ことば探し
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2004年11月18日(木) そんなこと知らないわ!わかんなーい。あの無知・無恥は男には理解できない。

そんなこと知らないわ!わかんなーい
あの無知・無恥は男には理解できない。

あくまで一部の女性に限ることだと思いますが、
無知であることを開き直っているというか、
ひどい場合は、それを誇っているような人がいますが、
これは困ったものです。
美人であれば、無知な女でいいと思う男はいません。

無知・無恥はやはりミニクイ。


「女は皆な罪つくり」より  富田 隆著
              フォー・ユー



全く同感です。
同じ女性としても、恥ずかしい…
どうしてああも、
誇らしげに自分の無知をさらけ出せるのか…
私は無知より、見ていて無恥が辛い。

きっと、そんな彼女たちを見て喜ぶ人たち、
ちやほやする人たちがいっぱいいるので、
彼女たちは、いいと思ってしまうのだと思う。
市民権を得ていると思っているのだと思う。
無知の方がかわいいとすら思っているかもしれない。

男性は、美人であれば無知でいいと思ってる人は
実はいっぱいいると思うし…
ただ、結婚するには困ると思っているだけで。

こうしてみると、
彼女たちは踊らされているのだとも言えるが、
いつか…彼女たちに恥ずかしいと思う日が
来るのだろうか…
それとも、あのまま大人になっていくのだろうか…
どうなんだろう…

なんだか…切ないなぁ…



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2004年11月17日(水) 相手に「100%」を望むからトラブルが生じる。

相手に「100%」を望むからトラブルが生じる。

私が、かねてから提唱するのは、
「要求水準の低下」です。
要求水準を、少し下げればいい。

70%くらいにとどめておけば、
ケンカも滅多に起きません。


「絶対に《自分の非》を認めない人たち」より
 斎藤 茂太著  詳伝社



うん、その通りだな…
ただ、要求水準を下げているけれど、
(コチラはそう思っている)
それでも、なおトラブルがある場合には、
もっと下げるのかなぁ…
(でも、限界はあるな)

もっとも、相手にしてみれば、
今でも、120%要求されていると思って
いるかもしれない。
要求しすぎだって…
あーあ。



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2004年11月16日(火) 傷を受けやすい人というのは、やはり一つの考えに凝り固まっている人である。

傷を受けやすい人というのは、
やはり一つの考えに凝り固まっている人である。
その考え方を否定されたり、否定されるような
状況になると不安になり、攻撃的になったり、
あるいは逃げたりする。
どちらにしても不適応反応が生じやすい。


 「こころの居心地」がよくなる心理学 より
  精神科医 町沢 静夫著  三笠書房



小さい頃や、若い頃は、確かに傷つきやすかった。
ちょっとしたことば、行動に傷ついていた。

しかし、今はちょっとのことや傷なんて平気になった。
面の皮が厚くなったのかもしれないが、それは幸いである。
傷ついてばかりいては生きていけないし、
今痛い傷も、いつか痛みが取れ、
忘れていくものだとわかってきたからだ。
残る傷もあるが、それもまた時の中で風化していく、
そんな実感をもてるようになってくるからだ。

小さいときにとても大きく見えていた校庭が、
大きくなってから見ると、とても小さく見えるのと
同じように、傷もそんなものだとも思える。

たいていの傷は癒える…と私は思っている。
消えない傷もあると思うが、
そういう傷は、何か意味があるのだから、
その傷とは上手につきあっていくしかないと思う。

あまり、傷つくことを恐れずに、
とりあえず前に進んでみようとこの頃は気楽に思える。







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2004年11月15日(月) 自分が必要としているだけの愛情を得ることが出来なかった時、相手を逆恨みすることがある。

人というものは、
自分が必要としているだけの愛情を得ることが
出来なかった時、相手を逆恨みすることがある。
その時点での心の渇き具合に応じて、
相手に罰則を与えることになる。

自分が犯した失敗が重大なものであるほど、
はねつけられた時の傷つきようも大きいのである。


「ベスト・パートナーになるために」
ジョン・グレイ著  大島 渚訳  三笠書房



逆恨み事件がこの頃多い。
先日も新聞に、自分の酒のつきあいを断った部下を
殴る蹴るしたあげくに車でひき殺そうとした上司のことが
載っていた、なんだか…世の中おかしい。
恨みつらみで、簡単に人を殺すような世の中になってしまった。
逆恨みされることが怖くて、注意も出来ない世の中だ。

今時は、ちょっとしたことを注意しても、
プライドを傷つけられた、拒絶されたなどと、
勝手に思われて、犯罪や嫌がらせにつながっていく。
その人のためになることでもだ。
それが明らかに善意からでもだ。
ことばを選んで選んで注意せねばならない。
そして、それでも万全ではない。

普段、穏和に見える人、普通の人に見えるような人でも、
何かあると人が変わったようになるので、それも怖い。

いったいいつ頃から、こんな風になってきたのか…
こんな事態がすべて、愛情の欠如からとは思わないが、
何か、心を満たすものがなくなってきているのだと思う。
失われてきているんだろうと思う。


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2004年11月14日(日) 私は何年もの間、ずっと人の期待通りにふるまってきました。

遅すぎました。
私は何年もの間、ずっと人の期待通りにふるまってきました。
できのいい息子、よい夫、すぐれた父親というように。
会社では「優秀な戦士」として知られていました。

自分について自問したとき、何も答えられませんでした。
結局、あまりにも長い間、人の言いなりになってきたために
自分がどんな人間なのかわからなくなってしまったんです。
          (多国籍企業に勤める中年の重役)

          
「ワクワクする仕事をしていれば、自然とお金はやってくる」より
 マーシャ・シネター著  ヴォイス編 VOICE出版



人の期待通りにふるまうと、
その時はいい気持ちだが、
その後、気持ちの中で何ともいいようのない違和感を感じ、
居心地悪い思いを、私はするのだが、
そんなことを感じることも押さえて、
あるいは、感じないまま、
長い間、人の期待通りに
(本人が意識しているかどうかは別にして)
生きてきてる人も多くいる。

立派に役割を生ききっていく人もいるだろう。
しかし、…そうか、気が付いたときには、
自分がどんな人間かわからなくなっているんだなぁ。

そういう役割を生きている人の回りの人は、
特に家族は…どんな思いでその人をみてるんだろう…



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