てらさき雄介の日記
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2006年06月11日(日) 大野伊勢丹前

この場所は、本当に人通りが多い。相模原市内はベットタウンの特性か、人が多く集まる場所が少ない。いわゆる大規模な街頭演説が出来にくい。

もちろん人気(ひとけ)がなさそうな場所や、また住宅街のなかなどでも聞いて下さる方はいるし、そちらの方が大事という考え方もある。

今日は今月唯一の、街頭ビラ配りを行なった。多くの支援者の方に来て頂いた。治安と、基地と、社会保障について、考え方を述べた。

県政と市政と国政には、役割分担が当然にある。しかし主権者の立場では、それはあくまで政治の世界の中での話し。「どこでもいいから、しっかりやってくれ。」が本音のはずだ。

ボーダレスとは、よく言ったものだ。あらゆる分野に�猜畢瓩�無くなっている。基地の問題など典型だが、全てに関係し、かつ全てで一致しないとうまくいかない。

県政は、その中間という意味で重要だ。中二階と揶揄されるが、その立場は逆に有効利用できる。

しかし演説は難しい。平成9年1月に、初めて上溝駅に立ったときから、あまり向上している気がしない。

しかし自己満足こそ貴重なカラオケと、相手にメッセージが伝わって何ぼの演説とは、明確に違うものがある。技巧ではなく、しっかり伝えるためのプロの技術は必要だ。

幸い連日のように街頭演説しているので、内容についても進化できるように、もっと頑張りたい。



2006年06月10日(土) 愛国心と愛校心

母校明八の卒業生の会「戸富貴会」の総会があった。2期6年つとめた会長職を辞任し(正確には次期に立候補しなかった)、一委員として今後は運営に携わることになった。

年に数度母校に行くと、愛校心について考える。また言うまでもなく、故郷相模原を仕事場にしていると、愛郷心についても日々考える。

夜は、ある異業種交流会に参加し、偶然にも教育基本法の改正の話になった。元来の主張を述べたが、ここでは愛国心についてだ。

�牋Ν瓩箸亙�雑な感情だ。綺麗とか、痛いとか、あるいは好きという感情とはちょっと違う。

よく、「相模原市の旧い政治風土を変えたい」と訴えると、「相模原市が好きではないの?」と聞かれる。愛郷心とは、マイナスの要因も含めた気持ちだ。愛しているからこそ、変えなくてはならない。








2006年06月09日(金) またしても訃報

今朝、学生時代の友人から携帯メールがあり、元明大学長岡野加穂留氏のご逝去が伝えれらた。

明大雄弁部OBでもあり、顧問(部長)を長くつとめられ、つい先年定年に伴い引退されたばかりだ。ラブビー部長もされていたので、そちらの方が有名だったが、部会の際などはご出席頂いたものだ。

講義も履修した覚えがあるが、「民主主義とデモクラシーは違う。」との見解を言われていた。日本の民主主義が、欧米デモクラシーの域に達していないとの批判からだった。

また比較政治が専門だったので、日本の政治を客観的に見た評論が多い。明治に強い思い入れがあり、OBでもある三木武夫氏や村山富一氏の指摘アドバイザーもやっていた。

初めて市議選に出るとき、郵送で失礼だと思ったが、文書で立候補をお知らせしたところ、直筆の格言をわざわざ頂いた。

ご冥福を心よりお祈り申し上げる。




2006年06月08日(木) やはり会わなければダメだ

今日は比較的多くの軒数、政治活動として戸別訪問をした。大分以前から持っている名簿なので、過去も選挙の度に伺い、かつ郵送などでの報告はしてきた皆様だ。

しかしやはり直接会わなければダメだ。また痛感した。数人の方は、明らかに私のことを知らない。関係を述べたところ、「ああそうですか。知りませんでした。」とおっしゃる。

確かにそうだ。政治家である私ですら、ポストに入っている政治ビラを一々は読まない。政党名のみチャックして、ゴミ箱行きになることが多い。

ましてや日々忙しく、他の仕事をされている方なら尚更だ。印刷物の限界を感じる。

もちろん、70万市民全員に会うことは不可能だ。種々のツールは使わざるを得ない。しかしあくまで基本は「会うこと」だ。これは政治の世界では常識なのだが、お恥かしい話、本気で実感したのは最近だ。

何軒に伺い、何人とお会いできるか、限界に挑戦するしかない。私の政策を多くに伝えることこそ、政治活動なのだ。

もしお宅のインターホンで、「寺崎です。」と聞こえたら、是非玄関を開けて頂きたい。あなたと直接お会いしたからだ。


2006年06月07日(水) このHPは政治家足るものか

以前からご支援頂いている方と、一緒に夕食を食べた。多くご迷惑をかけているが、常に貴重なアドバイスを頂き恐縮している。

さてこのHPについて、‘日記’や‘掲示板’で、随筆やあるいは政治に関係ない記載もあることについて、「政治家のHPとは、政治の議論の場であるべき。」と批判的ご意見を頂いた。

確かにおっしゃる通りだろう。この点にはコダワリもあるので、気をつけながら、出来るだけ政策を述べるようにしているが、改めて見てみると足りないことに気付く。

また文章力については、残念ながらかなり低レベルかもしれない。文章の冒頭と、末尾で違うことを言っていたりする。話す方のトレーニングは、いささかしたことがあるが、作文は余り記憶にない。

しかし小沢一郎党首の‘日本改造計画’ではないが、文章を通じて考えを述べることが、特に大切な時代になってきている。現在は少し時間がないが、改めて基本から修練してみたい。

さて、県議会議員の大切な仕事は、県政の課題を主権者に提示し、意見を頂くことだ。それは政策のやり取りに他ならない。

今の政治家(県議会議員)と何が違うかとよく問われる。「私は政策で勝負します。」と答えている。政治家としての基本信条だ。

これからも頑張って、常に進化を目指すので、是非多くの皆様のご指導をお願いしたい。


2006年06月06日(火) 市民フォーラムの会合

市民と行政の協働を進めるべく、先般「市民フォーラム」が結成された。純粋に公募による市民の会だが、きっかけは行政がつくったもので、言うなれば半官半民の組織か。

政治家であることから、参加を迷っていたが、皆さんの「それでも構わない」とのご意見で、設立総会から参加している。

今日は�犇�働�瓩鉢狆鯲祗瓩離錙璽�ングチーム会合に参加した。様々な事業を通して、具体的に市民と行政を結び付けていく�犇�働�瓮繊璽爐函⊂鯲磴鮴�定することによって、明確に行政に市民との連携を義務付ける�狆鯲祗瓮繊璽爐�ある。

どちらに所属したいか、それぞれ希望をとったが、とりあえず様子もわからないので、両方に所属すると言っておいた。

この種の会に参加する皆さんは、当然に言いたいことがある方が多い。従って、会議では様々な意見が出る。長引くこともあるし、議論が外れることもある。

まて役所が‘案’と‘次第’をつくる手法は採っていないので、毎回「今日はどうやって、どこまで進めましょうか。」と確認をする。この結論を出すだけで、以外に時間も費やすこともある。

しかしそれを含めて、喧々諤々が楽しいのだ。もちろん事務を担当している方や、まとめる責任のある方は大変だろうが。感謝しながらも、次回もまた意見を言っていきたい。




2006年06月05日(月) 村上ファンドへの素朴な疑問

村上氏が逮捕された。テレビや新聞はこぞってニュースとして取り上げ、それぞれ論評を加えている。

しかしどこを見ても、私がかねてから感じていた疑問について、代弁しているメディアはない。

�爛侫.鵐匹浪未燭靴銅匆颪防�要なのか?��

大きな疑問だ。結果存在しているから、必ずしも必要とは限らない。もちろん自由経済だから、金銭そものもを目的とする、この種の仕事があっていけないとは思わない。しかしそれは‘シャレ’や‘隙間’の部分であって、あくまでカタギの仕事ではない。

相模原市内でも、多くの企業が倒産している。あわせて多くの職人が、職を失い廃業している。家を建て、壁を塗り、食べ物をつくる。他にもたくさんあるが、もっと皆んなで育てていくべき仕事があるはずだ。

政治で語られる産業振興も、視点を間違えてはいけない。経済政策の目標は、雇用の確保と生活の保障であって、人々を金持ちにすることではない。

さて、村上氏だ。ホリエモンもそうだが、好きか嫌いかと言えば好きなキャラクターだ。出る杭は、またしても打たれてしまったが、過去の多くの挑戦には敬意を表している。

記者会見を見ると、この業界からは引退とのこと。裁判終了後は、別の分野での活躍を期待している。




2006年06月04日(日) 祝・菅原直敏大和市議

菅原直敏大和市議の結婚披露宴に参加した。他にも各地から、多くの若手政治家が参加し、綺麗なお嫁さんとの婚礼を祝った。

同じ若手とは言っても、スタイルや活動内容は様々だ。この菅原市議は、私が過去見たことのないタイプ。ある意味新人類だが、議員とはこうあるべきと思える、地道な活動を多くしている。

見渡してみると、イキのいい若手議員に、無所属の方が多いのは気のせいか。いや残念ながら、そこに民主党(自民党も)の現在の限界がある。もっと魅力を持たなくてはなるまい。責任を感じる。

県議会議員になれば、当然大和市も仕事場になる。情報交換をしながら、勉強を深めていきたい。

尚、披露宴で新たに知り合うことが出来た、若手の皆さんを紹介する。(初めての方のみ。)

吉田雄人横須賀市議

久野晋作我孫子市議

平田喜章渋谷区議

岡本聖哉大和市議








2006年06月03日(土) OBに入れて頂いています

学生時代に、藤井先生の事務所でお世話になっていた縁で、その後「事務所OB会」に入れて頂いている。今日は横浜で、その懇親会があり、藤井先生夫妻を囲んで楽しい時間を過ごした。

藤井先生が大蔵省を辞めて政治活動を始めてから、丁度30年とのこと。集まった方のなかには、当時の秘書の方などもいた。

既に引退されたとは言え、政治に対するご意見は多くお持ちで、‘反軍演説’で有名な、戦前の代議士斉藤隆夫氏の伝記を読むように進められた。

早速本屋に行き探したが、先生に薦められた書物は、既に店頭には無かったので、取り寄せの予約をした。

藤井先生は、引退後は評論活動などをされているが、時々テレビに出ている際のお話を伺うと、さすがと感じ入る。党幹事長まで務めたので、いささか党派色は出てしまうが、それを越えて基調なご意見番だと思う。

長年議員をつとめても、引退後に社会で有用な仕事をされる方は少ない。だから「落ちればただの人」という、情けない、誤った伝聞が伝わってしまう。

とにかくお元気なので、これからも時々でもお会いできれば嬉しい。尚藤井先生以外にも、学生時代からお世話になっている、当時の秘書の方々とも会える。

呼んで頂いてありがとうございます。来年もよろしくお願いします。




2006年06月02日(金) 乗り換え不便は政治も関係

国鉄が民営になったことにより、鉄道は、会社形態としては、完全に民間担当となった。

しかし交通は、全ての(ほとんどの)人に関係する。政治として許認可だけでなく、一定の関わりを持つのは当然だ。

スイカとパスネットを統合すべきとの意見は、大分以前に書いたし、またその方向で検討されているらしい。

今日は菊名駅での、乗り換えの不便についてだ。以下、かなり多くの人が、同じ感想を持っているはずだ。

県政を目指すようになってから、時々だが県庁やその周辺に出かける。横浜線で関内まで行くのも手だが、菊名で東急に乗り換えて、みなとみらい線直通で「日本大通」までいくのが最短だ。駅を出れば、目の前が県庁だ。

さて、その菊名の改札だ。横浜線から東急に乗り換える人は大勢いるので、JRと私鉄ではあるが、機械で簡易に乗り継ぎ出来るようになっている。

しかし東急と、みなとみらい線は、完全に乗り入れしておきながら、この菊名駅改札では、東急分(横浜駅まで分)までしか精算が出来ないのだ。結果「日本大通」に着いたとき、東急から(横浜駅から)乗り越したとして、改めて精算しなければいけない。

かつて相模原市議会で、八王子バイパスの料金が250円なのは、余りにも高いのではと、発言した議員がいた。役所の担当者は、それを道路公団に伝えたらしい。

もちろんそれのみで解決はしないが、鉄道会社だって、必ずしも利用者の意見を常に聞いているわけではない。悪意がなくても、結果利用者に不便をかけていることもある。

繰り返しだが、政治が関与していいことと思う。県政に参画したら、早速意見を言っていきたい。


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