てらさき雄介の日記
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| 2007年02月11日(日) |
政令指定都市の区割り |
政令指定都市になれば行政区が出来る。頭のなかでイメージしてみた。
4つ創るとすると、津久井・北部・中部・南部か。3つならば、北部に津久井を加えるのだろう。
今ひとつピンとこない。津久井はひとつの圏域を成しているので、それで行政区が成り立つかもしれない(もちろんそれにも課題はある)が、北・中・南では余りに安易だ。
しかし他にどういう区割りかと言えば、アイデアも浮かびにくい市内の状況だ。急ごしらえの限界がここにもある。
政令市になった他の自治体を見ると、歴史的な経緯での圏域が市内に確立しているか、あるいは準備過程で無理にでも創っている例が多い。
しっかりとした行政区をつくることが出来れば、“へそがない”と言われる特徴が逆プラスになる。そのためには、大方がしっくりくる区割りが必要だ。
今だ自分のなかでも案は出来ていないが、多くの熟慮が必要だろう。
母校で職業講演をした。「相模原市議会議員」の話をして欲しいとのこと。初めての経験だ。中学2年生あいてに30分ほど話をした。貴重な機会を頂いた学校に感謝したい。
この種の企画では、政治関係者は敬遠される。子どもたち相手に、政治的な宣伝をする議員が多いこともセンスを疑うが、学校側も敏感になりすぎている気がする。
政治への関心を高めること。投票率を上げること。これには小さいときからの情報提供が大切だ。選挙と議会について、概略を話した。政治家だから、どうしても主観は入るが、出来るだけ公平にと心がけた。
他海上保安庁・博物館・化粧品開発会社・救急救命室など、経験豊かな皆さんの話も聞くことが出来た。じっくり人様の職業を知る機会は、意外に少ない。勉強になった。
失言が話題になっている。自分も過去何度かしたことがある。人を傷つけてしまうくらい大きなものもあれば、些細な言葉じりにご批判を受けたこともある。
アメリカ大統領選挙の前哨戦がはじまっている。今度こそ民主党に勝って欲しいと思うが、より楽しみなのはクリントン・オバマのどちらが候補者になるかだ。
言葉については、アメリカは日本より厳しい。テレビの公開討論会で失言をし、それで一気に支持率が下降することが多々あった。イラク開戦時の発言について鞘当てがすでに行われている。
政治家が仕事をする手段は言葉だ。だからこそ万全の注意が必要だ。誰かに批判されるからという消極的な理由ではなく、自らの信念と政策が違ったものに捉えられないために。
4月8日に向かって、より多くの言葉を発することになる。一層気を引き締めていきたい。
松沢成文知事の挨拶を聞いた。何かが違う。とても活き活きとしていて、かつてを彷彿させる。今週月曜日に再選出馬を表明したので、選挙モードになっているせいだろう。
かつて松沢氏は、いつも攻めの姿勢だった。野党民主党所属であったし、若手でもあったからか。既存の構造を変えることに常に挑戦していた。当然守旧的な方からの批判も多かった。
知事になってから、行政の最高責任者ということもあり、守りの姿勢も見受けられた。これは立場の違いで、いたし方ない面もある。議会でも質問する側ではなく、答弁する側になるからだ。
往年の松沢ファンからは、それが時として不安でもあったが、今日の挨拶を聞いてホッとした。やはり松沢氏の本質は変わってない。戦う政治家なのだ。
発言もかなり踏み込んでいた。議会改革についても、私はじめ参加者に要望もあった。“車の両輪”たるに相応しい県議会にしなくてはならない。
何度も書いているが、来る県知事選挙に、自民党が対立候補を擁立したことは良いことだ。政党相乗り選挙が、結果として主権者の関心を低めてきたのだ。
しかし松沢氏優勢が予測されるなかで、すでに公明党は支援を躊躇し、かつ自民党さえもあまりやる気が見られない。残念なことだ。
先般の愛知県知事選挙が良い例だ。結果民主党は敗れたが、それでも候補を擁立し接戦をしたことによって、結果大幅に投票率が上がった。
神奈川でもそうありたい。県議会議員選挙だけでは、県政の課題が明らかにしにくい面もある。同じ日に行われる県知事選挙。いい選挙であることを期待している。
先般知事の側近からご連絡を頂き、来る4月8日に向けて、ともに頑張っていく確認ができた。いくつかの政策要求もあったが、考え方は同じだった。一体となって運動していきたい。
毎日夕方駅に立っている。ありがたくも数名の支援者が、ビラを配りに来て下さる。これこそが政治活動の原点と信じている。
今日の夜は選挙に向けた打ち合わせがあった。支援者やスタッフはそちらに行っていたので駅頭は一人だった。朝はいつも一人だが、夕方では久しぶりのことだ。
ビラは配れないが、これはこれで意義深い。一人でやっていることによって、新たに声をかけて下さる方もいる。元気で張り切ってやっているが、どこか侘しく見えるらしい。
さて選挙中になると、ここぞとばかりに駅に大勢やって来る。ひどい場合は十人以上侍らしている候補者もいる。さすがに行き過ぎだろう。
18時から19時を基本にしているが、今後は少し遅くまでやってみるつもりだ。
今までの事務所が狭かった(6坪)ので、近くに引越しをした。昨日皆んなで物を移動して、今日から何とか使える状態になった。選挙を考えると、かなり良い建物だ。
電話とファックスは同じ番号で、即日使えるようになった。問題はインターネットだ、何と中8日もかかる。光ファイバーを拡販している時代に、この遅さは異常だ。今後プロバイダー及び電話局には対策をお願いしたい!
この場所で決戦を迎える。支援者の皆様が足を運びやすい事務所にしていきたい。きちんと稼動するには数日かかる。急いで作業を進めたい。
*尚、事務所開きを下記の通り執り行います。多くの皆様のご参加をお願い申し上げます。
2月18日(日)午前11時から 場所 新事務所にて(相模原市中央3-17-2 電話042-751-3016 FAX042-751-3017)
民主党神奈川県連で「統一自治体選挙決起集会」を行った。場所は関内のあるホールだ。
例年行っている賀詞交換会を、資金パーティーを兼ねて開催した。会費は高かったが、趣旨がら支援者の皆様数名と参加した。
順次公認候補が呼ばれ、一言ずつ挨拶をした。神奈川県議会も現有議席を大きく上回る新人を擁立する。また横浜・川崎市議会では第一会派まであと少し。
政令市以外の市議選では、政党名を名乗らない候補も多く、残念ながら相模原市議会を除いては、ほとんど目標の候補者数に達していない。今後の検討課題だろう。
特に親しくしている他選挙区の県議候補とは、「これでしばらく会えない。勝って会いまみえよう。」と握手をした。
| 2007年02月04日(日) |
「上溝出身」で通る地域 |
消防団の話し。第一分団は現上溝を含む、旧上溝地域全体で構成されている。星が丘、光が丘を中心にする地域のことだ。
1軒1軒政策を訴えてまわる、いわゆるローラーを政治活動として行った。色々な話しをするなかで、当然「どこに住んでいるの?」という話しになる。
「上溝です。」と応えて、身近に感じて下さる地域もある。これが上で書いた旧上溝地域だ。話しが進めば進みほど、色々なテーマについて意見も聞ける。
市議は市全体を考える。県議は県全体をだ。しかし小沢党首の言い分ではないが、薄く広く見渡すよりも、一地域をしっかり見ることも大切。そこに全体の縮図があるからだ。
もう時間がない。しかし限界まで1軒1軒まわってみたい。今までの活動が、見えない所で響いていると信じて。
| 2007年02月03日(土) |
厚木市長選、逮捕は残念 |
先日行われた厚木市長選挙に関連して逮捕者が出た。当選した陣営の「選対総本部長」が供応したというのだ。
(*供応・・・飲食物などを提供することによって選挙の依頼をすること。会費制の会合は問題ないが、会費以上の飲食物を提供することは禁止されている。)
現職に大差をつけての当選。一般的には首長選挙は現職が強いが、市民の各層に多くの不満が鬱積していたのだろう。日頃付き合いのある厚木市内の方々からも、「これで何かが変わる」という期待の声を聞いた。
それだけに残念だ。犯罪の内容はこうだ。昨年12月に市内の温泉旅館で行った宴会で、集めた会費以上の飲食物を提供し、かつ選挙の投票以来を行ったというもの。まさに供応である。各種選挙違反のなかでも重罪の方だ。
無料で飲食を提供すれば当然に違反だが、“ある程度の会費をとればいい”という認識が甘かったのだろう。千円会費なら千円分、三千円会費なら三千円分と、かなり厳しい精査が今後は求められる。
この件に、候補者がどれだけ関与していたかは知らない。しかし同席している以上、一定の責任は免れない。連座制を待つまでもなく、責任の所在を明らかにすべきだ。
そうすると再選挙になる。大差で敗れた現職が、再び立候補するもの変な話だし、一方短期のなかで新たな人材を発掘するのも難しかろう。どちらにしろ不幸は市民だ。
これから選挙を行うものとして、一層気を引き締めていこう。今回の件は、統一地方選にむけた警告の意味合いもあるのだろうから。
藤野台団地に行った。国道20号を走り藤野駅を過ぎ、一度山梨に入らないと行くことができない。飛び地ではないが、隔離されている感じだ。
世帯数は約130。それでも消防団の詰め所があった。ここから他の地域に行くのは遠いので、選挙の投票所なども近くに設置されているはず。
街宣とビラの投げ込みを行った。途中通りすがりの方数人と話をしたが、候補者がこの地域にやって来ることは珍しいそうだ。
街づくりをする際、中心部は人と物が集まりやすい。一方周辺部は、どうしても対策が後手にまわる。旧相模原地域のみを見ても、その傾向は多分にあった。
津久井地域のなかで、合併に慎重だった方々は、大きな相模原市の“周辺”になってしまうことに不安を感じていた。もっともなことだろう。
それを杞憂に終わらせるために、新相模原市は隅々まで配慮した行政を行う必要がある。
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