てらさき雄介の日記
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2011年08月17日(水) ホーチミン廟を訪問

最大の目的地ホーチミン廟を訪問。レーニンを真似て遺体が安置されている。はく製のような状態になっており、その後の金日成を含めて社会主義国独特の風習か。

遺体を留め崇拝することは違和感があるが、小国(でもないか)が独立を勝ち取った歴史とは、日本人の想像を超えて過酷であったろうし、ホーチミンという人はその象徴であり続けている。

さて以前北朝鮮で金日成の慰霊碑?に行ったとき、そこに参拝する人たちはかなりワザとらしく、また周辺に流れる音楽も妙に仰々しかった。しかしホーチミン廟はそうではない。

建物の中に入って遺体に対面したとき、手を合わせるのか頭を下げるのか、前のベトナム人を真似ようと思っていたが、順ぐりにまわるだけで特に何もしない。

また外の警備兵の交代も、列がずれてゆるい感じである。また街中で警官や兵隊を見かけることが少ない。社会主義国の匂いはしない。稀に道路にスローガン看板があるくらいだ。想像とは若干違った。

●今日一日

終日 ベトナム訪問


2011年08月16日(火) バイクのことをホンダと言う

世界遺産ハロン湾に乗り合いバスで向かう。4時間ほどかかる。車中でガイドのベトナム人がベトナム戦争について話す。

「アメリカの依頼で多くの国がベトナムに派兵したが、日本は憲法があるからと断った。ありがとう。」そう言われて恥ずかしかった・・。ベトナム戦争ではアメリカに、実に多くの後方支援をしている。

また韓国が何人、オーストラリアが何人、ポルトガルが何人と、兵の数までしっかり記憶している。攻められた側の民族は、その歴史のなかで伝え続けるのだ。原爆の投下を忘れない日本と同じ。

さて軍隊の代わりに、日本が送ったのはホンダのバイクだったそう。終戦後、現地の復興に役立ったとのこと。今ではベトナム語でバイクのことを�爛曠鵐性瓩噺世Α�ホンダにとっても日本にとっても名誉なことだ。

かつて湾岸戦争で自衛隊を派遣しなかったことを、後ろめたいことのように政府もマスコミも言った。しかし戦争には敵と味方がいる。双方から感謝されることはあり得ない。肝に銘じるべき教訓であろう。

●今日一日

終日 ベトナム訪問


2011年08月15日(月) ベトナム社会主義共和国

これまで見たアメリカ映画の戦争物はベトナムが多かった。そのイメージが大きい。また昨今の経済的発展。そして何より日本との関係。神奈川の県営住宅にも同国の難民が、現在に至るまで多く暮らしている。

初めてベトナムを訪問することになった。込みで4日間しかないので、ハノイかホーチミンか決めねばならない。熟慮した結果、首都ハノイにした。遺体を保存安置してある‘ホーチミン廟’に、どうしても行きたかったからだ。

成田から5時間半。熟睡したらすぐ着いた。ベトナム航空と日本航空のシェア便。しかし何故かベトナム航空で買うと安い。もちろんこちらを選択。席は時期柄か満員。

空港はローカルの匂い。銀行で両替。かなりのインフレ。4万円出したら、何と10,000,000万(1千万)ドンになった。最高札は50万ドン。最低は1,000ドンだ。再両替は一切出来ないとのこと・・。

市内まではバスで40分程度。バイクが多いこと以外は、通常の発展途上国の風景。かなり良し。せっかくやり繰りして得た時間。精一杯現地を見てまわりたい。

●今日一日

終日 ベトナム訪問


2011年08月14日(日) まわりの責任は大きい

地域をまわっていると、相変わらず国政についてご意見を頂く。こちらも県政の情報を出来るだけお伝えしようと努力するが、テレビを通じて流れる情報には勝てない。

菅総理が辞めるそう。震災対策等の結果が芳しくないことは事実だが、彼の何がいけなかったのか、具体的な指摘は与野党から聞こえてこない。また主権者の皆様からも。

この政権は与野党でしっかり協議する体制をつくれなかった。これは総理のみならず、まわりにいる人たちの責任が大きいと思う。自らが選んだリーダーに対する、これまでの民主党内の姿勢は問題である。

既に永田町とマスコミは、次の総理が誰かに走っている。しかし現在名前が挙がっている人たちは、皆んな菅さんより経験が少ない。より上手く出来る確証はあるのか。いや見込み、想定でもいい。

もっと酷くなってしまったら。単に民主党政権が終わるだけでは済まない。自民党への回帰をためらう主権者が多い以上、それは一層の政治不信と無関心、そして不参加につながってしまう。

●今日一日

【午前】
地域まわり/南区内

【午後】
地域まわり/中央区内

【夜】
予算施策要望(案)作成/事務所


2011年08月13日(土) 環境農政の要望案を作成中

県では来年度に向けて予算編成作業に入る。その時期を捉えて9月頃、知事あてに、党県議団の予算・施策要望書を提出する。これは言いっ放しではなく、文書で回答を求る公式な文書である。

本年度は環境農政委員会に所属し、その責任者をつとめているため、要望書の案について作成中だ。最終的には今月開催の‘合宿’で取りまとめられるが、どのような項目と文章にするか直接の担当者として責任は重大。

また過日県内市町村や各種団体からヒアリングも行った。全てという訳にもいかないが、頂いたご意見は出来るだけ採用したい。更には各議員によっても考え方に相違がある。

いまだ作成の時間はある。多くの声を謙虚に聞きながら、精力的に取り組んでいきたい。

●今日一日

【午前】
行政相談(政治改革)/事務所
支援者出展絵画鑑賞/千代田

【午後】
資料作成(予算施策要望)/事務所
事務作業/事務所
支援者ご親族弔問/田名

【夜】
支援者ご親族お通夜/古淵


2011年08月12日(金) 目を直したのは仕事の為

寝るときはコンタクトを外していたので、何も見えないまま立ち上がり、メガネを探して着けるのが普通だった。しかし今日は起きた瞬間から見える。

昨日のしみが嘘のように大丈夫。しいて言えば眼球がゴロゴロしている感じ。医者に言われた通り目薬をマメに点眼。

午前中は安静とのことなので、何もしないでぼおっとしていた。午後は翌日検査なので再び都内新宿へ向かう。

今日は受付から退出まで30分ほど。簡単なものだ。視力は右左とも1.2!両目で1.5!になっていた。

機械で目のなかを見た医者は、「フラップもよく付いてますね。」と。意味は不明だが、まあ手術は成功したらしい。

さて目を直したのは、テレビを見るためでも、海外で楽だからでもない。仕事がし易いと思っての投資。

早速活かして働きたい。まずは現在作成中の知事あて予算・施策要望。幾人かの方から「意見あり!」と面会の要望も。積極的に対応したい。

●今日一日

【午前】
お休み

【午後】
近視矯正手術翌日検査/都内


2011年08月11日(木) 角膜に‘ジジジジ’とあたる感じ

午前11時過ぎ、都内新宿の眼科クリニックに到着。受付を済ませると、すぐに控室に呼ばれる。

看護師さんが目薬を3種類点眼。1つは麻酔とのことだが、あと2つはよくわからない。30分ほど待機してから手術コーナーへ移動。

5分ほどで医者が到着。まずは目の状態をチェック。所要1分ほど。そして診察台に寝る。

目を大きく見開く機械(というか金具)をあてる。目の前はほとんど真っ暗。すると何かあたっている。ジジジ・・・という感じ。

これは角膜のフタとなるフラップの作成だそうで、診察台に寝てから終了まで1分少々だったと思う。まだ目は良くなっていない。

そして部屋をかわる。視界はあるが白くぼやけている。看護師曰く、フラップと角膜の間に空気が入っているからとのこと。手をつながれて移動。

そして本番。先ほどの医者が看護師数名と一緒に入室。診察台に寝てマブタをテープで固定。意外と古典的だ。

最初は右目。寝たまま上に機械がやってくる。目に穴をあわせると、中にぼおっと光が。「そのまま光を見続けて下さい。」と言われ凝視。

そのまま数秒。測っていないが5〜7秒くらいか。目には全く何も感じない。「はい右目は終了です。」と言われ、機械は次の左目に移動。

同様の流れだが、こちらは目に何かあたっているのがわかる。フラップのときよりも強めのジジジ・・・だ。痛くはないが奥にささっている感じ。

はてこれで終わったのだろうか。目の洗浄をしたせいもあって、すぐに視界を確かめることは難しい。

終了後の控室に行き、また別の看護師から事後の説明。今後1週間点眼する目薬について。バタバタしているので、まだ見えているのか判別できず。

そのまま帰り口に。簡単なもの。完全な流れ作業だ。ちなみに私の後には、次の患者さんが列をなしていた。

クリニックを出てエレベーターへ。そうこれは見えているのだ。大体からして裸眼だと、エレベーターのボタンはおろか、その場所すらわからなかったはず。

外に出るとまぶしい。天気の良い日だし、術後の影響だろうか。光が余計に入ってくる感じ。

そのまま京王線で帰路に着くが、麻酔が切れるに連れて、段々としみる感じがひどくなる。明大前を過ぎたあたりから、まぶたを開けていられない。涙もボロボロ。はたから見たらかなり変?

橋本駅に着き、もらった痛み止めを飲む。しかし効くのに若干時間がかかる。本当にきつくて目が開かない。弱視の方用の標識を使って何とか歩く。

まずい。夕方4時からは市選出県議と市行政との懇談会。年に一度市から県への要望事項を承る会だ。かなり大事。しかし涙がとまらないばかりか、段々と気分も悪くなってきた・・・。

自宅帰着は午後2時。すぐに寝る。爆睡。そして目覚まし通り3時30分に目を覚ます。うん。大丈夫。薬が効いているのかもしれないが、違和感は残りながらも痛みとしみはない。

市役所での会議に参加してから、支援者のお通夜に参列。目はよく見えているが、光の入り具合が妙な感じ。なにかピンとがあってない気がする。半日から1日で照準が合うらしい。

さて明日はどれくらい見えているだろうか。いまだ夜9時前だが早めの就寝としよう。手術に携わってくれた関係者各位に感謝を申し上げる。おやすみなさい。

●今日一日

【午前】
近視矯正手術直前検査/都内

【午後】
近視矯正手術敢行!/都内
市選出県議と市行政幹部の懇談会/市役所

【夜】
支援者お通夜参列/鹿沼台


2011年08月10日(水) コンタクト・メガネともお別れ

さあいよいよ明日がレーシック手術。そのためには角膜を不通の状態に戻さねばならず、事前3日間はコンタクトの装着が禁止される。

という訳で一昨日からメガネをかけている。外に出るときは主にコンタクトなので、「あれメガネかけてたっけ?」と聞かれること多し。

まあ得に緊張はしていないが、大事な大事な目のことである。医者の言いつけを守って、今日は早めに帰宅し安静休養である。

●今日一日

【午前】
地域まわり/中央区内

【午後】
明日の近視矯正手術に備えて安静休養/自宅


2011年08月09日(火) 相模原地域連合との懇談会

相模原地域連合との政策懇談会。相模原市あての政策制度要求(案)について、同役員と推薦を受けている各級議員で意見交換。

連合は本部や県単位でもそれぞれ要求書を出す。地域連合のそれは、また違った趣きの内容。身近な道路や駅にかかわる課題も多くある。

その意味では組合員からの意見が、最もストレートに出ているのだろう。直接は市議仕事だが、地元選出県議としても出来ることは多くある。

「相模原を何とかしたい。」この思いが日々強くなっている。市民のご意見を真摯に聞くことに、今後は一層力を入れていく決意。

●今日一日

【午前】
行政相談対応(震災)/事務所

【午後】
行政相談対応(交通)/事務所
行政相談対応(震災)/同
資料作成(予算要望資料)/同

【夜】
相模原地域連合との政策懇談会/星ヶ丘


2011年08月08日(月) 青パトに乗車して地域活動

市行政所有の青パトに乗車し、中央区横山地域をまわった。地域の方に道を指示して頂き、運転を担当して約2時間。かなり裏路地まで走った。

40年近く地元で育ち、かつ何度も選挙運動をして、それでも初めて通る路地がある。街とは狭くて広いもの。新たな発見をした。

経済状況が芳しくなし昨今、治安も悪化している。地域の有志による地道な努力、政治もここに焦点をあてるべき。

●今日一日

【午前】
行政相談(環境)/南区麻溝台
地域まわり/南区内

【午後】
地域まわり/中央区内
青パトで警戒活動/中央区内

【夜】
故新堀典彦前県議お通夜/横浜市西区

青パトに乗車


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