| 2004年12月13日(月) |
長すぎる犠牲は心を冷たい石に変える |
長すぎる犠牲は心を冷たい石に変える
アイルランドの詩人 ウィルアム・バトラー・イェイツ
少なくても 「いつも自分ばかりが犠牲になっている」という 気持を持ち続けていると、 相手に対しての、怒りの気持や、やりきれない気持、 不信の気持が大きくなっていくと思う。
特に、その犠牲を相手が分っていないとき、 (だいたいは分ってくれないことが多い) それに対しての、お礼も感謝もないときには、 (だいたいは、ないのだが) 途方もなく大きなものになっていく。
実は「犠牲になっている」と思っているのは、 悲しいかな、本人だけだったりするのだ。 回りの人は、だいたいは、 「なんでそこまでするの?」とか 「そんなことまでしなくてもいいじゃない」とか 思っているのだ…。
「犠牲になっている」…と自分で思うようなら、 要注意だな、としみじみ思う。
| 2004年12月12日(日) |
自分に非がないとき、罪を感じてはいけません。 |
自分に非がないとき、罪を感じてはいけません。
罪悪感が頭をもたげてきたら、 そんなふうに感じる必要は全くない、と 自分に言い聞かせてください。 他人の罪をかぶらなければいけないような 気持になってはいけません。(略)
本当にあなたが悪いのですか? 罪悪感をおぼえることと、 ほんとうに悪いことをしたということは別です。
「お子さま男」のしつけ方 より ベッテイ・マックレラン著 貴美島 紀訳 廣済堂出版
この頃は、 悪くもないのに「すいません」と言うことを できるだけやめて(まだ、残っているが)、 こちら側が、相手を思いやってあれこれして、 それが思うようにできないときに、 「ごめなさい」というのもやめた。 ひんぱんに「すいません」「ごめんなさい」は 使わないことにした。 別に悪いことをしているわけではないからだ。
本当に自分が悪いことをしたと思ったときに、 素直に謝ればいいのだ。 罪悪感から、謝る必要はないと思うからだ。
悪くもないのに、自分を守るために謝ってばかりいると、 自分が本当に悪いのでは?という気がしてきて、 自分のために善くないと気がついたからだ。
などと、気がつきつつも、 落とし物をして「落としましたよ」と 声をかけてもらったとき、 「あっ、すいません」と反射的に言っている。 そうじゃないな、「ありがとうございます」と 言うべきだなと反省したりしている。
| 2004年12月11日(土) |
あなたは貧乏オーラが出ていませんか? |
あなたは貧乏オーラが出ていませんか?
自信のなさともつながってくる話ですが、 貧乏オーラ、貧乏くさい考え方は伝染します。 僕のうちでは夫婦ともに貧乏くさい発言は 排除するように徹底しています。
たとえば「どうせ自分は○○だ」とか、 否定的な発言、 たとえば「○○なんて、できるわけない」など、 いいわけやあきらめは絶対に口にしません。
口にすると貧乏オーラが出て、物事がうまく 運ばなくなるからです。 また、口に出さないだけでなく、脳内から完全に 駆逐してしまっているのですが、 このようにしていないと物事はうまくすすみません。
「超・営業法」 行政書士 金森 重樹著 PHP研究所
この本を書いたのは、今もっとも繁盛していると 思われる行政書士の金森重樹さんである。 大分前に、講演を聞きに行ったのだが、 すごいことをサラリと言ってのける人だった。 例えば、こんなことを言っていた。 (私の当日のメモによると) 「僕は最初から一番なることしか考えてないし、 そのための手を打つし、そうやってきました」 私は、スゴイ人だなぁと思って聞いていた。
とまぁ、その人の書いた本に貧乏オーラのことが 載っていたのだが、これは私も全く同感である。 貧乏オーラを出している人は実際いる。
お金のない貧乏でなくて、 精神的貧乏とでも言うべき人たち。 いつも「できない」と、「どうせ」を連発する人たち。 そんな人のそばにいると、こちらまで暗くなる。 何をいっても、「できない」と「どうせ」を言う。 そんな人からは、運も、人も離れていくと思う。 自ら、そういうことを招き寄せているのだと、 そのことに、気づいているのだろうかなぁ…
| 2004年12月10日(金) |
親が年をとっていることを肝に銘じる |
親が年をとっていることを肝に銘じる
あなたが子どものとき、親は「現代的」で「オープン」 だったかもしれません。 けれどあなたが成人した今、両親は、 ひと世代前の人たちであることに配慮しましょう。 そこから起きる対立も、 冷静に受け止めることが大事です。
すべては「単純に!」でうまくいく より ローター・J・ザイヴァード+ ヴェルナー・ティキ・キュステンマッハー 小川 捷子訳 飛鳥新社
親の年をとっていく姿を見ることは辛い。 若い頃の元気な姿を知っているだけに、余計…切ない。 本人達も「思うように動けなくて情けない」と言う。 あちこち痛いところも増えて、 体が思うように動かなくなってくるし、 時代にもついていけなくなっているからだ。
しかし、そうわかっていても、 ついつい、親に冷たいことを言ったり、 心ないことばを投げかけてしまったりする… そのたびに心が痛むのだが、どうしても イライラしてきて、自分を押さえようがない。 いかんなぁ…
いずれ自分もこうなっていくのだと思うと、 身につまされもするし、何とか優しいことばや 感謝のことばをかけたいと思うのだが… 思うようにいかない… どうしたら年老いていく親とうまくつきあって いけるのか…考えることが多いこの頃である。
| 2004年12月09日(木) |
かみさまはうれしいことも かなしいこともみなみています |
かみさま
かみさまはうれしいことも かなしいこともみなみています このよのなか みんないいひとばっかりやったら かみさまもあきてくるんとちがうかな
かみさまが かしこいひともあほなひともつくるのは たいくつするからです
やましたみちこ
「子どもの宇宙」より 河合 隼雄著 岩波文庫
やましたさんが小学校一年の時に書いた詩だそうだ。
「子どもの宇宙」の中で、河合 隼雄さんは、 「やましたさんは、小学校一年生なりに、どうして 世の中には、 嬉しいことばかりでなく悲しいことがあったり、 善い人ばかりでなく悪い人もいるのだろうと、 考え続けていくうちに、 自分のなかの宇宙に存在する、このような神の像を 見いだしたのだろうと」言っている。
私は、自分のなか(宇宙)に 自分だけの神さまと持つことがとても大事だと思っている。 事実、私のなかに私の神さまはいる。 この神さまは、私を護ってくれる神さまだ。 いてくれると、なんだか強くいれる…気がするのだ。
自分だけの神さまだから、時々話しかけることもできるし、 アドバイスをもらったり、助けてもらったりもする。 時々、叱られたり、二人で大笑いしたりする、 割と気さくな神さまだ。
つまり、自分の神さまを通じて、 自分との会話をしているということかもしれないが、 それでも、いるといないのでは違うと思っている。 そして、いつも 「私の神さまありがとう」と思っている。
|