、違和感を感じるバイト語があって、
私の場合は、
「○○円からお預かりします」と
「コーヒーでよかったでしょうか?」という言葉だ。
いつも、これを言われるたびに、おいおい違うだろう、
「○○円お預かりします」
「コーヒーですね?」だろうっていつも反論したくなっていた。
(いや、事実した、無駄だったが…)
たぶん、丁寧に言っているつもりなんだろう…
お客に違和感を与えているとも知らずに…
(いや、不快感だな)

この本にもこのバイト語について書いてあって、
そっか、私だけでなくて、みんなも(少なくても著者も)
おかしいと感じていたのか!と妙に嬉しくなった。

しかし、こういう言葉は、どこから広まったのか…
どうして、正しい言葉が広がらず、
こんな半端な言葉が広まってしまうのか…

どこかのマニュアルから?
出所はどこなんだろう…
どこから広まったんだろう…


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2004年10月13日(水) 私のところにくる患者さんたちは、マイナス発想にかけては“達人的な領域”に達している人たちがほとんどです。

私のところにくる患者さんたちは、マイナス発想にかけては
“達人的な領域”に達している人たちがほとんどです。

そういう人たちにプラスの発想をしましょうと言っても、
「話としてはよくわかります。でも、いいほうに、いいほうに
 考えていい気になってしまい、もし悪くなったら
 どうするんですか?」とか、

「前もって悪いほうに考えておいて、覚悟を決め、心の準備を
 しておくから、悪い結果が出てもあきらめがつくんです。
 それをいいほうにばかり考えていたら、落差の大きさに
 ショックを受けて、立ち直れなくなっちゃいますよ。
 それを思うと、悪い方に考えておくほうが安心です」と
 答える人のほうが多いようです。(略)

しかし、その人はあらかじめ覚悟を決めて、
心の準備をしていたはずですから、
それを楽々と乗り越えることが出来るだろうと思いきや、
実際には落ち込んでいるわけです。

悪いほうに考えているのなら
あきらめがつきそうなものなのですが、
そうは行かないのが人間なのです。


「こころの体操」より  於保 哲外著
            素朴社



私の回りには、このタイプが結構いる。
悪いことを予測したり、
悪いほうに考えることが好き(?)なように見える。
(本人が意識してるかしてないかは別にして)

自分にとって打撃にならないように考えているのだろうが
悪い結果だと、やっぱり打撃を受けるようだ。
そして、かなり後を引くように見える。
でも、準備をしているのだから、すこしはその打撃が
やわらいでいるのかもしれない。
後の引き方も短かくてすんでいるのかもしれない。
(その辺のことはよくわからない)
もしも、その心の準備をしていなかったら、
打撃はそんなに大きいのだろうか…

私はある時を境に、悪い結果を予測するのはやめにした。
悪い結果を先に予測して、先につまらない思いをしたくなかったし、
駄目だったと思うのは、本当に駄目だった時でいいと思ったからだ。
(もしかしたら駄目じゃないかもしれないし)
それに、仮に駄目だったからといって、全部が駄目なのではなく、
それが駄目だっただけだとわかったからだ。
世の中、駄目なこともあれば、いいこともあると、
そう思った方が私には立ち直りやすかったからだ。


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2004年10月12日(火) ストレスの中で最も大きなものは“人間関係”だとよく言われますが、その中でも最大なものは

ストレスの中で最も大きなものは“人間関係”だと
よく言われますが、その中でも最大なものは
“自分関係”だと、私は考えています。

自分関係といっても、なじみがないかもしれません。
これは、簡単に言うと、自分で自分の生き方、
生きる姿勢をどう評価するかということです。

とくに、競争社会にあっては、それが
健康を左右しかねないところがあります。


「こころの体操」より  於保 哲外著
               素朴社



「他人関係」でなくて、「自分関係」か…

確かに、
自分と折り合いをつけるのがむずかしい時がある。
他人のことなら諦めもつくが、
自分ことだと、いつまでもうじうじと
諦めきれないようなこともある。

あーあぁ、ばかばかって、自分を情けなく思ったり、
ああでもない、こうでもないと考え込んだり、
ああすればよかった、こうしたらよかったと、
後悔して自分を責め続けるようなところがある。

そうか…それがストレスになっていることも
あるってことだな。
うん、確かにあるな。
他人のことも気になるが、
自分のことも気になる…ってことか…。
自分と折り合いをうまくつける方法も
見つける必要があるなぁ。


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2004年10月11日(月) 孤独の価値を通して内側に安定した安らぎを得られるようになったときに、

孤独の価値を通して内側に安定した安らぎを
得られるようになったときに、
愛は求めるべきものから、
与えるべきものへと向きを変える。

それは、
自分を支えるために他人を愛することではなくて、
他人の孤独を知ってそれを自分の孤独と同じように、
慈しむ心である。


 「楽しく生きる」より  高橋 和己著
                三五館



このごろ、精神的な余裕とは、
ものすごく大事なものではないかと感じている。

私は仕事を辞めてから、精神的な余裕が出来た。
このことは本当に身にしてみて感じている。
精神的な余裕が、持てる自分の時間に比例するのかどうか、
よくわからないが、私の場合はそうだったようだ。

会社を辞めたら、人と会う時間が減り、
社会とのつながりが切れて、
寂しくなるのではないか、
孤独感が増すのではないか…
時間をもてあますのではないか…
などと心配していたが、そんなことは杞憂だった。

こんなふうに余裕が出来て、初めて、
出来ることがあり(当たり前だが)
感じられる感情もあることを、知る毎日である。
精神的余裕は大事だ。
これがあれば、孤独にも耐えられる(と思う)

なので…、これからは、私の回りにいる人に、
愛を与えるべく…努力しようと思う。
(まだ強い意志にはなってはいないが…)


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2004年10月10日(日) 「答えはどこにもない。なければ自分で考える」

「答えはどこにもない。なければ自分で考える」


 「スローなビジネスに帰れ」より  阪本 啓一著
                   インプレス



日本は「お墨付き症候群」に陥っているらしい。
何かをするとき、買うとき、
誰かの、何かの「お墨付き」がほしいのだ。
「お墨付き」があれば、安心するからだ。

例えば、日本国内の小さな企業が
これまでどこもやっていない商品を開発したとする。
とてもいい商品であるにもかかわらず、国内では
「実績がない」
「社名を聞いたことがない」
「企業規模が小さい」
「ブランド力がない」などという理由で、
取引してもらえない(らしい)
そこで海外に売り込むことになる。
海外で採用され、その商品が評価されると、
日本国内企業が群がってくる…そういう事象が多いという。
海外で評価を受けたという「お墨付き」を得たのだ。
そうなって初めて、その商品を受け入れる。
なんだか情けない話だ。

ところが「中華思想」というのは、
「おれが考えて解を出さなければ、
 世界のどこにも、わかるやつはいない」
とする考え方であり、
「お墨付き症候群」とは対局にある考え方だという。

取引するとき、誰かの評価など当てにしないし、
誰が何かを言っていたとしても、
自分の感覚、目を信じるのだ。
つまり「自分が一番思想」なのだ。

誰かの評価を当てにする国と、
自分が一番と思っている国。
どちらが生き残っていけるのだろう。
どちらが強いだろう…


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