、まとめ
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こあらの見た風景(要はブログ)
スタートしました。
2002年04月17日(水) |
僕自身はどうなんだろう? |
昨日、妹から電話。当初は、話す相手もいなくてぽつんとしていたようだけど、
さすがに研修が進むにつれて、それはなくなったみたい。
妹からの電話の用事は簡単に済んだんだけど、
そのときに、ちょっとした悩みの相談。
彼女は小学生のときは児童会。中学生のときは生徒会と、
人の前に立ってリーダーをするタイプだったのだが、
高校生になったとたん、そんな姿はすっかり消えて、
よくある「いっぱんぴーぷる」となってしまった。
といっても、人を引っ張るのは嫌いではないらしく、
仲間の中では、姉御肌をみせているようだ。
つまり、内弁慶なんですな。
彼女によると、高校生になったときに、
「私このままでいいの?」と思ったらしい。
私の考え方よりも他の人の考え方のほうがよく見えるし、
私がやってもうまくいかないから、
他の人に任せて黙っていよう・・・ということだ。
そして、今は会社の研修。
グループに分かれてプレゼンテーションをすることになり、
彼女はその流れは、頭の中で完成しており、
みんなが話をしているよりも、うまく流れるはずだと確信はしているのだが、
いつもの癖で「だまっていよう」となるらしい。
会社の研修担当の人からのコメントにも、
「もっと積極的に前にでようね」などと書かれている。
彼女は今「出るべきか出ざるべきか」で、すごく悩んでいるといった。
それに対する兄(私)の答えは、
「出ようが出るまいが○○(←妹)の自由だよ。○○が前に出ようが
出るまいが、会社は困ることはないもん。ただ、会社というところは、
前に出ていたほうがなにかと有利だし、第一、出たほうが自分の意見が
反映される可能性が高まるから、自分の居心地のいい状態に持っていく
こともできる。」
「いくら心の中で考えていても、それを何らかの形で表現しなくては
他人からはそれがわからない。自分がなにも言わずにグループで
出てきた結論については、責任を負わなくてはならないからね。」
「いったん結論が出てしまうと、それについて後で批判することも、
結果がでて、借りに失敗だったとしても、
「私のほうがうまく行く」なんて文句を言うことだけは許されないよ。」
「すべて、自己責任なんだからね。」
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今にして思えば冷たいかもしれない。
というよりは、こんな理知的に答えるべきではなかったのかも・・・とも
思えてくる。
こんなときにどうすればいいと思います?みなさん。
今日は久しぶりに夕ご飯を作った。ここのところ不良主夫だったので、いきなりはりきらず、お手軽にできる物を2品。
今年は桜に限らず、季節が前倒しになっている。帰りにスーパーに寄ったら、たけのこを安く売っていた。たけのこって、ゴールデンウィーク過ぎの食材だったような気がするんだけど・・・
今日、会社の団体保険の申込書を書く。両親を医療保険に入れるためだ。二人の子供を育てるために、すねはかなり細くなって、自分の保険はあるのかなぁ?という状態のはずだ。両親、ふたりぶんで月に8000円強。もちろん病気にならないほうがいいんだけど、これで本当に病気になったときでも大丈夫なはずだ。
いきなりですが、まずは、著作権法第2条第9号の5(イ)をどうぞ。
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公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置(公衆の用に供する電気通信回線に接続することにより、その記録媒体のうち自動公衆送信の用に供する部分(以下この号において「公衆送信用記録媒体」という。)に記録され、又は当該装置に入力される情報を自動公衆送信する機能を有する装置をいう。以下同じ。)の公衆送信用記録媒体に情報を記録し、情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体として加え、若しくは情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に変換し、又は当該自動公衆送信装置に情報を入力すること。
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何の事かわかります?日本語だけを使って、正確に表現しようとするとこうなるんでしょう。ネットワーク用語を無理やり日本語にすること自体に無理があるという議論もあるだろうけど、この「作品」にはお疲れ様といいたい。これはつまり、「エンピツの日記を書いて登録のボタンを押すこと」と同じ。
僕は会社の文書業務の担当である。普通の人には、これだけでは何をしているかさっぱりわかってもらえない、悲しい仕事である。文書業務とは、「社員へのおしらせ」を作成するのが目的なのではなく、会社規則や法定文書など、会社の公式文書を扱うのが仕事である。うちの会社にとっては、法律はもともとこの仕事に必要な範囲でしか必要なかった。ちなみに、大きな会社になると、「文書担当」「法務担当」と部署が完全に分かれているところもあるくらいだ。
そんなわけで、僕の仕事も言葉を使う仕事である。役員の退職金を支払うのは「功労に報いる」ためなのか、「労に報いるため」なのかで、課長や先輩たちと議論ができるような部署である。
だから、他の会社のこう言った文書を見る機会があると、「これをこんな風に表現するんだ」と、細かいところに非常に感動してしまうこともある。たぶん、同じ仕事をしている人にしか共有できない感動なんだろうな。
今日は土曜日なので、いつものように英語のレッスンから一日は始まる。
しかし、今日はちょっと会社で気になることがあったので顔を出したため、柴とは完全に別行動となった。というよりは、しばさんに「きょうは、のんびりしてきたら?」と勧められて、会社での仕事が終わったあと、一人気ままに散歩したのだ。
その間に、柴さんは駅前留学→洗濯物のアイロンかけ→夕ご飯と、慌しく動いてくれていたようだ。家事の大半は僕の担当なのは確かなのだが、あまり好きではない事項については、
洗濯→乾燥機のスイッチを入れるところまで
炊事→食器を洗って、水切りにいれるまで
・・・
と、途中で終わってしまうのだ。
今日は、柴がそのフォローをしてくれたという感じだ。
柴だって休みたかっただろうに、本当にありがとう。
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<今日の万歩計の歩数:20050歩>
柴のおかげで、今日の万歩計の歩数は思ったよりのびた。