てらさき雄介の日記
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| 2011年09月06日(火) |
困っている人を助けるのが政治 |
選挙中に街宣活動をしていると、「東北から避難してきたんです。」という方に出会った。かなりの数である。
今も相模原に避難している方は多い。様々なご相談を頂く。今日は県が実施している住宅支援についてだった。
ご本人は福島県の方。当地の役所自体が移転しており、また身寄りも少なく、神奈川の相模原まで来られている。
たまたま親切な方に出会った。私あて連絡を頂いたのも、その知人であり、最初に当事者から相談を受けた方だ。人の温かさは素晴らしい。
だからこそ期待に応えようと思う。一方で役に立たないことも多い。議員の権限とは、あるようでないのが実態。
困っている人を助けるのが政治。東北地方の震災は、改めてそのことを教えてくれた。脇目をふらずに全うしたい。
●今日一日
【午前】 事務作業/事務所 行政相談対応(震災)/星ヶ丘
【午後】 地域まわり/中央区内 後援会イベント準備/清新
【夜】 事務作業/事務所
事務所の1Fにはタイ料理屋さんがあります。美味。
県議会定例会の告知ポスター。9月12日から12月20日まで第三回定例会です。
| 2011年09月05日(月) |
9月補正予算案の説明を聞く |
来週開会される定例議会に向けて、提案される議案の説明を受けた。特に補正予算案については、今後様々な議論になっていくはず。一見して、どうも項目の羅列という印象。
これから着手していくという意味では、新知事‘初’の予算としてわからなくもない。その意味では、施策が今後どのように展開していくか、そのビジョンを問うていく議会になる。
“エネルギー革命よりも福祉・社会保障”その考えは変わらない。一方で知事が掲げるエネルギー政策についても、チェックが仕事の県議として、食わず嫌いをせずに検証したい。
●今日一日
【午前】 事務作業/県庁 党県連常任幹事会/横浜市中区 行政相談対応(震災)/県庁 正副団長会議/同 党県議団正副打合せ/同
【午後】 党県議団役員会/県庁 党県議団会議/同 議会制度改革推進議員連盟役員会/同 補正予算説明会/同 予算委員打合せ/同 行政相談対応(福祉)/県庁 行政相談対応(景観)/同
【夜】 党支部役員会/中央 党支部常任幹事会/同
箱根から一路県庁へ
民主党神奈川県連常任幹事会に地元14区支部を代表して出席しました
| 2011年09月04日(日) |
旧相模湖ピクニックランドにて |
ご支援頂いている企業のバーベキュー。市内緑区にあるプレジャー・フォレストに向かった。
いまだ台風が完全に去っておらず、雨が時折強く降る中、車もかなり混んでいた。事務所から現地まで1時間以上かかった・・。
さて当地は旧相模湖ピクニックランド。中に入ったのは子どもの頃以来。想像より多くの人々で賑わっている。かなりいい感じだ。
高台からは旧相模湖町の景色が綺麗に見える。旧津久井4町は旧相模原市との合併にあたって、今後に大きな期待をかけつつ苦渋の決断をした。
予算厳しい折、当初見込み通りの施策展開は厳しい面もある。しかし少なくとも、その思いを忘れてはいけない。
●今日一日
【午前】 支援企業バーベキュー大会/緑区寸沢嵐
【午後】 事務作業/事務所 連合神奈川議員団会議研修会/箱根町
【夜】 連合神奈川議員団会議研修会/箱根町
さがみ湖プレジャーフォレスト(旧ピクニックランド)でバーベキューです。
連合神奈川議員団会議の研修会。‘神奈川県の震災対策’について講義を拝聴しました。
台風である。市内で出席予定だったイベントは、すべて主催者から中止の連絡があった。
と言うことで一日自宅で過ごすことに。普段は休んでいても、大体はどこかへ出掛けている。今日のような機会は余りない。
さてこの台風は大きいようだ。テレビでは被害の状況が映し出されている。亡くなった方も多数いらっしゃるよう。
大規模な地震災害においては、被害をゼロにすることは難しい。しかし政治の力で、その規模を少なくすることが出来る。
●今日一日
終日 お休み
| 2011年09月02日(金) |
市議会の代表質問を傍聴 |
相模原市議会の会派�猝閏隋�新無所属の会�瓩錬隠果召い襦B萋鷁馭匹任△襦�その代表質問があると聞いて傍聴に行った。
かつてお世話になった市議会。また大切な地元の議会。楽しく傍聴した。テーマはやはり身近。質問や良し。答弁が連れない点は、今後皆んなで解消せねばならない。
パスポートセンターの県から市への移譲。圏央道の整備。リニア中央新幹線新駅。多くのやり取りがあった。時間の都合上、他議員の質疑は聞けなかったが、全員の通告書一覧を見ると、県政の課題もまた見えてくる。
県議会の第三回定例会は、来週月曜日の議会運営委員会から準備が始まる。改選後2度目の議会。会期は12月までの長丁場。全力で駆け抜けていくつもり。
●今日一日
【午前】 地域まわり/中央区内 市議会傍聴(民主会派代表質問)/市役所
【午後】 市議会傍聴(民主会派代表質問)/市役所 来客/事務所 新規ポスター設置/陽光台 地域まわり/緑区&中央区内
【夜】 会合(地域)/相模原
新しくポスターを付けて頂きました!in中央区陽光台
| 2011年09月01日(木) |
震災時の役割は市町村支援 |
市行政から「週末のイベントが中止になった」と連絡があった。日曜日に予定されていた防災訓練もそのひとつ。
台風ゆえ致し方ない。今日は関東大震災の日。その思いを忘れぬため‘祈念日’になっている。また記憶に新しい東日本大震災を忘れてはいけない。
奇しくも今日、県防災会議が策定した�狄斉狎邯�地域防災計画�瓩�郵送されてきた。まだ中を全て読んではいないが、県民の命に直結する課題は多い。
一昨年は防災警察の常任委員だった。県の地震防災計画について、幾度となく質疑を行った。その改正は私の選挙公約でもある。
その最大のポイントは、市町村をどう支援するか。最大の被災地である東北3県で、県内市町村から「県は役割を果たしていない」との指摘をよく聞く。
今神奈川で地震が起きたら。同じような批判を受けるだろう。県として主体的な対策が行えないことは、現在の行政における権限の配分でわからなくはない。
しかしだからこそ予算面を含めて、現場で震災対策を担う市町村を支援するか、その視点で計画を再編成すべきだ。
また物量だけではなく、ソフト面での整理も大切。東北からの避難者やその親族から、「相模原(神奈川)に避難したい。」と何件か相談を受けた。しかし行政は縦割り。これが役所ならば政治が決断すればいい。
震災に関わる業務を、すべて市町村に移せばいいのだ。県内の小規模町村には限界もあるだろうが、大方は喜んで引き受けるはずである。
ある相談者はお子さんが障害者だった。「相模原で通所の施設があるでしょうか。」そう聞かれた。早速県と市に問い合わせた。するといつもの答えが返ってきた。
県「県の施設は把握していますが、市の施設は市役所です。電話番号を教えましょうか?」番号くらい言われなくても知っている!
市の反応はそれよりも良し。「県に連絡してこちらで調べます。」とのこと。いやいやそれは職員の責任ではない。政治家としてえ制度を変えるしかない。逆に使命感がわく。
●今日一日
【午前】 事務作業/事務所&自宅
【午後】 行政相談(建設)/事務所 地域まわり/中央区内
【夜】 会合(後援会)/上溝 事務作業/事務所
| 2011年08月31日(水) |
野田佳彦氏との思い出 |
野田佳彦総理との思い出。と言っても会ったことはないし、電話で数秒話した程度だ。もう10年以上前になるだろうか。同じく民主党の代表選挙があった。当時市議だった私にも投票権が与えられた。
今回の選挙でも「誰に入れるの?」と聞かれたが、実は投票権を得たのはその10年前と、昨年の菅直人氏対小沢一郎氏の選挙の2回のみ・・。
さて10年前。(当時)自分が若くして議員になった以上は、若い人に期待したいと、‘ドンキホーテ’として立候補した野田氏に1票入れることにした。野党だったが、それなりに真剣勝負だった。
対立候補の陣営にいた、仲間の地方議員から電話が入った。地方議員の得票割合は国会議員に比べて少ないが、それでも1票にこだわるのが政治の文化なのだろう。
「○○に入れて欲しい。」それに対して。「ごめんね。もう野田さんに決めたんだ。」そう返す。まあその友人もそれ程ではなかったんだろう。「いやはっきり言ってくれてありがとう。」そう電話を切った。
すると数日後に野田陣営にいる、また違う仲間の地方議員から電話があった。「いやー。野田支持でありがとう。」と言う・・。この際と思い「せっかくだから野田さんと話したい。」そう言った。
友人曰く「わかった。」その数分後、また電話がかかってきた。「今、議員会館にいるから、電話してもらえるか。」とのこと。自分からかけることもないが、まあ話の流れなので掛けてみた。
まず秘書が出る。「○○さんから紹介を受けた、相模原市議会議員の寺崎雄介です。」そう言うと、すぐに本人繋がった。「投票します。」「ありがとう。」そんな他愛もない話だったと思う。
その選挙では惨敗だった。しかし上で書いたように、自分の所属する党の代表選挙で投票したのは、これを含めて2回しかないため鮮明に覚えている。
また昨今では尊敬する藤井裕久先生が、自らの‘後継者’と言われていた方だし、また2回目の決選投票における演説は感動した。その勢いで頑張って欲しい。
党内は無論のこと。自民・公明、そして社民・みんな・共産とも、しっかり協議出来る体制を整えて欲しい。政治とは争いではなく対話であることを、皆んなで証明していくチャンスだ。
●今日一日
終日 私用
| 2011年08月30日(火) |
神奈川は‘道州制’に |
地元の相模原市から県あての要望を受けたことは、数週間前のこの日記に書いた。その第一には、「政令市になって県から市へ仕事が移ったのだから、その分、県税を市税に振り替えるべきでないか。」そう書かれていた。
大賛成である!神奈川県は、相模原・横浜・川崎から得ている県民税を、他の地域に振り分けている。生活厳しい昨今、「そんな余裕はない!」と指摘されるのも道理。
一方で相互扶助は政治の精神。地方交付税交付金のように、困っている地域を助ける制度は必要だ。しかし神奈川県内の市町村は、比較的豊かな財政状況にある。それを活かした制度設計が重要。
さて県議会。あるべき姿としては、各市町村の文字通りの代表で構成されることだろう。市町村議会や行政から代表者を送り込めばいい。イチイチ選挙をする必要もない。究極はそこだろう。
現に私は、全県民の税金から報酬を頂いている立場と、地元相模原市中央区から票を頂いている立場と、双方の間で常に思い悩んでいる。
全国一律の道州制には慎重である。しかし神奈川であるならば、新たなカタチを率先して創れるかもしれない。
●今日一日
終日 私用
| 2011年08月29日(月) |
産経新聞‘天皇の一日’ |
支援者のお付き合いで、産経新聞をとっている。いやいや勉強になる。政治家たるもの、好きな文書だけ読めばいい訳ではない。
その一番注目すべきコーナー。�狹傾弔琉貽��瓩任△襦�その日常を記載しているメディアは、知る限りにおいて他にはない。
「議員って何をしているの?、」その多くある質問に対して、私はこのHPの日記で‘今日一日’を書いている。同じ需要があるのだろうか。
天皇は文字通り日本の象徴である。またそれは長い歴史に裏打ちされている。ゆえに天皇制については、短期的な目で安易に云々言うべきではない。
さて私は憲法に書いてある通り「天皇」と言うし、また書く。すると「天皇には陛下を付けろ!」という意見が出てくる。これには驚く。
まず第一点、‘天皇’以上の敬語はない。第二点、‘陛下’と呼ぶようになったのは明治以降であって、その呼称が正しいのか再検討の必要もある。
とにかくも戦後は人間天皇になった。情報は公開されれば嫌なニュースも流れる。しかし恐れずに身近な天皇制を目指して欲しい。
●今日一日
終日 私用
| 2011年08月28日(日) |
しがらみも出来たからこそ |
色々なことがあった。今後に向けてどうすべきか、少し時間をかけてじっくり考えた。
元々自分で初めた政治活動。すべての問題は自分の責任だし、それを解決するのは自分しかいない。
一方で活動をすれば問題が起こる。一つイベントを行えば支援者間で議論が起こり、一回街頭に立てば主権者から厳しいご意見を頂く。
だからと言って活動を自粛しては本末転倒。気弱になると、そうなりがちだ。それともう一つ。気持ちの張りが大切と再確認。
迷いは悩みの多くが、実は保身が原因であることにも気付いた。元々ゼロである。またゼロに戻ることを恐れねば、大概のコトには微動だにしまい。
そして一番重要なのは、政治家としての意志。何のために政治を志したのか。世界平和を実現したい。日本がその先鞭たるべし。
初めて市議になってから、もうすぐ15年になる。垢も着いたし、しがらみも多く出来た。今一度初心に立ち帰って、来週からまた街頭に立ちたい。
●今日一日
終日 私用
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