てらさき雄介の日記
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2009年10月27日(火) 医療課題について

月例ミニ県政報告会を開催。テーマは医師不足など医療課題について。生活に身近な問題ゆえ、参加者から多くのご意見を頂くことが出来た。

県では本年度、特に周産期医療をはじめ産科が抱える課題について、いくつかのメニューに基づき施策を行っている。

しかし離退職した医師の再就職を支援すべき�牋綮侫丱鵐��瓩鬚呂犬瓠△覆�なか成果が出ていない。単年度の限界もあるので、もうしばらく経過を見ていきたい。

医師という仕事をどう捉えるか。それによって取組みはかわる。社会にとって必要不可欠な仕事と認識すれば、もっと政治として支援を充実させることが出来るはず。

医大への公的資金拠出による学費の軽減。定員の増。医療事故などあった際の‘保険’制度創設。職場環境の改善。etc・・・。給与のみ高くすればいい訳ではない。

●今日一日

【午前】
書類整理/事務所

【午後】
市議有志と昼食/中央
打合せ(党)/東淵野辺
支援者訪問/富士見
ポスター貼り(数か所)/市中部
資料作成/事務所
月例ミニ県政報告会(医療)/市民会館
支援者と夕食/中央

ミニ県政報告会の資料


2009年10月26日(月) 成田に降りられず

午後2時50分にマニラ空港を発った。途中の飛行は極めて順調だったが、最終地点の成田周辺で台風の影響を受けた。本当にあと少しで着陸という時に再浮上。しばらくすると機内アナウンスが流れる。

「台風による風が当社の規定を大きく上回っているため、成田空港には着陸出来ません。関西空港に向かいます。。関西空港から先につきましては成田空港まで到着出来るよう全力を尽くします。」

そして1時間ほどで関西空港に着いた。しばらく待機した後、国内便で羽田空港まで飛んだ。もちろんタダ。しかしそこで成田までの交通費3000円を渡されて放り出されるとのこと。既に深夜。もう電車はない・・。

何人かの乗客が航空会社に猛烈に交渉し、希望者のみ羽田から成田までバスが出ることになった。これももちろんタダ。成田に車を停めてあったため乗車。成田から車を運転し相模原への帰路についた。

マニラから相模原の自宅までは、スムーズにいけば約6時間ほど。しかし今日は約14時間かかった。まあ天候だから致し方ない。空港に降りられなかったのは初めての経験。まあ面白かったかも。

そして感想。こういうことは頻繁のはずなのに、航空会社の対応が良くない。非常にアタフタしている。こっちが心配になる。今や外国の航空会社の方がサービスが良い時代。ジャパンフラッグにも頑張ってもらたい。

●今日一日

【終日】
フィリピン・マニラから相模原へ移動

関空乗継のトランジットカード


2009年10月25日(日) ゴミが積まれた山

ゴミが積まれて山を掘り返して、子どもたちが売れるモノを探す。この風景で有名になったスモーキーマウンテンも、現在では土で覆われて本当の山になっている。

過去そのゴミが崩れて下敷きになり、多くの犠牲者が出てしまったそう。今でも近くに行くと土の間より、ゴミから出た液体が滲み出ている・・。そして僅かだがゴミを掘り返している人も。

すぐ近くには共同住宅が並ぶ。かつてここで生活していた人が住んでいる。スラムと言ってもいいだろう。なかにはコンテナを積んだだけの建物も。旅行者が行くには危険な箇所だが、車の中から少しだけ見ることが出来た。

住宅は公的に建設されている。しかし同行者は言う「職がなければ悪さをするしかない。」そう貧しさの悪循環がここにもある。教育が大事と頭だけで考えてみても、子どもを学校にいかせる余裕もない。

日本のODAはとかく評判が悪い。しかし国民の血税で援助をしている以上は、現地の生活向上に真に役立つ内容であって欲しい。下水道やゴミ処理施設の整備。その他にも出来ることはある。

●今日一日

【午前】
障害児支援団体幹部と面談/フィリピン・マニラ

【午後】
旧スモーキーマウンテン他視察/フィリピン・マニラ

土で覆われている旧スモーキーマウンテン


2009年10月24日(土) 日本製品の再活用

キギン市内のリサイクルショップを訪問。日本から中古品をコンテナで運んで販売している。椅子からベットから日本人形まで。本当に多くのモノが置いてある。

オーナーの日本人は店には常駐していない。運営は現地の社長他スタッフがやっている。皆んな親戚らしい。上手くまわれば十数名の人が、この店の収入で生活出来るとのこと。

自慢ではないが物持ちがいい。というか余り買わない。だからかもしれないないが、放置自転車などを取りに来ない人が多い日本の現状は、理解しがたいだけでなく嫌な感じがする。

要らなくなったものを与えるのではない。リサイクルして転売するのだ。まさに商売。この事業により多くの人が生活出来るよう、何か出来ることはないか只今考え中・・・。

●今日一日

【午前】
日本人経営のリサイクルショップ訪問/ブラカン州・キギン市

【午後】
キギン市長と懇談/マニラ

日本製品を扱っているリサイクルショップ(白いTシャツを着ているのがオーナー)


2009年10月23日(金) フィリピン・キギン市

相模原市議の有志と一緒にフィリピンにやって来た。日程は今日から3泊4日。日々内容を書いていこうと思うが、今日はまずブラカン州キギン市の役所と議会を訪問。

ブラカン州はマニラの北隣り。空港から直行した。マニラ市内のかなりの渋滞にハマりながら、乗合の車で約2時間かかった。雰囲気はちょっとした田舎町という感じだ。

市役所はオープンなスペース。そこで市長や市議と会談した。市議には若い人もいる。また女性も多い。役所の掲示板にわかりやすく写真が貼ってあった。

議場も見せてみらった。不思議なもので机の配置などは、世界共通のスタイルとなっている。しかし全体としては普通の会議室。地方議会に権威は必要ない。日本は大袈裟すぎる。

この市は議院内閣制ではない。しかし市議が市の経営に参画している。政治制度は欧米の影響を受けているはずだが、若干違っているのは国独自にアレンジしているのだろう。

市役所内を案内してもらいながら、市長に所属政党を聞いたが、この質問はそれ自体が的外れだった。国とは違う地方の論理があるとのこと。一方現政権(大統領)を支持しているかは、スタンスとして問われることがあるらしい。

さて話は日本に変わるが、県内の有志議員で不定期に集まって、地方議会制度を考える勉強会を開いている。そこで色々な事例も調べるが、日本は国の法律によって一律に制度設計をしている為、余り参考になる事例がないのが現状。

その意味では世界の議会がどうなっているか、それを知ることは非常に大切なこと。特に制度が確立した欧米よりも、いまだ試行錯誤している国の方が学ぶことは多いはず。

●今日一日

【午前】
相模原からフィリピンへ移動

【午後】
キギン市長他幹部と会談/フィリピン・ブラカン州キギン市

キギン市議会の議場


2009年10月22日(木) 議会図書室の存在

菅原直敏県議(民主党・大和市選出)の発案で、埼玉県議会と東京都議会に調査に出向いた。内容は議会運営そのもの。特に委員会運営と主権者向け広報、そして議会図書室についてそれぞれの話を聞いた。

議会にはいくつかの(多くの?)不思議がある。そのひとつが‘図書室’の存在だ。これは地方自治法によって規定されており、設置しないことは許されていない。

同法第100条第14項。「議会は、議員の調査研究に資するため、図書室を附置し前2項の規定により送付を受けた官報、公報及び刊行物を保管して置かなければならない。」

何故こんなことまで法律で・・・、と思う現場の地方議員も少なくはないが、法に反することは許されない。結果としてすべての地方議会に、図書館か同様の資料室が設置されている。

当然神奈川県議会にも。それは県庁の5階にある。多くの蔵書と資料が配置してある。また県議会採用の非常勤職員も。ちなみに私は比較的使っている方と思う。

定例会中は数冊借りているし、他でもウロウロして新刊を眺めたりしている。しかしだ。ここで他の議員と会ったことはない。むしろ議会局職員が打合せなどで使用している。

図書室かどうかは別にして、情報が命の議会活動にとって、このような場所は必要だと考える。しかし実態としては、議員の為に設置されている部屋を、残念ながら多くの議員は利用していない。

この現実から目をそらしてはいけない。他の分野でも一緒。議会局調査課がつくった資料を、果たして皆んな読んでいるのだろうか。少なくとも私は目を通しているつもり。

名誉職議会から脱却する為には、まずカタチを重用視する文化を変えねばならない。まわりからどう見られるかではなく、一番大切な中身において効率的に仕事が出来ているか。

そして県民の利益になっているかどうか。議会改革の対象とは制度ではなく、それを運営する人であるこということを、今一度肝に銘じつつ進んでいくべきだ。

●今日一日

【午前】
埼玉県議会の議会運営について調査/埼玉県庁

【午後】
東京都議会の議会運営について調査/東京都庁
支援者訪問(数軒)/市中部
支援者と会合/星が丘
松沢成文相模原後援会発会式/中央

埼玉県議会

東京都議会の図書館


2009年10月21日(水) 政党政治だからこそ

参議院補欠選挙の投票日は10月25日。次の日曜日である。さて数日前のことだ。長く応援して頂いている方から電話があった。この方は後援会の大幹部でもある。

その方「今、選挙やってるよね?」
寺崎「はい。それは参議院の補欠選挙ですね。」

その方「誰に投票すればいいか聞かれるんだ。誰を応援してるの?」
寺崎「民主党から○○(選挙中は名前を書けない)が出てます。」

電話を切ったあと、正直苦笑してしまった。そうなのだ。これもまた�牘�援するということ�瓩凌深臓�少なくともこの方からすれば、投票する先が何党かは問題ではないのだ。

そんな支援者がいることを、イチ政治家として嬉しく思う。党も大事。しかしその毀誉褒貶は歴史は証明している。一番大切なのは、言うまでもなく人。政党政治であるならば、その党を活かしていく人なのだ。

さて今日半日は街宣車に乗りながら、長友克洋県議と一緒に街頭演説を行った。それなりに頑張って、あれこれ訴えたが、私自身候補者と話したことは一度もない・・。従って国会議員として何をしたいのかも知らない。

そんなことも知らないで応援しているのは、果たして正しいことなのだろうか。党に所属する組織の一員としてはまだしも、もっと大事な主権者に対して誠意ある対応なのだろうか。

政党政治が進行している今、だからこそ大切なことがある。それは‘候補者の選び方’である。そう予備選挙を導入すべき時だ。克服すべき課題はあるが、そこに向かって発言していきたい。

●今日一日

【午前】
参議院選挙支援活動/市全域

【午後】
参議院選挙支援活動/市中部
ポスター貼り/田名

参議院選挙の街宣車in星が丘


2009年10月20日(火) 湘南モノレール

生まれて初めて湘南モノレールに乗った。相模原の近くにある多摩モノレールを含めて、最近のモノレールは‘車両がレールに乗る’スタイルが多い。

しかしここは‘吊るし型’。ロープウェイのような感じだ。十数分乗っていたが、ジェットコースターのように揺れる。そして意外と楽しい・・。

さて相模原でも新交通を計画している。今後はふたつのポイントがある。ひとつは費用。ふたつは住民合意だ。これは共に民主主義に必要な要素。

はあ。こんな私も悩むことがある。真面目な政治家がいる。選挙で勝たせたい人がいる。でも自分は非力である。圧力に負けることも時としてある。

知らずして‘しがらみ’を背負ってしまっているのか。�犖⇔呂魄�れば出来る�瓩聾諺曄�ミイラ取りがミイラになることを、十数年の政治生活で多く見てきた。

�犖⇔呂鮑里蕕覆�ても�畚侏茲襪海箸鯡椹悗靴燭ぁ�そう民主党もずっと野党だった。何よりも私自身何もなかった。本当に何も。その基本を忘れず頑張りたい。

●今日一日

【午前】
私用/鎌倉市

【午後】
私用/鎌倉市
事務作業/事務所
支援者訪問/田名
会合(団体・議会)/中央

湘南モノレール内からの風景


2009年10月19日(月) 縦割り行政の改革

町田と相模原の市議会議員交流会があった。と言っても誘われる訳ではない。しかし友人もいるので、勝手に有志で二次会をやった。

かなり前のこと。町田市との行政上の連携を、かなり真剣に勉強したことがあった。

市境、すなわち神奈川県相模原市と東京都町田市との都県境、ここを越えて救急車が行来きしにくい時代もあった。

それは解決されたけれども、一方同じような話は今でも散見される。一般には理解し難い‘縦割り行政’である。

しかし解決出来る。国・県・市の縦割り、都県・市境の縦割り、そして役所内部の縦割り。どれも本末転倒である。

その弊害をなくすことが、まさに議員の仕事である!

●今日一日

【午前】
支援企業朝礼挨拶/田名
支援者訪問/星が丘
事務作業/事務所

【午後】
支援者訪問(数軒)/市中部
会合(議会)/相模原


2009年10月18日(日) さしづめマイナス

ご支援頂いている労組の大会で挨拶申し上げた。その機会を頂いたことに感謝している。

しかし寂しい。この企業は来年に県外に移転する。この思いを、つい話してしまった。

「移転先の某県は誘致が成功したことを功績にしているようだが、そうで
あるならば、移転を許した神奈川県はマイナス評価を受けるべき・・」(以上要約)

昨年6月定例会の本会議で発言した内容でもある。事実として神奈川も相模原も、長年の産業振興により発展してきた。

同じ日本のなかで、限られたパイを取り合うのはどうかと思うが、一方既存企業がいなくなってしまうのは大きな損失。

見守っていきたい。それしか出来ない。その企業に務める人たちの努力が報われるよう、相模原を地盤とする政治家として頑張っていく。

●今日一日

【午前】
セントラル自動車労組大会/中央
支援者訪問/中央

【午後】
川崎市長選挙支援活動/川崎駅

川崎駅頭で演説する塩坂源一郎議員(民主党・横浜市港南区選出)


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