てらさき雄介の日記
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2006年05月22日(月) 山静神(さんせいしん)

山梨県・静岡県・神奈川県をあわせて、�犹垣顛澄覆気鵑擦い靴鵝豊瓩班集修垢襦�今日初めて知った。

近隣の県同士が、ひとつの圏域として、共通する課題について話合うのだ。今後定期的に、3知事が会合を持つそうだ。その名も�犹垣顛声麈床餤牒瓩澄6δ未垢覯歛蠅砲弔い董∀湛腓ε敝兇鬚弔�ろうというのだ。

有名どころでは‘八都県市首脳会議’がある。神奈川県・東京都・千葉県・埼玉県・横浜市・川崎市・千葉市・さいたま市の首長が、定期的に会議を持ち、首都圏の広域的課題について議論している。

一民族一国家という言葉があるが、生活圏と行政圏を一体化させることは、夢かもしれないが、方向性は正しい。買い物や飲食をするのに、町田へ行くとき、都県境を意識する人は少ない。

道州制について、政府の調査会から提言が出た。しかし区割り云々を、最初に提示していることは疑問だ。まず議論すべきは、国が何をすべきか、県(州)が何をすべきか、その役割分担こそ重要なのだ。

さてこの議論を、国会議員をはじめとする国レベルに任せてはいけない。地域のことは地域で話し合う、その意気込みが大切なのだ。

神奈川県は、人口からすると日本3番目の地方自治体だ。あるべき地域主権の姿を国に対してだけでなく、主権者に対して提示すべきと考える。特に県議会の仕事だろう。





2006年05月21日(日) 党務の割合

二大政党と呼ばれるようになってから、党を通じて議員や候補者が見られるようになった。

以前は地域により密着している市政に携わっていたこともあり、政党は余り関係のないという扱いを、議会でも地元でも受けた。

県政も地方政治だし、何より選挙は個人名に依るので、現在でも党と個人のバランスを考えれば、格段に個人の割合の方が高い。

党支部の幹事会や、他党務もないわけではないが、基本は個人としての政治活動だ。浪人中の私ですらそうなのだから、これに議会活動が入れば、一層党の割合は少なくなる。

だから、党などどうでもいい、という訳ではない。政党政治の推進は、正しい政治改革の方向性だ。また民主党員であることには、自信と確信を持っている。

しかし党とは何か。あくまで個人の連合体である。完全比例代表制でも採用しない限り、中心は個人であり続けるのだ。かつては小選挙区制度や、比例代表制度など、政党中心の選挙制度が良いと思っていたが、最近微妙に考え方に変化が出てきた。

より個人を大切にするのが、民主的な政治と言えるのではないか。まだ思考中だが、自分のなかで新たな物の考え方が、徐々に出てきつつある。

現在の党務の割合は、一割か二割か、それ位だろうか。その範囲内においては全力を上げるが、割合自体を増やすつもりはない。


2006年05月20日(土) 民主スクール参加

民主党県連主催「民主スクール」に参加した。月1回の講習で、計十回くらい開催される。本年は、統一地方選挙の候補者が�狎古稔瓩箸覆襦�

今日は、花上喜代志横浜市会議員が講師だった。豊富な経験に基づき、選挙ノウハウを話された。ご自分が選挙に強い分、お話に大きな説得力があった。

選挙とは運動とは、主権者に対して、候補者の政策を伝えることに他ならない。限られた時間と物量で、多くの主権者に政策を伝えるためには、やはりテクニックも必要だ。

相模原市・津久井郡70万人に対して、正確に政策が伝わるシステムが仮にあるとすれ、現在皆で大騒ぎをしている選挙運動は、一切が必要なくなる。

しかし主権者の政治参加は権利である以上、無理やり拘束して話を聞かせるわけにもいかない。候補者の努力が必要なのだ。

昨年市長選挙で選対幹事長をつとめた。最初その話を聞いたときに、「幹事長は絶対イヤです。それなら支援そのものを止めます。」とまで言ったのだが、世話になった方々に頼まれればムゲにも出来ない。

どうして断ったかと言えば、私自身が選挙に落選ているからだ。私が中心になって選挙運動を展開したところで、それは周辺に対して説得力を持たないし、何よりその能力が私にはない。

来年の県議選は、必勝を期しているが、それは選挙ベタの私が、急に選挙上手になることを意味しない。

私が勝つための要因は、どれだけ支援者を増やせるか、そしてその支援者に選挙を任せられるかだ。逆に言えば、私が選挙の段取りをしているようでは、今以上伸びないだろう。

今日の机上の理屈を、しっかりと自分のものにする為には、現場で実践していくしかない。藁にもすがる現況なので、短い時間だが、素直にお話が自分に入ってきた。人間はやはり、切羽詰らないと勉強しないものか・・・。








2006年05月19日(金) �狷旭��瓩箸いΩ斥�

本日開催の、青年会議所主催「小野田少尉講演会」は、盛会のうちに終わることが出来た。私の縁で来て頂いた方もいらっしゃる。感謝申し上げる。

多くの方にご参加頂いただけでなく、お話の内容も説得力があり、青少年問題を考えるのに非常に有意義だった。

さて青年会議所では、参加者を募ることを�狷旭��瓩班集修垢襦柄衞聾兇世韻任覆�全国一般的に)。元来この言葉には、‘意思なき人々を人数あわせで連れてくる’という意味合いが込められている。

もちろん青年会議所には、そんな悪気はない。多くの方に話を聞いてもらいたいから、声をかけているのだ。また私もJCの理事をしていたときは、皆と同じく�狷旭��瓩箸いΩ斥佞鮖箸辰討い拭�

この言葉は、政治の現場でもよく使われる。主に後援会事業や、選挙イベントなどで、大勢のご参加を目指すときだ。私自身は、別の表現を使っているが、支援者の方々が勢い余って使われることもある。

私が問題と思うのは、言葉ではなく、それを発する気持ちだ。青年会議所も、私の支援者も、悪気なく使っているから問題はない。しかし候補者やその陣営によっては、本当の意味で人数あわせを目指す為に�狷旭��瓩鮖箸Δ里澄�

ある方が言っていた。「選挙運動も終盤になると、人が‘票’という生き物に見えてくる。」選挙運動をして下さる方々に、そこまで思って頂けるのは候補者冥利に尽きるだろう。

しかし候補者の心情は、そうではいけない。開票時には数字しか明らかにならないが、その中身には多くの一人一人の思いが込められているのだ。







2006年05月18日(木) 近所の外国人

先日、この日記にアイヌについて書いた。日本は単一民族国家ではないという、れっきとした事実が、曲解され誤って伝えられている。

「国民」と「民族」は違う言葉だが、その解釈は地域や時代で異なっている。今日民団と総連のトップが会談したニュースを聞き、改めて日本とは、地域とは何かを考えてみた。

相模原市内には、約1万人の外国人が住んでいる。この方々は、その名の通り日本国籍は持っていないが、れっきとした相模原市民である。在日外国人の地方参政権を求めるべきと、以前から訴えている大きな理由がここにある。

市内外国人のうち、多くはやはり韓国・朝鮮人だ。世代が若くなるほど、違和感もない。しかし日本社会のなかに、今だ差別意識が根付いてしまっているのも事実だ。加えて、靖国や、拉致や、領土の問題もある。課題は多いということだ。

しかし「隣同士の国は、皆仲が悪い。」との割り切りで考えれば、まだ日本と朝鮮半島はいい方かもしれない。また昨今の文化的交流は、明日の友好について明るい要素だ。

近所の外国人と、交流することは大切だ。いつか国際交流ラウンジについて調査したとき、運営主体の民間団体は、民営ですることの意義をこう話した。

「外国人が相談に来たとき、その人が不法滞在だったりビザが切れてたりすると、行政は最初から相手に出来ないでしょう。私たちなら柔軟に出来ます。」

なるほどだ。そう公言する民間団体に運営を任せている相模原市行政は、柔軟性があって非常に良い。

国家や制度という規律あるものと、私たちが地域で生活するということは、ある種、別の感覚で捉えられるべきだろう。そして国際交流とは、後者からしか発展することが多い。


2006年05月17日(水) 相模原で開業を

支援頂いている運送会社が、新規のトラックを購入され、その納車式に参加してきた。設立以来1年も経たずに、どんどんど規模を拡大されている。素晴らしいことだ。

市議会最後の質問は、「さがみはら産業創造センター」についてだった。小川市長による目玉施策だったことと、この施設が内包していた重要な課題について取り上げたのだ。

この施設は、起業の意思を持っている方や、発足以来間もない会社をサポートするのが目的だ。廉価で事務所を期限付きで借りられることを含め、ソフト面でも種々のサービスが受けられる。

利用者もたくさんいることから、良い施設との評価がされていた。無論私もそう思う。しかしここで‘成長’した会社が、その後も相模原市内で仕事をしていくのか、その視点が施設運営から感じられなかったのだ。

実際少なくない方々が、施設から旅立ったあとは、都内などへの転進を希望していた。税金によるサービスのみ受け、結果外に行ってしまうのは、市民にとっていかがなものか。行政はもっと積極的に、その後の会社について関心を持ち、純相模原産企業には立地などの面倒もみるべきだ。

また金銭の問題だけでなく、実際相模原市内にあった会社が、外へ行ってしまうことは寂しいものだ。相模原市をカタチつくってきた、大企業や工場なども、外国や地方へ行ってしまい、産業の空洞化がただでさえ進んでいる。

相模原市だけでなく、日本全国共通で人口が減っていく。人口が増えるのと減るのでは、まちづくりのスタンスは大きく異なる。今までは毎年数千人も自然増だったので、ある意味積極的な魅力作りが必要なかったのだ。

しかしこれからは、そうはいかない。都市間競争だけでなく、市民も自身で住む街を選ぶようになる。個人でもそうなのだから、利益に敏感な企業なら尚更のことだ。

産業振興は、発想によって多くの施策が考えられる。起業した現場の声をもっと聞きながら、有効な取り組みをすべきだ。県政においても松沢知事は、かなり気合を入れて産業振興に取り組んでいる。

いつかお会いした際に、「金儲けを行政がやってると批判がありますね。」と申し上げたら、「福祉も教育も金がかかる。それをするためにも収入を上げることが必要だ。そのためと割り切ることも、今後の行政のスタンスだ。」と言われていた。

その通りだろう。




2006年05月16日(火) あの小野田少尉の講演会

小野田少尉については、ニュース記事でしか知らない。いまだお元気で仕事をされていることは、驚愕であるとともに素晴らしいことだ。

その講演会が、(社)相模原青年会議所の主催で行なわれる。話を聞くのが楽しみだ。

2006年5月19日(金)午後7時から 
相模原市立あじさい会館にて

先般も、旧ソ連で戦後も残った方が、日本に来られていた。挨拶のみで、その他の日本語は忘れていたことが、半端ではない年月を物語っている。

かの戦争がきっかけで、人生が大きく変わった人がいる。いや当時を生きていた日本人ならば、多かれ少なかれ皆そうだ。かくいう私もその延長にいるわけだ。

戦争を指導した政治家の多くが、敗戦を境に急に態度を変えた。政治家は元々現実的だが、当時の国民には違和感もあっただろう。ましてや外地で、戦い続けていた小野田少尉の気持ちはいかに。

講演会では、その種の話はされないそうだ。現在は、「自然塾」という青少年教育に携わっておられる。青少年の現在と、大人たちの対応について見識を述べられるのだ。

会費はもちろん無料で、飛び込み大歓迎だ。興味を持たれた方は、どんどんお越し頂きたい。




2006年05月15日(月) 党支部新事務所開設

党支部役員会と常任幹事会が行なわれた。場所は中央に新規に設置した党支部事務所だ。次期衆議院候補予定者の、宮崎雄一郎氏の事務所も兼ねる。

中央病院の交差点、居酒屋スタミナの4階と言えば、わかりやすいだろうか。お近くにいらしたら、是非お立ち寄り頂きたい。

さて、今日の会議は盛りだくさんだった。すんなり決まることばかりではないが、むしろそれは当然のことで、喧々諤々の議論こそ必要な時期だろう。

来年の統一地方選挙の話も出た。候補者として気合が入る。既に臨戦モードだ。党の公認候補ということは、党を代表して先頭で活動するということ。責任を痛感する。私の後援者にとっては、私こそが民主党なのだ。期待を裏切ってはいけない。

終了後に懇親会も開催した。私たちの支部は、政治家以外の方が、役員としてかなり積極的に活動されている。議員政党からの脱却は、二大政党制と表裏一体で必要だ。方向性は正しいと思う。あとは裾野を広げることだ。

本年は政策調査委員長の大役をおおせつかった。副委員長は既に決定したが、今後は所属党員に対して委員会所属を働きかけるのだ。多くの方が参加して下さると期待している。








2006年05月14日(日) それでも市は代理者を出すべき

相模原自衛官募集相談員会の、本年度総会兼懇親会があった。現在の国際社会のなかで、「自衛することは必要」と考える。自衛隊の存在を認知することは無論、隊員を何らかのカタチで応援したいとの思いで、以前から会に参加している。

さて、例年は相模原市行政からも、市長か代理者が来賓として参加している。元々募集相談員自体が、自衛隊神奈川地方連絡部長と相模原市長の連名での委嘱だから、来賓というより任命者として出席が当然だ。

しかし今日は来なかった。もちろん、病気療養の市長を責めているのではなく、代理者が来なかったのだ。ちなみに城山町からは、収入役がおこしになっていた。

現在相模原市は、在日米軍再編協議でもめている。しかしアメリカ相手に、直接話しが出来るわけではない。交渉相手は日本政府だ。そして窓口は、防衛庁や防衛施設庁となる。

今日の会は、組織的にも自衛隊の一機関。「ケンカしている相手と、一緒に酒は飲めない。」ということか。しかしこれは、政治家のとるべき手法ではない。

現に私は軍縮論者だし、安易な自衛隊の活動範囲の拡大には異議を唱えているが、それでも出席しているし、行けば皆さん歓迎して下さる。現場で意見交換をすることが、とても重要なのだ。

また、考え方に違いがあったり、あるいは齟齬が出来たりしたときこそ、政治家はそこに乗り込むべきだ。自らの考えを述べ、理解を求める必要があるからだ。

私が市長なら、無論そうする。







2006年05月13日(土) 日中街頭は、朝とは違う趣き

上溝ダイエー前で、日中の街頭演説を行なった。

雨が降っていたので、中止しようかとも思ったが、十人近い方々がビラ配りに来て下さったことと、丁度ダイエーのリニューアルオープンでお客さんが多かったことから、あえて決行した。

通りかかるお客さんに、私の話を聞いて頂くという意味では、朝よりも日中の方が適している。現に足を止めて、聞いて下さった方もいる。

もうひとつ気合いが必要なのは、雨のなかビラを配って下さっている方々も、同じく私の話を聞いているということだ。しかも1時間半ずっとだ。

先日も支援者の方から、もっと身近な話をすべきと、アドバイスを頂いたばかりだ。空き交番の解消についてや、小学生の登下校についてなど、地域共通の問題について、県政の果たすべき役割を述べた。

県議会での実体験がない分、いささか夢物語も多くなったが、新人はむしろ夢を語らなくてはなるまい。

次回は、5月28日(日)午後2時から、古淵ジャスコとイトーヨーカドーの間の、デッキ上で実施する予定だ。



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