ただいま稽古中。 - 2004年03月23日(火) 稽古場日記たるものが、なかなか書けず困ってます。 週に2―3回ですが稽古は始まっているんですよ。 でもなんと書いていいやら・・・ 某劇団HPでそこの演出家さんが書いた稽古場日誌をたまに拝読するのですが、集団が抱えている悩みやら、稽古場の状況やら台本が書けない産みの作業工程など赤裸々に書いていて(それでも集団に配慮しつつだとは思いますが)参考やら励まされたりやら笑ったりやら、勝手に楽しんでいるわけです。 よっしゃ!俺もじゃイエ・ドロの事、赤裸々に書こう!と決めつつも・・ う-ん・・じゃ俺の事を赤裸々に? いまだに俺はトップの器じゃないなぁと感じつつ主宰をやってるんですよね。基本的には一人というか・・個人主義でして、だもんで昔から、スポ―ツでいうとサッカ―、バスケとか団体競技は続かなく、個人競技のテニスが続けられたりとかね。 (でも団体戦は好きなんだけど・・そうなの!だから皆で目標に向って勝負するって感覚は大好きなんだよね。この辺に劇団を運営しているヒントが!) そういえば知らない劇団さんへの客演なんかも、 道場破りみたいで好きだなぁ。 呑みに行くの嫌いじゃないのに殆ど行かないし・・嫌いじゃないんだけど・・すごく親しくなるのが苦手というか・・・ある程度の距離感がほしいというか・・。 スタジオライフ・円研究所・NINAGAWAカンパニ―と集団を渡り歩きましたが、呑み仲間って作らなかったなぁ・・誘われるんだけど・・・ 1、2回くらいで後は行かない。 10年くらい働いてたバイト先でも、皆と呑んだのは数えるくらいだな・・。あれ・・俺ってやばい人? 集団ってすぐ派閥できるでしょ・・あれが嫌なんですよね。 だから一人がいいかなぁみたいな・・無意味に嫌われたくはないから、 ほどほどに付き合いもしますけど・・・。 呑みの席って、その場に居ない人の文句やら愚痴を言い合って、 みたいなのが呑み屋でよくある景色じゃないですか? 俺の周りだけだったのかなぁ・・・・。 どうせ文句・愚痴言うなら本人を目の前にして言えなきゃ言っちゃだめでしょ!みたいなのが俺の考えにはあって、 本人に言えない事を、影で言うのを聞くのがなんか俺的にキツイナァ・・・というのが、呑みに行かなくなった原因でもあるような。 目上の人や先輩の呑み会も苦手。 尊敬できる人となら呑めるけど、年上というだけで、なんだか気を使わなきゃいけい空気っていうのが嫌なんですよね。歳上だからエライの?みたいな風に思っちゃう。 20代前半の頃にそんなだったのが、今でも半分、身についちゃったのかもしれない。 イエ・ドロは俺から呑み行く?って誘う事は殆どないね。 稽古後=呑み会、っていうのが割りと演劇関係じゃ定説だけど、 イエ・ドロには当てはまんないね。金がないのもかなりの原因も占めてるけど。これじゃ日本人気質には合わないわけだよ!! 呑んで本音を語るって言うのが、日本人の専売特許のような気がするけど、 他の国もそうなのかね? まあそんなこんなで、 年下の面倒見がいいわけでもなく、 親分肌でもない俺がどうやって集団をまとめるのか? まとめなくてもいいのか? みたいなところで自問自答しながら集団を続けてきたわけです。 そして最近思ったのが、本気で芝居を好きな人がいて、芝居のことなら本気でケンカできて、面白いもん作ろう!生み出そうとしている人と一緒にやりたいって事に気づきました。(おい!今ごろかよ!) 当たり前の事なんだけど、分かったというか・・。 そうじゃなきゃ俺が集団作った意味がない。 どう考えても今までの俺の生き方は、集団に属しはしても、 個人主義を貫いてきたし、そんな俺がなんで今、集団に固執する必要があるのか?ってことでしょう。 芝居好きな人間と、他には無い見たことがない「面白い事」を模索して・・・「面白く」しようと前向きに頑張ってる奴らと・・・ 何とか「面白いもん」を生み出したいね!考えて、 具現化してみる!行動する! それをやれる場所を提供するのが・・・ イエ・ドロとしての1番最初に掲げなきゃいけない、 存在意義じゃなかろかね・・・。 皆も今度考えておいて。 なんでイエ・ドロなの?ってことを。 ... モネ、ルノワ―ルと印象派展 - 2004年03月20日(土) ■今日は朝から雨。また冬に逆戻りかよ!と心の中でツッコミを入れる。 ■5月公演に参加してくれる、里美のホームグランドの公演を早稲田に観に行く。500円という低価格。さすが大学内でやる公演はうらやましい。 劇場費代払わなくていいからね。 作品で使われていた音楽だが演出家の好みなのか、80年代テイストがいくつかあった。A-haのテイク・オン・ミ―とかね。 ああいうのが今の若い人には新鮮なのか?ダサいのか? ■帰り芝居観劇で一緒になった吉成としばし演劇論。 ■東西線の構内にBunkamuraザ・ミュ―ジアム「モネ、ルノワ―ルと印象派展」のポスタ―を見かける。以前から電車の中刷りで気になっていた。 半蔵門線に乗り換え渋谷に向う。 ■不思議な縁だ。 9年ぶりに、音信不通になっていた○尾君と「109」の横で出会う。 ○尾君とは12、3年前、まだ○尾君が成城大学に通っていた頃に バイト先で知り合った。その後も4年ほど会わなかった時期があったが、 その時は経堂の農大通りでばったり。 丁度、○尾君が映画を作ろうとしていた時期で、 再会したがキッカケで参加させてもらった。 そしてそれから9年。 今回は渋谷だった。 ○尾君は某放送局のディレクタ―になっていた。 声をかけると真っ先に喜んでくれた。 どうやらHPはたまに見てくれてたらしい。があまりにもご無沙汰で連絡しづらかったらしい・・ ○尾君もここまでいろいろ会ったのだろう。 俺の顔見て、何度も笑っていた。 どうやら俺はあまり変わっていないらしい。 生活スタイルもあの頃のままだし・・ 「もう、佐東さんはそのままでいて下さいよ!」と言われたが、 俺はそれじゃ困るんだけどね(笑) 今度、呑もう!って事になった。 あれから年齢も経てるから、また何か一緒に作れたら面白いの出来そうな気がするけど。 ■「モネ、ルノワ―ルと印象派展」を鑑賞。 ここの空間は実はあまり好きじゃない。 棟方志功展の時もそうだが、作品の配列がワンパタ―ン。 作品の力にだけに頼るのではなく、最高の条件で作品を見せる為の配慮を、もっと心がけるべきだと思う。 ■ルノア―ルの「青い服の子供(エドモン・ルノア−ル)」に魅せられる。 ハリウッドの大女優のグレタ・カルボが愛蔵していた作品というのも、 想像を掻き立てられる。 「名画」とはルノア―ルの手を離れてからも、 いろいろと歴史を作っていく。 作品に力があればあるほど、それに魅せられる人達の想いというか情念というか愛情というか・・・のりうつるのだと思う。 ... イラク問題どこまで続く。終結宣言あっても無くならない米兵500人以上の犠牲者 - 2004年03月16日(火) イラクに行くアメリカ兵のドキュメントをやっていた。 仕事の片手間に「州の自衛」として軍隊に登録するシステムが あるのを知った。 普段は週に一度の訓練に参加するだけ、1ヶ月20万円の手当てを もらえるのだが、大統領の徴収命令により本格的に軍隊の仕事を 与えられる事がある。 それが前回の「湾岸戦争」と今回の「イラク戦争」 要するに20万円の内職がタイミングにより、 アメリカから遠く離れた「イラク」という土地で 命と引き換えに仕事をしなくてはいけなくなるという事。 断ると禁固刑が待っている。 20万円の代償は大きい?? 戦争の素人が「ブッシュ家」の一言で 戦地へ行かされているという事実。 もう一方で紹介された方は、 撃墜されたヘリに乗って戦死した家族のインタビュ―。 こちらの家族は職業軍人の家系で「第二次世界大戦」「朝鮮戦争」 「ベトナム戦争」「湾岸戦争」「ソマリアなど各内戦線」などに 一族が参加している根っからの戦争一家。 「自由を求め自由を得る」 理想があり、それを求めるのは納得できるが、 自由を勝ち得るためには 「戦い」しかない、そして今後もそれが続いていくと締めくくるのは・・ いかがなものか・・・。 ■今日は何の日? 国立公園指定記念日 1934年(昭和9年)日本初の国立公園の指定が行われた日。 この時指定されたのが、瀬戸内海・雲仙・霧島 霧島ってどこ? 瀬戸内海は好きですね・・尾道があるし・・・金田一って感じだし・・ 修学旅行の時に瀬戸大橋を見たくて、夜中フェリ―の甲板に出て、 橋を見上げたのを思い出した・・・。 遠くに見える町の明かり。瀬戸大橋の鉄の塊。フェリ―が出す機械音。 波の音。 ... 銭金 - 2004年03月11日(木) こうへいの「銭金」進出。 身内がおもしろいことやってくれるとやっぱ笑えるね。 それにTV反応も早いね。 田舎の友達からも「ジュンペイの劇団員、出てたジャン」って�笋△蝓� あと仕事先でも「佐東さんの劇団の人出てましたね」だって。 へ―、やっぱ仕事は選ばず、何でもやるか! 何につけ、興味も持ってもらえることはいいことだからね。 他のメンバ―も磨きゃ光る奴ばかりなので、今後ともよろしくです! でもまああれは、演技とか関係ない貧乏自慢の番組だけどね(笑) 紹介したいキャラたくさんいるんだけどなぁ。 なぜだか今日も某番組制作さんから�笋�あり。 「Dの○」なる番組の新企画に誰か紹介してもらえないかということだった。 俺のこと知ってる方で興味がありましたらご連絡を。 以前イエ・ドロで音楽のお世話になった 「ネオチンドンかぼちゃ商会」のマキちゃんの友人さんが テレ朝「タモリクラブ」で「河合奈保子の歌と踊り」を披露している。 へぇ―、以前マキちゃんのライブでお見かけした事ありますが、 こんな素晴らしい芸があったとは。 ■今日は何の日? パンダ発見の日 1869年(明治2)のこの日、中国奥地でフランス人神父がパンダの毛皮を現地の人に見せられ、パンダの存在が世界中にあきらかになった。 ガキんちょの頃にすげ―人ごみの中、オヤジに肩車をされて上野動物園でパンダを見た記憶あり。 そして俺の知ってる中国人は、山の中で野生のパンダを見たことあり。 そりゃスゲ―わ。 ... なかなか書けなくなってきた・・・ - 2004年03月09日(火) まあここをどこまでの人が読んでるのか分かりませんが・・・。 一応読んで下さる方がいると見越しまして。 すいません。最近更新できません。 やることジワジワと増えてきました・・そうジワジワでして。 ただいま既に午前5時過ぎましたから・・・。 役者の日記も出来ました。 http://diary1.net4u.org/1/scr3_diarys.cgi?cat=1713dazai 新たにサクマ氏の日誌コ―ナ―も出来ました。 イカシタ、チラシもHP上にアップ出来たし(印刷あがりは12日予定) 今度「座談会」なるコ―ナ―も作ります。 とまあ、身辺がにぎやかになってまいりました。 そうだ新たにパソコン変えて、メールアドのリンクが旨く 貼り付けられないので、これを読んだ奇特な方は俺の所に メール下さい。手数かけるけど、許して。 じゃ寝ます。数時間後には起きなきゃだぁ・・トホ。 ...
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