てらさき雄介の日記
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2004年10月09日(土) すごい台風・・自宅待機と外出

現在午後4時45分。すごい台風です。部屋の中でも凄い風の音が聞こえます。

先ほど消防団より、(できるだけ)自宅待機の連絡網がまわってきました。何かあった際に出動するためです。

しかし夜7時からは、仕事の大切な会があります。迷いましたが、今晩の会は特に大切なこともあり仕事優先にいたしました。

もちろん帰宅後は、自宅で受令機(消防本部よりの通信を傍受する機械)を側に待機いたします。

この連休は各種運動会などが多く予定されていました。大人のレクリエーションなどは、まあ中止なら中止でいたしかたありません。しかしお子さんが楽しみにしていたものは、次週以降でも開催してほしいものです。


2004年10月08日(金) 珍しく体調不良

昨日JCの事業の途中で何か体調に異変を感じ、帰宅後すぐに寝てしまいました。夜目覚めると腹が減ってるのに食べられません。

普段病気にならないせいか、その分ぐったりしてしまい、今日の午前中まで寝てました。

大分良くなりましたが、いまだ全快ではありません。

まあ明日には直ってると思いますが、体が第一ですね。


2004年10月07日(木) JC地域の先生事業〜上溝南高校にて〜

青年会議所(JC)で“地域の先生”事業を行いました。異業種で構成されている特性を活かし、子どもたちの前で様々な社会経験を話すという企画です。

私はこの事業の担当のひとりだったので、スライドの映し出しのために参加いたしました。場所は上溝南高校で、対象は一年生です。既にある程度は将来のことを考える年齢でしょうか。

起業家として、法律家として、女性として、3人のメンバーから講演をしました。普段以外と互いの仕事の話をしないせいか、私自身が聞き入ってしまいました。

また上溝南高校の女子バスケ部が県内�癸海貌�っていることも驚きでした。


2004年10月06日(水) 尾崎行雄没後50年

財団法人尾崎行雄記念財団が主催する“尾崎行雄没後50年記念パーティーに”参加いたしました。場所は永田町の憲政記念館です。

尾崎行雄氏は私の尊敬する政治家です。

300人位の会でしたが、小泉総理や河野衆議院議長をはじめとする多くの来賓が来ていました。

基調講演は中曽根元首相でした。主張は尾崎行雄氏とかなり違うとは思いましたが、日本で50年以上国会議員をしたのは尾崎行雄・中曽根康弘・三木武夫・原健三郎の四名しかいないそうですから、その縁でしょうか。

第二部の懇親会では、数人の知人に会いました。しかし政治関係のパーティーらしくないさわやかな雰囲気だったのは、尾崎行雄氏のもとに集まっているからでしょうか。

帰りに記念品で著書の「わが遺言」をもらい、学生時代以来再び読んでいるところです。

尾崎行雄氏は津久井町の出身です。





2004年10月05日(火) 母校20周年座談会

母校である明大中野八王子高校が、設立20周年を迎えました。私が一期生ですので、自分の区切りとしてもわかりやすいです。

今日は八王子のホテルで、教職員と卒業生十数名で座談会をいたしました。「テーマは男女別学と共学の違いについて」で、20周年記念誌に載せるためのものです。

私は今でも、大勢の女性の中に入るのが苦手です。迫力負けしている自分を感じるからです。

その原体験は、中学・高校が別学校だったからです。クラスは言うに及ばす、校舎やプールや食堂なども別々でした。

幸い(?)今は共学になっていますが、その違いなどについて話し合いをしました。

教職員はほとんどが、男女別の方が教えやすかったとのこと。学校教育を考える上での面白い意見だと思います。


2004年10月04日(月) まちづくり検討会、結論間近

合併協議会まちづくり検討会が開催されました。次回は懇親会もするということで、おそらくまとめなのでしょう。

さて、今日の議題は“合併の意義”についてです。

このまちづくり検討会の使命は、合併後の新市のビジョンをつくることです。だから今までは、あえて合併の意義や賛否そのものは議論の対象としてきませんでした。

しかしビジョンをつくりながら無理を感じたのは、“合併の意義”が何であるかでつくるビジョンが違ってくるというこです。

そのような訳で、今更ですが今日の議題となったわけです。

多くの委員の意見は多様性と積極性があり素晴らしかったです。また事務局がつくった原案も良かったです。

「この委員会でまとめた“合併の意義”は素晴らしいが、合併協議会本体のまとめと内容が乖離しては問題があるのでは」という私の意見については、「合併協議会では意義については議論していないし、そのまとめもないだろう」とのこと。

では合併協議会は一体何を議論しているのか?!



2004年10月03日(日) 掃除の会

「日本を美しくする会」が主催する、“神奈川掃除に学ぶ会”に出席しました。相武台中学校をトイレを中心に掃除をしながら、心を磨くという企画です。

先約があったため中途までの参加でしたが、確かに最近掃除をしないなあと思いました。

実は私は整頓好きで、学生時代下宿(3〜4年生の一時期杉並区のアパートに部屋を借りてました)に来た友人は「意外だ!」とびっくりしたものです。

ただ床やトイレを磨くことなどは、ほとんどしません。今日は貴重な機会でした。会社の研修の一環で来ている方が多かったようですが、主催者の皆さんの意気込みには感動いたしました。

ちなみに、この会の事務局は中田宏横浜市長の個人事務所です。そこに唯一いる男性職員は、学生時代に新生党学生塾で一緒にやった同級生で、彼に久しぶりに会えたことも嬉しい収穫でした。




2004年10月02日(土) てらさき雄介レディース

ご支援いただいている女性の皆様による食事会を開催いたしました。

席上これをひとつの“会”にすべきとのご意見をいただき、話し合いの結果「てらさき雄介レディース」を結成していただきました。

日本の政治の問題点のひとつは、女性の声が届きにくいことです。日頃からご意見をいただくことによって、不肖てらさき雄介が女性の声を代弁してまいります。

多くの方にご参加いただきありがとうございました。



2004年10月01日(金) 善意の皆さんと赤い羽根の意味

ダイエー上溝店に買い物に行ったら、地元有志の皆様が募金活動をされていました。日頃お世話になっている方々でもあり、募金をいたしました。そして赤い羽根をつけていただきました。「次は頑張ってね」と皆様から言っていただき、今日はこの一言で元気に過ごせました。

その後電車に乗るべくJR相模原駅に行ったところ、日中にも関わらず市幹部の皆様が同じく募金活動をされています。募金箱をもっているのは何と市長です。さっきダイエーでいただいた羽は捨ててしまったため、素通りもできず二度目の募金です。また赤い羽根をつけていただきました。

赤い羽根をつけて歩くのも恥ずかしいので、申し訳ないと思いながら再び捨ててしまいました。(すいません)

横浜線に乗って「しまった」と思ったのは、京王線に乗り換えるとき橋本駅で、また募金活動をされてるのでは・・・。

案の定、橋本駅でもお世話になっている方が募金されてます。これで三度目の募金です。

悪いことをしているわけではなく、また募金額が些少であったため、全く苦ではありません。むしろすがすがしい気持ちです。

しかし善意の象徴であるだけでなく、既に済ませましたという意味が赤い羽にあったとは、その日他の方から教えていただきました。





2004年09月30日(木) 米陸軍第一軍団司令部の座間移転

現在ワシントン州にある米陸軍第一軍団司令部を、座間キャンプに移す方針との噂があります。

大分以前から漏れ伝えられ、相模原市と座間市の両市が政府に反対の意向を伝えています。

小泉内閣の今回の組閣で新たに就任した補佐官の役割に、この米軍の再編問題があると言われています。

もし米軍が抑止力としての役割を果たし続けるのなら、兵隊の増員を伴わない司令部の移転はむしろ歓迎すべきでしょう。

しかしイラクの件でも明らかになったように、抑止力というプラスのみでなく、結果アメリカの敵を日本の敵にしてしまうというマイナスもあります。

日本の安全保障を戦略的に見つめなおすべきです。結果現在の日米安保条約は、その中身を変えていかなくてはなりません。


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