フミカの日記
フミカのひとり上手とよばないで

2002年01月30日(水) が・がんば・れ〜 し・し・ぜん・・・ち  ゆ

今日は9時30分出勤。
私はいつもの様に9時にはお店に入り、カレ―を仕込んでいた。
でもいつもと違う・・・それは「偏頭痛」

いつもは平気なんだけど、今日はさすがに弱音を吐いて早退させてもらった
だって痛すぎて、立っていられないんだもん
仕事の早退なんて、何年振りだろう・・・?

いやぁ〜死ぬかと思うくらい、激激激痛だった!転がっても起きても吐き気はするし、痛みは和らがない・・・
「201号室に奇妙な生き物がいる」と思われるくらい、七転八倒した!!

どうにか眠りに落ちる事ができれば、と思うんだけど、痛すぎてジッとしてられない・・・
あんなに痛い偏頭痛は、ちょっと今までにはなかったかな?

とりあえず、気持ちを落ち着けようと思って入ったお風呂が、大正解だったようで、その後コテッ!と眠りに落ちたらしい・・・

今起きたらちょっと復活している、でも痛い種はまだあるので、刺激しないようにしよう・・・

しかしなんだったんだろう?あの激痛!薬を飲まないにしても痛すぎ!!
「自然治癒能力」の限界にチャレンジと言う感じだった。

「私、よくやった!!」



2002年01月29日(火) 何だか判らないけど、頑張ろうと思った!

昨日「おはようございます!!」と言われて振り向いたら
店長が2人いた!!

いよいよ「フミカ日本語学校」の開設らしい。
しかし、思った以上に日本語が判らなくて、ちょっと戸惑いを隠せない私・・・

でも周りの話している事が、さっぱり判らない弟は、とても孤独で不安だろうなぁと思うと、つたないながらも、伝えてあげようと必死になってしまう。
これはジェスチャ―ゲ−ムがかなり得意になるなぁ〜と昨日1日で実感した

弟もコミュニケ−ションを一生懸命取ろうとして、私に英語で話し掛けてくる彼はイギリスに長く留学していたらしく、英語はかなりペラペラだ。
「ユウ ビュウティフル スキン!」「THANK YOU!」
よしよしこのくらいは判るぞ!
「ドゥ ユウ スピ−ク イングリッシュ?」
「とんでもない!あっこれは日本語だ!NO!NO!」(汗、、汗、、)
・・・あれ?これじゃあ私の英会話教室になってしまうよ。

店長は私と弟の間で、同時通訳者となって活躍していましたが、後半は訳が判らなくなり、私にバングラディシュ語で話して、弟に日本語で話して・・・
最後は「も〜う!!わかりません・・・」
と言って、粉々に崩れ落ちて行きました。

コミュニケ―ションとは話す事から生まれる・・・でもそれとは両極に話さなくても、その人の人柄や、伝えたい事がわかる表現・表情と言うのも存在し、それはそれでコミュニケ―ションの1つなんじゃないかなぁと思った。

彼は言葉が話せなくて、もどかしい時でも屈託のない素敵な笑顔をしていた

「大変だぞ!これは・・・」なんて思った自分を、少し反省してしまった笑顔でした。



2002年01月28日(月) うわっ!いっぱい書いちゃった

またまた防風雪で、弘前は真冬に逆戻りかな?
私は雪降りも大好きだったけど、た〜くさん降ると歩道が雪で埋まってしまって、車道を歩くと言うスリル満点な事をしながら、学校まで通わなければいけませんでした。
仮に車が来ても、逃げる所がないので、これ以上はスリムになれません!と言うくらい細ーくなって、車が通るのを待ちます。そのあいだ約10cmくらいでしょうか・・・
私の友人は、そのせまい道で、バスに足を踏まれた事があります。
教室に入って来るなり「バスが私の足の上を通って行ったんだよ!すごい事だよ!」と興奮して話していましたが、そこにいた友人は「バスに足を轢かれてピンピンしている、あなたが凄い!」と意見が一致しました。

私達の高校のセ―ラ―服は、毎年県の制服コンテストで1位になっていて、市内では「美人が多い聖愛高校!(すいません、腹立てないでくださいね)」と言われていました・・・が・しかし
ミッションスク−ルとは名ばかりで、実は悪行を語らせたら右に出る者がいないと言われていたヤンキー校でした。
本物のお嬢様もいたんですけどね・・・

ある日、家庭科が得意だった私は、友人のパジャマの宿題をチョコチョコっと手伝ってあげた。
次の日その人は「フミカー昨日サンキュー!これフミカが欲しがってたやつ」と言って私に財布を投げて来ました。
それは確かに私が欲しがっていた財布で
「そんなたいした事した訳でもないよ」と言うと
「うん!私もたいした事じゃないよ、1つ盗るのも2つ盗るのも一緒じゃん!」
「☆§¢▲◇£μ★・・・」
なんか使っていいのか悪いのか、複雑なプレゼントをされた私・・・
そんな過激な人がたくさんいる学年でした。

そしてそんな私達に頭を悩ませていた先生方、一番体重が減ったのは修学旅行の時だったと後で聞きました。
確かに持って行ってはいけないはずのドライヤ―を一斉に使って、旅館のブレ―カ―を飛ばしました!
「これは父のお土産です」と言って買ったお酒で酒盛りをして、予期せぬ先生の登場で、その日の夕食のスキ焼きの鍋に、残りをあわてて入れたまではよかったけど
ビ・ビンが転がってるよ・・・な〜んて事もありました。結局先生は見て見ぬ振りをしてくれましたが、その後のスキ焼は、人間の食べ物ではなくなっていました・・

毎日みんなバカばっかりやってたけど、一生懸命だったし、楽しかったなぁ




2002年01月27日(日) 肩に乗らなくても可愛いよ・・

昨日は冷たい雨でした。

我家のニャンコも御飯を食べてはフトンにもぐり、トイレに行ってはフトンにもぐり、を繰り返していました。

そして夜はずっーと私のお腹の上で熟睡していました。、もうすんごく可愛いんだけど、猫って熟睡すると夢でも見るのか、時々細かくフルフル震えながら爪を立てるんです。
私がちょうど深ーい眠りに落ちるかなぁ―と思う所で、爪が食い込む!
うっきぃぃー!と思って、フトンをめくると
クリクリ目で「私何かしちゃったの?」と言う顔をしている
「いえいえ・・・あなたは熟睡していただけよね」と心を鎮めるんだけど、これが本当に痛い!!

そして私がちょっと体制を変えようと思って動いても、ビクともしないでお腹にしがみついている。

らん丸(うちのニャンコ)はお腹の上だったらバランスよくずっーと乗っていられるんだけどね・・・

キムタクのCMに出てくる白いニャンコの様に、肩に乗らないかな?
昔から憧れたんだ!肩乗りニャンコ・・・
でも、こいつの体重で肩に乗られたら、とてもとても大変な事になるかも・・・

今この日記を書いている私は、パソコンのイスの半分以上をらん丸に占領されて、ちょこーとだけ腰を掛けています。

「ネェ〜らん丸!その横に伸ばした足を、ちょっーとしまってくれると、私がもう少し座れるんだけど・・どんなもんだろう」



2002年01月26日(土) 青春時代

今日は夕方から、雪になるらしい!
昨日から寒かったからね・・・

昔は吹雪でも、元気に学校に通っていたなんて、今思うと信じられない!!
しかも、わざわざ人の足跡のついていない所を歩くのが大好きでした。

中学から「朝シャン」が日課になったのはいいが、完全に乾かさないと、学校に着く頃には、髪の毛が棒の様にカチカチになっている。

でもうちの中学は通称「ダルマスト―ブ」と言って石炭を入れるスト―ブだったのですが、このスト―ブにお湯をかけて、その中にお昼の牛乳を入れて、暖めておくのが大好きでした!!

しかしこの「ダルマスト―ブ」は温度調節が付いている訳ではないので、部屋中が暖かくなる事はとても難しく、暖かくしようと石炭を入れると、とめどなく熱くなり、1番前の子はよくグッタリして、具合が悪くなっていました。

高校からは暖房設備が整い、とても快適になったのですが、ある時温風の出口に、お弁当を置いて暖める事が大流行し、クラスで一斉にお弁当を置いたら、教室が食堂の様な匂いになって、先生にえらく怒られました!!

中学・高校時代懐かしいなぁぁ〜





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