| 2004年12月23日(木) |
鏡を見ると、たいてい自分の顔が映つるんだよ。この人が、あなたの神さまなの。 |
鏡を見ると、たいてい自分の顔が映つるんだよ。 この人が、あなたの神さまなの。 自分のために、 こんなにがんばってくれる人って いないんだよ。
「心が千分の一だけ軽くなる話」より 斎藤 一人著 角川書店
うーん、なんだか…じーんとするなぁ… いつも苦労させている自分に ちゃんと感謝しないとなぁ… 「いつもありがとう」って。
| 2004年12月22日(水) |
自分をわかってもらいたい、自分を認めてもらいたいと思う生き物です。 |
人間というのは、本質的に本当は 自分をわかってもらいたい、 自分を認めてもらいたいと思う生き物です。 でも、今の子は、 自分の気持をあえて表現しなければ、 相手はなかなかわかってくれないものだということすら イメージできないほど貧困な感性しか持ち合わせていません。
「傷つきたくない」気持の精神病理 福西 勇男著 女子栄養大学出版部
福西さんのように、貧困な感性と断言していいか どうかは別にして…
先日TVで、いわゆる「ニート」と言われる人が インタビューされていたのを見た。 その人たちは 「自分を丸ごと受け入れてほしい」 「自分の能力を出せる所なら働きたい」 というようなことを言っていた。
司会者が 「自分のやりたいことを言ってみて、 自ら行動しなければ、何も見つからないのでは?」 と質問すると、 その中の一人は、このようなことを言っていた。 「気持ちを言わなくてもわかってくれるのがいい」
私は… 「コラコラ、それは誰だってそうだろう、 でも、現実は伝えてもわかってもらえないんだよ、 受け身すぎ!」 と思わず、つっこみを入れてしまったのだが…
自分を丸ごと受け入れてくれるところや、 自分の能力を出せる場所、 何も言わなくてもわかってくれる人が 仮に存在するとして、そうなったら、 人間ってどうなるんだろう… やる気になって、元気よく働いていけるんだろうか。 生きていけるんだろうか… などと…考えてしまった。
| 2004年12月21日(火) |
明るいだけの人に魅力を感じますか? |
明るいだけの人に魅力を感じますか?
人生は明るくもあり、そしてまた暗くもある、 というのが事実であろう。
とするならば、あまりに明るく生きるのも、 これは暗い側面を無視して生きることになる。 それは、暗い側面を見る勇気がないともいえる。
また「ネクラ」と呼ばれ、悩んでばかりいるのも、 人生の暗い側面ばかりを見ているという意味で、 妥当な生き方ではない。 人生は暗いばかりでないはずで、当然、 明るい部分を含んでいるからである。 ただ、それを見る勇気がないだけなのである。
「こころの居心地」がよくなる心理学 より 精神科医 町沢 静夫著 三笠書房
確かに、つきあっていて 明るいだけの人は、軽くて嘘っぽく見えて疲れる。 暗いだけの人は、会話が偏っていてつまらない…
大事なことは、バランスなんだろうなぁ… 明るい面も、暗い面も、人間は誰でも持っているし、 人生は両側面や、中間もあると思うし。 どちらか一方だけを見て、偏っていれば、 逆に、生きづらいのではないか… 今は…、それが生きやすいのかも知れないが…
辛いときに、まぁこんな事もあるさと思えたり、 楽しいときに、ちゃんと次の事を考えられたりするのは、 そういう両側面があることを、ちゃんと知り、 感じていたりするからこそではないか…
バランスをどうやってとるか… うーん…わかっていてもなぁ。
| 2004年12月20日(月) |
不安が強まったり心配性になっているときほど、早く結論がほしくなります。 |
不安が強まったり心配性になっているときほど、 早く結論がほしくなります。 安心したいために、 早く早くと焦って視野が狭くなります。
気がせいているときこそ、 結論を急がずに、ゆっくりと考えるように 心がけてみてください。
「心配性」と上手につきあう方法 慶應義塾大学教授 大野 裕著 大和書房
今の私に言われているようなことばだなぁ。
わかっているけれど、早く結論を出したくなる。 その方が気持が「とりあえず落ち着く気がする」からだ。 しかし、焦って結論を出すと、その後から、 本当にあれでよかったかと、また心配になり、 落ち着かなくなるのだ… そのことを誰かに指摘されようものなら… その不安は…また大きくなってしまうのだ… 言い訳ばかりを考えて…あーあ。
この頃は、大分「待てよ」と思えるようになったが、 まだまだ、あわてふためくなぁ… ゆっくり…考えねば…なぁ。
| 2004年12月19日(日) |
2人の関係をあきらめたがらない本当の理由は、本当に愛しているからというよりは、 |
これまで私は医者の立場から、明らかに修復不能な状態にまで 立ち至った人間関係をいろいろと見てきた。
カップルのどちらかひとりが、 避けることのできない現実を 受け入れようとしない場合が非常に多く、 捨てられた妻、夫、あるいは恋人が、 まだ本当に愛しているのだと言いつづけ、 相手を引き止めようとするのである。
こうしたケースのどれをとっても、 2人の関係をあきらめたがらない本当の理由は、 本当に愛しているからというよりは、 自分が相手から拒絶されたという事実を 受け入れられないことにあるようだ。
「いいことから始めよう」 エイブラハム・J・ツワルスキー著 小関 康之訳 新潮社
友人の別れ話がかなりもつれている。 話を聞くと、修復不能だとしか思えないし、 端から見ていると、どうみても友人に対する執着か、 嫌がらせとしか見えないのだが、 相手は「まだ愛している」と言って友人を縛ろうとしている。
今回の別れ話の内情を友人から聞いて、 初めてその相手の本当の性格を知った思いである。 そんな人だったのかと…信じられない思いを抱く。 ずっと気の優しい、いい人だと思っていた。
しかし、もしかしたら、今はまだ、 自分が拒絶されたという事実をどうしても受け入れられなくて、 自分でも思ってもいない行動に出てしまっているのかも知れないし、 本当はそんな自分がわかっているのではないかと思う。 もう少し冷静になれば、元の温厚な性格に戻るかも知れない… そうあってほしいと、私は思うのである。
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