月の輪通信 日々の想い
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だらだらと蒸し暑い日。
夕方ともなると、めいっぱい遊んでくたびれた子ども達も、空腹と軽い疲労で、なんとなくご機嫌 が悪くなったり、ぐずぐず言ったり、ごろごろ寝そべったり・・・
ドヨ〜ンとした空気がなんとなく居心地悪くて、ちょっとイライラ・・・・
一日の汗で、くたっと薄汚れたアプコが、夕食の支度をする私の足下にまとわりつく。
「オカアチャ〜ン、なんか眠〜い。お腹空いた〜」
はいはい、もうすぐ晩ご飯よ。テレビでも見ておいで。
邪険にすると、余計に甘えた声で絡みつくアプコ。
まいったなぁ。
「じゃあね、アプコ。テーブルの上にみんなのお箸、並べてきてよ。」
がちゃがちゃと6人分のお箸をアプコに渡す。
そして、アプコが食卓にお箸を並べている間に、冷たい牛乳をコップにひとくち。
少しのお砂糖を加えてからからとかき混ぜる。
「アプコ、牛乳、のむ?」
コップを受け取って、一口、口に含んだアプコがアレレという顔をする。
「オカアチャン、なんか、甘い。お砂糖入れた?」
「さあね、どうかしらん。」
思いつきのいたずらが思惑通りの成功で、なんか可笑しい。アプコもオカアチャンのいたずら に気付いて、ニッと笑う。
くたびれたときの甘い物って、妙においしくって、ほっとするけど、子どもにとっても思い掛けな い甘味は心を溶かすパワーがあるんだな。
ほんのひとつまみのお砂糖が、だらだらとくたびれた幼児の不機嫌にふわっと柔らかな微笑み を運ぶ。
夕食前にお砂糖入りミルクなんて、ちょっと邪道だけれど、それでも、幼い子の気分をからっと 一転させる一匙の魔法は、ちょっとお疲れのオカアチャンのイライラをも一緒に溶かしてくれた ような気がする。
「ホントにちょっと甘いよ。お砂糖入れたんでしょ?」
空っぽのコップを返すアプコの笑顔が、「本日もあと一息!」のオカアチャンを少〜し元気づけ てくれたようだ。
どういう風の吹き回しか、アユコが朝から家中、掃除機をかけてくれた。
盆踊りの外出続きで荒れ果てた我が家に耐えかねたか、「埃では死なない」とずぼらな母を見 かねたか。
ついでに他の兄弟達をあごで使って、乱雑に散らかった部屋の整理整頓までしてくれたので、 我が家は久々に「豚小屋」返上。
めでたい。
きれいに片づいた洗濯部屋で、久々にミシンを拡げる。
使い古したハンドタオルやバスタオルをカタカタ縫って大小さまざまな雑巾を作る。
バスタオルサイズの大きな物は、剣道の道場の足拭き用。
分厚くなって絞りにくいのだが、このサイズが必要なのだ。
20�儚僂離魯鵐疋織�ルを2枚、合わせた物は台拭き用。
次々使い古しが溜まる小さなタオルは可愛いイラスト入りだし、ちょっとした台拭きには便利な サイズだ。
普通のフェイスタオルを4等分した雑巾は新学期の学校用。
思いついたときにたくさん縫っておかないと、「一人2枚づつ」が4人も重なった日には、泣く泣く 新品タオルを雑巾用に下ろす羽目になる。
扇風機をガンガン回して、汗だくになりながらミシンを踏む。
「踏む」といっても、電動ミシンなのでスイッチのペダルをグィ〜ンと踏むだけなのだけれ ど・・・。
直線縫いばかりなので、な〜んにも考えずにただただ無心に針を進める。少々縫い目が乱れ ようが、途中で何度も引き返そうが気にしない。
おおざっぱな私には最適の縫い物だ。アタマの中を空っぽにして、ただただミシン針の上下運 動とを目で追っていると、惚けたようで心地よい。
コレはコレで、ストレス解消に有効かも。
・・・・とおもっていたら、なんだか、針の動きが重い。
ちっと舌打ちして、下糸のカマを掃除し、気を取り直して再度挑戦。
・・・・でも、なんか、調子悪い。
それでも騙し騙し、針を進めていたが、あと数枚と言うところになって、とうとう、針がうんともす んとも動かなくなってしまった。
嫁入り道具として購入して以来、新居の2DKのカーテンから始まって、子ども達の服、幼稚園 グッズ、父さんの仕事用エプロン。
カタカタ律儀に働いて来てくれた相棒ミシンが、突然がんとツムジを曲げて、にっちもさっちも動 きもしない。
ありゃりゃ、参った。
一番近所のミシンやさんは、現在長期休業中。修理が必要ならどこへもっていったものかしら ん。
気を取り直して立ち上がり、とりあえずミシンの取り扱い説明書を探し出す。
そういえば購入して以来、説明書なんて見たことないなぁ。
捨てずに置いてあっただけまだましか。
パラパラ見てみると、家庭で出来そうな手当は、ミシン内部の掃除と、注油のみ。
ミシン内部の図解とともに、何点もの注油ポイントが書いてある。
そういえば、このミシン、一度も注油なんかしたことがない。カバーを開けたのは数年前、手元 のランプの電球が切れたときのみだ。
ドライバーを捜してきて、おそるおそる、カバーを開ける。
昔、家庭科の本で見た、クランクや歯車の複雑に絡まったミシン内部。ギコギコうごかしてみる と、ベルトからの動力が、順々に送られて針先まで到達する過程がよく分かる。
ふ〜ん、なるほど。こうなっていたのか。
テレビやラジカセなどの複雑な電気機器とは違って、旧式の電動ミシンはその作りと仕組みが 単純で分かり易い。
要所要所に注油し、ついでに古歯ブラシで、埃やら糸くずやら古い機械油の汚れを落とす。
十数年ぶりのメンテナンス。
さあ、どうだ。
ギ〜コギ〜コ、先ほどまで歯を食いしばって動こうとしなかったミシンが渋々、動き出す。
そして注油した油が歯車になじむと同時に突然、トゥララララ・・・・と軽やかに針棒が動き始め た!!
結局、突然の不調は、注油切れと古い機械油汚れのせいだったのか・・・。
要するに、必要な手入れもせずに、気が向いたときだけこき使う縫い手に、ささやかな反抗を 試みたということらしい。
単純な機械の人間味あふれる不調の原因が判明して、何とも可笑しく、うふふと笑ってしまう。
のこり数枚のの雑巾を縫い上げ、さっそくその新しい雑巾でミシンの外側のカバーを拭いてみ る。
長年の手垢で汚れたカバーも、本来の白さをいくらか取り戻す。
「愛着ある道具」
そのありがたさは、日常の用途にはついつい忘れがちで、故障でもしない限り、手入れをした り、注油をしたりを怠りがちだ。
わずかな注油と、ほんの少しの手入れ。
それが必要なのは「機械と人」の間だけではなく、当たり前にそばにいる大切な人との間に も・・・と思いつつ・・・・
夕食には、父さんの好きなしめ鯖の一皿追加。
晴天のもと・・・とはいきませんが、昨日雨で中止になった私市(きさいち)の盆踊り大会の2日 目。
「今日こそは、降ってもやるぞ」の勢いで、始まりました。
空模様を見ながらの進行で、模擬店の開店も、踊りの開始時間も少しづつ前倒しになり、大忙 しの一日でありました。
3時開店予定の模擬店。
2時過ぎには、消防団の作るいか焼きのいい匂いが漂ってるし、隣ではすでに紙コップのビー ルで一杯機嫌のおじさん達。
「お客さんも来てることだし、順次開店してOK!」
このおおざっぱさがムラの祭りの面白さなんだな。
曇天で、売れ残りが心配されたかき氷も踊りが始まる頃には完売。
綿菓子も、機械がヒートして「ボン!!」っていうまで売り尽くして、大繁盛でした。
夕方から、そろいの浴衣に着替えて、盆踊り大会。
本物の河内音頭の歌い手さん(?)を呼んで、10時までただひたすら踊り続けるというムラの 盆踊り。
そのために事前に、2日も全員参加の踊りの稽古やら、浴衣の着付けの稽古やらに出席しな ければならないと言う今時珍しい体育会系の踊り子さん達。
浴衣の下駄も、可愛い塗りの下駄ではなくて、ゴム草履タイプの踊り用の草履をどこやらで調 達してくる人が多くて、とりあえず、夜通し踊り続けるのであります。(おかげさまで私も40才に して初めて、炭坑節をマスターしてしまいました。)
普段、背中を丸めてシルバーカーを押していそうなばあちゃんも、スーパーのレジのパートの おばちゃんも、昔取った杵柄でばんばん踊っていて、休むことがない。
早いテンポの曲になっても、ざわざわとたじろぐのは子供会の若いおばちゃん達で、婦人会や 老人会のおばちゃん達はひらりひらりと身に付いたリズムで、踊りこなしていく。
とちゅう小雨がぱらついても、誰も踊りを中断しない。
むしろどこかのロックスターの野外コンサートか、雨中のラグビーの試合のように、ますますヒ ートアップしていく踊り子達。
まことに、体育会系のハードなダンスタイムでありました。
「ムラパワー恐るべし。」
何度も何度も、回数を重ねたおじちゃんおばちゃん、おじいちゃんおばあちゃんの驚くべき情 熱に、半ば感動。
にわか仕込みの私などは息も絶え絶えで、なんとか最後まで踊る事が出来たのだけれど、ベ テランさん達は、まだまだ踊り足りないというような上気した笑顔。
長年、当たり前の年中行事として踊りに参加してきた「地の人」達の底の深い豊かなパワー。
古くからのしがらみやらつきあいの難しさやら、とかく敬遠されがちな「ムラ」意識。
なかば時代遅れの象徴のように嫌われがちな「ムラ」ではあるけれど、現代のさらっとした、当 たり障りのないご近所づきあいでは味わうことのない確実な力のような物を感じる事が出来た 気がする。
やはり、地面にしっかり根っこを下ろして生きている人たちの力は、強いのだ。
「地の人」たちのはじっこに、ちびっとかじりつかせていただいた新参者のオカアチャンは、さわ やかな感動を頂いて、(くたびれはてて)家路をたどったのでありました。
今夜の降水確率、60パーセント。
早々に本日の盆踊りの中止の連絡が来た。
・・・て、降ってないじゃん。高校野球もやってるし・・・・。
気が抜けて、惚けたようになりつつ。
お盆です。
袋いっぱいの棒付きキャンデーをアプコに渡したら、殊勝なことになるちゃんの仏壇にお供えし ている。
アプコにとっては生まれる前にすでに亡くなっていて、あったこともない姉妹。
遺影の小さな赤ちゃんの写真に「おねえちゃん」と呼ぶことがいまいち理解できないらしい。
それでも時々、気が向いたときには、みんなで分けたおやつやら、庭で摘んだ草花などを「なる ちゃんにあげてくるー!」とお供えしてくれる。
「なるちゃんって、何味が好きかな。」
と、父さんに袋のキャンデーをひろげて見せている。
「さぁ、何味かなぁ。」
おっぱいの味も良く味わわぬうちに行ってしまった赤ちゃんの嗜好を問われて、答にちょっと引 っかかっている父さん。
あ、いま、なるちゃんがうちへ帰ってきてるんだな。
ちょっと手持ちぶさたで、とろんとしたお盆の昼下がり。
「アプコは何味が好き?」
横からちょっと助け船。
「いちご味!」
「じゃ、きっと、なるちゃんもいちご味が好きだよ。」
「ふうん」
きっとそうだよ、アプコ。
だって、「なるちゃん」は、君だもの
雨・・・である。
大雨洪水警報が出てる。
いつもは静かな尺治川が、ごうごう一日中、鳴っている。
明日は地区の夏祭り。
子供会の役が当たっているので、かれこれ2ヶ月近く、私も準備に奔走してきた。
なのに、この雨・・・・。
やむんだろうか・・・・。
私たちの住む私市(きさいち)の村は、昔ながらの旧家の多い「ムラ」である。
新興の住宅も増えて、「地の人」の割合も幾分少なくなってはいるが、自治会活動や祭りともな ると、「地の人」達は俄然元気だ。
夏祭りも、盆の2日間、子ども達のための模擬店にはじまって、「7時から10時まで踊りっぱな し」と言う体育会系の盆踊りに至るまで、その勢いは半端ではない。
古くからの町役(区長)さんを中心に、婦人会、老人会、消防団、子供会、○○委員会、×× 会・・・・、いろんな団体がそれぞれに祭りを盛り上げる。
基本的に、「皆さんに楽しんでいただく」「子ども達に楽しませてやりたい」という所から始まって いて、旧式な「ムラ」意識も微笑ましく、子供らを育てる親の立場としてはまことに有り難い。
子供会役員のご奉公も、コレまで子ども達が遊んで頂いた分を考えれば、苦にしていてはバチ が当たるというもので・・・・
以前にも書いたが、ムラの顔役さん達が集まる会合は、何ともおかしい。
会社や学校など組織に慣れた人たちの会議とは違って、思いついた時に思いついたことを発 言し放題。当然、議題は前後し、混乱し、右往左往する。しまいには、議長の強権発動(「鶴の 一声」とも言う)によって散会する。
集まってきているのも普段、田畑で枝豆をひっこぬいたり、水路の整備をしたりしている爺ちゃ んやら、軽トラで農機具を運ぶおばちゃんやら・・・。その発言の一つ一つがばかばかしくも味 があり、何とも楽しいのだ。
例年、語り継がれている私市気質。
「雨は降らん!」
毎年、行われているムラの祭りや行事には「雨天の場合」のシミュレーションが全くない。今回 も「夏祭り準備委員会」の冒頭、区長さんは高らかに言い放った。
「実施期日は15,16日。雨は降りません!」
だから雨天の場合の中止の連絡方法やら、代替案やら、延期日程やらは最後の最後まで議 題にあがらない。
それどころか「もし降ったら・・・」なんて言葉を漏らしたりすれば「不吉なことをいうな。」とお叱り を受けそうな気配すらある。
これはどうもこの地区の伝統的気質らしく、地区の子らが通う小学校でも、遠足や運動会など の行事は、少々の雨なら「GO!GO!」と決行してしまう傾向がある。
それで結局雨に振り込められることになっても、「やっぱり、私市だねぇ。」とふんふん笑ってす ましてしまう。
農耕の民のたくましさというか、勢いの勝利というか・・・・。
でも私はこのおおざっぱさが、実はとっても愉快で大好き。「私市の人」になって10年あまり。 私もしっかり「私市カラー」に染まりつつあるのかもしれない。
「この大雨、どうよ。」
子供会の役員仲間からのメール。
「やんでも、寒かったらかき氷は売れんかもしれんね。」
「というより、やれるかな、夏祭り。」
天気予報は、曇り一時雨。
「やるやる!気合いで雨もやませてみせる!」
聞けば大雨の中、盆踊り会場である神社の境内には踊りの櫓と模擬店の骨組みがすでに組 み上げられたとのこと。
「雨でもGO!GO!」
恐るべし、「ムラ」パワー。
・・・・て、現在、じつは15日朝。
土砂降りです。
剣道のK先生のこと。(8日の日記参照)
習字に行ったついでに、オニイとアプコを連れて剣道のK先生のおうちを訪ねてみた。
実は先週にも何度か、オニイと一緒にお訪ねしてみたのだけれど、お留守のようでお会いでき なかった。
ベランダのお洗濯ものをみあげて、
「あ、K先生の服だ。パジャマじゃないってことはご病気じゃなさそうね。」
「お布団も干してある。どこかへお出かけでもないようだ。」
と、ご不在の理由をいろいろ推理しながらすごすご帰宅。
なんとなくホントに先生が居なくなってしまったようで、ちょっとへこんでしまっていた。
今日、再び、思いを込めてオニイが玄関のチャイムを押したら、懐かしい声のお返事があっ た。
「あ、どうも」
細く開けた引き戸から顔を出されたK先生は、オニイの顔をみとめると、
「やあ、ちょっと待っとれや。」と再び引っ込んでしまわれた。
磨りガラスの引き戸越しに見えたT先生は、クレープのシャツ一に下半身はパンツ一丁。お昼 寝中だったのかな。
なんか可愛くて笑っちゃう。オニイの緊張もふーっと消えてしまった。
「先生のお姿が見えないので、オニイがとても気にしているものですから。」
再び出てこられた先生に、ご挨拶。
「お、わし、あの道場はやめたぞ。悪いな。」
なかば覚悟していたお答えだけど、シュンとして聞くオニイ。
どうも、ご病気やご多忙のせいではなくて、他の先生達との指導の方針の違いで、道場を引か れたと言うことらしい。
そういえば、他の先生方はいつもお世話になっている K先生の不在について、はっきりした説 明はなさらなかったし、「またツムジ曲げてはるんかな」とはぐらかしたりなさっていた。
は〜ん、そういうことかと疑問が氷解したが、それで先生がもう道場に来られないと判明するの はつらかった。
「お、大きゅうなったな。」
先生は一緒に連れていったアプコを見下ろして、笑われた。
ちょうどオニイがK先生のもとで剣道を習い始めた頃、私はアプコを懐妊した。
冬の夜の道場で、冷たい床に毛布を敷いて、毎回オニイの稽古を見学していた私の姿をK先 生はよく覚えて下さっていた。アプコが生まれ、体育館のはじっこでハイハイし始めた姿も、見 ていて下さっている。
「もう何歳になった?4才か?・・・ほう、もうすぐ5才。大きゅうなったなぁ。」
稽古でお会いするたび、「風邪、ひかすな」とふにゃふにゃと「普通のおじいちゃん」の表情で、 笑っていらっしゃった。
K先生との関係は、オニイの剣道の稽古だけではなくて、私にとっても長い年月を経たおつき あいだったんだなぁと、改めて思う。
「合同稽古には、まだまだいくからな。木曜の武道館の稽古にもいくからな。」
ちょっとへこんでしまったオニイにT先生は、別の道場での稽古日を教えてくださった。そして1 級の昇級審査についてのアドバイスを一つ、二つ。
「お前は左手に変な癖があるからなぁ。小さい時から一つもなおらん。」
あ、K先生のいつものお小言だ。
竹刀の握り方からマンツーマンで教えた直弟子の不出来に、自責を含んだ厳しいご指導。
やっぱり、まだまだ、この先生に教わっていたかったよなぁ。
「ま、とにかく、病気じゃなかったし、剣道もやめられたわけではないから、よかったよ。」
先生のお宅を辞したオニイが、ちょっと大人びた口調で締めくくった。
「先生達の間でもにもいろいろあるんだろうね。」
道場の先生方の間に、食い違いがあったと言うこと。コレまで気付かなかったものの、「そうい えば・・・」と思い当たることも多い。
そんな大人の世界の微妙な関係を垣間見て、オニイはまた少し大人になった。
「このことはゲン達にはあまり言わん方がいいかもしれんな」
幼い子達の理解を推し量って、ちょっと口をつぐんでおくことを決めたオニイ。その言い回しも、 なんとなくオトナっぽいじゃん!
子供らには何も告げずに、黙って道場をやめて引いてゆかれたK先生。
その古武士のような静かな引き際と、そこはかとなく可笑し味を含んだいかつい風貌。
「人物」だよなぁと、改めて思い直す。
オニイも私も、いい先生に巡りあえていたのだなぁ。
アプコを連れて、昼下がりのスーパー。
だらだらと蒸し暑くてぼーっとしてたから、スーパーのよく効いた冷房が気持ちよくて、必要以上 にのんびりとお買い物。
「アプコー、キュウリ探してー」
「ケチャップ、探してー」
と、ゆっくりお買い物ごっこ気分を楽しんでいた。
「こら!べたべた触ったらアカン!」
背後で、子どもを叱る女の人の大きな声。
アプコと二人びっくりして首をすくめそうになったけど、叱られていたのは、パック詰めのお魚を つんつん突っついている二人の3,4才くらいの男の子達だった。
「何遍言うたら、わかるの!ちゃんとついてきなさい。」
そうそう、このくらいの子ども達を連れても買い物って大変なのよね。何でも触っちゃうし、何か と欲しがるし、走るし、騒ぐ。
しかも、やんちゃな男の子ふたりじゃ大変だ。
我が家も今ではようやく連れ歩くのはアプコ一人になり、買い物もさほど苦にならなくなってきた けれど、幼い3人を連れ歩いていた頃は日常の買い物も本当に大仕事だった。
「おかあさん、がんばれー」
珍しく、人前でもしっかりと子ども達を叱るおかあさんの奮闘に、ちょっとエールを送りたい気分 になっていた。
・・・と思ってたんだけどね。
このおかあさん、いつまでもやたらとよく怒鳴る。
「そっちへ行っちゃダメ!まだわからんか!」
「それは買わない!置いてきなさい!」
「走っちゃダメって言ってるでしょ!」
とても地声の大きい人なのかもしれないけれど、ちょっとうるさい。
また、叱られる子どもも子ども。
おかあさんがどんなに大きな声で叱っても、二人が競い合うように、走る。触る。ケンカする。
おかあさんの大声も、彼らの頭上を空しく通過するだけで、ちっともアタマに入っていないよう だ。
昼下がりの静かなスーパーに母親のいらついた怒鳴り声がいつまでも続いた。
なんだろうなぁ。
子どもが商品を突っついても、騒いでも、走っても、人に迷惑をかけても、野放しで放っている 親もいっぱいいる。
見かねて注意した他人に喰ってかかる非常識な親だって結構いると聞く。
それに比べたら、この母親は、子ども達に「それはダメ!」とはっきり教え、人が見ているところ でも、怯まず大声で子どもを叱れる。
だからといって、いらだち紛れに叩いたり暴言を吐いたりしているわけでもない。
なのに、このいやーな感じ。
なんなんだろう。
「オカアチャン、みてみて。」
親子に気を取られている私の手をアプコがぎゅっとひっぱった。
さっき、男の子達がつついていたお魚やさんのパック。ラップされたトレーのうえで小振りのカ ニが、わずかにハサミを動かしているのだ。
「うわぁ、まだ生きてるね。」
きっと今の男の子達もこのカニを見つけて、突っついてみたくなっちゃったんだね。アプコもこ わごわラップ越しのカニをそっと突っついて、にっと笑った。
男の子達親子は、私たちのすぐ前でレジを済ませて、ずんずん帰っていった。
「飛び出したらダメ!危ないでしょ!」
最後の最後まで母親は、大きな声で子ども達の名を呼んだ。
レジのおばさんが、しょうがないねとばかり、私にちょっと肩をすくめて見せた。
あのおかあさん、ずーっと怒っていたけど、一度も子ども達を自分のそばに呼び寄せなかった な。
確かに子ども達の行動から目を離さず、一つ一つ、「だめ!」を連呼してはいたけれど、一度も 子ども達の目をみて叱らなかったし、自分の買い物の手を止めて子どものそばへ近づくことも しなかった。
遠く離れたところから大きな声で司令は出すけれど、結局子ども達の見ているもの、やってい ることに心を寄せることはしていなかったんだな。
だからこそ、子ども達もおかあさんの怒号をアタマの上で聞き流して、自分の興味あるもの、楽 しいことだけ追っかけていたのかもしれない。
いくら言葉を重ねても、声を大きくして叱っても、その心がきちんと子ども達に向かいあってい なければ、子どもの心には響かない。
「宿題しなさいよ」
「片づけ、済んだの?」
「ちゃんとやってるの?」
ただただ口癖のように毎日繰り返す子ども達への小言。
もはやそこに心なんてないよなぁ。
道理で、どの子もふんふんと軽ーく聞き流してくれるワケだ。
壊れたスピーカーのように、男の子達を叱り続けるおかあさんの顔は疲れた仮面のようで、怖 かった。
だめだめ、あんな顔してちゃ。
いくら叱っても子どもは離れていっちゃうよ。
帰宅して、ざぶざぶと顔を洗い、鏡にむかって、ニヤッと笑顔を作ってみた。
夏休みもようやく後半戦。
そろそろ追い込みだぞ。
早朝実家を出て、自宅に戻る。
通勤時間帯にかかるかと思ったが、大した渋滞もなく「ゴミ収集」に間に合う時間に、うちにつ いた。
夜には台風10号が近畿を直撃しそうだという。
金曜の夜は、男の子達の剣道の稽古。
帰省から戻ったばかりで、夜の稽古はちょっとしんどい。
早めの夕食を用意して送り迎えに奔走する母もお疲れ気味。
「警報出てるけど、お休みにならんかなぁ。」
親子共々、口には出さぬが、怠け心がちらちらと舌を出す。
夕方になっても雨も風もまだ出られないほどでもない。
「練習中止」の連絡網も回ってこない。
「やっぱりあるかなぁ。」
「先生が誰も来られてなかったらどうしよう?」
「こんな時こそ、出席してアピールする絶好の機会よね。」
「う〜ん、どうするかな。」
時間ぎりぎりまで迷って結局、GO!
ええい、雨よ、降らば降れ。
風よ、吹けば吹け。
少年剣士達を乗せ、オカアチャンの軽自動車がぶるぶる発進する。
やはり、どこの家でも同じ様な葛藤があったようで、子ども達の稽古の出席率は50%。
先生方も「稽古が終わる時間ぐらいまでは、台風も大丈夫でしょう」といつも通りの稽古が始ま った。
少数精鋭で、心なしかいつもより熱のこもった今日の稽古。
「やっぱり、稽古に出てよかったな。」
帰りの車中でオニイの一言。
ナントカ今日も怠け心にうち勝った子ども達に拍手。
そして、送迎の母にもね。
「やだな、さぼっちゃおっかな。」
って、フラフラと傾いてしまいそうなこと、いっぱいあるよな。
子どもだけじゃなく大人になってもいつまでも、自分のお尻に鞭打って、重い腰を上げなければ ならない事ってしょっちゅうある。
「ええい、やめた!」と投げ出して楽になることも出来るのだけれど、「それでもやっぱり・・・」と 誘惑にうち勝たねばならない時もある。
これから、何度も何度も、「さぼっちゃおっかな」という誘惑と戦うであろう子どもたちに、「やっ ぱり、さぼらなくてよかったよ。」という満足感を覚えさせておきたくて、意地のように踏ん張って 稽古に送り出す。
ホントは一番さぼりたいのは、雨の日の運転の苦手な母なんだけどね。
オニイが、剣道を始めたばかりの頃から、休むことなく稽古をつけて下さっていた先生が、ここ 数ヶ月、稽古をお休みしておられる。
鬼瓦のような風貌の大きなお声の老剣士。オニイは大好きなこの先生に竹刀の握り方や道場 での挨拶の仕方から、直々に指導していただいた。
少しお耳が遠く、時々話の通じない時もあるちょっと煙たい先生だが、誰よりも早く道場に現 れ、稽古前の掃除から子ども達と一緒になさる。
時々お酒臭いこともあるけれど、小さい子の頭をくしゃくしゃ撫でる笑顔は、なんとなくかわいら しい。
オニイはこの先生を通して、「強いオトコ」「なりたい大人」のイメージをふくらませてきた。
その先生がある日を境に、道場に姿をお見せにならなくなった。
持病が悪化なさったか、ご高齢で稽古がきつくなられたか・・・
もう道場には来られないらしいと言う噂だ。
老剣士の姿のないまま、いつものように道場の稽古は続く。
「K先生は、ホントにもう来られないんだろうか。」
稽古のたび、オニイの目がそこにはないK先生の姿を探す。
K先生にいつも指導していただいていた「型」も相棒のTくんと二人で自習。
今月末の昇級審査に向けて、しっかり稽古すべきなのだけれど、厳しいK先生の姿がないとい まいち気合いが入らない。
ほんとにねぇ。K先生、来ていただきたいよね。
防具なんかつけなくてもいい。
道場の真ん中で腕組みして、にらみを利かせていて下さるだけでいいのにね。
せめて、今度の昇級審査に通って晴れて一級になれたら、一緒に報告に行こうよね。
今年は、お盆より一足先にお里帰り。
6日早朝から子ども達を車に詰め込み、須磨の海で海水浴のあと、ビーチサンダルのまま加 古川の実家になだれ込む。
「ひいばあちゃんの初盆のお参り」と称して、いつも通りの夏のお騒がせ。
日頃、父と母が静かに暮らす家に、騒々しい4人の子らが、ざわざわと突風を送り込む。
3月にひいばあちゃんが亡くなって、介護という肩の荷を降ろして、父と母の生活はその軽や かさにようやくなじんできているようだった。
ひいばあちゃんが長年寝起きしていた部屋には新しいお仏壇。妙に広く感じられる。
そのすーっと風の通る感じが、父と母の二人の生活の変化を物語っているようで、ひいばあち ゃんの居ない実家に私自身、ようやく心慣れてきた気がする。
長い間一緒に暮らしていた家族が亡くなって、時間とともにその人の不在になじんでいく過程 は穏やかに流れる。
買い物の途中、「あ、これ、おばあちゃん、好きだったよね。」と手にするお菓子。
勝手口の横に置かれたままの散歩用の手押し車。
靴箱の奥に残されたままのリハビリシューズ。
少しづつ生活の場から姿を消していくひいばあちゃんの「生」の痕跡。
それでもときおり、ほのかな懐かしさを含んで心に浮かぶひいばあちゃんの面影。
人が生きて、命尽きて、そして誰かの心に「思い出」として再び存在し始めると言うことの静か な実感は、「生きる」ということの当たり前の結末として、今日の私の「生」に勇気を与えてくれる 気がする。
ふと気付くと、ひいばあちゃんのお仏壇の前に、子ども用のクッキーの小袋が一つ。
買ってもらったばかりのおやつのうちの一つをアプコがこっそりお供えしていたようだ。
お盆やお正月にしか顔を合わせることもなく、「奥のお部屋で静かに寝起きしていた人」くらい の認識しかないものかと思っていたけれど、幼いアプコの心にもひいばあちゃんの面影はちゃ んと根っこをおろしていたんだな。
広島の平和公園の折り鶴が焼かれたそうだ。TVのニュースを見ていたアユコが血相を変えて 教えに来た。
「また?以前にも何回かあったよね。」
よくある事ね、というような私の反応に憤慨するようにアユコが畳みかける。
「広島の千羽鶴やで!何でそんなことするんやろ!」
学校で十分な平和教育を受けているアユコにとって、平和への祈りを込めた鶴を気まぐれない たずらで焼いてしまう感覚が信じられなかったのだろう。
アユコの反応は正しい。
「これまでにもよくあることやね。」
と、聞き流してしまう感覚の方が麻痺しているのだ。
千羽鶴は焼けない。
誰かの千の想いが織り込まれた鶴には千枚の折り紙の重さだけではないプラスαの重みがあ り、火をつける手を一瞬惑わせる。
我が家の3階には、大きな紙袋に入れた千羽鶴が5つも6つも残っている。
「にしばあちゃん」は義父の産みの母に当たる人。この「にしばあちゃん」がとても手先の器用 な人で、几帳面に切りそろえた新聞広告の紙でいつも折り鶴を折っておられた。私たちの結婚 の時、子ども達の誕生の時、にしばあちゃんは、毎日折り貯めて木綿糸で綴った千羽鶴を贈っ て下さった。
事情あって、晩年、老人保健施設の住人となっていたが、朗らかで人当たりがよく、二言目に は「ありがとう」が口癖のにしばあちゃんは誰からも愛され、大事にされた。
「手先を使うことが好き」と折り紙を続けたにしばあちゃんは、身の回りの最小限の持ち物を残 し、誰かに迷惑をかけることもなく、こぢんまりと自分の生涯の後始末をつけてから旅立ってゆ かれた。
我が家の残るにしばあちゃんの千羽鶴。
何かの折りに、神社にでも奉納しようかといいつつ、もう何年も保存したままになっている。几 帳面に角をそろえて折られた何千羽もの鶴を見るとき、自分に定められた人生を静かに受け 入れて大らかに全うされたにしばあちゃんの見事さを思い出す。
一羽一羽の積み重ねが、数千羽の数となって、心に迫る。
それは平凡な当たり前の日常の繰り返しにも似て、一人の人生の圧倒的な重みに通ずる。
私も、一人で何千羽もの鶴を折ったことがある。4人目の子なるみが、生後すぐに見つかった 心臓の病気で入院していたときのことだ。
思いがけず我が子の命が危機にさらされたとき、私はうろたえ、泣き、ところ構わず歩き回っ た。周りの励ましやいたわりの言葉も耳に入らず、自分を失い、惚けたようになっていたと思 う。
最初のショックからしばらくして、「これじゃだめだ」と気付いたとき、私が手にしたのは小さな折 り紙だった。
小さな保育器に入れられ、ガラス越しに見守ることしかできない小さな娘のために私が出来た のは、ただただ祈りを込めて鶴を折ること。手元にいつも小さな巾着に入れた折り紙を持ち憑 かれたように鶴を折る母の鬼気迫る姿は、はた目にはさぞかし不気味に見えたに違いない。
それでも、余計な不安や不吉な想いに惑うことなく、ただただ「折る」ということに専念した数日 のあいだに、私は心の整理をつけ、娘の困難な「生」を正面から見つめる勇気をはぐんでいっ たような気がする。
落ち着いてから思い返してみると、病院という場所にはあちこちに折り鶴だのくす玉だの誰か の根気強い手作業の成果が飾られている。
不安な入院生活や重苦しい時間を食いつぶすばかりの付き添いの合間に、折り紙を手にする のは自然の流れで、病院の売店には千羽鶴用の小さなサイズの折り紙が必ずのように置いて ある。
「早く良くなりますように」
「痛みや苦痛がなくなりますように」
病人や家族の切なる想いを込めて作られた鶴は、圧倒的な重さを持っていつまでも残ってい る。
千羽鶴は焼けない。
火をつける手にためらいがあるのは、作った人の深い祈りに心が揺れるからだ。
「どんな人がどんな想いでこれを折ったのだろう。」
そんな当たり前の想像力の備わった人だからこそ、いたずらや憂さ晴らしに鶴を焼くことは出 来ないのだ。
広島の鶴を焼いた人に、折った人の祈りをくみ取る想像力が育まれていなかったことは悲し い。
そして、焼かれてしまった鶴について「よくあることよね」と聞き流してしまいそうになる私の感覚 の麻痺。
多感なアユコのまっすぐな憤慨が、母の無感覚に杭を打つ。
こんな事に慣れてしまってはいけない。
幼い子らを育む者として、誰かの愚に憤る感覚を鈍らせてしまってはいけないのだ。
私が娘のために折った千羽鶴は、小さな棺桶に入れて娘と一緒に見送った。
娘とともに鶴を焼いた時の痛みは時が過ぎても忘れることはない。
広島の鶴は焼かれても、そこに込められた祈りは忘れられることはない。
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