てらさき雄介の日記
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2004年12月11日(土) 忘年会シーズンです

既にはじまっていますが、忘年会シーズンです。この不況下に会を開催している皆さんに敬意を表するとともに、私のような浪人を呼んでいただくことに感謝いたします。

政治家としてのメッセージを発する機会は少ないですが、厳しいなか「頑張れよ」と言ってくださる皆様には感謝の気持ちで一杯です。


2004年12月10日(金) 北朝鮮への経済制裁のあり方について

藤井裕久代議士を囲む若手の忘年会がありました。藤井代議士は、北朝鮮に対する経済制裁に賛成する立場をとりながら、留意点として、経済制裁の“効き目”について冷静な検証も必要との意見でした。

私も、横田さんの遺骨が偽者だったことには立腹しました。もはや国家間の交渉すら無理なような気もします。

もはや経済制裁止む無しです。しかし私の考えは、あくまで「止む無し」であります。

制裁を実施するときも、国家としての筋を通すために行うべきで、経済力をもった日本の驕りが背景にあってはいけません。

中国に対するODAの凍結問題もそうです。他国を援助している中国に対して、果たしてODAを出す必要があるのか再検討は必要です。

しかし“何だかんだと言ってくる中国を困らせてやろう”という発想は危惧すべきです。

同じ制裁でもその考え方によって、別の影響が及ぶと思います。




2004年12月09日(木) 腐った肉は焼くとどうなるか

食事中に読んでいる方、思い出してしまった方には申し訳ありません。

ビートたけし主演の「血と骨」で、主人公が腐った肉を焼いて食べるシーンがあります。しかも無理にではなく、好き好んでです。

賞味期限切れの納豆を食べた時が、唯一の食中毒でした。他は半生の焼き肉を食べても、ほどんど生のしゃぶしゃぶを食べても、まず大丈夫です。

パキスタンで、土っぽいものが混じっている水を飲んでもOKでした。

でもこの映画のシーンが気になります。果たして腐った肉でも、焼けば食べられるのか・・・。

今まさに相模原の危機にあって、こんなことを考えている私をお許しください。

さすがに実験はできませんが。


2004年12月08日(水) 相模原市長選挙の支援候補決定

もったいぶる訳では決してありません。しかしここに記載することによって、よくわからない揚げ足を取られ、結果市長選挙にマイナスになってはいけませんので名前は今少し伏せます。

本日開催の後援会役員会において、来年1月23日の相模原市長選挙で私が支援する候補者について、皆さんに了承をいただきました。

浪人中のため、他の候補者を応援するほどの力は正直ありません。しかしこれは他人の選挙ではなく、私自身の政治活動の一環であると考えます。

何の選挙に何党から出るかは関係なく、相模原で政治家を張るからには避けて通ることは許されません。

国政でも、市政でも、政権交代を目指して頑張ります。






2004年12月07日(火) 党議拘束についての考え方

政治家は誰に対して責任を負っているのでしょうか。

所属する政党や、あるいは支援を受けている各種団体に対しても負っているのでしょう。しかし、基本的には有権者全体に対して責任を負っているのです。

それぞれが有権者に対して責任を負うためにどうするか、その結果として政党に所属するのです。最初に政治を志したとき、それはたった一人自分のなかで決意したはずです。

私は民主党の理念と目指すべき方向性を理解しているつもりです。時として、「党の言うことは絶対だ」的な全体主義的な志向により非難を受けても、この自負は変わりません。

党の綱領(民主党にはありませんが)を、ただそのまま読んでいるだけなら、機械が議員をすればいいのです。

「もっと、どんどん頑張れ」という後押しならあるべきですが、「まあ、止めとけよ」という規制は政治信条に照らしても、享受できません。

私は民主党員として、間違っているでしょうか。政権交代を目指す以上、もっと過激に、もっと純粋に皆が行動すべきです。


2004年12月06日(月) 「金がない」政治家の実態は

政治家はとかく「金がない」と言います。かくいう私もそうです。今だからということではなく、市議時代も「金がない」と言ってました。

生活費と政治活動費を分けることは、法律上だけでなく常識です。しかし純粋な政治活動費と選挙費用については、境があいまいです。

かけている金の大半が、実は次期の選挙に向かっての費用ということも、ままあります。

この現実を踏まえての提言は、やはり政治に金をかけないようにするしかありません。どうしてもかかる経費は、税金による公費によってまかなうべきです。

以上すべて政治が自ら決めなくてはいけないことです。


2004年12月05日(日) 「日記」を書く、もうひとつの意義

「日々考えていることを皆さんに伝えたい。」こう思い、始めた日記コーナーです。

実はもう一つ、自分自身にとって大切な意義があります。

現職でないため、正直何もない一日もあります。しかし、そんなことではいけません。日々何をし、何を考えたかを“節目”を入れながら考えなくてはなりません。

かつてある勉強会で、日常のなかに入れる“節目”の大切さを学んだ記憶もありますが、今意義を再認識しています。

何かにせかされて生きていくことは問題ですが、一度しかない人生ですから大切に時を過ごしたいです。


2004年12月04日(土) 車のドアがつぶれている理由

愛車日産マーチの左ドアがつぶれています。数ヶ月前に市内を走行中、他の車と接触してしましました。

悪い比率は7(私):3(相手)。すいませんでした。

手動式ドアということもあって、なかなか同色のものが手に入らず、へこんだまま今日に至っています。

まあ走行に問題はありませんが、困るのは“雨”です。すきまから進入してきて、助手席が水浸しになります。

今降っている雨は、更に一層激しくなりそうです。

早く直さなくては。


2004年12月03日(金) オール与党対共産党

「市長なんて誰でもいい。」過去に何度もこの言葉を聞いてきました。

しかし議員を一度やれば、首長がどれほどの権限を持っているかわかります。“人が変わることによって政治が変わること”を体現できる数少ないポジションなのです。

国会において火花を散らす各党が、共産党を除き、地方では相乗りになる惰性の構図が、地方選挙の低投票率を生んでいます。

アメリカのどこで、民主・共和党相乗りの知事がいますか?イギリスのどこに労働・保守党相乗りの市長がいますか?

県政においては、松沢知事の決意と多くの民主党内の有志によって、本当の意味での知事選挙ができました。次回自民党がきちんと候補者を出せば、知事を文字通り選挙で選ぶことが定着し、やっと民主主義が機能します。

今度は相模原の番です。色々な問題を克服し、民主主義を発展させるには、何をおいても選挙をするしかありません。

オール与党対共産党の構図を、民主党こそが全国で打破していくべきです。


2004年12月02日(木) 全共闘と北朝鮮、そして私たち

光の雨」という映画があります。浅間山荘事件を扱ったものです。学生たちが山に入り、山荘に立て籠もるまでの凄惨な日々を描いたものです。

理想の社会を目指したはずが、何故そうなってしまったのか。例えば中国や北朝鮮などにも言えます。もちろん、当初からいかがわしい権力集団による革命であったのでしょうが、理想を捨てるばかりでなく開き直っている姿は残念です。

日本の学生運動でも世界の色々な革命でも、だいたいが末期症状として、「内ゲバ」をします。母校である明治大学でも、過激派がつい最近まで同じようなことをしてました。

仮面ライダーの適役“ショッカー”が、世界征服を企てながら、やっていることが幼稚園のバスジャックであることと同じで、大きなことを言っているわりには、実質下らない実態であることは多々あります。

個々人はたいそうな主張をあちこちで言いますが、実は、些細なことや身内のあら捜しに必死だったりします。そんな‘せこさ’にあきあきしながら、明日からまた渦中で頑張ります。

政治家としての基本的信条は、何があっても曲げません。


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