てらさき雄介の日記
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2006年12月10日(日) 上溝地区後援会

上溝地区で後援会をつくって頂くことになった。長年育てて頂き、現在もすんでいる地域だ。

浪人中も近隣の多くの方から、「地元だから頑張って。」と声をかけて頂き、それが大きな励みになってきた。

最早選挙まで切羽つまっていることと、この時期を逸しては後がための結成だ。

従来型「組織」形態ではなく、まちづくりについて忌憚なく話し合えるような、「サロン」的雰囲気にしたい。そのことが選挙にマイナスとは思わないし、かえって多くの輪が広がっていけると信じている。


◎上溝地区後援会発足式

12月17日(月)午後2時より

場所 上溝地区日金沢自治会館〔相模原市上溝5-8-18〕*事務所に地図も用意してございます。042-751-3016までお問い合わせください。

会費500円(軽食を代実費分)


上溝地区在住の方のみでなく、他地域からのご参加も大歓迎です。お誘い合わせの上、何卒よろしくお願い申し上げます。


2006年12月09日(土) パソコン故障

メールソフトが起動しなくなった。PC得意の友人臼井君に見てもらったが、耳を澄ますとシュルルルと変な音が。

ディスクの故障と思い、解体作業に入る。すると原因は別のところ。マザーボードだった。

今少しで完全修復しそうだ。助かった。数日前に後援会名簿を別ディスクに保存しておいたので、最悪の事態は想定されなかったが、今後もしっかり保存しておこう。

多くの支援者皆様の、過去数年間のご尽力が、データとしてはPCに集約されている。怖さもあるが、現実そうするしかない。

セキュリティーをしっかりする。ある意味社会の中では政治の役割であるが、身の回りもきちんとしなければ。


2006年12月08日(金) 藤野駅で町長さんに

昨日青根に泊まったこともあり、朝立ちは藤野駅で行なった。早朝朝ごはんを旅館で食べ、友人とふたり暗いうちに駅に行く。山道を20分くらいだ。

駅に着くと、普段は乗降客以外誰もいないのに、上の改札付近で何かの旗が立っている。先を越されたかと思いきや、それは藤野町の�狄邑⊇鬼岫瓩留親阿世辰拭I幻譴瞭�ったティッシュとボールペンを配るそうだ。

「邪魔してすいません。」とお詫びした上で、私の政治ビラを配っていると、声をかけてくれたのは、何と藤野町長さん!職員の方と一緒にティッシュ配りをされていたのだ。

以前藤野町議会を傍聴に行った際、遠くに拝見したことはあるが、お話しするのは初めてだ。名刺交換と簡単な挨拶させて頂いた。

その後も藤野町内で、十数軒ご挨拶まわりをした。あるお宅の隣が、藤野町郷土資料館だった。なかに入ってみた。民芸品中心だが、以前の吉野宿のモデルなどもあり興味深く見学した。

帰り際、案内の方に名刺をお渡しし、自己紹介すると、「資料館をよろしくお願いします。」と言われた。

無論何の力があるわけではないが、ここにも合併についての、ひとつの具体的不安があった。有意義な二日間だった。


2006年12月07日(木) 青根泊

相模原市津久井町青根に宿泊した。現在は集落に1軒しかない旅館だ。以前友人が飛び込みでポスターを貼って頂いた。

手持ちのお金がなかったので、郵便局に行くと、今年6月で閉鎖されたとのこと。「ご用は津久井郵便局まで」と張り紙があるが、今更そこまでは戻れない。

近くに農協があることを発見し、そこで郵便局カードが使えた。後で聞いたところでは、この農協も今後の見通しは不透明とのこと。

青根のお宅を1軒1軒飛び込みで、暗くなるまで数十軒まわった。昔ながらの造りの家が多く、またお年寄りが多いことも気付く。

医療施設としては、国民健康保険診療所があるが、合併後にどうなるか不安が多いそうだ。また小・中学校の存続も課題とのこと。

旅館に戻り、風呂に入る。その後1Fの食堂に行くと、近くにお住まいの元町議の方が、わざわざ駆けつけて下さっている。

また近所の方にもお声がけを頂き、食事をしながら多くのご意見を伺う。初めて聞く話し、聞いてはいたが初めて実感する話し、他本当に有意義な夜だった。

旧津久井町のなかでもこの地域は、合併について反対の方が多かったそうだ。それは高齢化・過疎化するなかで、大相模原市の外郭になってしまうことへの危機感だった。

効率化のもとで金銭の大小が影響して良いのは、あくまで生活のプラスアルファについてだ。生きていく上での基本的なことは、皆で助けあう社会にしなくてはならない。経済の原語たる経世済民を忘れてはいけない。

ましてや合併して同じ市だ。格差を助長することは許されないし、むしろそれをなくすための合併ではないか。


2006年12月06日(水) 田名の料亭

相模原市田名には、いくつかの料亭がある。以前はもっと数が多く、芸妓さんの置屋などもあったと聞く。

料金も意外と安く、普通の居酒屋さんで飲むとの、そんなには変わりない。しかも個室を用意してくれるので、仕事の打ち合わせなどでも使える。

今日は難しい話ではなく、ある方とある方をお引き合わせするために、会を持った。結果非常に有意義だった思う。

田名は、�犖鼎き畸楼茲噺世錣譴襪海箸�ある。かく云う私の地元上溝も同じだ。一面では客観的真実だが、しかしだから良くないという話しではない。

私がかつて市議として仕事が出来たのは、地盤・看板・カバンなくして市議選に当選できたのは、その�犖鼎き畩綛造世辰燭�らこそとも思う。現在運動をしていても、打てば響く人の和が、�犖鼎き畸楼茲砲呂△襦�

政治家として変えていかねばならぬものを、�犁譴き瓩班集修靴討い襦��犖鼎き瓩箸篭菠未靴討い襦�小沢党首も、かつて政敵を守旧派と呼んだ。

保守か革新かと言えば、私は革新たることを選ぶだろう。しかし日本人が培ってきた伝統文化に対する敬意は、他多くの保守系議員や候補者に劣るとは思わない。


2006年12月05日(火) レディース忘年会

てらさき雄介レディースの忘年会を開催して頂いた。数年前に結成され、その後多くのご支援を頂いている皆様だ。

ジェンダー云々が言われているが、女性と男性はやはり違うと思う。それが社会的差別に繋がるのは言語道断だが、女性と話すことでしか理解し得ない政策テーマなどもある。

議会は老若男女、各階層から、それぞれ代表者が出ることが望ましい。しかし現実的にそうなってない以上、出来る限り女性の立場を代弁していきたい。


2006年12月04日(月) 後援会役員会

前回の選挙後に後援会を再結成し、毎月役員会を開催してきた。時として議題がなく、活動報告のみ行なったこともある。継続することが主眼だった。

来年選挙前になれば、後援会はいわゆる選対に移行する。役員会も今日を含めて、あと2〜3回になるだろう。

新しく参加頂いたかた、事情があって途中から不参加になった方、個々に思い出はあるが、今では全ての皆様に感謝している。

いつも言っていることだが、選挙のセンスが余りない。だからこそ、多くの方の助けがいる。今日も貴重な意見をたくさん頂いた。

今日の議題は、以下の通りだった。
一、活動報告
二、街頭活動
三、ポスター貼り
四、後援会の拡充
五、その他

いよいよ最後の詰めの段階だ。悔いのないよう、間違いのないよう、全力で頑張っていきたい、


2006年12月03日(日) 功名の果てに

今年の大河ドラマは、半分くらい見ただろうか。余り興味ある主人公ではなかったが、つくりが面白く楽しめた。

既にクライマックスだが、今日のタイトルは�犖�名の果てに�瓩世辰拭�ハッピーエンドにはしないつもりなのか、回を追うごとに内容も重くなってくる。

伴侶の仲間由紀恵が、「今まですごろくのように人生を楽しんできたけど、最後の詰めがこれですか。」と、先週土佐の先住民を虐殺した、夫山内一豊をなじる。

元々政治家に功名はあり得ない。しかしこの主人公のように、人間的なことに悩み苦しむ、当たり前の人がもっと多くなれば、結果として行なわれる政治も変わってくるかもしれない。


2006年12月02日(土) 友人のお祝い

過日も記載したとおり、日本作詞家大賞の最優秀新人賞を受賞した、明大雄弁部の同期友人のお祝い会を開催した。友人の名は「保岡直樹」という。

同期は20数名いるが、13名が参加し盛会だった。場所は新宿歌舞伎町。何故か学生時代よりこの場所だ。少し照れたが、新宿区役所前で校歌斉唱もした。

県議選に向けて、皆んな私のことを心配してくれていた。それぞれ仕事は大変そうだったが、何とか互いに頑張っていきたいものだ。

終電を過ぎてしまったので、サウナに泊まった。さずがに学生時代ように、新宿中央公園で野宿とはいかなかった。

お土産として、「お仏壇のはせがわ」のカレンダーをもらった。そこにも友人の詞が載っていた。何か関連の縁があったら、是非ご紹介頂きたい。



2006年12月01日(金) 忘年会シーズン

忘年会シーズンだ。既に1件終了したが、今日が2件目だ。今年は何件あるだろうか。

何件行っても、体は疲れない。会費はかなりのものだが、膝詰めで多くの方と話せる機会は、とても貴重だと思う。

今年は横浜でも数件ある。このときばかりは、相模原との掛け持ちは出来ない。しかしそれもまた活動なので、電車に揺られて行ってくるつもりだ。

一方駅頭も時間を早めて、17時から出来る限り行なうつもりだ。駅頭が大切なのはどのシーズンでも変わらない。


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