てらさき雄介の日記
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2007年01月02日(火) 正月街宣 2日目

正月街宣の2日目だ。主に市南部をまわったが、途中支援者宅にもお邪魔した。またお身内の会にも呼んで頂いた。今PM8時帰着し、日記を書いている。

相模原は広い。その前提で活動をするしかないが、一選挙区としては限界を超えていると思う。

選挙とは対話だ。候補者と主権者の対話。候補者間の対話。しかし一人でする限界はある。面積にも人口にも。

それを超えるとどうなるか。物量しかない。本人ではない「物」によって訴えるため、その作成にお金がかかってしまう。また配布する組織も必要になる。

もちろん候補者は多い方が、主権者の選択は広がる。しかし比べられる適正人数もあるはずだ。その意味では衆議院選挙で、3〜5人の中選挙区を採用していたのは悪くはない。

明日は市北部をまわる。これから計画をつくる。3ヶ月間寝なくていい方法でもあればいいと思うが、健康管理こそ基本だから、気を使うべきはしっかり使おう。


2007年01月01日(月) 正月街宣

新年あけましておめでとうございます。年頭にあたってのご挨拶と所信は、HPトップに記載いたしましたので、日記は通常通り日々行ったことについて書こうと思います。本年もよろしくお願い申し上げます。


歳末警戒明けだ。少しだけ寝て、朝から正月街宣活動を行った。

街宣車を使って「新年あけましておめでとう」と、市内各地域をまわる。今日は市中部をまわった。

正月からうるさいとのご指摘も頂くが、一方でこの活動を通じて出来るコミュニケーションもある。同じ道路は2回は通らないなど、出来るだけ気を使いながらまわるのは当然だが。

思えば4年前の正月も行った。また昨年もだ。ともに党県連から街宣車を借りたが、今年は文字通り自前のもの。愛着もあるし使い勝手もいいので、更に気合も入り多くまわることが出来る。

一方で理屈だけでなく、居ても立ってもいられない気持ちもある。正月だからこそ、何かしなくてはと思う。

年末にある忘年会で「年末年始酒飲んで寝ているようでは選挙は負けだ。」と何回も言われた。当然だ。いや選挙だけではない。何かを真剣にするとき、如何なる時間でもプラスに活動するはずだ。

明日から更に3日間、市南部・北部、そして津久井地域をまわる。節目とは不思議なもの。年が明けたら焦りが一層出て来た。懸命にやるしかない。


2006年12月31日(日) 本物の政治家を目指して

消防団の歳末警戒をしながら、総合格闘技をテレビで見た。ルールがあるようでない、ましてや体と体のぶつかり合い。面白くないわけがない。

しかし近年の流れに疑問もある。現地にいるお客さんは、当然金を払ってみている。テレビで見ている私たちも、それなりに時間を使って見ている。

しかしそれに耐えない試合が増えている気がする。結果一瞬でノックダウンになることではない。そもそもプロの試合にふさわしくない人選や、対戦組み合わせがあるのではないか。

チャンネルを代えると、朝まで生テレビだ。これも最近面白くない。特に政治家の議論はダメだ。理屈のみ法律論で言うなら、学者や役人でいい。もっと主観的意見でいいのだ。

テレビで討論することのみが政治家の仕事ではないが、出てくる以上は、それなりであって欲しい。民主党の国会議員だったりすると、こちらが責任を感じてしまう。

日本はそんなに悪い国ではない。文化・伝統・国民性・制度など、それが悪いから崩れているのではない。

だからこそ、特に上等な成果を目指す必要もない。それぞれが基本的仕事をしっかりすることで、かなり回復出来るのではないか。ひとりひとりがそれぞれに、かけがえのないプロであることを自覚すべきだ。

今年も終わる。単なる時間の経過ではなく、節目として捉えたい。そして来年も、本物の政治家を目指し頑張っていきたい。


2006年12月30日(土) 考える時間

スーツを着ないで、一日じっくり考える時間をもった。訴える政策の優先順位、訴える場所の優先順位、訴え方などだ。

選挙運動は、政治活動の一部だ。どう選挙を戦うかということは、どんな政治を目指しているかを考えることだ。

先日候補者研修会で、菅直人氏から「最早時間がないから投票日から逆算して、今を考えるように。」とアドバイスを受けた。素直に受け止めて、そのようにも考えてみた。

改めて時間のないことに焦る。眠らないで済む薬があればいいのにと思う。しかし誰にでも時間は平等だ。致し方ない。

計画と言っても、実行するのは人間だ。ましてや運動を支えて頂いているのは、全てボランティアの皆様。なかなかうまくいかないのが常だが、本人がぶれては元も子もない。

不特定多数に向かって、何をどう訴えることが出来るか。これしかない!政治に何かを求め、かつその発言する機会を持てない多くの主権者に対して・・・。懸命に訴え続けていく。


2006年12月29日(金) 破綻の責任は国にもある

夕張市が財政破綻した。再建計画は、結果市民の負担を上げるカタチで、国主導により完成した。

第一義的な責任が、夕張の経営をしていた市長や、市議会議員、そして市職員にあるのは言うまでもない。また民主主義だから、主権者たる市民に最終責任があるのも当然。

しかし国には責任がないのか。この再建計画は、"見せしめ"とも言われているが、国は自らの責任を回避してはいないか。

何故なら夕張市は、昨日今日経営が悪化したわけではない。それがわかっていながら、放置し、お金を貸すことによって放漫財政に追い討ちをかけてきた。

そして銀行ではないが、これはダメだと思ったら、即引き上げをはじめ債権を回収していく。今後夕張市民が背負う負担は、国への借金返済にも充てられてしまうのだ。

地方自治を担当する総務大臣が、昨日夕張市を視察したそうだ。再建について、国も一定の役割を果たすそう。内容については吟味が必要だが、姿勢としては当然だろう。

借金の大小をはかる一つの基準である、“公債費比率”を見ると、ワースト20に名を連ねるのは、ほとんどが政令指定都市だ。

今こそ日本の地方自治について、新たな枠組みを構築すべきだろう。憲法改正もそうだが、地方自治法や地方財政法なども、大きく見直していく必要がある。

国会ではなく、地方議会が主導して。


2006年12月28日(木) 人に言えない思い

忘年会に3件参加した。多くの方と話せば話すほど、人に言えない思いを皆抱えていると痛感する。

そして共通して言われるのが、「大変な時ほど、人の優しさが嬉しい。」ということだ。

菅直人氏に明言がある。「政治の役割は、人を幸せにすることではなく、人の不幸を少なくすることだ。」

幸せは当然に、人によって千差万別。そこに政治が手を突っ込もうとするのは、僭越かつ逆に問題を生んでしまうことがある。

一方人の不幸とは、社会環境に影響を受けることが多い。こちらなら、政治に出来ることがあるのではないか。

まずお金の話。お金は社会の潤滑油だ。しかしそれ以上ではない。プラスαは構わないが、人間として生きていく基本的部分まで、お金のあるなしで左右されてはいけない。

お金がなくても明るく暮らしていける、そんな社会をつくっていきたい。


2006年12月27日(水) 市長巡視変更

昨日から消防団の歳末警戒だ。来年に向けて多くの忘年会にお誘いを受けているため、今年は昨日と大晦日しか詰め所に行けない。

さて警戒の初日は例年市長巡視だったが、今年より団長激励という形式になった。理由としては、津久井地域との合併によって、市長がまわりきれなくなったらしい。

市長巡視の内容変更を、市議時代から訴えてきた私としては、結果オーライというところか。

消防団は津久井と別組織にしている。これは悪いことではない。合併して効率化する部分と、しない方がいい部分もある。消防団は後者だろう。

恒常的団員不足だが、消防団の存在意義は大きい。地域コミュニティをしっかりすることが、治安対策でも教育問題でも重要な時代だ。その一員として、これからも役割を果たし続けるだろう。

一方小沢党首の言い分ではないが、変えてはいけないものを守るためにも、内部の問題点は果敢に改革する必要もある。現在消防団内に、そのあり方を検討する会議が、公式に設置されたことは良いことだ。

消防団に関わりをもった者として、これからも多くの発言をしていきたい。


2006年12月26日(火) フセイン氏の判決

イラクのフセイン元大統領に死刑判決が出た。正確には数ヶ月前に出た判決の控訴が、棄却され確定となったものだ。30日以内に刑が執行されるとのこと。

フセイン氏は多くの罪を背負った。アメリカの影響力を受けているとはいえ、イラクの法廷で出た判決なので、内容については特に意見はない。一国の元首をつとめた以上、その結果について命をかける覚悟は出来ているはずだ。

しかしアメリカンデモクラシーが、イコール民主主義ではない。ましてやイラクでは、そもそも政治や国家に対する概念自体が異なっているのだ。

他国に対して、武力で押し付けたものが、健全な民主主義であるはずはない。今回のイラク"民主化"のプロセスを、今一度冷静に検討すべきだろう。

イランに対する圧力が国際社会で強まっている。悪質という意味では、北朝鮮の方がひどいと思うが、所詮は正義や平和ではなく、一部の大国の国益云々の行動でしかない。

さて日本はどうすべきだろうか。非核三原則すら見直しが言及されるようになってしまった。本当に新しい憲法をつくって大丈夫だろうか。

流行り廃りで右往左往する、政治家の底の浅さに不安はある。しかし今こそ国民総出で、新しい社会の姿を考えるときだろう。

かつての戦争を決して忘れず、そして現在の世界情勢に思いを馳せ、本当の平和憲法をつくっていきたい。


2006年12月25日(月) 議員宿舎について

昔は神奈川県議会にも、議員宿舎があったそうだ。箱根など遠方からやってくる議員のためだったそうだが、交通の発達で廃止になったと聞く。

現在、国会の赤坂議員宿舎が改装されることについて、多くの批判を浴びている。確かに批判を受けて内容変更になった最上階のラウンジなどは、そもそも設計する感覚がわからない。

また食堂などについても、実際使う議員が少ないことと、近隣に飲食店が多数あることを考えれば、経費を考えれば設置する必要はない。

私が秘書をしていた時代、国会から宿舎に行く専用バスが走っていた。自家用車使用が多いので、乗っている議員はゼロに近い。その後廃止されたと聞く。

しかし一方で、議員の仕事環境整備のため、しなければならないこともある。仕事場である議員事務所(議員会館)などそうだ。初めてこの部屋に入ったとき、その狭さに驚いた。国会議員として、十分な仕事が出来るスペースではない。

秘書制度もそうだ。公設秘書を選挙要員にしている議員の姿は情けないが、それでも国会議員で3人は少ないだろう。また地方議員にいたっては、秘書制度そのものがない。

必要な経費は存在する。しかしその使い道は宿舎ではないと思う。プライベートな住まいである宿舎は、ホテル代支給とかでもいいし、それなりの定価格マンションでいいと思う。


2006年12月24日(日) クリスマス街宣

クリスマスイブだが、昨日に続いて街宣活動を行った。特に変わったことをするわけではないが、人がたくさん出ている場所で演説とビラ配りをした。

相模大野の伊勢丹前は、相変わらず人通りが多い。ご存知の方から、多数お声がけ頂いた。「市内ではない。」とわざわざビラを断られる方もいる。外から人が来る場所。相模原にとって貴重な場所と思う。

その後近くの団地に移動した。数箇所演説をしながら、ビラをポスティングした。スピーカーから聞こえる音は、上の階にいくほど、反響して大きく響く。長く話すのはご迷惑なので、一箇所3分と決めて演説した。

帰りの道路は、とても混んでいる。びっしりだ。まあ今日くらいは仕方ない。久しぶりに、街全体がにぎやかになっているのを嬉しく思う。


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