てらさき雄介の日記
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| 2006年06月01日(木) |
クールビスは好きでないが楽 |
この仕事は、基本的にネクタイ着用だ。真夏でもそうする。しかし昨年は小泉総理のお陰もあって、私も便乗し、初めてクールビズにした。
今年はどうしようか、今でも迷っている。確かに楽であること間違いなく、周辺にも重圧感を与えないらしい。また環境問題が発端だけに、政治的にも意味がない訳ではない。
しかし正直好きではないのだ。ワイシャツをしていて、上着を着ない状態が、何故かソワソワしてしまう。社会人になって、まだ十年少しだが、スーツが体の一部になっている。
地域経済紙に、ある洋服屋さんが広告を出していた。そこには店主(社長)のクールビズに対する、厳しい指摘が書かれている。普通ならまだしも、外交場面でまで、ノーネクタイな総理は良くないというのだ。他にない論調なので、貴重なご意見だ。
さてどうしようか、暑い日が出てきた。今しばらく考えてみる。それまでは熱くても、ノーマル仕様でいく。
自民党総裁選挙は、総理大臣を決める選挙なので、全ての日本国民にとって重要だ。麻垣康三と言われているが、安倍氏本命は動かないだろう。
さて靖国に関連して、中国の影響力が、結果総理選びに反映されるのは問題との意見もある。しかし今のボーダレス社会で、外国の影響を受けないで総理が選ばれることはない。
これは中国だけでなく、同盟国であるアメリカ、そして広く国際世論の影響を受けるのは、良し悪しを越えて当然なのだ。
小泉総理は、靖国に「何故参拝するか」を説明してこなかった。安倍氏も同じ行動を採るならば、中国に対してではなく、主権者たる日本国民に、明確に説明する責任を持つだろう。
また問題がここまで、国際的に大きくなった以上、参拝しない場合も「何故」と問われるかもしれない。
最近色々な会で、次期総理について聞かれるが、正直誰がなっても大差ない。民主党員の意地で言うのではなく、恐らく現在の政治と変化は出ないだろう。
小泉政権の元で崩れてきた、多くの日本の‘財産’を取り戻すには、政権交代しかあり得ない。
| 2006年05月30日(火) |
政令指定都市を目指して |
長友克洋市議の、定期政策勉強会に参加した。テーマは「政令指定都市を考える」だ。私も市議時代には、多く勉強したテーマだ。また長友市議とも、このテーマで行政視察をともにした。
相模原市が津久井郡と合併し、人口が70万人になることから、急速に政令市への展望を言う人が増えた。
しかしその声は、聞く限り市外に多い。堺は言うに及ばず、(合併した)相模原市よりも人口の少ない、浜松・新潟も政令市になる。霞ヶ関も、相模原市を多少は意識しているようだ。
但しだ。最も大切なのは、市民意識だ。合併が行政主導であった反省もある。政令市を目指すならば、それは自治権獲得の市民運動のなかで、展望を開いていくべきだろう。
かつて(社)相模原青年会議所で「政令指定都市を目指すべき」の提言書を担当したときに書いた、�狎�令市を目指す過程のなかで、より良いまちづくりが行なえる�瓩箸旅佑┐亙僂錣辰討い覆ぁ�
長期の取り組みになるが、他に先駆けて、政令指定都市相模原を目指して頑張っていきたい。
| 2006年05月29日(月) |
「日記」が書けない日 |
「日記」は、その名の通り、毎日更新が基本だ。しかし現実には数日間も、更新できない時がある。
言い訳を少し。実はパソコンが事務所にしかないのだ。ノートパソコンも事務所で使用しているし、自宅に別のものを用意するのも、経費がかさんでしまう。
従って、事務所に行かない日は、残念ながら更新できないのだ。もちろん毎日感じたことや、考えたことを、記憶し、時としてメモしたりはしている。
言いたいことが多い日、あるいはネタが正直少ない日、色々ある。しかし前にも書いたが、自分自身にメリハリを付ける意味でも、いい材料だと考えている。
最近またアクセスして下さる方が、徐々に増えている。選挙前であることや、民主党に対する関心が高まっているからだろう。また私の支援者が、どこかでこのHPを宣伝して下さっているのだ。
出来るだけ、毎日更新するのは当然だが、時として空いてしまうこともお許し頂きたい。
当選したあかつきには、もう一台贅沢をし、自宅にも通信環境を整えたいと思う。
支援者の紹介で、ある居酒屋さんがポスターを貼って下さるという。お客様商売であるにも関わらず、ありがたい限りだ。
ただ挨拶に行って、貼るだけでは恐縮なので、久々に高校の同級生をふたり連れて、一緒に飯を食いにいった。
するとどうだろうか。その店の店主は、明大中野高校の先輩だったのだ。しかも芸能人盛りだくさんの、憧れの定時制卒業とのこと。体育祭が合同開催の時期もあり、その話などで盛り上がった。
学校法人中野学園は、東中野と、八王子に校舎がある。私は八王子高校だが、東中野の方を在学中などは‘本校’と呼んだりした。
翌日の昼間に、大きなポスターを貼らせて頂いた。住所で言うと矢部、西門交差点近くなので、皆様の目につくかもしれない。
中高と市外に通ったので、結果同級生や同窓生が少ない。その頃から選挙に出るつもりでもなかったので、致し方のない話だ。しかしだからこそ、数少ない貴重な出会いだった。
所属する地元消防団の総会があり、前部長として御礼の挨拶をした。その中でも触れたが、本年度より相模原市消防団の名称が、「相模原市相模原消防団」となった。
合併に伴い、旧津久井郡の各町にあった消防団と大枠では統合したのだ。「相模原市津久井消防団」「相模原市相模湖消防団」も出来た。しかし合併の効果という点では、中途半端さがあるのはぬぐえない。
地域ごとの個性を尊重しつつも、効率化出来るところは統合するのが、無理を乗り越えて合併した意義ではなかったか。その点では消防行政は、統合の対象と言える。
農業委員会を統合しない理由が、地域事情が違うとのことらしいが、事情が違う地域を合併したのは事実である。そしてだからこそ、市内組織も合併して、本当の一体化を目指すべきではないか。
一消防団員としても、せっかく津久井地域の消防に携わっている皆さんと、交流の機会が得れるのに、先送りされた感がある。
最低限、操法大会や出初めなどの行事は、全体で一緒にして欲しい。
| 2006年05月26日(金) |
明大雄弁部と藤井先生 |
藤井先生と私の出会いは、明大雄弁部の先輩の紹介による。現秋田県議の大関衛先輩だ。
大関先輩は、他の代議士の学生秘書をしていて、藤井先生と直接知り合いというわけではなかったが、私のリクエストを聞き、飛び込みで紹介してくれた。
私が事務所に週1日から2日通うようになると、偶然にも、藤井先生のプロの秘書で、明大雄弁部の先輩がいた。国松誠現藤沢市議会議長だ。会って話しをしてみると、他にも以前藤井先生の秘書をされていた先輩がいたとのこと。
東大法学部卒、大蔵省キャリア出身の藤井先生と、野蛮を以ってなる明大雄弁部は、日常の接点はなかったが、これも縁というものかと感じ入った。
そして藤井先生は昨年の引退後に、自らの後継者を、明大雄弁部OBの宮崎雄一郎氏にされた。その宮崎氏は、私とも国松氏とも、まったく違うルートで藤井先生と知り合った。不思議なものだ。
元々狭い社会だから、これ位の偶然はあるかもしれない。しかしだからこそ、この奇妙な縁を大事にしていきたい。人間は、生まれてから死ぬまでに出会える人数は、限られているのだから。
選挙中に公営掲示板に貼るポスターではなく、現在も含め日常に貼ってある政治活動用ポスターのことだ。「変革の能動者」と書いてある、大きな顔(HPトップと同じ)のポスターだ。
前回の県議選では、同じく数百枚を市内に貼った。しかし選挙直前であったことと、小さかったこと、そして菅直人党首(当時)との2連だったこともあり、効果については余り反応としては返ってこなかった。
最近貼ってあるポスターについては、時として効果を実感することがある。どこまでいってもポスターは、知名度を上げて顔を知らせることしか出来ないが、政治活動を展開するにあたり、このことは非常に大きい。
もちろんポスターのみを見て、「寺崎の話を聞いてみよう。」「寺崎を応援しよう。」とはならない。ひとつの効果ではあるが、それのみで十分ではない。
ただ戸別訪問を含め、様々な政治活動をしていると、「ああポスターの人ね。」と、どこかで見たことある言われ方をされるのだ。一度お会いできれば、その後はその方がポスターを見るたびに、会ったことを思い出してくれる。
もうすぐ政治活動9年目になるが、政策を実感として理解頂くのは、時間がとてもかかるものだ。最初から支援して頂いている方から、この前「○○については、寺崎はこう考えるだろうから、そう伝えておいた。」と言って頂いた。まさに代弁をして下さったのだ。
この方が、ここに至る経緯については、今日の日記では書ききれないほど長い。民主主義とは時間がかかることを、体験を通じて実感する。ポスターもその一助として、これからも出来るだけ多くの枚数を貼っていきたい。
| 2006年05月24日(水) |
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記載が遅くなった。先々週から、HP上で「てらさき雄介のスケジュール帳」を始めた。この「日記」が‘日々何を考えたか’を基本にしているのに比べ、純粋に行動のみを記載する。
余り議員でやっている人はいないが、モデルにしたのは、相模原市のHP上にある�狆�川市長の一日だ。
始めるにあたり少々の迷いはあったが、「毎日何をしているの?」という、素朴かつ当然の疑問に応えたいと考えたのだ。
県議になれば当然に、同様のものを掲載するつもりだった。県議会をはじめとする公務があるので、それを主権者に伝えたかったのだ。
正直現在は、次期県政に向けた政治活動と、生活費を稼ぐためのアルバイトの繰り返しなので、お伝えするほどのものでもない。
しかしそんな私にも、日々支援してくださっている方がいる。その皆様には、私が日々何をしているかを理解頂きたかったのだ。
当面は不定期に、約1週間ごとに更新する。正直に書くが、個人名や企業名などは、公のものでない限りは、先方の許可がない限り「支援企業」とか「支援者」とか匿名表記になる。
また全く政治活動に関係ないことは、「私用」と書かせて頂く。
始める以上は、正直にかつ行動を明らかにし、皆様のご意見を頂こうと思う。
| 2006年05月23日(火) |
医療保障は政治の仕事 |
「命も金で買える」とうそぶく人もいる。確かにそうなってしまった傾向もある。特殊な治療や薬などは、保険適用もされず、実際普通では受けられないものもある。
情けない世の中だと思う。父祖の代は苦労して、現在の経済大国をつくったが、せっかくある世の中のお金を有効に使っていない。使い道を間違えている。
医療は最低限の社会保障だ。医療保険についても、保険対象外の人は、政治で責任を持つのが当然だ。
行革で様々な経費を減らすべきと、かねてから主張しているのは、決して政治の責任を放棄しようというのでなく、医療をはじめとする�猝伸瓩膨招襪垢覯歛蠅法△茲衢住擦鬚泙錣垢戮�と言っているのだ。
医療を採算ベースで考えてはいけない。これは極論ではない。「政治は何をする為にあるのか。」という、原点を考えたとき、自然に行き着いた結論だ。
神奈川県内で、お金がない為に死に至る人がいるならば、県政は政治の基本的役割を果たし得ていないことになる。
制度の基本は、いまだに国が握っているが、現行でも地方政府で出来ることはある。
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