ことば探し
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2005年02月17日(木) どうやら、人間の心理にとって決定的なことは、自分が他人に「好かれる存在」であるかどうか、ということであるようだ。

どうやら、人間の心理にとって決定的なことは、
自分が他人に「好かれる存在」であるかどうか、
ということであるようだ。

実際に好かれているかどうかということではなくて、
好かれる存在であると本人が感じているかどうかと
いうことである。

自分は愛されるに価する存在であると感じられるか、
自分は愛されるに価しないと感じてしまうかは、
本人の一生の幸不幸を支配する。


「やさしさ」と「冷たさ」の心理より 加藤 諦三著
 大和出版



自分は愛されていると、愛されると
自然にわかっている人がいる。
こういう人は、あまり愛にこだわってなかったりする。
愛されねばならないと、強迫的に思ったりはしない。
愛されているのを、どこかで感じているからだ。
自分を肯定できているのだと思う。
こういう人は、強いと思う。

愛されているかどうかに、こだわるのは、
どこかで「愛されてないのではないか」と
いつも疑問に思っている人だ。
いつも疑問に思っているので、確かめようとする。
しかし、どんなに「愛してる」と言ってもらっても、
自分の気持ちの中に、疑問は残る。
自分を肯定できてないので、
愛される自信が自分の中にないからだ。

なんだか、とても切なくなる…
どうやったら、自然に愛されていると
感じられるのか、その方法がなかなか
みつからないからだ。

自分の中から、「愛されている」…と
本当に感じることができたら、
いいのになぁと、しみじみ思ってしまう。


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2005年02月16日(水) 深刻な問題は、やることがあるつもりになっていると、あなたの未来がそれによって食いつぶされてしまうことです。

深刻な問題は、やることがあるつもりになっていると、
あなたの未来がそれによって食いつぶされてしまうことです。

実際よりも忙しい、と自分に信じ込ませることで、
「本当」のチャンスや、
「本当」の時間を無駄にしているのです。
ただ、そうしなければならない、と
心配することに忙しいだけですね。


「本当に好きなことをして暮らしたい!」
 バーバラ・シェール著  VOICE



おおっ、なんだか言い当てられている気がする。
そうそう、あれもしなくちゃ、これもしなくちゃと
自分で自分を追い立てているところがある。

やることを整理してみれば、
そんなにたいしたことでも、
今焦ってやらなくてもいいこともある。
それなのに、気持ちばかり焦ってしまう。
ああ、あれもやらねば…そうそう、あれも、
これも早いうちにやらなくちゃ、と
やることを数えることに満足しているふうがある。

そして、そう思いつつ…
さっさとやることが出来ない、と言うのが
もっとよくないなぁ。
さっさと行動に移せば、さっさと終わるのに…
もたもたしてしまうんだなぁ。
これって、やっぱり時間があるってことなのだ、
本当には。

そうか…未来を食いつぶしているのか…
そうかも知れない…


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2005年02月15日(火) 日常に起こる取るに足らぬ出来事こそ、小さな奇跡なのかもしれない。

日常に起こる取るに足らぬ出来事こそ、
小さな奇跡なのかもしれない。

神という存在がいるのならば、
その存在はわれわれがまったく心の準備を
していないときに、大切なメッセージを渡す。

しかもそれはごく日常的な風景のなかで起きる。


「シンクロニシティ」より フランク・ジョセフ著
 宇佐和通訳 KKベストセラーズ



日常の中の小さな奇跡…
取るに足らないような出来事の中にある奇跡。
本当にあるのかも知れないなぁ…
気づいてないか、
取るに足らないものとして扱われている中に、
本当は奇跡があるのかもしれない。
そんな気がする。

明日から、そんな奇跡を探してみよう。
もしかしたらいっぱい見つかって、
嬉しくなるかも知れない。
いっぱい見つかったら、奇跡とは言わないのかな。
でも、どう思うかは私の気持ちしだい。
小さな奇跡探し…やってみよう。


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2005年02月14日(月) 「間違っているのは相手。自分は正しい」

「間違っているのは相手。自分は正しい」と
非難の応酬をするのは、0に0を足していく
不毛な行為であることを、まず悟ろう。

確かに多くの人は「話し合う」ことで
問題解決できると思い込んでいる。
しかし、その時あなたが非難にとらわれている限り、
話し合っても何も解決しない。

傷をどんどん深くするだけ。
誰が悪いか決めつけようとしている
真っ最中だからだ。


「男と女のすれ違いはすべて言葉で起こっている」より
バーバラ・アニス+ジュリー・バーロウ著
窪嶋 優子訳  主婦の友社



先日、元上司と仲間内の飲み会で久しぶりに会った。
そのとき、その元上司がこう言っていた。
「仕事や人間関係で、何か起こった場合、
 90%は、こちらが悪いと思っていれば、
 間違いはない」と。
私はスゴイ人だなぁと思って聞いていた。

帰ってきてから、自分を振り返ってみた。
そして、なるほど、そう思っていれば
間違いはないかもしれないと思った。

誰だって、
「自分が悪い」と思うことは嫌に決まっている。
「正しいでいたい」に違いない。

しかし、そんなことにこだわって、
「自分が悪くない」と意地をはったり、
自分の正しさを証明しようと躍起になったりしていては、
手を打つのが遅くなったり、問題解決が遅れたりする。

問題解決の観点からみたら、
ぐちゃぐちゃ話し合って結論先のばしにしたり、
悪者探してをしてもたもたするより、
さっさと解決した方が、傷は少ないし、
はるかに前向きであると思うにいたった。

なかなか元上司のように、すっぱりと
「90%は、こちらが悪い」とは思えないが、
これからはできるだけ、そう考えるようにしよう。


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2005年02月13日(日) 私は苦しんで働いたことを誇りにしている人が嫌いである。

私は苦しんで働いたことを誇りにしている人が嫌いである。

なぜなら、もしそれが苦しいのであれば、
他の仕事をすればよいからである。
この時、その仕事が自分にふさわしいものであるなら、
そこには喜びが生まれる。


 「地の糧」より  アンドレ・ジイド著
  新潮文庫



私も嫌いだ…

でも、苦しんで働くことが生きがいの人はいる。
そういう人は、周りが何をいっても、
苦しんで働くのだ。
だから、そういう人も、ちゃんと認めようと思う。
そして、そういう人には、
いつも、ご苦労さまと言ってあげよう。
それ以上言いようがないから。

 


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