てらさき雄介の日記
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2009年08月18日(火) 公示日にあたって

いよいよ衆議院選挙が公示になった。今日以降はこの日記で、候補者名を書くことが出来ない。投票日までの12日間は、法律を順守しつつ日々の思いを伝えていきたい。

夕方には駅で第一声を行った。そこである市議が言った「相手に比べれば陣営の人数は少ないが、ひとりひとりが当事者の意識を持って臨めば、必ずや厳しくても勝機が見えてくる。」

その通りだ。午前中に行われた出陣式についても、早速相手陣営は○○人も集めたのに・・・、といった類の意見も出ている。しかし動員された人数が何千人であろうとも、自主的に来て頂いた一人には勝てない。

さて選挙を運営する立場として、第一に気を付けるのは、絶対に選挙違反はしない。させない。選挙は勝たねば意味がないが、一方勝てばいいというものではない。

そしてもう一つ。投票率を上げたい。少なくとも4年前の郵政選挙より、高い投票率にしなくてはならない。多くの主権者の参加によって、政権交代を実現してこそ、今後の大きな改革に繋がっていくのだ。

●今日一日
*終日衆議院選挙支援活動
【午前】
出陣式/富士見
【午後】
打合せ&作業/共和
第一声/相模原
打合せ/共和
街宣車の出発


2009年08月17日(月) 靖国にいない人

ついに明日衆議院選挙が公示になる。それ以降は公職選挙法上、候補者の名前を含めて書けないことも多い。ルール上妙な点もあるが、制定している側の人間として、それを順守しながら思いを伝えていきたい。

さて靖国の話をしよう。最近そんな話題が多いが、8月ゆえ思いを馳せていることにご理解願いたい。かの戦争について見解をもたない人は、たとえ議員であっても政治家とは認めない。

この前開催された衆議院選挙の公開討論会で、主催者からの○×式の質問をするコーナーがあった。多くの質問を端的にするなかで、候補予定者の人柄を知ってもらうことを目的としている。

そのなかに「靖国神社に参拝したことがありますか?」という質問があった。それぞれ正直に答えていた。さてこの質問は○×で答えるには、いささか誤解を招きやすい要素がある。

ちなみに私も参拝したことがある。今も行きたいという気持ちもある。しかしかつての戦争に対するケジメの思いもある。またそこに英霊がいるかは、まさにそれぞれの信条の内面に触れるところ。

ここではひとつの事例を挙げたい。靖国神社は明治維新前後から、‘国のため’亡くなった人を祀るための神社。坂本竜馬も高杉晋作も合祀されている。しかし誰が‘国のため’の死んだのかは、あくまで歴代の政府解釈による。

ここである3名の志士の話をしよう。川上邦之助・松林織之助・大村貞助だ。ともに明治維新、すなわち明治元年の王政復古の大号令直後に死罪になっている。罪状は外国人の殺害。外国人の行列に切り込んだのだ。

その理由を司馬遼太郎は、明治政府の開国思想に幻滅したからと書いている。確かに討幕は最後の段階まで、攘夷の思想に依るところが大きかった。一部の指導者を除いては。

しかし維新政府は外国交渉役を設置し、予定されていたように開国の道を突き進んだ。それに対して、攘夷思想を持っていた討幕の志士は憤慨し、結果切り込みをかけるに至った。

それを明治政府は断罪した。その3名は�猗蛤畆圻瓩箸覆辰拭�ゆえに靖国神社には祀られていない。ちなみに上にも書いたが、私が歴史上一番好きな高杉晋作も、その数年前には外国公館を焼き打ちしているが、しっかり靖国に祀られている。

そう祀られるかどうかは、時の政府による政治的判断によるのだ。現在においても、新たな戦没者が祀られるときは、厚生労働省の‘推薦’に依らねばならない。すべての戦死者を祀る施設では、事実としてないのだ・・・。

これを枝葉末節な‘誤差’と言うことは出来ない。靖国神社は、その設立においても運営においても、純粋な意味で戦死者を悼む施設ではない。政治遂行上、必要性から出来ているのだ。

終戦の日には、心から黙とうした。この国の将来を案じる愛国者たる自負もある。民主にも自民にもいるが、チルドレンなる人たちは、今一度過去に思いを馳せて欲しい。

白か黒かではない。自分自身も日々勉強している。一緒に戦争と平和について考えたい。イチ地方議員としての切なる願いである。

●今日一日
【午前】
行政相談(公園)/横浜市中区
事務作業/県庁
【午後】
打合せ(党)/共和
作業(党)/共和


2009年08月16日(日) 昨日正午の黙とう

昨日大阪の堺に森山浩行の応援に行った。午前中は街宣車で流し、午後の街頭活動に備えて、昼前には休憩で事務所に帰った。冷たいお茶を飲んでいると、明大雄弁部の後輩で専従で入っているスタッフが声を上げた。

「正午になったので起立して下さい。黙とうをします。」そう今日(昨日)は終戦の日。もちろん承知していたが、この正午の時間までは気に留めていなかった。自分が情けなくなった。

そして黙とうした。この提案をした後輩。少し酒はダメ癖があるが、本当に良い奴だと、先輩面してとても嬉しく思った。この心を多くの日本人が持たねばならない。

かつての戦争についての評価は、人によって分かれるだろう。経験上、かなり宗教的というか、妥協ない議論が繰り返される面がある。しかしそれでも話さねばならない。

一方政治的な話はそれとして、皆んなで戦没者を悼み黙とうすることは、非常に良い精神的文化だと思う。次の世代に引き継がねばならない。そのことに改めて気づかされた。

今日(昨日)開催された政府主催の戦没者慰霊祭でも、天皇と麻生総理からメッセージが述べられた。この行事も続けて欲しい。しかし鳩山代表が欠席したのはけしからん。

理由は聞いていないが、それが選挙運動であるならば本末転倒。総理候補としての自覚を持って、今後は国民に対して欲しいものである。

●今日一日
【午前】
支援者訪問/東京都内
【午後】
会議・打合せ(党)/共和


2009年08月15日(土) 要諦は投票率

森山浩行が衆議院選挙の候補予定者になってから、堺に来るのは3度目だ。段々と街並みを覚えてくるし、駅の配置などもわかってくる。

告示を過ぎ選挙期間に入れば、相模原から離れることは出来ない。責任がある。心残りはあるが、これが恐らく最後だろう。

今日は党本部より野田佳彦幹事長代理が来て、森山浩行と支援する仲間で、複数箇所の街頭演説を行った。マニフェストやビラも多く配布した。

ここは公明党幹事長の選挙区。森山浩行も苦戦している。しかし勝機はある。かの組織力を上回る投票率を、運動によってはじき出せばいいのだ。

現政権の間違いは、その多くが自民党によるもの。しかし公明党も与党である。結果の責任は重大である。堺から政権交代!必勝を期待している。

●今日一日
【午前】
森山浩行(大阪16区)支援活動/大阪府堺市
【午後】
森山浩行(大阪16区)支援活動/大阪府堺市
相模原に戻る
大阪16区森山浩行と野田佳彦党幹事長代理の街頭演説


2009年08月14日(金) 2700円のホテル

明日は大阪16区で森山浩行の支援活動をする。前泊で大阪に夜着いた。どうせ寝るだけだかからと、思いきっり安い宿を探すと、ネットでは2000円台からある・・・。

新今宮駅そばの1泊2700円のホテルにチェックインすると、意外と過ごしやすい部屋だ。ベットでなくふとんがいい。部屋にシャワーはないが、下には大浴場もある。

ここは西成区。宿に暮らしながら働いている人も多い。近くの居酒屋に行くと、メニューは100円からある。チューハイ2杯とツマミを少々頼んだ。会計は何と1030円。リーズナブル!

つい最近相模原市内の知っている飲食店が閉めてしまった。比較的安い飲み屋さんだったが、この不景気に耐えられなかったとのこと。頑張っても生活できない世の中。寂しいことだ。

しかし私は評論家ではない。この社会を創っていく責任がある。そのための衆議院選挙だ。

●今日一日
【午後】
本村賢太郎支援街頭活動/相模大野駅
森山浩行(大阪16区)応援のため大阪府へ
2700円のホテル


2009年08月13日(木) 与党は実績を

朝の駅立ちから横浜市戸塚区へ。神奈川5区田中慶秋氏の応援だ。駅頭が終わった後は、推薦を得た地元医師会所属の病院まわり。数時間で30軒ほどまわった。医師会も非自民の時代だ・・。

午後は同じく横浜市の港南区。上大岡駅で神奈川2区三村和也氏の応援演説。私より若い33歳の候補予定者。地元塩坂源一郎県議が、以前より全力で支援しているので、顔だし程度で申し訳ないが激励のつもりで訪問。

夕方は市内相模大野駅で、地元本村賢太郎の街頭活動。神奈川・東京の合同演説会という趣旨で、東京より大河原参院議員が応援に来る。神奈川の千葉参院議員も一緒。

司会は先輩の吉田大成県議(川崎市麻生区)にお願いする。私と同じ‘タックル’だ。今回の衆議院選挙では県議会より挑戦するのは、超党派で本村賢太郎ただ一人。その期待もあってか、多くの県議が応援に来てくれる。

さてここ数日の街頭演説では、‘与野党の評価’について話している。与党と野党では、選挙の際、問われるべき点が自ずから異なるはず。しかし最近の自民党は、そのことを忘れていると思う。

野党は政策を実行出来ない。したがって「政権をとればこれをする」と訴える。一方与党は実行出来るわけだから「これをやってきました」と実績を問うべきなのだ。

先日の鳩山代表と麻生総理の討論を聞いても、どちらが与党で野党がわからない。与党は民主党の批判をする必要はない。その姿はむしろ情けなくさえ思う。

8月30日に向けて、与野党それぞれの態度が、果たしてどう変わっていくか。松沢知事の言い草ではないが、足の引っ張り合いではなく、マニフェストのプラスを競い合う選挙にしたいもの。

●今日一日
【午前】
田中慶秋(神奈川5区)支援活動/横浜市戸塚区
【午後】
支援者訪問/鎌倉市
三村和也(神奈川2区)支援活動/横浜市港南区
本村賢太郎支援街頭活動/相模大野駅
支援者と懇談/淵野辺
支援者と懇談/中央
相模大野駅で街頭活動


2009年08月12日(水) 良い巡り合わせに

人生色々。良い言葉であるが、小泉元総理がミソを付けた。まあ彼のことは置いておこう。この37年間で本当に多くの人と出会った。すべての方とずっと付き合っているわけではないが、それでも本当に良い巡り合わせが多かったと感謝している。

葬儀に行くといつも思う。若輩ながら政治をやっている。当然支援者ほか知人の多くが先に亡くなり、その葬儀に参列する機会も多くなる。年の順になのは自然の摂理だが、それでも人生の無常と悲しさを感じずにはいられない。

さてまわりはどうか。寺崎雄介と出会ったことで、何か良い方向に変っただろうか。そこまで求めるのは、むしろ不遜なことなのか。既に人生も半分だ。残された時間をどう過ごすべきか。気が早いようだが、期限があることを考え、生まれてきたことに感謝し、引き続き政治家として全力を尽くしていく。

●今日一日
【午後】
支援者ご親族告別式/大和市
支援者訪問/相模原


2009年08月11日(火) どんなご指摘でも

昨日のこと。事務所あて「マニフェストが欲しい」というご連絡を頂いた。今朝一番に早速お届けする。

“政策中心の政治”を目指すことこそ、政治改革の大目標である。そして“政策中心の選挙”を行わない限り、その後の政治が政策中心になることはない。

自分が議員として活動していると、政策中心の難しさを実感する。冠婚葬祭政治、料亭政治、良い意味での妥協ではないマアマア政治。

しかし政界が旧い体質を引きずっているなか、主権者の側が最初に目覚めてくれたようだ。盆踊りに行って缶ビールを飲みながら、財源論まで指摘されるような状況に至った。

大歓迎である。今回のマニフェストの中身について、すべて賛成しているわけではないが、その大方は私の理念・政策と一致している(当り前か・・・)。どんなご指摘でも、真正面からお答え出来る自信はある。

8月30日までの限られた時間。どんどんご意見を頂きたい。

●今日一日
【午前】
マニフェストお届け/上溝
支援者と打合せ/富士見
事務作業/事務所
マニフェストあります


2009年08月10日(月) 県議選も討論会を

衆議院選挙の公開討論会に参加。本村賢太郎の選挙を運営する立場としてだけではなく、一有権者としてもすべての候補予定者の話を聞いてみたかった。

かねてから希望がある。それは「県議選でも公開討論会をやって欲しい」ということ。公の場で考えと政策を述べる機会が欲しい。街頭演説とはまた違う、多くのことを伝えられるはず。

また国政選挙は既にマニフェストが確定し、テレビなどでも連日討論が行われている。政党公認で立候補する以上は、今日のような場でも、各候補はマニフェストの解説が主眼となる。この点面白みにはかける。

しかし私たち地方議員の選挙は、党としてしっかりした公約は創らない。このことの評価はまた別に述べるが、すなわち党ではなく候補者個人が何を考え、何をしようとしているかが選挙で重要になってくる。

だからこそ国政選挙よりも地方選挙の方が、討論会に向いているのではないか。知事や市長の選挙では既に一般的になったが、今後は地方議員の選挙でも行われるよう、候補者のひとりとして働きかけていきたい。

●今日一日
【午後】
事務作業/事務所
後援会打合せ/事務所
衆議院選挙公開討論会/富士見
支援者と懇談/中央
衆院選公開討論会


2009年08月09日(日) 唯一の被爆国として

相模原在住の被爆者他有志による、原水爆禁止祈念集会が開催された。来賓として挨拶の機会を頂いたので、かつての戦争と原爆投下における政治責任について意見を述べた。

久間元防衛大臣は原爆投下を「しょうがない」と言ったが、それは事実として正しいのだろうか。言葉狩りをするつもりはないが、過去を冷静に分析してた上で、少なくとも私は違う見解を持っている。

連合国の方針とポツダム宣言の内容には、まさに戦勝国としての身勝手が多く含まれていた。しかし当時の現状で、戦局の好転が図られないという現実的判断があれば、そこで戦争を終える政治決断は出来たはずだ。

宣言を拒否した日本に対して。2つの原爆が投下された。その後まさに‘無条件降服’を強いられた。歴史に�爐發鍬瓩呂△蠧世覆い�、政治の力によって違う結論が導けたのはではと悔やまれる。

かつての戦争の話になると、多くの政治家は思考停止に陥る。何がいけなかったのか。どこで止められたのか。どうすれば二度と戦争をしなくて済むのか。意見は違うかもしれないが、志ある同士で一緒に議論を深めたい。

また‘議員’と‘政治家’であることは違う。その判断基準を何点か持っている。そのひとつは、昭和20年に終わったあの戦争について、右でも左でもいい、自らの考え方を持っているかどうかだ。

残念だが、その意味で‘政治家’は少ない。最大の核保有国アメリカのオバマ大統領でさえ、本年4月プラハの演説で「唯一核兵器を使った国として」と自国を表現した。

「唯一の被爆国として」出来る努力をもっとすべきだ。

●今日一日
【午前】
原水爆禁止祈念集会/西橋本
事務作業/事務所
【午後】
橋本七夕まつり/橋本
事務所スタッフと夕食/星が丘
原水爆祈念集会の合唱


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