てらさき雄介の日記
DiaryINDEX|past|will


2016年12月23日(金) 施主としての挨拶

父の葬儀が終わった。通夜式及び告別式で、施主としてご挨拶申し上げた。その内容をもって、ご協力頂いた皆様への感謝としたい。本当にありがとうございました。

「遺族、親族を代表して、一言ご挨拶を申し上げます。私の父である故寺崎利武の葬儀に、年末のお忙しいなか、ご参列賜りましてありがとうございます。

父は昭和18年11月19日、寺崎武雄・イツ子の子として、横浜市内で生を受けました。地元の学校を卒業した後に日産自動車株式会社に入社。途中色々なことがあったようでありますが、定年までつとめあげました。

その18歳から60歳までの40有余年間に、ご披露すべき内容があるのだと思いますが、多くのお勤めの方と同じように、父は会社や仕事の話はあまり致しませんでした。

私が社会人になってから、父が体を壊すまで、何度か住まいのある上溝の居酒屋に飲みに行ったことを覚えております。とにかくも酒が好きな父でありました。体を壊してからは酒を飲めない日々だったので、もしあの世というものがあるのなら、既に飲んでいることと思います。

父が亡くなりました去る12月15日は、父と喪主である母の結婚50年目のちょうど金婚式の日でもありました。重ねて願いますれば、母寺崎昌枝をはじめとする遺族に引き続きのご厚情を賜ればありがたく存じます。

生前頂きましたご厚情と、本日ご参列いただきましたことに、重ねて感謝申しあげまして、遺族、親族を代表してのご挨拶といたします。ありがとうございました。」


●今日一日

【午前】
所用

【午後】
所用



2016年12月22日(木) 物語の最後は自分ではわからない

真田丸が最終回を迎えた。連続ドラマは見ないほう。決まった時間に家にいない。録画してまで見ようとも思わない。これほどじっくり見たのは、龍馬伝くらいかもしれない。1年間と長くやっているので、登場人物に対する感情移入も濃くなってくるのが大河ドラマの良さ。

振り返り、一番のシーンはここだろう。最後の出陣を前に真田信繁が淀君に会う。そして策を伝える。ここに至って勝つのは難しいが、負けずに生き延びることは出来るという。励ましや有終の美ではない。「望みを捨てるな」と冷静に語りかけている。

信繁は戦死、淀君は自刃。誰もが知っている結末だ。ふと気付いた。人間が決断した時に、いまだ結果は出ていない。誰にもわからない。私自身もどうなるかわからない中で、望みをもって進んできたのではないのか。ペースが遅くなっている。それは望みが減っているからなのか。

●今日一日

【午前】
支援者告別式/南区古淵

【午後】
所用

【夜】
所用


このシーンです


2016年12月21日(水) 八王子のうかい亭で�犹纏��瓩亡局�

長くご支援いただいている企業の忘年会にお招き頂いた。場所は八王子のうかい亭。初めて訪れた。中学高校が八王子であったこともあり、この辺りは土地勘がある。また有名な店でもある。しかしこれまで縁がなかった。

噂に違わぬ門構え。また建物も凝っている。食べ物が美味しい。何でも大好き故に「違いのわからない男」とも言われるが、さすがにここはわかった。そして何より人がいい。案内してくれる人。カウンターで肉を焼く人。

10月の厚生委員会で千葉の病院を視察した。「日本はもっと人にお金をかけた方がいい」院長の言。労働の価値を大切にするべきとの主張だ。同感だ。人、特にその仕事が劣化したら、日本も相模原もやっていけなくなる。

●今日一日

【午前】
資料作成/事務所

【午後】
第114回月例ミニ県政報告会(一年間のまとめ)/中央

【夜】
支援企業忘年会/東京都八王子市
事務作業/事務所


今年最後の月例ミニ県政報告会でした


2016年12月20日(火) 第三回定例会の終わりにあたって

第三回定例会が終わった。思えば開会日の9月8日に本会議で登壇し、県立津久井やまゆり園事件の決議案を上程したのが、とても以前のことに思えてくる。本当に色々なことがあった。恐らくは一生忘れることのない会期となった。ご協力いただいた関係者に感謝申し上げる。

県立津久井やまゆり園事件の対応は困難を極めた。通常は行政の範疇にある仕事も、非常事態ゆえに議会に相談された。ありがたいことであるが、その分、責任も重くなった。憲章の策定にあたっては、今後も永く残り続けるものなので、文章をどうするか真剣に悩んだ。

11月は県議会友好訪問団の一員としてアメリカを訪問。着いたのは大統領選挙の投票日だった。一部の市民から批判も受けたが、本当に行って良かったと思う。参考になったとういだけに留まらず、議会での具体的な発言に繋げていけるよう今度詰めていきたい。

会期末直前に父が亡くなった。親が死んでも議会に出ろ。そう教えられてきた。実際に直面した時、躊躇することはなかった。やはり私にはこれしかないのだ。葬儀の準備は進めている。しかしそれ以上に気持ちの整理が難しい。母や妹の方が大変なのだから、気合いで乗り切るしかない。

さて年が明ければ、1月中は休会で地域活動。そして2月は来年度県予算を審議する第一回定例会が始まる。年間でもっとも重要な議会だ。議会や会派で与えられた役職の人気ももう少し。後進に良い影響を与えられるように、引き続き拘りをもって取り組んでいく。

●今日一日

【午前】
会派業務/県庁
かながわ民進党正副団長打合せ/同
かながわ民進党役員会/同

【午後】
かながわ民進党全体会議/県庁
本会議(討論及び採決)/同
日産労連クリスマスチャリティー公演/横浜市中区

【夜】
会合(議会)/横浜市中区
事務作業/事務所


県庁近くで開催されました


2016年12月19日(月) 恩師と父の葬儀

訃報が入った。私が子どもの頃に通っていた幼稚園の前園長さんだ。

20年前、市議選に初挑戦を決めたとき、真っ先にご挨拶に伺った。ご不在だったが、名刺を残してきた。するとその日のうちに事務所を訪ねて下さり、それ以降現在に至るまで多大なご支援を頂いてきた。

90歳半ばを越える大往生だが、寂しく思う気持ちに変わりはない。私は小中高で勉学に励まず、大学でもゼミに入らなかった。恩師と呼べるのはこの方一人と思っていた。改めてご冥福をお祈りする。

さて深いご縁を感じた理由は他にもある。告別式の日程等を聞いてびっくりした。告別式は12月某日の午前とのこと。会場は相模原市営斎場の大式場だ。何ということだろうか。私の父と入れ替わりではないか。

同じ斎場のまったく同じ部屋で、その日の夜に過日亡くなった父の通夜を執り行う。先程、ご子息である現在の園長さんにお悔みの電話をした。「不思議な縁ですね。」と互いに言葉が出た。

●今日一日

【午前】
会派業務/県庁
かながわ民進党正副団長打合せ/同

【午後】
かながわ民進党役員会/県庁
かながわ民進党全体会議/同
企業局財務課からレクチャー(水道)/同

【夜】
かながわ民進党全体会議/県庁
会合(議会)/同


今日も県議会でした


2016年12月18日(日) 「倒れる時は前のめり」の精神こそ

森山浩行元衆議院議員の東京後援会の忘年会。明治大学雄弁部の一学年後輩であり、堺市議・大阪府議時代を通じて連携してきた。民主党が政権を失った選挙からなので、浪人生活も4年になる。

また衆議院選挙はいつあるかわからない。日程が完全に決まっている地方選挙と違って計画を立てにくい。助走から全力疾走という段取りも出来ない。常に全開で走り続けなければならない。

更に民進党は支持が少ない。野党として一定の評価は得ていても、再び政権を任せようとは思われていない。つまり小選挙区制度で勝利するための、有権者の過半数の支持を得ることはかなり難しい。

しかしそれでも進まなければならない。彼とは同じ釜の飯を食った。「倒れる時は前のめり」の精神こそ、真に勝利する要諦と教わった。一層の奮闘を期待する。もちろん神奈川の地から全力で応援していく。

●今日一日

【午前】
所用

【午後】
本村賢太郎衆議院議員橋本地区後援会忘年会/緑区橋本
森山浩行元衆議院議員東京応援団忘年会/東京都渋谷区

【夜】
相模原シティライオンズクラブ忘年例会/横浜市西区
会合(地域)/相模原


選挙区は大阪16区(堺市堺区・東区・北区)です


2016年12月17日(土) 第一応援歌�犹膾阿硫劉瓩伴�

友人の結婚披露宴2次会に参加。6学年後輩なので一緒に在学したことはない。それでも付合いがあった。明大雄弁部出身者としては珍しいIT技術者だ。その能力を買われて大手電機メーカーにつとめている。

さて締めに新郎本人の仕切りで第一応援歌�犹膾阿硫劉瓩魏里辰拭8縮鬚粒慇犬任皸転Г任�る人は少ない。しかし私たち雄弁部のOBは一切間違わない。それほどインプット、いや頭に刷り込まれている。

それは数限りない宴会で、いつも歌っていたからだ。先輩が後輩に飲ませるとき、同期で酌み交わすとき、この音楽が口ずさまれたら杯を一気に空けなければならない。いわゆる一気飲みだが、遊びの感覚はなく真剣だった。

●今日一日

【午前】
所用

【午後】
所用

【夜】
友人結婚披露宴2次会/東京都港区


末永いお幸せを祈念します


2016年12月16日(金) 福祉を産業にしなければならない

高齢化社会をどうやって乗り切るか。納税者が減る一方で増加する社会保障費をどうまかなうか。政治が英知を集めて方向性を示さなければならない、まさに喫緊の課題である。

社会保障費の削減や増税が当たり前に言われているが、私はそれとは違う第三の道があると信じている。その前にやらなければならないチャレンジが多くある。その一つが福祉を産業にすることだ。

介護保険制度は元々多様な事業主体に介護を担わせることに主眼があった。平たく言えば民間の福祉への参入だ。ここ最近は大分進んできたが、いまだ安定して市民の信頼を得るに至っていない。

厚生常任委員会委員長として本日出席した、かながわ福祉サービス振興会は多様な会員により運営されている。当初の発起人はまさに民間企業。そこに学識者や福祉事業者も加わり、大きく活動を広げてきた。

政治がつくる制度に柔軟性を持たせなければならない。セーフティネットの維持に力を注ぐあまり、サービス提供者の自由を束縛し過ぎてはいけない。お祝の宴席の中でも多くのご意見を聴くことが出来た。

●今日一日

【午前】
所用

【午後】
行政相談対応(観光)/県庁
(公社)かながわ福祉サービス振興会創立20周年記念式典/横浜市中区

【夜】
(公社)かながわ福祉サービス振興会創立20周年記念祝賀会/横浜市中区


今後一層のご発展を祈念します


2016年12月15日(木) 無題

親が死んだ日でも議会へ行く。それがプロだと思っていた。しかし実際はどうなるかわからない。偉そうなことを言っていても、結果行けないかもしれない。あくまで現実を伴わない空想の話だった。

しかしついにその時が来た。夜の午前3時過ぎに父が永眠した。多少の覚悟はしていたが、こんなに早いとは思わなかった。駆けつけた時には亡くなっていた。その場では現実か夢か判然としない。

これが現実であるならば、今日は厚生常任委員会の開催日だ。委員長としての職責がある。津久井やまゆり園の事件等について、非常に大切な議論が行われる予定だ。とにかくも県庁に向かわねば。

また訃報を周りにも伝えなければならない。これは夢かもしれない。間違って連絡したら大変だ。現実のことだと自分で納得できるまで待っていよう。そう思った。しかし到着した頃に、夢でないことを認識した。

委員会が始まる。質問する議員と答弁する行政官を分刻みで指名する。重なって父の顔が頭に浮かぶ。最期に何を思い、また思わずに旅立っていったのか。しかし議事運営はしくじるまい。

思えば父は無口な人だった。それでも記憶に残っていることは多い。今は思い出になってしまったが、忘れることはないだろう。及ぶことは何もない。仕事を全うしていない自分が、改めて情けなくなった。

手は震えているが、この日記は休まない。週末は様々な地域行事がある。来週は議案の採決だ。父はあの世にいるのだろうか。いや元々そんなものはないのかも。享年73歳。同じ寿命ならば残り28年しかない

●今日一日

【午前】
事務作業/県庁
厚生常任委員会正副委員長打合せ/同
厚生常任委員会(質疑)/同

【午後】
かながわ民進党正副団長打合せ/県庁
かながわ民進党役員会/同
かながわ民進党全体会議/同
厚生常任委員会(質疑及び意見発表及び採決)/同

【夜】
支援者訪問/中央
事務作業/事務所


2016年12月14日(水) 相模原青年会議所の昭和46年会

相模原青年会議所の昭和46年生まれの会。時々集まっている。長い付き合いだ。恥ずかしい話しも知り合っているし、情けない姿も見せ合った同士。現役の頃よりもむしろ仲良くなっていると思う。

締めが夜10時前だったのは年をとった証拠。40代も半ばを過ぎて、50歳に向かっている。自分自身の人生を全うするためにはどうすればいいか。ここ最近考えることが多い。恐らくは皆そうなのだろう。

●今日一日

【午前】
来客/事務所
県立津久井やまゆり園視察/緑区千木良

【午後】
地域まわり/緑区及び中央区内
行政相談対応(障がい者スポーツ)/富士見

【夜】
相模原青年会議所OB&OG同期会/相模原
会合(議会)/同


楽しいひと時でした


てらさき雄介 |MAIL |HomePage