てらさき雄介の日記
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2010年04月15日(木) 責任なき文化

今日ある方から「麻生さんってまだやっているの?」と聞かれた。「ああそうですね。確かまだ国会議員ですよね・・。」と答えた。

麻生さん・福田さん・安倍さん、そして森さんという人が、未だに議員として影響力を持っていることは不可解である。

役職者たる由縁は責任を取ること。そう教えられてきた。しかし現実は真逆の状況である。開き直ること甚だしい。

さて我が党。鳩山総理は普天間移設で5月決着を明言している。何故あえて期限を切ったかはナゾだが、リーダーの言葉が重いことは当然である。

「総理を辞めたら次の選挙には出ない」と明言していた総理。その思いが変わらないならば、まさに政治生命をかけて県外移設を決断して欲しい。

●今日一日

【午前】
地域まわり/中央区内

【午後】
県警察幹部と意見交換/相模大野
地域まわり/中央区内
事務作業/事務所
会合(地域)/橋本


2010年04月14日(水) �狆些吻瓩任呂覆�

今日は盛りだくさんだった。いくつか書きたいこともあるが、政令市移行記念式典に絞りたい。既に今月1日付で政令市になっているが、改めてそのことを記念して開催された。

終始淡々とした式典だった。まあ儀式とはこういうものかも。来賓あいさつは総じて良かった。何より短かったことが会場を安心させた。ほとんどの人が原稿を読んでいたので、まあ内容は差しさわりのない感じである。

私自身も政令市移行には責任がある。長く推進してきたからには、一層の覚悟をもってまちづくりに臨みたい。また移行に反対した皆様にも、今後は是非協力を願いたいもの。

役所は�爛妊瓮螢奪鉢瓩箸いΩ斥佞魴�う。「デメリットは何か」と問うと、「課題ならありますが、デメリットはありません。」と返ってくる。言い回しが違うだけで同じことである!

さて市の紹介VTRを見ていて違和感を感じた。駅前等の開発・交通網の発展・スポーツ文化施設の建設・お祭り等イベントの開催・自然環境の保全。その市内風景と解説が流れる。別にこれ自体は構わない。

しかし何かが足りない。そう市民の生活が映らないのだ。朝学校に行く姿。通勤する姿。子どもを保育園に預ける姿。身内を介護する姿。そしてそこに悩む市民の姿である。

どれだけ早く隣町まで移動できるかということが、相模原に長く住み続けたいという動機になるだろうか。ましてや名古屋・大阪までは。大きな政策を語るときには、足元の声をこそ大切にする必要がある。

なぜ駅前に保育園をつくれないのか。なぜ老人ホームの待機者が多いのか。なぜ病院に行くと何時間も待たされるのか。なぜ交通不便地区に限ってバス路線が廃止されるのか。

これを解決してそれこそアピールすれば、規模は小さくとも優れた政令市として、住民をはじめ多くの人たちから評価を受けるはず。政策の順位づけが求められる今だからこそ、方向性を大きく転換すべきではないか。

さてもうひとつ気になったことが。いや気になるという話ではなく、間違った表現と言えるだろう。ある人が政令市の移行を「昇格」と言ったのだ。ああ厭だ。こういう感覚だから勘違いされるのだ。

一般市(こういう言い方もどうだか)・特例市・中核市・政令市は、どれも住民により選択される制度でしかない。どれがより良いかは自治体によって異なるし、それ自体に優劣はないと信じている。

政令市になって格が上がったという感覚は改めて欲しい。それこそ今後の相模原にとって不安である。より厳しい道を選択したことを肝に銘じて、皆んなで相模原を創っていかねばならない。

●今日一日

【午前】
行政相談対応(市民活動)/市役所
行政相談対応(地域)/富士見
事務作業/事務所

【午後】
打合せ(後援会)/中央
政令市移行記念式典/相模大野
相模原西ライオンズクラブ設立パーティー/上鶴間本町
地域まわり/中央区内
相模原労福協総会/富士見
町田相模原若手議員交流会/相模原

政令市移行記念式典


2010年04月13日(火) 教育は長期で

連合神奈川の政策委員会。県など各行政機関あて出される‘政策制度要求’の中身を話合う会議だ。議員はオブザーバーとしての参加である。いずれ議会で対応するにあたって、その事前勉強という気持ちで参加した。

午前中は教育と平和人権について。政治の教育介入は防がねばならないが、一方で教育委員会も行政機関である。ゆえに議会には所管する委員会が設置されている。意見を言うことはあって然るべきだ。

今日の委員会は参加の組合員から、教育現場における様々な問題が提起され、また民主党政権に期待する内容についても述べられていた。また上記教育委員会という制度設計が、そもそもあるべき姿なのかについても。

昨今の国における教育政策の変遷を見ていると、とにかく毎年のようにやり方が変わっている。まさに百年の計である教育は、長期ビジョンをもとに考えていくべき。しかし現状そうなってはいない。

民主党単独で結論を得るテーマとは思わない。自民党を含む超党派の合意をもって、今後数十年先を見通した教育政策を考えるべきだ。長年の主張である高校の無償化は実現した。しかしいまだ一里塚である。

●今日一日

【午前】
調査活動/県庁
連合神奈川政策委員会(教育・平和人権)/横浜市中区

【午後】
支援者と昼食/横浜市中区
来客(議会)/県庁
連合神奈川政策委員会(社会インフラ)/横浜市中区
会合(地域)/千代田
書類整理/事務所


2010年04月12日(月) レアメタルの備蓄

党県議団1期生の定例勉強会。今日は長友克洋県議の順番。テーマはレアメタルを始めとする資源外交について。その課題について発表があり、その後解決策を議論した。

「県として出来ることはないか。」そういう意見が出たのは素晴らしいこと。地方自治体の国に対する姿勢として‘何を求めるか’に留まらず、ケネディ調に‘何が出来るか’を考えていくことも大切。

一方行政が税金を使って施策展開する以上は、慎重かつ冷静な検討も必要である。既に県内の官民が実施している資源関係の取組みや、今後の国際的動向について一層の把握が必要である。

さてこの定例勉強会、名前は�牴甲硫餃瓩箸いΑ8饗Х遒烹渦鵑粒�催であるから、あと11回で今任期は終了となる。ひとつひとつの機会を無題にせず、今後も仲間の議員と議論を深めていきたい。

●今日一日

【午前】
党県議団1期生勉強会(資源外交)/県庁
事務作業&行政相談対応/同

【午後】
党県議団会議/県庁
党県議団ロースクール打合せ/同
団体まわり/川崎市&横浜市内
会合(議会)/横浜市中区

条例について同僚県議で議論


2010年04月11日(日) 敗戦国であること

日本の安全保障はどうあるべきか。このことを真剣に考えるときだ。普天間基地についてその移設先が決まらないのは、単に‘迷惑施設’を忌避する住民感情のみが原因ではない。

鳩山政権もかつての自民党も、�牴晋瞭�米安保が必要なのか�甅牴晋諒瞳慨霖呂�必要なのか�甅牴晋良疆郡峇霖呂竜’修�必要なのか�瓩箸いΩ凝世砲弔い董�国民に対して明確なメッセージを発信していないのだ。

いや発信出来ないのかもしれない。先日県外調査で沖縄県に行ったとき、県行政の基地担当者は、在沖縄の米海兵隊が日本の抑止力になっていないことを、具体的数値と米軍の軍事計画を挙げながら主張していた。

在日米軍基地に関する多くの資料や、新聞をはじめとするマスコミ報道を読んでいるが、抽象的かつ観念的な話ばかりが横行していると思う。第二の基地県である神奈川における議論もそうだ。

上記の問い。日米安保の必要性は差し置いたとしても、�牴晋料衞亙箋訃海�必要か�甅牴晋虜卒屮�ャンプは必要か�甅牴晋慮�木基地は必要か�瓩劼箸弔劼箸諜掴世靴討い�べきだ。それが地元議員の役割でもあろう。

私は安全保障における軍事力の効果を認めている。世界最強の国であるアメリカと同盟を結ぶことも、それ自体は日本にとってメリットがある。しかし普天間基地の必要性がどうしてもわからない。

先日ある同僚議員が言った。「すべては敗戦国であることによる」同意見だ。ここに現状の真実が含まれている。アメリカの同盟国で治外法権を認めている国は?駐留経費のほとんどを税金で出している国は?

かつて中曽根元総理が使ったのとは逆の意味で、あえて同じ言葉をもって主張したい。今こそ戦後政治を総決算すべきなのだ。普天間基地の移設問題は、そのきっかけとなり得るはず。

●今日一日

終日お休み


2010年04月10日(土) テニアン島にて

テニアン島を訪れた。ずっと来てみたかった場所だ。日本に落とされた原子爆弾が組立てられ、そして搭載されたB29が離陸した島。日本人にとって悲しく記憶されるべき場所である。

成田からサイパンまでは約3時間。テニアンはそこから小型機で約10分。島民曰く「太平洋で一番海が綺麗なところ。」確かに今まで見たことのない色の、真っ青という名が相応しい海が、四方に果てしなく広がっている。

島は信号がない。ガイドブックにある市街地も、のどかな感じでとても良い。レンタカーを借りて島内をまわった。見たかったのは日本の跡。過去私が行ってきた旅のテーマでもある。

最初に訪れたのは‘バンザイ・クリフ’。同じ呼称の場所がサイパンにもある。米軍の攻撃によって玉砕する直前に、民間人を含む日本人が‘バンザイ’を叫んで身を投げた場所だ。

そこには慰霊の社が立っている。また戦没者の遺族が立てた碑。また沖縄県による慰霊のスペースもある。燃え尽きたお線香があった。今でもお参りに来ている人がいるのだろう。

その後島を北上。しばらくは周辺に家が建っており、また農地らしきも散見されるが、二十分ほど経つとジャングルに入る。島一番の大きな道だが1車線のみ。ちなにみ舗装はサンゴでされている。

旧海軍の通信所や司令部が、廃墟になって残っている。また米軍が島を占拠した後の施設やその跡も。そして今は訓練時しか使われていない、全長約3キロの滑走路を車で走り、ついにその悲しい‘場所’に到着した。

この島に運ばれた原子爆弾の部品は、基地内の施設で組み立てられた。そして大きな穴に保存され、そこから機体に搭載された。穴はふたつある。当時のまま残っている。�爍裡錚鵜甅爍裡錚沖瓩判颪い討△襦�

そう広島と長崎だ。ちなみにここは一切観光地化されていない。不気味なくらい誰もいない。かつて訪れたアウシュビッツもそうだった。それゆえに重苦しい感じを覚える。

オバマ氏は「唯一核兵器を使った国」と自称した。核廃絶に向けた第一歩と期待したい。原子爆弾の使用は誤りであったのだ。そのことを時間をかけてでも、使用したアメリカと国際社会に認めさせていきたい。

その後は海岸沿いの道を走りながら街中へ。島民約3千名のほとんどが暮らすサン・ホセ村には、旧日本統治時代の建物がいくつかある。そのひとつには�爛謄縫▲鹹�消防組�瓩箸呂辰�り文字が残っている。

人の悲しみを自分のものと出来るような政治家でありたい。過去この島で暮らした多くの日本人。そして原子爆弾の犠牲者。現在も地球上に戦禍にあえぐ多くの人たちの、その悲しい思いを代弁出来るよう頑張りたい。

●今日一日

北マリアナ諸島・テニアン島訪問

バンザイ・クリフに立つ慰霊の社

原子爆弾をB29に搭載した場所

日本統治時代の消防詰所跡(‘テニアン町消防組’とはっきり残っている)


2010年04月09日(金) 政界再編はダメ

新党ブームである。どの政党も最初は‘新し’かったのだから、それぞれの今後に期待したい。しかし衆議院選挙が小選挙区制を基本に行われる以上、二大政党を機軸とした政治になっていくしかない。

最近自民党から脱落者が相次いでいる。野党になって数ヶ月で根をあげている人たちには、残念ながら政治家としての信念が感じられない。苦境であるからこそ、何故ここで踏ん張らないのか。

一方我が党は与党になった。しかし問題も多い。初めて故の未熟さで済まされない点もある。普天間の県外移設もその一つ。これを改善していくためには、強力な野党との切磋琢磨が必要なのだ。

どうか民主党と自民党をあきらめないで欲しい。この両党を良くすることが肝要。安易な政界再編はすべきでない。ここまで来た道を振り出しに戻すだけだ。粘り強くやっていこう。少なくとも今は。

●今日一日

終日お休み


2010年04月08日(木) 追悼の校歌

母校明大中野八王子中学・高校の入学式だ。式の最後は明治大学校歌で締めくくられた。過日亡くなった友人のことを思い出しながら、追悼の気持ちをこめて真剣に唄った。

ふと思えば来年の今頃は・・。まさに選挙期間中である。想像すると背筋が寒くなる。落選を経験したからだろうか。しかし選挙のみに没頭することは、議員の仕事を誤ることに繋がる。

かつて友人たちと語り合った日本の将来。そして政治家を目指した初心。これを何よりも大切にしていきたい。更にはその思いを、出来るだけ多くの主権者にわかって頂けるよう、これからも全力で活動し続けていく決意だ。

●今日一日

【午前】
明大中野八王子中学・高校入学式/東京都八王子市

【午後】
支援者訪問/東京都新宿区

母校に咲く桜


2010年04月07日(水) 同期の死

明治大学雄弁部の同期が亡くなった。年は2つ上の40歳だ。数日前に倒れたと聞き回復を願っていたが、意識が戻ることはなく昨日息を引き取った。

政治ではなくマスコミの志望で、学生時代よりラジオ局で半社員のようにバイトをしていた。何度か局内を案内してもらったり、業界の飲み会に呼んでもらったことを思い出す。

卒業後は大手週刊誌の記者となり、つい先日までバリバリと仕事をしていた。県庁へ行く電車で中刷りを見ると、元気にやっているのかなと、その仕事振りを想像したりもした。

いずれ取材を受けるような立場になれば、それこそ同期冥利に尽きると期待もしていた。残念である。彼の日常を知らぬゆえ安易には言えないが、その短かった命をしっかり使い切ったと信じたい。

冥福を祈る。もう会うことは出来ないが、残された人生を精一杯頑張っていく。

●今日一日

【午前】
弥栄高校入学式/弥栄
事務作業/事務所

【午後】
書類作成/県庁
行政相談(契約一般)/同
連合神奈川政策委員会/横浜市中区
会合(党)/淵野辺

連合神奈川の皆さんと政策の議論


2010年04月06日(火) 目に見えないが

ある団体から行政相談を受けた。今までは県団体の相模原支部という扱いだったが、今後は市独自の団体として、活動を行っていきたいとのこと。色々な困難を乗り越えていきたいとの決意だった。

悩みもあったそうだが、「政令市になったのだから」と意を決したそう。ちなみにこの団体に関する仕事は、政令市の事務とは直接関係はない。にも関わらずだから素晴らしいことだ。

いわゆる目に見えない移行のメリットだろう。今後はこの前向きな意志が貫徹されるよう、政治行政として的確な支援を行っていくべき。仮にそれが出来ないならば、何の為に政令市になったのか解らない。

●今日一日

【午前】
相模田名高校入学式/田名
地域まわり/中央区内

【午後】
地域まわり/中央区内
行政相談(契約一般)/事務所
市行政幹部と意見交換/中央区役所
支援者お祝いの会/千代田
会合(議会)/相模原

新規ポスターを設置(水郷田名)


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