| 2004年10月24日(日) |
古くなったものや使えなくなったものを処分すれば、 |
古くなったものや使えなくなったものを処分すれば、 新しいものや必要なものが入ってくる余地ができる。
見すぼらしい古い服でいっぱいになったクロゼットは、 新しい服を招き入れてくれない。
かつてあなたがしがみついていた、 ガラクタであふれかえっている家には、 今日の生活を本当に高めてくれるものを 収納するゆとりがない。
「ずっとやりたかったことをやりなさい」より ジュリア・キャメロン著 菅 靖彦訳 サンマーク出版
天気がいい日に、 夏に使ったものを片づけて、秋冬に使うものを引っ張りだし、 あちこちと整理しようと頑張ってみた。
思ったように整理ができなくて、いらいらした。 その原因は…ものが多過ぎるということにあると思う。
ここを整理するには、まず、これをどけねばならず、 (片づける前にものをどける、これが結構手間なのだ) このところに何かをしまうには、今あるこのものを どこかに移動せねばならない。 (どこかに移動しようとすると、その移動先も 整理せねばならなくなる) 移動しようとすると、何か足にぶつかったりする。 (だいたいどこかをぶつけている、これがまた痛いのだ) そして、気がつくと回りは手に負えないほどに 散らかっていたりするのだ…
思ったより時間がかかり、だんだんイヤになってきて、 最後は、まぁこの辺に入れておくかとどこかに押し込む。 とりあえず、ここに入れておこうと思って、 結局その季節中そのままなのだ。 決してスカッと整理できないのだ…
もっとばっさりと処分すればいいのだが、 いろいろと思い出があるものは、処分するのに抵抗がある。 まだ使えそうなものもそうだ。 (しまっておいてもだいたい使わないのだが…) しかし…一方で、古いものにしがみついていてもなぁと 思ったりもする。 その葛藤を乗り越えて、捨てるべきものを見つけるのは、 なかなかに骨が折れることだと毎回の実感である。
| 2004年10月23日(土) |
私たちは自然のただ中で生活しながら、しかも自然を知らない。 |
私たちは自然のただ中で生活しながら、 しかも自然を知らない。
自然はたえまなく私たちと話していて、 しかも私たちにその秘密をあかさない。
私たちはたえず自然に働きかけるが、 自然をどうする力もない。
「自然についての断章」から ゲーテ
また、ものすごい地震が起こってしまった…
友人と連絡がつかない… 大丈夫でいるだろうか…
| 2004年10月22日(金) |
あなた自身の癒しが、他者にとって最大の希望のメッセージなのだ。 |
あなた自身の癒しが、他者にとって 最大の希望のメッセージなのだ。
「ずっとやりたかったことをやりなさい」より ジュリア・キャメロン著 菅 靖彦訳 サンマーク出版
自分も含めてだが… みんなが癒されたらどんなにいいんだろうと思う。 世の中違ってくるだろうと思う。
自分が癒されて、いつも優しい気持ちでいられたら どんなにいいんだろう… そうして回りの人に優しくできたら、 どんなにいいんだろう… そう出来たら…私は幸せだな。
| 2004年10月21日(木) |
ポイント、ポイント、ポイントはなんだ? |
私には口癖、というより、胸の中で しょっちゅうつぶやいている言葉があります。 「ポイント、ポイント、ポイントはなんだ? 今重要なこと、緊急なことはなんだ?」 というものです。
こうつぶやくことによって、頭が一番重要なことに 集中して思考出来る環境を整えていると言っていいでしょう。
「一冊の手帳で夢は必ずかなう」より GMO・グローバルメディアオンライン株式会社 代表取締役会長兼社長 熊谷 正寿著 かんき出版
私も唱えてみよう… このごろポイントが定まらないことが多いから。 「ポイント、ポイント、ポイントはなんだ?」 うっうーん、なんだろう… これは、ちゃんと考えねば…いかんな。
| 2004年10月20日(水) |
そう、まじめはみじめへの第一歩なのだ。 |
私はよく生徒たちに、 「まじめに考えすぎるとみじめになるよ」という話をする。 ルールをどんなにまじめに守って優等生になっても、 考える力はつかないし、発想も貧しくなり、 どんどんみじめになっていくのだよ、と。
まじめな人ほどみじめになる。 そう、まじめはみじめへの第一歩なのだ。
なぜなら、ルールに対してまじめな人は、 私にいわせれば、人生に対しては不まじめだからである。 全身全霊を賭けて「問い」をたてようとしていないのだ。 人生について真剣に考える人なら、ルールそのものが 窮屈でしかたないはずなのだ。
「答えが見つかるまで考え抜く技術」より 駿台予備学校講師 表 三郎著 サンマーク出版
この本の中では、「ルールや知識がすべてでない」と 言っている。 それより大事なことがある、ルールや知識に縛られると 自由な発想がどんどん奪われて、みじめになっていくのだと。
よく「まじめな人が損をする」と言うし、聞く。 (私自身も何度もそう思ってきた…まじめかどうかは別にして) まじめな人が損する… なんだかそれは世の中の不公平の一つにも思えるが、 恐らく損をするように出来てるのだと思う。 悲しいことだが…そう思う。 なぜだろう…
それはやっぱり、何かに縛られすぎて、 小さくまとまるからではないか。 小さく、堅くまとまって、わかりやすいから、 手玉にとられやすいのではないか。 (例えば、何をするのか、言うかわからない人は、 心配だから、気を配るけれど、 やること、言うことがわかってるような人に対しては、 気を配らないし、気にもかけないというように)
また、自分で自分をまじめの枠で縛って、 融通がきかなくなっているのではないか。 自分の利益になることでも、排除してしまうのではないか… などと、自分を振り返ってみた…
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