| 2004年11月13日(土) |
何かを愛するということは、必ずしも情熱を感じることではありません。 |
何かを愛するということは、 必ずしも情熱を感じることではありません。 それどころか、最愛の愛というものは、 恐らく情熱と呼べるものではない、 という事実をお伝えしたいのです。
心から愛している人たちを思い浮かべてください。 配偶者や母親、自分の子ども、ペット、あるいは親友。 これらの人たちに、あなたは果たして「情熱」を感じるでしょうか? 私は感じません。
「情熱」は熱い感情で、他のすべてのものを排除します。 そして、あっという間に燃え尽きます。 私は、そんなものを持っていないからといって、 悲しむ必要はないと思います。
「本当に好きなことをして暮らしたい!」より バーバラ・シェール著 永田 浩子訳 VOICE
ああ、よかった。 情熱なんて持ってないものなぁ… ないといけないもの、 ないと何事も成功しないものかと思い込んでいて、 情熱のあまり持てない自分が歯がゆかった。 でもどうやら、持っていなくてもいいらしい。
熱く燃える情熱を持っている人は、すばらしいと思うし、 そういう人たちには、爆発的パワーをうまく活用して 情熱がなければ成し得ないことをしてほしい。
私のように、あまり情熱は持てないものは、 小さくでも静かに長く燃えている自分の中の 内なる想いを持ち続けて、出来ることをしていきたい。
| 2004年11月12日(金) |
「愛されたい」というのは私の欲求であって、 |
「愛されたい」というのは私の欲求であって、 私のまわりの人が私のために 満たしてやらなければならない 義務ではないということです。(略)
人はえてして、相手に対してつい 自分勝手な期待を抱いてしまうものです。
「なんでわかってくれないの!」と思ったときに読む本 より トーマ・ダンサンプール著 高野優監訳 野澤真理子訳 紀伊国屋書店
うーん、その通りなんだよなぁ… 私の欲求を(愛されることだけでなく) 満たしてくれる義務は、誰にもないのだ。
もし、満たしてくれる人がいたら、 それは感謝しなくていけないことなのだなぁ。 ありがとうと言わなくちゃいけないことなのだなぁ。
| 2004年11月11日(木) |
恋愛感情がそのまま誠実さにむすびつくわけではない。 |
恋愛感情がそのまま誠実さにむすびつくわけではない。 相手を死ぬほど愛していながら、それでも誠実さに 欠けることがある。
それは、相手の愛に自信がもてなかったり、 自分の気持ちと闘っていたり、 まだその感情になじんでいなかったり、 突然の引力に引き寄せられてしまっただけの 場合もあるからだ。
「借りのある人、貸しのある人」より フランチェスコ・アルベローニ著 泉 典子訳 草思社
恋愛や、結婚における誠実さってなんだろう… いったい何を誠実さと言うのだろう… だいたい誠実って何? 昔から疑問に思ってきた。 何となくイメージはあるが、実はよくわからない。 (もっと突き詰めて考えたらわかるのかも…) 求める誠実さ、認める誠実さは個人差があるようにも思う。 結局、今もわからないままで、 もちろん、答えは見つかっていない。
もっとも、誠実さとはどういうことか、 恋愛だけの問題ではないと思う。
できるだけ誠実に生きたいと思って生きていた。 (つもりである…かな) 人は裏切るまい、出来るだけ誠実であろうと… しかし、そういう思いと裏腹に、 誠実に生きてきたかと問われたら… 私は答えに窮する。(情けないが…)
誠実だったときもいっぱいあるが、 誠実でなかったときもいっぱいあるからだ。 自分に対しても、他人に対しても。 いつも誠実いたい、ありたいと思うが、 いつも誠実ではいられない… これが私の答えかもしれない。
| 2004年11月10日(水) |
心の中で自分をののしるのはやめましょう。 |
心の中で自分をののしるのはやめましょう。
心の中の独り言が 断罪、罵倒、愚痴などで塗り固められていると、 そこから自信など生まれようもありません。
自分自身にやさしい言葉をかけてやらなければ、 自己否定のテープが相も変わらず流れ続けるでしょう。
あなたは意識するしないにかかわらず、 自分自身と対話しているのです。
「嫌なものは嫌ときっぱり伝える対話術」より バルバラ・ベルクハン著 瀬野 文教訳 草思社
確かに自分の心の中で、自分と対話しているなぁ。 ああでもないこうでもない、 もしかしたら、ああかもこうかも、 こうしようかな、でも無理かな…などなど。
同じ対話をするなら、迷ったり、 ぶつぶつ言ってばかりいるよりは、 自信が出るような対話がいいなぁ。
| 2004年11月09日(火) |
とにかく、まずは自分の思いを伝えることである。 |
とにかく、まずは自分の思いを伝えることである。 ただ断っておくが、“すべての思い”を伝えるべきだと 言っているのではない。
伝えるか否かは、あなたの常識で判断してほしい。 また、思いを伝えたからといって、すぐにあなたの 気持ちがわかってもらえるというわけでもない。
この点は心得ておくべきだろう。 相手にも日々の暮らしがあり、心配事だってあるのだから。
「ささいなことでカッ!となる男たち」より トーマス・ハービン著 深井 照一/佐藤 美保訳 廣済堂出版
誰かに何かを伝えることが、むずかしくなっていると感じる。 というより、ややこしいと思うようになった。 自分も含めて、人が傷つきやすくなってきていて、 過剰反応してるのだろうか… 伝える側も、伝えられる側も 微妙な感情の揺れの調整がむずかしい…
伝えるときに、ことばを選び、相手がどう感じるかを考え 怒りを買わないように慎重に伝えなければならない。 もし、これを伝えて逆ギレされたら困るし、 何をされるか分からないと、心のどこかで用心してしまう。 全否定されたら、それも頭にくる。 身近で弱みを見せてしまっている人なら、なおさらである。
また、関係を壊してしまう始まりや、 完全に壊れてしまう場合も多い。 仕事がらみなら、もっと違う要素もはいってくる。
その中で伝えようか伝えまいか迷う… どっちが自分に得か、損か…伝えたらどうなるか… また、どう伝えようか自分の中で葛藤が始まる… 例えそれが、伝えた方が相手にとっていいことであってもだ。
それでも…それでも、 やっぱり伝えようと心から思ったら伝えようと思う。 誤解やリスクを恐れずに… そうして相手に多少でも伝わったら、よしとしよう、 もし多少でも伝わらなかったら、 相手がそれだけの人だったと思うことにした。 コチラの誠意や思いが伝わらない人には、どうやったって、 伝わらないだろうと思うようになったからだ。 しかし、そう思いつつも、怖いことだと思ってしまう…
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