てらさき雄介の日記
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今や総理大事も、野党党首も、外国元首も、多くの政治家が2世3世だ。知人や友人にもいる。身近に人がいればその批判はしにくいが、冷静に考えれば、民主主義において政治家の世襲は大きな問題だ。
私も10年間の相模原での政治活動で、多くの質問を主権者皆様から受けた。その中でも、「お父さんも議員だったの?」は、非常に残念な質問だった。何故なら、主権者自体が、若い政治家は2世という先入観を持ってしまっているからだ。
世襲で当選したその個人を批判する気はない。むしろそれを生み出した、政治風土こそ問題であろう。
過去多くの政治志望の若者を見てきたが、世襲の壁は正直大きく、それによって政治の道を断念した人も多い。それだけと言われればそうかもしれないが、現在政治活動をしている人間としては、深刻に受け止めざるを得ない。
今年の大河ドラマは、土佐藩主になった山内一豊が主人公だ。彼のつくった山内土佐藩は、幕末まで代々藩主を受け継ぎ、大藩として君臨した。それは徳川幕府のような安定期には良かったのかもしれない。
しかし幕末はどうだっかか。時代の変化に対応しようとしたのは、山内土佐藩でも、山内侍でもなく、むしろその下で虐げられていた下級藩士だった。
私が幕末で好きな中岡慎太郎も、あるいは薩長同盟を発案した坂本竜馬も、その一人だ。
現在は変革期だ。不思議と誰も言わないので、あえて言うしかない。2世、3世、世襲政治家を生み出す構造は問題だ。変えなくてはならない。
寒い季節になった。昨日は日記に記載した通り、結局都内に泊まったので朝帰相した。
雨が降っていたが街頭はしようと、アイワールド前に行った。お二人ビラを配ってくださったが、やはり寒くなったので手がかじかんでしまう。
街頭演説にとっては、その名のとおり‘冬’の時代だ。逆に言えば、ここが気合の入れ時か。
夕刻は、相模原市出身のプロ歌手の応援に、再び都内へ行く。最短でいくために、新横浜から新幹線に乗ると、1時間強で新橋に到着。食事をご一緒した。
帰りは皆さんと観光バスだが、車中でも多くのご意見を聞くことができた。謙虚に受け止めて、政治活動のなかで実践していきたい。また新規のポスタ−も2件紹介頂く。ありがたい。
夜はいささか疲れたせいか、すぐ寝てしまう。11月も終盤だ。時間がないことに焦りつつ、支援者皆様の顔を思いお越し、明日からまた頑張ろう!
明治大学雄弁部OB会が開催された。場所は新宿京王プラザホテル。日中から終電過ぎまで、多くの皆さんと歓談した。
その中でも政治関係者との意見交換や議論は、仕事にとっても非常に役に立つ。それぞれにとって雄弁部での活動は原点である故、地域や党派をこえて率直な話しが出来る。
卒業後初めてお会いできたのは、舟橋貴之富山県立山町長だ。富山県は急速に市町村合併が進み、既に15市町しか残っていないらしい。地域柄か、都内へも仕事でよく来られているそうだ。
田中良都議会議員からは、来年の東京都知事選挙への候補者擁立について、多く参考になる意見がきけた。首都東京で知事がとれない政党が、政権をとるのは難しい。期待している。
片倉常夫前平塚市議からは、9期にわたる地方自治の経験をまとめた、貴重な冊子を頂くことが出来た。初当選が昭和42年だから、�狠亙�自治�瓩箸いΩ斥佞垢藏欧蕕�薄い時期だったのではないか。
今回は現役学生の代表も十数名参加していた。政治志望の1年生のなかに、2名高校の後輩がいた。貴重な発見だ。今後も交流していきたい。
(舟橋貴之富山県立山町長と・・・6学年先輩)
| 2006年11月17日(金) |
「市政」について勉強会開催 |
相模原市政について勉強会を開催する。次期市議会議員選挙の党公認・推薦候補、党員のうち、日頃よりお付き合いのある皆様にご案内を出した。
私と小池義和市議の個人開催なので、民主党に全く関わりない一般参加者も募集している。私も相模原市政について、思うところを率直に述べるつもりだ。
【期日と場所】 2006年11月29日(水) ・勉強会 午後4時から6時 相模原市民会館第一中会議室 ・懇親会 午後6時から8時 近くの居酒屋にて(会費3,000円位)
県政と市政には、当然連携が必要だ。それも補助金の獲得を柱にしてきた既存のあり方から、まさに‘高度’な連携に変えていく必要がある。
特に政令指定都市を目指す過程では尚更だ。この件では、既に市役所が県庁と接触している形跡もあるが、議会がしっかり関わっているかは疑問。
行政のみに任せるのではなく、議員の役割もまたあるだろう。地方政治における政党の意味を十分に発揮して、県議候補・市議候補の連携も深めていきたい。
繰り返しだが、最後に「勉強会への参加お待ちしております!」事前にご連絡頂ければ助かるが、飛び込み参加も大歓迎したい。よろしくお願い申し上げます。
| 2006年11月16日(木) |
城山から古淵・鵜野森へ |
日中城山町へ行った。戸別にお宅を訪問しながら、ポスターのお願いをしてまわった。
閑静な住宅街だが、それでも数十年の歴史があり、あるお宅では「この辺りは丁度リタイア世代が多い。」とのこと。昭和のある時期に一斉分譲したため、地域の年代層が一緒に高齢化していくのだ。
相模原市内でも、新規の小学校を建設しながら、一方で廃校にしている地域もあるのは同じ理由からだ。やはり地域の声は行ってみなければわからない。
夕刻は古淵駅で街頭演説をした。人通りが多くスピードも足早のため、余りビラは配れなかったが、それでも数人の方からお声がけ頂いた。
演説中、町田市議の方からも声をかけて頂いた。同じ民主党で、今後新たな挑戦をされるそうだ。当然応援するが、詳細については改めて記すこととする。
その後鵜野森の地域に、政策ビラを配ってまわった。この地域でビラを配るのは、十年間の政治活動で初めてのことだ。数十分で数百も配れた。大分空き部屋があるのは、先ほどの城山と同じく、分譲から時が経っているせいだろう。マンションだけに修繕の限界があるらしく、転居されているお宅も多かった。
空き部屋は治安を含め、生活環境全般にとって問題が多い。老朽化しているならいざしらず、空き部屋の有効利用が大切だ。公共施設も含めてのことだが。
(城山町でポスターを貼っている友人)
| 2006年11月15日(水) |
市民討議会というもの |
(社)相模原青年会議所で、来年度は地域主権推進委員会に所属することになった。今日その準備会が開かれた。
勉強するテーマのひとつとして、表題の�犹毀影さ腸餃瓩�挙がった。町田市や東京23区では、同じく青年会議所が中心になってモデルでやっているらしい。
相模原市でも、先般�犹毀吋侫�ーラム�瓩�設置され、私も一般応募で参加している。他合併した津久井町・相模湖町には�狠楼萇承腸餃瓩�置かれ、少しニュアンスは違うが教育分野には、�牾惺刺承聴�制度�瓩覆匹發△襦�
今回の市民討議会が他と違うのは、メンバーが有志を集うものでなく、無作為抽出で選び出すスタイルを採っていることだ。
しかしどれにも共通していることだが、結果出た意見がまちづくりに反映されないと意味はない。
また県議会や市議会が存在しながら、それらを設置することは、議会では出来ないことをするためであり、「議会とは何か?」という検証もしなくてはならない。
多くの試みについて、方向性は合っていると思う。もはや代議員制度から直接参加制度に舵を切るときかもしれない。その意味では、しばらくは各種の試みが重要だ。
昨日の青年会議所委員会でも発言したが、多くある会議体の良いところと、足りないところを、総点検することも必要かもしれない。
上溝をまわった。長い間育てて頂いた地域なので、当然に歩いていると多くの知り合いにお会いする。
以前相模原町役場などがあったことから、�犖鼎き畸楼茲噺世�人もいる。しかし何をもって�犖鼎き瓩箸垢襪�は様々であり、この地域独特の風土があればこそ、市議を含め10年間も政治活動を続けてこれたとも思う。
利益誘導型の政治は廃しなければならない。しかしそれは生まれ育った地域を、どうでもいいと思っているわけではない。むしろ逆だ。
再開発事業をやって思うように行かず、結果そこを中心にまちが空洞化している例も多くある。税の投入をした結果、必ずしも良くなるというわけではないので。
上溝も、相模原市全体も、私にとっては自分自身だ。愛するとは、まさにこういう気持ちを言うのかもしれない。良いところを伸ばし、誤りを正していく。偉そうだが、故郷だからこそ本気で考えている。
子どもたちの安全、年々ひどくなる生活道路の渋滞、都心へのアクセスなど上溝地域の課題についても、県政の場では当然頑張ってやっていきたい。
学生時代、「自衛隊は海外派兵を是をすべし」という弁論をしたことがある。表現は過激だが、現在小沢一郎民主党代表が言っている主張と変わりない。
当時友人からも聴衆からも、�牘ν祗甍靴い気譴拭3里�に当時の右翼は、憲法改正が関の山で、海外派兵などは言っていなかった。
現在の私の主張は、それと大して変わりない、かえって自衛隊の安易な活用に疑問を呈してもいる。
しかしながら世の流れはどうか。
湾岸戦争の戦費を支出する ↓ カンボジアのPKOに派兵する ↓ アフガンに掃海艇を派遣する ↓ イラクに自衛隊を派遣する
どれも個々を見れば、都度の必要性があるのかもしれない。しかし恐ろしいのは経過だ。その間に、何の総括が、何のルールの変更があったのだろうか。
個人の責任を追求しないのは、日本人の良い文化かもしれない。故に過去に対しても寛大だ。そういう日本人は好きだ。
しかし過去の過ちを繰り返してはならない。民主主義は最良の制度だ。そのなかで結論を出してこそ、皆にとって納得し得る結果が得られる。
政策の変更は、時代の移り変わりであり得る。だからこそ、ひとつひとつを真摯に議論していく必要がある。
本当の戦地に自衛隊を丸腰で派遣する前に、憲法改正を含めた主権者による真剣な議論を巻き起こしていきたい。
福島県知事選挙で、民主党推薦候補が当選した。この前まで民主党の参議院議員だった方なので、いわゆる公認候補と変わらない。最近ない快事であり、本当に嬉しい。
各党支持層の投票動向結果を見たが、これこそ民主党が勝つ方程式だろう。逆に言えば、こうならないと勝てないということだ。
まず民主党支持層の9割近くが投票している。元々自民党よりも固定的支持者が少ないわけだから、ここが崩れるとどうしようもない。
次に無党派層で6割以上とっている。前回衆議院選挙が反面教師だが、昨今の国政選挙は、無党派層が最大勢力だ。政治はとかく軽視したがるが、この皆さんこそ、ある意味政治を深刻に考えているのかもしれない。
最後に自民党支持層の3割を獲得していること。これが出来れば完璧だ。今回は知事とは言え、私と同じ地方選挙。大きな意味で二大政党でも、中身では国とは違う基準もあり、地域独自の訴えをした結果だろう。
ちなみに佐藤雄平新知事は、以前渡部恒三代議士の秘書をされていた。学生時代に、藤井先生のところでお世話になっていたとき、何度か色々な会合でご一緒したことがある。是非頑張って頂きたい。
| 2006年11月11日(土) |
市民団体の合併への不安 |
市民活動フェスティバルが開かれた。市民活動サポートセンターが主催したものだ。
けやき会館では、各団体の交流企画が行なわれた。多くの団体から活動紹介があったが、津久井地域からも複数参加していた。
今回合併することになったので、あえて声をかけたのだろうが、当然に各団体から合併についての意見も聞かれた。
期待をする声もあったが、どちらかと言うと、不安の声が大きかった気がする。中には、明確に合併に反対している団体もあった。
不安な理由は、大規模都市に編入されることに尽きていた。つまり新相模原市のなかで、津久井地域が軽視されるのではということだ。
もちろん編入した相模原市にその意思はないが、しかし結果として周辺部が寂れてしまう傾向は、他多くの自治体の例でもいがめない事実だ。
だからこそ、現在作成している新総合計画(行政計画)をはじめ、津久井地域を含めた新市の姿を、もっと具体的に現していく必要があろう。
更には合併に至る過程には、津久井地域は内部で色々あったのは事実。その精神的なケアも必要と感じた。
津久井地域のある合併推進派の政治家は、合併が決まった後、あえて反対派の家を訪問して、今後のまちづくりの協力を依頼していると言う。なるほどだ。
市民活動に参加している人は、何だかんだと言っても、愛郷心旺盛な皆さんばかりだ。もっと相模原市の側から、機会あるごとに声をかけていく必要があろう。
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