てらさき雄介の日記
DiaryINDEX|past|will
最大の目的地ホーチミン廟を訪問。レーニンを真似て遺体が安置されている。はく製のような状態になっており、その後の金日成を含めて社会主義国独特の風習か。
遺体を留め崇拝することは違和感があるが、小国(でもないか)が独立を勝ち取った歴史とは、日本人の想像を超えて過酷であったろうし、ホーチミンという人はその象徴であり続けている。
さて以前北朝鮮で金日成の慰霊碑?に行ったとき、そこに参拝する人たちはかなりワザとらしく、また周辺に流れる音楽も妙に仰々しかった。しかしホーチミン廟はそうではない。
建物の中に入って遺体に対面したとき、手を合わせるのか頭を下げるのか、前のベトナム人を真似ようと思っていたが、順ぐりにまわるだけで特に何もしない。
また外の警備兵の交代も、列がずれてゆるい感じである。また街中で警官や兵隊を見かけることが少ない。社会主義国の匂いはしない。稀に道路にスローガン看板があるくらいだ。想像とは若干違った。
●今日一日
終日 ベトナム訪問
| 2011年08月16日(火) |
バイクのことをホンダと言う |
世界遺産ハロン湾に乗り合いバスで向かう。4時間ほどかかる。車中でガイドのベトナム人がベトナム戦争について話す。
「アメリカの依頼で多くの国がベトナムに派兵したが、日本は憲法があるからと断った。ありがとう。」そう言われて恥ずかしかった・・。ベトナム戦争ではアメリカに、実に多くの後方支援をしている。
また韓国が何人、オーストラリアが何人、ポルトガルが何人と、兵の数までしっかり記憶している。攻められた側の民族は、その歴史のなかで伝え続けるのだ。原爆の投下を忘れない日本と同じ。
さて軍隊の代わりに、日本が送ったのはホンダのバイクだったそう。終戦後、現地の復興に役立ったとのこと。今ではベトナム語でバイクのことを�爛曠鵐性瓩噺世Α�ホンダにとっても日本にとっても名誉なことだ。
かつて湾岸戦争で自衛隊を派遣しなかったことを、後ろめたいことのように政府もマスコミも言った。しかし戦争には敵と味方がいる。双方から感謝されることはあり得ない。肝に銘じるべき教訓であろう。
●今日一日
終日 ベトナム訪問
| 2011年08月15日(月) |
ベトナム社会主義共和国 |
これまで見たアメリカ映画の戦争物はベトナムが多かった。そのイメージが大きい。また昨今の経済的発展。そして何より日本との関係。神奈川の県営住宅にも同国の難民が、現在に至るまで多く暮らしている。
初めてベトナムを訪問することになった。込みで4日間しかないので、ハノイかホーチミンか決めねばならない。熟慮した結果、首都ハノイにした。遺体を保存安置してある‘ホーチミン廟’に、どうしても行きたかったからだ。
成田から5時間半。熟睡したらすぐ着いた。ベトナム航空と日本航空のシェア便。しかし何故かベトナム航空で買うと安い。もちろんこちらを選択。席は時期柄か満員。
空港はローカルの匂い。銀行で両替。かなりのインフレ。4万円出したら、何と10,000,000万(1千万)ドンになった。最高札は50万ドン。最低は1,000ドンだ。再両替は一切出来ないとのこと・・。
市内まではバスで40分程度。バイクが多いこと以外は、通常の発展途上国の風景。かなり良し。せっかくやり繰りして得た時間。精一杯現地を見てまわりたい。
●今日一日
終日 ベトナム訪問
| 2011年08月14日(日) |
まわりの責任は大きい |
地域をまわっていると、相変わらず国政についてご意見を頂く。こちらも県政の情報を出来るだけお伝えしようと努力するが、テレビを通じて流れる情報には勝てない。
菅総理が辞めるそう。震災対策等の結果が芳しくないことは事実だが、彼の何がいけなかったのか、具体的な指摘は与野党から聞こえてこない。また主権者の皆様からも。
この政権は与野党でしっかり協議する体制をつくれなかった。これは総理のみならず、まわりにいる人たちの責任が大きいと思う。自らが選んだリーダーに対する、これまでの民主党内の姿勢は問題である。
既に永田町とマスコミは、次の総理が誰かに走っている。しかし現在名前が挙がっている人たちは、皆んな菅さんより経験が少ない。より上手く出来る確証はあるのか。いや見込み、想定でもいい。
もっと酷くなってしまったら。単に民主党政権が終わるだけでは済まない。自民党への回帰をためらう主権者が多い以上、それは一層の政治不信と無関心、そして不参加につながってしまう。
●今日一日
【午前】 地域まわり/南区内
【午後】 地域まわり/中央区内
【夜】 予算施策要望(案)作成/事務所
| 2011年08月13日(土) |
環境農政の要望案を作成中 |
県では来年度に向けて予算編成作業に入る。その時期を捉えて9月頃、知事あてに、党県議団の予算・施策要望書を提出する。これは言いっ放しではなく、文書で回答を求る公式な文書である。
本年度は環境農政委員会に所属し、その責任者をつとめているため、要望書の案について作成中だ。最終的には今月開催の‘合宿’で取りまとめられるが、どのような項目と文章にするか直接の担当者として責任は重大。
また過日県内市町村や各種団体からヒアリングも行った。全てという訳にもいかないが、頂いたご意見は出来るだけ採用したい。更には各議員によっても考え方に相違がある。
いまだ作成の時間はある。多くの声を謙虚に聞きながら、精力的に取り組んでいきたい。
●今日一日
【午前】 行政相談(政治改革)/事務所 支援者出展絵画鑑賞/千代田
【午後】 資料作成(予算施策要望)/事務所 事務作業/事務所 支援者ご親族弔問/田名
【夜】 支援者ご親族お通夜/古淵
| 2011年08月12日(金) |
目を直したのは仕事の為 |
寝るときはコンタクトを外していたので、何も見えないまま立ち上がり、メガネを探して着けるのが普通だった。しかし今日は起きた瞬間から見える。
昨日のしみが嘘のように大丈夫。しいて言えば眼球がゴロゴロしている感じ。医者に言われた通り目薬をマメに点眼。
午前中は安静とのことなので、何もしないでぼおっとしていた。午後は翌日検査なので再び都内新宿へ向かう。
今日は受付から退出まで30分ほど。簡単なものだ。視力は右左とも1.2!両目で1.5!になっていた。
機械で目のなかを見た医者は、「フラップもよく付いてますね。」と。意味は不明だが、まあ手術は成功したらしい。
さて目を直したのは、テレビを見るためでも、海外で楽だからでもない。仕事がし易いと思っての投資。
早速活かして働きたい。まずは現在作成中の知事あて予算・施策要望。幾人かの方から「意見あり!」と面会の要望も。積極的に対応したい。
●今日一日
【午前】 お休み
【午後】 近視矯正手術翌日検査/都内
| 2011年08月11日(木) |
角膜に‘ジジジジ’とあたる感じ |
午前11時過ぎ、都内新宿の眼科クリニックに到着。受付を済ませると、すぐに控室に呼ばれる。
看護師さんが目薬を3種類点眼。1つは麻酔とのことだが、あと2つはよくわからない。30分ほど待機してから手術コーナーへ移動。
5分ほどで医者が到着。まずは目の状態をチェック。所要1分ほど。そして診察台に寝る。
目を大きく見開く機械(というか金具)をあてる。目の前はほとんど真っ暗。すると何かあたっている。ジジジ・・・という感じ。
これは角膜のフタとなるフラップの作成だそうで、診察台に寝てから終了まで1分少々だったと思う。まだ目は良くなっていない。
そして部屋をかわる。視界はあるが白くぼやけている。看護師曰く、フラップと角膜の間に空気が入っているからとのこと。手をつながれて移動。
そして本番。先ほどの医者が看護師数名と一緒に入室。診察台に寝てマブタをテープで固定。意外と古典的だ。
最初は右目。寝たまま上に機械がやってくる。目に穴をあわせると、中にぼおっと光が。「そのまま光を見続けて下さい。」と言われ凝視。
そのまま数秒。測っていないが5〜7秒くらいか。目には全く何も感じない。「はい右目は終了です。」と言われ、機械は次の左目に移動。
同様の流れだが、こちらは目に何かあたっているのがわかる。フラップのときよりも強めのジジジ・・・だ。痛くはないが奥にささっている感じ。
はてこれで終わったのだろうか。目の洗浄をしたせいもあって、すぐに視界を確かめることは難しい。
終了後の控室に行き、また別の看護師から事後の説明。今後1週間点眼する目薬について。バタバタしているので、まだ見えているのか判別できず。
そのまま帰り口に。簡単なもの。完全な流れ作業だ。ちなみに私の後には、次の患者さんが列をなしていた。
クリニックを出てエレベーターへ。そうこれは見えているのだ。大体からして裸眼だと、エレベーターのボタンはおろか、その場所すらわからなかったはず。
外に出るとまぶしい。天気の良い日だし、術後の影響だろうか。光が余計に入ってくる感じ。
そのまま京王線で帰路に着くが、麻酔が切れるに連れて、段々としみる感じがひどくなる。明大前を過ぎたあたりから、まぶたを開けていられない。涙もボロボロ。はたから見たらかなり変?
橋本駅に着き、もらった痛み止めを飲む。しかし効くのに若干時間がかかる。本当にきつくて目が開かない。弱視の方用の標識を使って何とか歩く。
まずい。夕方4時からは市選出県議と市行政との懇談会。年に一度市から県への要望事項を承る会だ。かなり大事。しかし涙がとまらないばかりか、段々と気分も悪くなってきた・・・。
自宅帰着は午後2時。すぐに寝る。爆睡。そして目覚まし通り3時30分に目を覚ます。うん。大丈夫。薬が効いているのかもしれないが、違和感は残りながらも痛みとしみはない。
市役所での会議に参加してから、支援者のお通夜に参列。目はよく見えているが、光の入り具合が妙な感じ。なにかピンとがあってない気がする。半日から1日で照準が合うらしい。
さて明日はどれくらい見えているだろうか。いまだ夜9時前だが早めの就寝としよう。手術に携わってくれた関係者各位に感謝を申し上げる。おやすみなさい。
●今日一日
【午前】 近視矯正手術直前検査/都内
【午後】 近視矯正手術敢行!/都内 市選出県議と市行政幹部の懇談会/市役所
【夜】 支援者お通夜参列/鹿沼台
| 2011年08月10日(水) |
コンタクト・メガネともお別れ |
さあいよいよ明日がレーシック手術。そのためには角膜を不通の状態に戻さねばならず、事前3日間はコンタクトの装着が禁止される。
という訳で一昨日からメガネをかけている。外に出るときは主にコンタクトなので、「あれメガネかけてたっけ?」と聞かれること多し。
まあ得に緊張はしていないが、大事な大事な目のことである。医者の言いつけを守って、今日は早めに帰宅し安静休養である。
●今日一日
【午前】 地域まわり/中央区内
【午後】 明日の近視矯正手術に備えて安静休養/自宅
| 2011年08月09日(火) |
相模原地域連合との懇談会 |
相模原地域連合との政策懇談会。相模原市あての政策制度要求(案)について、同役員と推薦を受けている各級議員で意見交換。
連合は本部や県単位でもそれぞれ要求書を出す。地域連合のそれは、また違った趣きの内容。身近な道路や駅にかかわる課題も多くある。
その意味では組合員からの意見が、最もストレートに出ているのだろう。直接は市議仕事だが、地元選出県議としても出来ることは多くある。
「相模原を何とかしたい。」この思いが日々強くなっている。市民のご意見を真摯に聞くことに、今後は一層力を入れていく決意。
●今日一日
【午前】 行政相談対応(震災)/事務所
【午後】 行政相談対応(交通)/事務所 行政相談対応(震災)/同 資料作成(予算要望資料)/同
【夜】 相模原地域連合との政策懇談会/星ヶ丘
| 2011年08月08日(月) |
青パトに乗車して地域活動 |
市行政所有の青パトに乗車し、中央区横山地域をまわった。地域の方に道を指示して頂き、運転を担当して約2時間。かなり裏路地まで走った。
40年近く地元で育ち、かつ何度も選挙運動をして、それでも初めて通る路地がある。街とは狭くて広いもの。新たな発見をした。
経済状況が芳しくなし昨今、治安も悪化している。地域の有志による地道な努力、政治もここに焦点をあてるべき。
●今日一日
【午前】 行政相談(環境)/南区麻溝台 地域まわり/南区内
【午後】 地域まわり/中央区内 青パトで警戒活動/中央区内
【夜】 故新堀典彦前県議お通夜/横浜市西区
青パトに乗車
|