フミカの日記
フミカのひとり上手とよばないで

2002年03月11日(月) 「うそっ!それ辛いでしょう・・・?」

味覚が全く無くなりました!何を食べても何の味もしない悲しい時期です。
花粉症の一番ツライ事ですね・・・

そんな中、朝カレ―の仕込みをしたのですが、味見が全く出来ず、もう自分の感を頼りに仕込みを終えました!!

フ〜〜やれやれ・・・と思っている所へ、レジに来た常連さんらしき人に
「今日のス−プ、辛かったね、いつもあんなに辛かったっけ?」
と言われました。

「んっ?何か私やっちゃった?」と思い、ス−プの入れ物を覗いてみた。
一見普通なんだけど、
「おやっっ?いつもより輪切り唐辛子が多く浮いてるうぅぅぅ!」
私は短時間に、今日の朝の仕込み風景を回想してみた。
「あっっっ!!ス−プの輪切り唐辛子2回入れたかも・・・・・」

1回に入れる量は、一掴み。そりゃあ辛いですよね・・・ゴメンなさい

まだ店長は出勤してないし、証拠隠滅!!
と思い、輪切り唐辛子をすくっては捨てる。と言う事を何度かくり返した。

何度も厨房に入って来ては、何かを捨てている私の光景を見て、店長弟は
「何やってんだ!こいつ・・・」と、不思議顔で見ていました。

私は目が合うたびに「何でもないですよ!!」みたいなニコニコ顔で、誤魔化しました。

そして、出勤してきた店長が一番に
「あ〜〜花粉がツライ!暖かい物下さい」と言って、ス−プを飲んでいました私は隣で心臓バックバクでしたが、飲み終えた店長は
「ふ〜!うまい!!」と言って厨房に入って行きました。
「もしかして、店長も花粉症で味覚やられてません?」と言いたかったけど、あえて言葉を飲み込みました。

今日1日、ス−プを飲むお客さんを、柱の影から怪しく覗いていた私でした。




2002年03月10日(日) 文化な私・・・

誕生日って、いくつまで嬉しいんだろう?

私は、今だにちょっぴりワクワクします・・・

私の誕生日は、幸せな事に毎年お休みだったので、「お誕生会」と言うものをやってもらっていた記憶があります。

しかも「文化の日」生まれだから「フミカ」と言う事で、誕生日を忘れられた事があまりありません!!(その代り「ブンカ」と言う余計なあだ名は、ず〜とオマケの様に付いてきましたが・・・)

そんな私の、幼少期の出来事・・・
まだ祝日と言う言葉を理解する前
「世の中は私が生まれた日だから、お休みなんだ!!」と自分を天皇一族かなんかだと勘違いしていたのかと思える様な時期があったらしく、母親に真剣に「今日は私のおかげでお休みなんでしょう〜」なんて、アッケラカンと話していたそうです
お〜!今思うと何と恐ろしい・・・

私は、今は自分の名前が大好きですが、小学生の頃は周りがみんな「**子」と言う「子」の付く名前ばかりだったので、名簿の中で1人浮いていたし、中学の頃はよく「ふみよし君」なんて、男の子に間違えられたりして、悲しかった思い出があります・・・(今はとてもお気に入りですけど・・・)

ちなみに、統計的に晴れの日が多いと言う事で、11月3日を文化の日にしたそうですが、私が知っている範囲で言うと、私の誕生日は20歳の時に雨が降っただけで、あとはニコニコ晴れマ−クばかりでした・・・
                           めでたし、めでたし。



2002年03月09日(土) 汗と涙と男と女?

ただいまぁぁ〜〜

今日は途中からまた2人で仕事をしました・・・

店長はいつも土曜日の夜と、日曜日はお休みと決まっていて、それはたとえ地球がひっくり返っても譲れない事らしく、今日も人が足りないにも関わらず、そそくさと帰って行きました・・・

始め「このまま7時までお客さんが入って来なかったら、私は帰ります!」
と言っていました。
が、7時前に3組のお客さんが立て続けに入って来て、ワラワラっとしている所に
「じゃあぁぁ私はそろそろ・・・」
「えっ!そろそろ何ですか?」「あの〜帰ります!」
「か・か・帰るんですか???」

騙された!!お客さんが来ても帰るんじゃん、、、(汗、涙、汗、涙、)

いいんだ!!頑張れ私達!!負けるな私達!!

な〜んて言ってるけど、どんなに混んでも、店長がいない方が気楽でいいんだけどね・・・



2002年03月08日(金) トラウマ

今日はイエ・ドロの稽古を見学しに行きました。

程よい緊張感がヒシヒシとみなぎっていて、見ていてとても楽しかった。
4月が益々楽しみになりました。

まだ台本の稽古と言う訳ではなかったのですが、稽古全般にいい空気が流れていて、みんな随分前からの知り合いの様な雰囲気でした。

途中、「クラウン」と言う稽古があって、5分間1人でみんなを笑わせる話をし続けなければいけないのですが、テンションも高くなければいけないし、会話も途切れてはいけないし、「ダメ!!」と言われた瞬間に、今まで話していた話題を止めて、話を変えなければいけないのですが、かなり大変そうでした。

私は見学して、ただ笑ってるだけの楽な人だったのですが、そんな私に坂ちゃんは「今度からフミカちゃんも参加してもらうから・・・」とボソッ!!っと言った

「ひぃぃ〜え〜〜!!ゴメンなさい!!」笑ってた事全部嘘です!!
だから、お願いだから私には振らないで〜〜〜

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、坂ちゃんは「おやすみ!!」の変わりに、「じゃあ!今度クラウンで・・・」と言っていた!!

あ〜私のしばらくの「トラウマ」だ!!
一生懸命話してるんだけど、誰も笑ってくれない!と言う夢を見て、うなされそうです



2002年03月07日(木) ピ――ピ――

春ですね・・・
街角では、アパ―トを探しているお母さんと娘。と言った感じの人達を、多く見かける様になりました。

「あ〜新生活に期待で胸がイッパイなんだろうなぁ」
私も「一人暮らし」とやらに憧れて、両親の「姉と一緒に住め!」と言う言葉を無視して、笹塚でアパ―トを借りました!

しかし現実は淋しくて、しかも極度の怖がりな私は、その部屋に1人で寝る事が出来ず、友人が遊びに来る時だけの家になってしまい、結局母達が最初に言った様に、姉の所に転がり込む事になったのです・・・

始めのうちは「今日は笹塚に泊まるから平気」なんて姉には言って学校に行くんだけど、夕方になると心細くなり、結局姉のいる「三鷹行き」の電車に飛び乗る!と言う事をくり返して、最終的には母に「家賃が無駄!一緒に住みなさい!」と言われ、姉との2人暮らしが始まりました。

姉は「だから最初からこうしてればよかったのにさ・・・」
とブツブツ言っていました・・・ハイ!ソノトオリでございました・・・

だってさぁ・・・一人暮らしってしてみたかったんだもん!!
でも当時の私の友人に
「ことごとく一人暮らしには適さない性格だね・・・」と言われてしまった!

一人暮らしに適した性格って、「窓がなった!」「壁がピシッ!って言った!」
なんていちいちピ――ピ――言わない人の事なのね・・・
じゃあ〜私は無理よ!!物音1つで10cmは飛べてたからね、、、、、、


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