てらさき雄介の日記
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2006年09月11日(月) ‘9.11’、あれから1年

‘9.11’は言うまでもなく、アメリカ同時多発テロの日だ。世界のあり様を変えたこの事件は、日本の政治に対しても大きな悪影響を与えた。

あわせて今日は、昨年民主党が大敗した衆議院選挙から、丁度1年目の日でもある。

今でこそ、総選挙での敗戦理由は明らかになったが、選挙を戦っているときは、まさか当地神奈川県第14区で敗れようとは、全く思いもしなかった。

藤井裕久先生という人材を、国政から落としてしまったことは、相模原市内で党活動をしている私の責任でもある。今思い返しても、主権者に対して申し訳ない。

その後藤井先生のポスター看板が減り、反比例して自民党掲示板が、どんどんと増えている現状を見ると、1年とは言え隔絶の感がある。

自分自身の県政への挑戦も含め、今一度盛り返す決意は変わらないが、負けは負けだ。劣っている点については、率直に認めてこそ次期もある。

前回県議選に敗退したとき、「選挙に勝つのに理由はないが、負けるのには理由がある。」とある方に言われた。ギクっとした。その通りだと思った。

民主党の至らぬ点を変えていく。そのためには自分がまず、次期選挙で勝利しなければならない。それは自分を変えること。今一度決意する。




2006年09月10日(日) 功名を求めてはいけない

早く帰ったので、決起大会の名簿整理をしながら、NHK�犖�名が辻�瓩鮓�た。

主人公である山内一豊は地味な存在だが、ドラマはなかなか面白い。仲間由紀恵は素晴らしい女優だ。

秀吉の天下になり、結果4万石の大名になった一豊に向かって、妻千代は「まだまだ」と言う。

戦国時代と今を比較するつもりはないが、昨今の世情を鑑みると、‘功名’という表現が気になる。

政治のなかに、‘功名’を求める人間が多いのは、既に世に知れていることだ。昨今は若手の中にも、同様の傾向が見られる。

市議のとき、税金の近い道について、あれこれと意見を言った。それは議員として、当然に大切な仕事だ。しかし一方、自ら何も生産していないに関わらず、人様のお金について意見していることに、カタギでない何かを感じた。

政治家が自らを律するという良い意味において、政治はカタギの仕事ではないことを認識すべきだろう。

バッチを付けて威張る人。バッジを付けることを目標にすること。議員になることを出世と感じる人。こういう勘違いは、正さなければならない。

政治家として、どんなにいい仕事をしようとも、仕事の材料も自らの報酬も、元々は税金である。政治家に‘功名’はあり得ない。






2006年09月09日(土) てらさき雄介よりの決意表明

�爐討蕕気�雄介を県政に送る決起大会�瓩蓮�当初の予想を大きく上回り、500名以上の方々にご参加頂いた。私の会では過去見たことのない人数に感激しながら、お声がけ頂いた支援者皆様に感謝している。

以下は、その場で申し上げた‘決意表明’の内容だ。正確な記録に依らないので、一部文言の違いはあるがご容赦願いたい。


「こんにちは。寺崎雄介です。本日は大変ご多用のなか、こんなにも大勢の方にお集まり頂き、本当にありがとうございます。
 
 まだ浅い年齢なのに恐縮ですが、何故政治家を志したのか、その当時の話をさせてください。

 高校生のとき、自分のなかでは半分政治をしようと決めました。その年おこった東欧革命や天安門事件を見て、具体的はわからなくても、何かしなくてはいけないと強く思ったのです。

 その後進学し明大雄弁部に入り、多くの政治家、官僚、秘書そして関係者と会う機会がありました。

 地元相模原市の藤井裕久先生はじめ、立派な方々もたくさんいらっしゃいましたが、それは一部でした。

 かねてから私が感じていた疑問。東大の法学部を出たような優秀な人間がつくった制度が、短期間で崩れていくのは何故か。そういう人たちが運営している財政が何故赤字になるのか。

 市議会議員のとき介護保険条例をつくる審議に加わりました。福祉の専門家でもない私ですら、この制度では数年しかもたないとわかりました。

 財政赤字についても、家計でも企業でも最低限収支ゼロにするのが基本です。しかし今の財政は国も地方も、ほとんどの自治体が毎年毎年赤字が累積している。何故か。

 学生時代に多くの関係者と話しをして、その理由がわかりました。確かに彼らは優秀でした。しかし押しなべて無責任だったのです。

 議員ならば任期の4年間。官僚ならば移動までの3から4年間に限ってしか物事を考えない。10年20年先のことを考える思考がなかったのです。私はそれを見たとき、自ら政治をやろうと決意いたしました。
 
 政治家の仕事とは政策の優先順位をつけることです。県政に参画したら、大きくは二つの点について、優先的に取り組みよう訴えていきます。

 ひとつは、命に直結する問題についてです。具体的には震災・防災対策です。

 そして昨今は子どもまで巻き込まれるようになってしまった。治安対策です。私たち大人の社会のゆがみやひずみが、子どもたちへの悪影響になってはいけません。

 更には医療の問題です。先日私の友人がある募金活動をしていました。赤ちゃんが内臓が悪くなって、臓器移植が必要になったのです。しかし日本では移植が禁止されているので、アメリカに行かなくてはならない。その費用が約1億2千万円です。結果募金で集まりましたが、集まらない子どもは助からない。

 では日本に一体そんな子どもが何人いるのか。たとえ1000人いたとしても、全部で1200億円。大金ですが、1200億円その子どもは助かるのです。

 これから行なう相模大野の再開発では数百億の市税を投入します。また先日相模原市長は市議会で、小田急多摩線を唐木田から相模原駅まで延伸すると言われました。確かに鉄道はないよりあった方がいいかもしれません。しかし重要なことを隠しながら、延伸を主張しているのです。

 それは延伸費用は全て税金から出されるということ。市税であれ、補助金であれ債券であれ、全て税金で支出されるということを忘れてはいけません。

 明らかにお金の使い道が間違っています。政策の優先順位が違っていりのです。もう一点です。

 命に直結することと、もう一つ重要なのは、次の世代に対する投資です。次の世代に何を残し得るかが、政治の大切なテーマですが、今の政治はその方向ではありません。

 昨今格差が叫ばれていますが、親がお金を持っているかいないかが、子どもの教育格差になってしまっています。

 また先ほども述べた子どもを犯罪から守ること。そして次の世代からお金を借りて、事業を行う借金付けの体質を改めることです。

 さて相模原で政治活動を始めてから、10年余りが経ちました。その間一貫して言ってきたのは、政治は政策が大切にされなくてはいけないということです。政策が問われる選挙でなくてはならないということです。

 この話しをするとき、よくラーメン屋さんを例に挙げます。ラーメン屋さんは、店構えが汚くても、親父さんの愛想が悪くても、ラーメンが美味しければ人が入ります。一方どんな立派な店構えでも、どんなに立派なビラをつくっても、ラーメンの味そのものが美味しくなければ人は入りません。

 最近の厳しい世の中で、どんな仕事でも同じです。どんな会社でも、値段もそうですが、得るべき商品の室を高めようと、皆頑張っているのです。では政治家の商品とは何でしょうか。政策です。政策において競争がされなければ、政治が良くなるはずはないのです。

 これから約半年間、もうすぐ70万人になる相模原市の多くの市民に向かって、その政策を訴え続けてまいります。そしてその政策をもって皆様に評価される、そんな政治家を目指してまいります。

 幸いにして、私は2世議員ではありません。過去それを誇りには思っても、2世に対して羨ましいと思ってことはありません。

 もう10年ほどになるでしょうか。初めて上溝のホテルで集会をやったとき、約40名の方に集まって頂きました。この種の会としては少ない人数かもしれませんが、こんなにも多くの方が集まってくださったと嬉しかったものです。お出で頂いた藤井先生から、よく集めたと褒めて頂いことを良く覚えています。

 2世でない私には、最初からの支援者はいません。両親以外の全ての皆様は、政治家たる寺崎雄介を支援して頂いている全ての方々との思い出が私にはあります。

 そのお一人お一人との出会いを、その間頂いた多くのご意見を、より大切にして今後も頑張ってまいります。

 来年の4月8日。県会選挙の投票日。この日を私がやってきた挑戦の終わりの日にはしたくありません。この日を新たなスタートとして、更に多くの挑戦をしていきたいです。

 市議時代も、自分の親位の方に向かって生意気言ったこともありました。しかし基本は変わりません。県政の場でも恐れず、ひるまず精一杯の訴えをしてまいります。

 厳しい状況には変わりありませんが、本日お集まり頂いた多くの皆様の、より一層のご支援を頂ければ、必ずや勝利出来るという信念を持って、走り続けてまいります。何とぞよろしくお願い申し上げます。

 以上申し上げて、私よりの決意表明と御礼のご挨拶と致します。ありがとうございました。」


2006年9月9日
                            寺崎雄介


     




       




2006年09月08日(金) いよいよ明日

「てらさき雄介を県政に送る決起大会」が、いよいよ明日になった。過去何度もイベントを開催してきたが、今回は格別の緊張感がある。

次期県議選まで、残り期間丁度7ヶ月だ。政策中心の選挙を目指すからには、明日何を語るかが重要であることは当然だ。

何故政治家を目指したのか。
何故県政に挑戦するのか。
県議会議員として4年間何をしていくのか。

決意表明・DVD放映・懇談の時間などを通じて、多くを語っていきたい。

今日に至るまで後援者の皆様が、多くのお声がけを頂いた。色々な方の思いを頂く仕事である。精一杯頑張っていく。


2006年09月07日(木) 小田急延伸の前に

先日開催された相模原市議会の本会議で、市長は小田急多摩線の延伸を事業化すると述べた。大分踏み込んだ発言だ。

現在唐木田が終点の小田急多摩線を、JR相模原駅に接続するわけだが、事業化にあたっては、より慎重な検討と住民合意が必要だ。

いくつかの市民団体が、延伸活動をしてきたことは承知している。鉄道路線自体も、ないよりは当然にあった方がいい。

問題は費用対効果だ。小田急電鉄は、運営はするが延伸費用は出さないと、市に対して言っている。つまり延伸の工事費用は、市税をはじめとする税金から出されることになる。

今あるお金で足りるわけはないから、当然に大部分を借金(債権)に頼ることになるのは明白。これ以上の累積債務は、次の世代に対して大きな負の遺産になってしまう。

また京王相模原線が橋本にひかれた現在、都内への玄関口として新しい小田急の駅が使われる可能性も少ない。相模原駅近隣にお住まいの方でも、おそらくは通勤にかかる時間や、橋本が始発であることを鑑み、橋本経由が多くなるのではないか。

では一体どのような層が、そもそも延伸した電車を使うのかということだ。ひとつには、都心の手前である新百合丘など、その途中の地点まで行く人だ。この人数は調査する必要がある。

また延伸されたことによって、逆に相模原にやってくる人もいるだろうが、大切なのはその人数だ。商業的な効果も市は期待しているが、小田急多摩線自体の現状を見れば、よほど相模原で努力をしないと、新たな流入は確保できまい。

更には、新駅建設による駅前のあり方についても、その利用頻度が低ければ、駅を中心に街が空洞化してしまう恐れもある。

他にも多くの検討事項がある。必ずしも反対しているわけではないが、大規模事業の割りに、非常に安易に進んでいることが心配だ。専門家や、地域住民を含め、より広く意見を聞くべきだ。

これから事業計画をつくるわかだが、ほとんど全ての議員や候補者は、賛成で「やれやれ」だろう。だからという訳ではないが、慎重な立場で検討や発言をしていきたい。

大きなポイントは3点。
1、借金(債権)の発行額をどれだけ抑えられるか
2、工事が短期で完了できるか
3、延伸によって相模原市内への集客が予測できるか




2006年09月06日(水) 男児出産に関わらず

秋篠宮に男児が誕生した。お目出度いことだ。お祝い申し上げる。これに関連して、昨今議論されてきた皇室典範の改正について、政治家や評論家がコメントを述べている。

民主党小沢党首はさすがで、「男児出産に関わりなく、本質的議論をすべき。」と発言。同感だ。

憲法改正をする際に、�狹傾牒瓩箸浪燭任△襪里�。どうあるべきか。について、議論を避けることは出来ない。また避けた結果の改正では、その本質的意義が薄れてしまう。

天皇について考えることは、非常に重い意味を持つ。明らかに他のテーマとは違う。これはタブーになっているという側面から思うのではなく、文字通り天皇は‘国民統合の象徴’であるからだ。

現在のみならず、過去においても時々の日本人は、天皇を奉ることによって、国家としての呈をなすべく努力してきた。歴史的にも象徴であったのだ。

つまりは天皇について考えることは、日本の歴史そのものに向き合うことななる。そこが重いのだ。

しかし今後の日本と世界を考えたときに、触れにくいからこそ、真正面から議論するのが本当の政治ではないか。

天皇制が抱える多くの矛盾についても、それを隠蔽することは許されない。あえて天皇についても、多くの議論が出来る政治家を目指したい。


2006年09月05日(火) ビラ配りもいいかも

昨日のことだ。朝JR相模線相武台下駅に行った。マイクで話していると、近隣の方から「うるさい」と苦情が出た。

音を絞っていたつもりだが、確かに周辺には民家が数件ある。自粛し、ビラ配りに切り替える。

議員や候補者には、一・ひたすら話すタイプ 二・ひたすらビラを配るタイプ 三・両方を織り交ぜるタイプ の3者にわかれる。ちなにみ私は「一」だ。

しかし結果として行なった、ビラ配りのみもいい。あまり乗客数が多くないので、ひとりでも可能なのだが、演説にはないある種の充実感がある。

ビラを受け取って頂いたときの、相互通行感もある。また、マイクの声は一瞬だが、ホームや電車で読んで下さるだろう。

街頭活動十数年だが、今更の初体験だった。今後は随時取り混ぜていきたい。


2006年09月04日(月) 党県連も厚木に移動

党県連常任幹事会に、支部を代表して出席した。場所は本厚木のホテルだ。

通常は関内の県連事務所で開催するが、10月22日の衆議院補選にむけて、事務所自体が厚木に移動しているため、その近くでの開催となった。

テーマも主に補選について。幹部曰く「いい勝負が出来ている。」とのこと。そう期待したい。浪人中ゆえ余りカはないが、精一杯頑張っていきたい。

さて国政選挙を見ると、率直に羨ましくなるのが、党本部からの支援の厚さだ。比べて地方選挙は・・・。泣き言かもしれないが、だったら‘地方議員が大事’などと言わないほうがいい。

来年の統一選挙を、国政選挙の「前哨戦」として戦う気はない。地方と国は対等であって、同じだけの大切さを持っている。言い方にも気を付けた方がいい。

主権者の関心を地方政治にも向けてもらえるよう、まず政党やその候補者が地方選挙の大切さを訴えていくべきだろう。


2006年09月03日(日) 新たなツールである映像

政策アピールの資料として、支援者の方がDVDを作成して下さった。今日完成版を見たが、素晴らしい出来だ。

約10年前に、自分のポスターを初めて見ときは、妙に恥かしかった。同じような感情が、初めて自分の映像を見てフツフツと湧き出てきた。

ここ1ヶ月余り、街頭演説をしたり、ポスターを貼ったりしている所を撮影してきた。意識はしなかったが、映像を見ると若干いつもより固いようだ。

9月9日の決起大会で初放映する予定だが、その後もHPで流す手段を考えたり、DVDを配布(公職選挙法の規定により若干の有料)したりして、新たなツールとして使ってみたい。

ボランティアで徹夜作業をして下さった、作成者には感謝で一杯だ。そのお礼も、決起大会の盛会を以って変えるしかない。一層気合が入った。


2006年09月02日(土) 安倍氏圧勝は悲しい

安倍氏が圧勝する形勢だ。正式な出馬表明の夜、いくつかのテレビ番組でインタヴューを見たが、余りオーラは感じられない。

ソフトな感じだし、若いし、ある意味昔の政治家っぽくないので、一定の支持があることは理解できる。しかし圧勝とは・・・。何かが違う気がする。

自民党は権力闘争によって、その支持の裾野を広げてきた。内閣不信任案の採決に欠席した議員を、その直後の選挙で公認したこともある。一人しか当選しない市長選挙で二人を推薦した(1997年相模原市長選挙)こともある。

ある意味むちゃくちゃだが、内部抗争の結果それぞれが頑張って、野党などその他の勢力を駆逐してきたのだ。

民主党内で多くの揉め事があることについて、批判を受けることもあるが、余り意には介していない。むしろそれ位の方がいいとも思う。問題はそこに政策論争があるかどうかだ。

自民党は公然派閥の連合体だが、森派・谷垣派・河野グループ以外は、もはや解散した方がいいだろう。総裁候補を持たない派閥に、存在意味はないと、民主党員の私ですら思う。

小泉総理誕生のときでさえ、結果が出るまでは厳しい総裁選が行なわれた。今回はないらしい。自民党内で権力闘争が行なわれないことは、民主党にとってはチャンスかもしれない。

しかし本当に喜べることだろうか。自民党総裁は総理大臣なのだ。安倍氏は私にとっての総理でもあるのだ。他多くの国会議員がだめならば、せめて安倍氏本人からメッセージを聞かせて欲しい。

今日の段階では、いまだ納得できる話しはない。しかしまだ数日ある。総理になるその日までに、「どんな日本にしたいのか」という思いが聞かれることを期待している。


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