| 2005年03月25日(金) |
「あれも、これも」では、高い集中力は生まれない。 |
「あれも、これも」では、高い集中力は生まれない。
捨てることは何かを得ること。 テーマを絞り、ほかを捨て集中すれば、 成功率も高まり、たとえ失敗しても 次につながるヒントが得られる。
「ここ一番!1分間メンタル強化トレーニング 」 高畑 好秀著
この本の中に、衣笠選手(元広島カープ)の 話が出てきます。 衣笠選手は、打順が回ってきたとき、 打席に入るまでには「自分はこの打席でこう打つ」と 決めていたそうです。
打席に入るまでに自分はこう打つと決めていなければ、 気持ちの中に迷いが生じ、 一球一球に集中しきれないということです。 低めの好きなコースがきたらヒットを打ちたいと思い、 高めの好きなコースであればホームラン、 外野フライ(でもいいようなときには)外野フライを打ちたくなる、 それでは、結局中途半端なバッティングにしかならず、 結果を出せないそうです。
うーん…確かに「あれも、これも」では 中途半端になってしまうと思う。 しかし、そうわかっていても、 なかなか一つにしぼれないものなのだ… 迷った上に、リスクを恐れてしまうからだ。 あれもこれも…欲しいと思ってしまうからだ。 こういうみみっちさが、何も得られなく、 してしまうんだな…きっと。
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| 2005年03月24日(木) |
男性に突然襲われたときだってありました。 |
振り返れば、亭主に会った、あの若いころ、 女房に会った、あの若いころ、 女房の顔を見るだけで、心がときめいた時代がありました。 あれから40年、いま、女房の顔をみるたんびに不整脈です。
昔は赤い糸で結ばれていると信じていました、 あれから40年、気持ちは変わりました。 ふたりはいま、コードレスです。
昔は口紅を塗っただけで、パッーと明るくなっていました。 あれから40年、いま、口紅を塗ったために、 唇だけが若返り、畦道に彼岸花が咲いているようです。 焼きそばに紅しょうが。カレーライスに福神漬け。
男性に突然襲われたときだってありました。 あれから40年、 いま、突然襲われるのは、息切れ、めまい、動悸。
「有効期限の過ぎた亭主 賞味期限の切れた女房」より 綾小路きみまろ著 PHP
とても久しぶりに歯痛になった。 かなり立派な虫歯…のようだ。 痛さと虫歯に勝てずに、歯医者に行くことを決意した。 私はとても歯医者嫌いである。 行く決意をするまで、正直3日かかった。
仕方なしに歯医者に行く決意をして、 「そうそう、笑いは免疫力が高まるはず」と 訳のわからないことを考えて、 持っていった本が、この本。
待合室で、読んでいたら、 思わず声を出して笑ってしまった… いつもなら、ただ震えて待つのに、 今日は、笑って待っていられた。 何だか嬉しい… 治療は怖かったけど。
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| 2005年03月23日(水) |
私が思っているより、私はすばらしい。 |
私が思っているより、私はすばらしい。 (略) 何歳であろうと、人は自己を認識して 肯定的な自己評価に到達することができる。 決して遅すぎることなどないのだ。
「23のマンガによる心理カウンセリング」より エイブラハム・J. ツワルスキー著 きたやま おさむ訳 講談社
素直に、 「私が思っているより、私はすばらしい」と 思えたらどんなにいいんだろう… 思えたら、いいなぁ…
※※《このページに来てくださる方々へ》※※※※
いつも、見に来ていただきありがとうございます。 そして温かいメールをいただきありがとうございます。
紹介してきたことばが1000個を超えたことを きっかけに、このたび「ことばの紹介と本の紹介」を 中心にした「ことば探し」ホームページを立ち上げました。 もし、よろしければお立ち寄りください。 そして、もしよろしければ、ぜひ感想などを 書き込んでいただれば、嬉しいと思います。
「男女の違い」や「本の読み方」「おすすめ本」 なども紹介しています。 どうぞ、よろしくお願いいたします。
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| 2005年03月21日(月) |
「愛されること」自体は、癒しになりません。 |
愛は癒しにならないのでしょうか? 愛は確かに癒します。
でも「愛されること」自体は、癒しになりません。 できるのは、幸福が入ってくるように、 ドアを開けて待っていることだけです。
このドアの向こう側に歩いて行くには、 わたしたちは愛さなくてはいけません。 (ヒュー&ゲイル・プレイサー執筆)
「小さなことを大きな愛でやろう」より リチャード・カールソン ベンジャミン・シールド著 小谷 啓子訳 PHP
「愛されること」自体は、癒しにならないのか… 愛されると、いい気分でいられるが、 それは、癒しとは違うのかな… 一時の満足…ってことなのかな?
確かに「癒される」とは、自分の内側から 沸き上がってくるものであるようには思う。 愛されて、嬉しいという感情とは違う気がする。
そして、確かに、自分が癒されたら、 人を愛することも出来そうな気がする。 そういうことかな。
| 2005年03月20日(日) |
負けたと思う者は「負けた」という心理において負ける |
勝ったと思う者は「勝った」という心理において勝ち、 負けたと思う者は「負けた」という心理において負ける のである。
「自分様と馬の骨」より 勢古 浩爾著
今日、電車の中で、OL風女性たちが 「○○さんと、○○さんは、勝ち組だよねぇ… でも、○○さんは、ぜったい負け組だよね」 などと、最もらしく話していた。
私は「勝ち組、負け組」ということばが嫌いだ。 なんだか両方ともみじめったらしい気がする。 さもしい気がする。 何で、そんな線引きをしたがるのか… よくわからない。
まぁ、だれもそこまで深くは考えてはおらず、 話題作りなのかもしれないが、 もっとましな話題作りはないのかと思う。 (彼女たちは、かなり本気で話していたが)
いったい、この話をしている女性たち自身は、 勝ち組なのか、負け組なのか… そこんとこをはっきりさせろ…、などと、 どうでもいいことを思いながら、 なんだかなぁ…、日本!大丈夫か…などと、 大きなことを考えてしまった。
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