、まとめ
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こあらの見た風景(要はブログ)
スタートしました。
| 2003年09月01日(月) |
うれっこ講師こあら、全国を旅する |
9月の仕事、それは、こあら先生。
幹部が「独占禁止法の教育を9月中に完了させよ」などと
言ってくるからとんでもないことになったのだ。
もちろん、他の仕事は全部止めてもいいよなどとは誰もいうはずもなく。
だから、みんなで分担するよりは、誰か遠くに出た時に、
ついでにその人が回るほうが、業務効率はいいわけで・・・。
その担当が僕になったわけ。
さて、こあらせんせいの日程なのですが、
あまりに全国飛びまわるので、
ついでにプライベートでの旅行もいれました。
だって、僕の交通費は会社が出してくれるんだから、
奥さんの分を出しても半額ですむというわけで(^^)
できれば、この機会に日記作者さんにお会いしたいところですが、
この旅、一人旅ではないんですよ。
支社で講義をぶてば、当然夜の付き合いもあるわけで。
肝臓大丈夫かなぁ・・・。
<こあら出張日程>
4日(木):千葉→埼玉/5日(金):港区/6日(土):オフ/7日(日):金沢(プライベート)/
8日(月):金沢/9日(火):本社(別科目の授業)/10日(水):広島/11日(木):大阪/12日(金):北海道/13日(土):北海道(プライベート)/14日(日):北海道(プライベート)
15日(月):休日出勤の予定/16日(火):港区→名古屋→京都/17日(水):京都→兵庫/18日(木):兵庫→本社(自席へ帰還)/19日(金):通常営業/20日(土):大分(プライベート)/21日(日):大分(プライベート)
22日(月):中央区・港区/23日(火):オフ/24日(水):三鷹市/25日(木):通常営業/26日(金):中央区/27日(土):オフ/28日(日):オフ
29日(月):港区/30日(火):通常営業
あらためて列挙したものをみると、売れているタレント並ですね。
会社に入って6年目、こんな機会は最初で最後でしょう(たぶん)。
ただ、全てが旅の空ではないにせよ、家にしばを残していくのが、
ちょっと淋しく、心配なこあらでした。
| 2003年08月31日(日) |
楽譜が読めない男、こあら |
日記に何度か書いておりますが、
僕、中学・高校と吹奏楽部に所属しておりました。
だから、楽譜は読めます。
絶対音感はありませんが、相対音感はできました。
おかげさまで、各種セレモニーでいきなり楽譜を配られて、
「さぁ、歌いましょう」と言われたとしても、
自信を持って歌うことができます。
でも、「楽譜をみただけでその曲を歌うこと」はできません。
つまり、初見が苦手ということ。
だって、楽譜だけでリズムがとれないんだもん・・・。
え?矛盾していないかって?
えぇ、矛盾はしていますが、理由もありまして。
僕、昔から耳がいいんです。
(誰?大きいからといっているのは)
メロディを一度聞くと、すぐにあらかた歌えます。
セレモニーでいきなり歌わなくてはならない時、
または、楽譜が配られる時、そのメロディーを強調した形の
前奏が演奏されることがおおいのです。
だから、その前奏を注意深く聞いていると、
歌うべき旋律が聞こえてきます。
メロディーラインがわかって、楽譜があれば、
ハモリパートでも初見で歌うことは可能です。
∵相対音感のおかげ。基準の音さえあれば、音は取れます。
教会の聖歌隊も大学の入学式も、これでしのぎました。
でも、願わくば、新譜の楽譜を見て、それだけで歌えるようになりたい。
そんな思いのこあらでありました。
| 2003年08月30日(土) |
ぷっつ〜ん(つづき) |
課長がもともと安全衛生担当の仕事をしていました。
だから、他の人よりも、こころの問題については触れる機会も多く、
それゆえ、産業医からのコメントの効果は絶大。
産業医と課長の面談後、部長と課長が打ち合わせ。
その後、課長と僕との面談が小1時間。
冗談を織り交ぜつつも「係長のことは気にするのに、
どうして僕のことを気にしないのか」など
いいたいことを、ひたすらいわせていただきました。
で、結論。当初からほぼ想像していたとおり。
僕が休みたいといったところで、すぐに休めないから、
「業務担当は変えないけれど、その比重を変える」もの。
具体的には、僕が主担当の上期プロジェクト3本の
それぞれの主担当を僕、課長、二人三脚とわけたのです。
これだけでも、かなり負担が軽くなりました。
肩の力が抜けたというか、こころが軽くなったというか。
とにかく、これで仕事ができるなぁ〜と思ったわけです。
なお、比重が変わっただけで、業務担当はかわっていない
その証拠に、この面談以降、残業時間はうなぎのぼり。(涙)
でも、残業をしていても、かなり気分は楽になりましたよ。
自分でいうのは変ですが、負担は大きかったんだなぁ・・・って。
そんなわけで、これからも通常勤務をつづけます。
目指すは9月末、プロジェクトの終了日。
1ヵ月後、僕は楽になるのです!(たぶん)
*********
産業医から「業務を減らすように」とのコメントを出してもらう前、
確認されたのは、ただ一つ。
「コメントを出してもいいけど、これが、あなたのこの会社での
キャリアパスに影響を及ぼすかもしれない。それでもいい?」
こあらの答え
「ここで対処しておかないと潰れます。そんな瑣末なことは気にしません。」
で、この日の夢の内容が「会社での評価面談」。
内容は「君はとてもすばらしい」だったんだけど、
こんな内容をみるなんて、やっぱり気にして
いるんだなぁとおもった、こあらでした。
ご無沙汰しております。
3・4月の自分の日記を読み返すと、
「先輩が異動しても、後は面倒見ますからね」などと、
殊勝な意気込みを見せていた私でした。
しかし、ルーティンワークである契約書の審査は私のみの担当業務で、
なおかつ、上期中締切のプロジェクトが4本あって、
そのうち、私が3本を担当。
ルーティン以外の法律相談も、うちの部が受けたもののうち、
少なく見積もっても40%は僕が回答担当。
うちの部署は、人員削減の潮流にあって、
陣容がドンドン拡大している珍しいところで、
それゆえ部長も、陣容拡大の必然性を示すために、
できる仕事はどんどん安請合いもらって、
自分は何もしないで、部下に丸投げ
おかげで、仕事がたまるたまる。
自分で作っている「こあらの仕事リスト」から仕事が全然消えない。
今月の残業時間は40時間程度だから、決して「過労」ではない。
でも、同じ部署には
�)萋�ソリティアと怒鳴ることしかしていない部長(上記の人とは別)
��業務遂行能力に思いっきり欠ける係長
そして、
�K菷奸�定時後に飲みに行く部長(上記)と課長
こういう人たちを見ていると、
「何で僕だけ忙しいの?」の思いは募っていました。
で、つい先日。課長と飲んでいた時のこと。
「あの係長(ちなみに課長の同期)に仕事を任せられないから、
こあら、これを引き受けてくれないか?」
そして、自分では作業をしようとせず、
早く早くとしかいってこない部長に、「この前頼んだやつ、まだ?」。
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遠くのほうで、何かが切れる音がしました。
もともと、私はちょっとした病気でも、すぐ病院に行きます。
お腹が痛ければ内科。歯がいたければ歯科。
今回は、こころがSOSを出したので、精神科。
その日、会社の産業医(精神科)の診察日だったので、受診。
特に歯科と精神科は、我慢してもいいことはないんです。
すべてを気合で解決できれば、なんの苦労もないのです。
最初のうちに手を打てば、ひどいところまで落ちなくてすみます。
産業医のカウンセリングをうけ、その後、産業医と課長が面談。
産業医に
「業務分担を考えたほうがいいのではないですか?」と
いってもらいました。
もちろん、こうなる前に僕も課長に「業務を減らしてください」と
いったことは何度かあるのですが、聞いてくれない以上は、
「外圧」を使うしかありませんでした。
・・・この続きは、またこんど。