月の輪通信 日々の想い
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始業式の朝。 アプコは初ランドセル登校。ぴかぴかの一年生というヤツだ。 登校班の班長に昇格したゲンが、あれこれ小言を言いながらアプコの手を引く。 いつもと違う朝の道中が気恥ずかしいアプコはゲンの手を振り切って走っていこうとする。 「大丈夫かねぇ、あの二人・・・」と見送っていたら、 「あたしも一緒に行ってくる。」と、今日はまだ徒歩通学のアユコが二人の後を追って走っていった。 なぁんだ。いつもの通学メンバーからアタシが抜けただけじゃないか。 園バスの送りで何年も続いた朝のお散歩がなくなった母は、気抜けしてバイバイと小さく手を振る。 その後ろから、微妙にアユコと登校時間をずらしてぐずぐずしていたオニイが自転車でビューンと出て行く。 久しぶりに子ども達があちこちに散らばっていく春の朝。 タンポポの綿毛みたいだなぁ。 ふわふわと飛んでいく子ども達を見送った母は、ぽつんと芯だけになったタンポポの気持ちになって空を見上げた。
小学生組のアプコとゲン。 4人兄弟のなかで、この二人が組になる事はきわめて少ない。 アプコはいつもアユ姉の後を尻尾のようにくっついて回るし、一番年の近いゲンのことをお兄ちゃんというよりは唯一対等なケンカ相手ぐらいに思っている。 ゲンのほうでも、ほんとは4つも年下のアプコに時には兄貴風をふかせて偉そうにしてみたいのに、いつもオニイやしっかり者のアユコにお株を奪われて、妹にナメラレているのが面白くない。 この二人が、いつものお世話役のアユコのいないところで、これからどんな風に「兄=妹」の関係を拵えていくのかが今後の見所でもある。
中学生組のアユコとオニイ。 こちらはもう少し複雑である。 仲良しさんと同じクラスになって、やたらハイテンションで新しい学校生活に目を輝かせるアユコを、この春から晴れて受験生のオニイがちょっと浮かない顔で遠目で見ている。 これまで自分だけの世界であった中学校へ、何かと口うるさい、しっかり者の妹が入ってくる。もしかしたら、教科の成績も生活態度も妹の方がいいかもしれない。日頃家ではあまり口にしない学校での出来事やトラブルも全部アユコを通して父母に筒抜けになるに違いない。 「やりにくくなるなぁ」というのがオニイの本音なのだろう。 先日、何かの話の折に、「アユコには負けたくないからな。」とオニイの口からポロリと漏れた。親の方としては格別アユコとオニイを比較したり競わせたりしているつもりはさらさらないのだけれど、プライドの高い長男坊のオニイには出来のいい(ように見える)アユコの存在は頼もしくもあり、鬱陶しくもあるのらしい。 実際には生意気な口をききながらも、どこかでオニイを頼りにして甘えたがっているアユコの複雑な心境にオニイはいつの日か気づくのだろうか。
兄弟が多いと、それぞれの子ども同士のつながりの糸の数も増える。 アユコ、オニイの弟でありながら、アプコの兄でもあるゲン。 ゲン、アプコの姉でありながら、オニイの妹でもあるアユコ。 特に中間子であるゲンとアユコの立場はいつも複雑である。 アプコとアユコの入学で、新たに生まれた我が家の「ツーペア」 その行く手を見守る母の楽しみは尽きない。
| 2005年04月07日(木) |
一年生になったら アユコ編 |
昨日に引き続き、今日はアユコの中学校の入学式。 昨夜からの雨がかろうじて上がったので、学校までの30分の道のりをアユコと二人で歩いていく事にする。 いつもの小学校への通学路にさらに15分あまりのダラダラ下り坂の続く中学への道。途中の人通りの少ない山道を配慮して、オニイと同じように自転車通学の許可が下りるはずだが、どうやらアユコは近所の仲良しのAちゃんと歩いて通いたいらしい。自転車ならすいーっと十分でいける道もいいけれど、友達同士ぺちゃくちゃお喋りしながら通う三十分もこの年頃の女の子達にはきっと楽しいに違いない。 真新しい白い運動靴が汚れないように、ピョンピョンと器用に小さな水溜りを避けて歩くアユコの足取りがいつもよりちょっと弾んで見えて、クールを装う新入生の胸の高鳴りが初々しく感じられる。
「Aちゃんとおんなじクラスになれるかな。」 中学に入るアユコにとって一番の気がかりは、親友のAちゃんと同じクラスになるかどうかということだった。 Aちゃんとは小学校の低学年の時からずっと同じクラスで過ごした大の仲良し。 おっとりのんびりマイペースなAちゃんは、何かというと一人でクラスの世話役やリーダー役を引き受けてきて孤軍奮闘してしまいがちなアユコのよき参謀役。いつも静かにアユコのそばにいてくれて、頑張りすぎたアユコが折れそうになったとき、そっと寄り添ってやんわりと包んでくれる心優しい女の子だ。 この年頃にありがちなネチネチクチャクチャした女の子同士の友達関係を苦手とする二人のつかず離れずの友情は、親の目から見ても気持ちの良い暖かい信頼関係で結ばれている。 中学生になったらあんなこともしたい、こんなことにも挑戦したいと心弾むアユコにとっては、のんびり屋の穏やかなAちゃんがそばにいてくれたら、どんなに心強いことだろう。
「5クラスに別れるんだもの、一緒のクラスになる確率は五分の一よね。」 「名前の50音順も近いから、無理かしらんねぇ。」 ここ数日、何度も何度も聞かされたアユコの不安。 開けてみれば、校舎の窓に張り出されたクラス分けの名簿の一枚目に仲良く二人並んだ二人の名前。 よかったね、なかなか幸先がいいぞ。 新しい学校生活に唯一の心配事が消えて、ニコニコと笑顔で迎えた入学式。 アユコの気持ちを映すように式の途中からは青空も見えて、ワクワクと楽しい門出の日となった。
午後、貰ってきたたくさんの教科書に名前を書いていたアユコが、いつの間にかコロンと横になって爆睡していた。 今日一日、期待と不安に揺れ動いて、アユコは妙にハイテンションで過ごしていた。きっととってもくたびれたのだろう。 昨日今日と娘たちの入学式に出席して、母もずいぶんたくさんのドキドキワクワクを経験させてもらった。 明日はオニイ、ゲンの始業式。アプコはランドセルでの初登校だ。 まだまだドキドキワクワクは続く。
暖かい一日。 アプコ入学式。 今年はちょうど桜の開花にタイミングが合って、誠に入学式日和。 この間、卒業したばかりのアユコも、今日は保護者として一緒に入学式に出たいという。アプコの「小さい母さん」であるアユコとしては、甘えん坊の妹の門出の日が気になって仕方がないのだ。 ついこの間、「さよなら、またね」と巣立った校舎や大好きな先生方が、新しい一年生を迎えて、新たなスタートを切るのを見届けておきたい気持ちもあるのかもしれない。 おなじみの先生に「もう一回小学生やるか?」とからかわれたりしながら、楽しげに写真係を務めてくれた。
先日の卒業式では、大きく成長した6年生がしっかり前を向いて座っていた席に、今日は小さな一年生が先生方に誘導されて、ぴょこぴょこと並んで座る。 どの子もまだまだ小さくて、パイプいすに座ると足が床に着かなくて、大半の子が足をプラプラさせて座っているのがなんともかわいらしい。この小さな子ども達が、また6年間であんなふうに大きくなるのだなと思うと感慨無量。
入学式の校長先生のお話、面白かった。 「校長先生には、もう一つ別のお仕事があります。」 と先生が急に演壇の後ろに隠れてしまわれた。何かごそごそしていらっしゃたかと思うと、式服のかわりにいつも見慣れた赤いジャージの上下に金槌やペンチなどの工具がいっぱいぶら下がった腰ベルトを締めながら再登場。 「先生は地球防衛軍の指令を受けて、君たちが安全に過ごせるように壊れた所を直したり、悪い人が来ないように見張ったりしているのだよ」とお話になった。 意外なパフォーマンスは一年生達には大うけで、かわいらしい笑い声が聞こえた。 学校の危機管理がやかましく言われるようになって、保護者向けにも子ども達の安全をアピールしておかなければならない事情もあってのパフォーマンスだという事が分かってはいるけれど、それでもなんだか好印象だった。 後でアプコと話していたら、「あの、赤い服の人・・・」というばかりでなかなか「校長先生」という言葉が出てこない。よほど赤いジャージの印象が強かったのだろう。 それもいい。
きょう一日、あちこちで「今度は妹さんが一年生ですね。」といわれて、そのたびに「『振り出しに戻る』みたいですね。」と笑って返した。 今日のアプコは、6年前のアユコと同じはにかみ屋の甘えん坊。 「おめでとう」といわれても「お名前は?」と聞かれても、きゅんと凹んで後ろに隠れてしまう。あの日のアユコと同じだ。 アユコのときなら、「ちゃんとお返事してね。」「一年生なんだから、名前くらい大きい声で言おうよ」としつこく促していた所だけれど、今日は笑って好きにさせる。こういう余裕が生まれるのは、少々恥ずかしがりやでも6年間でちゃんと活発な女の子に成長したお手本がそこに居るからだ。 長年の子育てのキャリアも捨てたモンじゃないと思う。 こないだまでのアユコの担任の先生にお会いして、そんな話をしていたら「よしよし、いつでも泣きべそかきにおいで。」とふくよかなおなかをぽんぽんと叩いて笑ってくださった。 はにかみ屋のアプコに、母と似た体型の泣きべそポイントが確保できて、母は嬉しい。
ゲン、早朝から剣道の遠征試合で松江へ出発。他の道場の人たちと大型バスに乗り合わせての、一泊の遠征旅行だ。
「試合に行くのだから、くれぐれも竹刀の手入れはきっちりしておくように・・・」と先週から確かに引率のI先生に言われていた。 剣道の竹刀というのは、稽古を繰り返すと刀身の部分がささくれたり割れたりしてすぐに傷む。そのままにしていると怪我につながるので竹刀の手入れは日頃から厳しく教えられている。万一の破損を考えて、竹刀は常に2本用意しておくのも大事な事だ。 ささくれた竹は専用のナイフで削るが、もっと痛みが激しくなると分解して部分的に新しい竹に差し替えたりして修理を施す。4本組み合わせた竹が全部駄目になると新しい竹刀を購入しなければならなくなる。 扱いの荒い子ども達にとって、竹刀はまさしく消耗品だ。結構出費もかさむので、先生のところで既製の竹刀ではなく、割安な竹だけを分けていただいてきて自分で組み替えたりて使ったりする。
昨日、ゲンにはちゃんと竹刀のチェックをしておくようにいっておいた。オニイが一緒にチェックして、一本は組み替えて整えてくれたけれど、もう一本は組み替える竹が足りない。 道場のF先生の所まで新しい竹を買いにいかなければならないかなぁと思っていたけれど、「このくらいなら、なんとかいけるんじゃない?」とオニイがいうので、ささくれを丁寧に削ってなんとかごまかしておく事にした。 夜、道場の稽古に出かけたら、帰りに案の定、I先生のチェックが入って、「ゲンの竹刀はダメですよ。ちゃんと替えといてください。」 とダメ出しを喰らってしまった。 この時間から竹を買いに行くなら、F先生がお帰りになる夜の10時ごろに再び滑り込みで買いに行かなければならなくなる。 あちゃー、どうするよ。 「いける、いける」とダメ竹刀にOKを出したオニイが妙に責任を感じて、家にある在庫の竹や古竹刀をひっくり返して、なんとか使える竹刀を組み上げてくれた。 当のゲンはと言うと、終始困った顔をしておろおろするのみ。いつもはオニイに生意気に食って掛かるゲンもさすがに神妙だ。
そして今朝。 「着替えは入れた?靴下は?面タオルは?」 散々繰り返してチェックさせて送り出したはずだった。 重い防具袋に竹刀袋、着替えやおやつを入れたリュックに水筒をもって、よろよろ車に乗り込むゲン。 「だいじょぶかなぁ・・・」 なんとなくいや〜な予感はあった。
「ゲンのいない休日ってなんか静かだよな。」 「ゲンにいちゃん、何食べてるかな?」 お昼ごはんのときだった。 かかってきた電話に出た父さんが、 「えっ!ゲンがですか?・・・・はぁ・・・はぁ・・・いやぁー。申し訳ありません・・・・」 と絶句している。 まさか、けが?事故?迷子? 一瞬家中が凍りついた。
「・・・ゲン、剣道着忘れたらしいよ。」 ひぇーっっ! そういえば昨日、稽古が終わってから脱いだ剣道着・・・。防具袋には入れなかったのね・・・。 「先生が、現地の武道具店で新調してもいいかって・・・。お願いしますって言っておいたけど・・・」 げげぇーっ!剣道着上下新調って、一体幾らかかるんだろう。 引率の先生方にもどんなにご迷惑をかけているかと思うと、背筋に冷たいものが流れる。 あほやなぁ、ゲン。あほやなぁとおろおろするばかり。
すぐに折り返し、先生から電話があった。 別の道場のWさんという先生が、ちょっと遅れて、今から遠征チームに合流されるのだと言う。今すぐその先生の所に届けてお預けすれば、なんとか明日の試合に間に合うように持っていってくださるだろう。 「はぁ、ありがとうございます。そうさせていただきます。ほんとにご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。」 父さんただただ平謝り。 一度もお会いしたことがないWさんという先生の連絡先をうかがって、父さんとオニイが車で届けに行ってくれる事になった。
「ほんま、ゲンって奴はいろいろビックリさせてくれるよな。」 「はぁ、ほんまになぁ。」 残ったアユコと、目が合うたびにため息が出る。 引率してくださったI先生にも、他の道場の先生方にもずいぶんご迷惑をかけたのだろうな。 ゲンと言えば、この間の試合のときにも会場に剣道着の入ったかばんをそっくり忘れてきて、I先生には散々ご心配をかけたばかり。 「まったくもう、ここんちの親は・・・。」とあきれ返っていらっしゃるだろうか。 うわぁ、やだな。 かっこわりーなぁ。 もうちょっとちゃんとチェックして送りだしゃよかったなぁ。 ほんとうにもう、あほやなぁ、ゲンったらほんとにもう・・・。
「無事届けたよ。」 父さんとともに、W先生のところへ届けに行ってくれたオニイが帰ってきた。唐突に奇妙な頼みごとに現れた初対面の親子に、「よくあることですよ」と笑ってくださったそうだ。 「でもなぁ、剣士が試合に剣道着忘れていくなんて、決して『よくあること』じゃないよね。」 「うん、きっとあの先生も、内心では『アホなやっちゃな』とおもっているだろうけどね。 」 それでも、慌てふためいて駆けつけてきた親子に「ドンマイ、ドンマイ。」と、気持ちよく笑ってくださったW先生の受け答えは有難い。 弟の度重なる失敗を我が事のように責任を感じていたらしいオニイも、W先生のさわやかな対応振りに心動かされたようだった。 「オニイ、よく覚えておこうね。 こういう時には、『よくあることですよ』って言ってあげるんだよ。」 ゲンの大チョンボの教訓として、W先生の寛大なさわやかさをいただいておくことにする。
「ゲンが帰ってきたら、散々文句言ってやらにゃならんなぁ。」 忘れ物をとりあえず届け終わって、少し気持ちの緩んだオニイが笑う。 「だめだめ。そうじゃないでしょ。『よくあることですよ』でしょ?」 母もようやく軽口を飛ばして笑う。 二つの道があれば必ず三つ目の道を選ぶ。 いつも思いがけないビックリを唐突に持ち込んでくるゲン。 そのたびにオロオロ、ジタバタする母だけれど、せいぜい「よくあることじゃん」と余裕で笑ってやれる度量も必要。
・・・って、ほんとは子どもの初めての旅行荷物をちゃんとチェックしておいてやるだけの細やかさを持とうよね、自分。
朝の生協で10�圓諒討�届いた。 我が家の米の消費量は一週間に5�垓�。 1,2週間に一度、生協で注文して届けてもらう。 たいがいは、米を切らすことがないように早めに注文しておくのだけれど、時々目算を誤って配送の2,3日前に米びつの中身が底を突きそうになることがある。 ちょうど今週も、あと1食分か2食分、ちょっと心細いかなという感じの微妙な懐具合となった。ご近所のスーパーで調達してきてもいいし、おばあちゃんちで2,3合拝借してきてもいいのだけれど、金曜日の朝には先週注文した10キロの米が届くのが判っている。お昼ご飯をパンにしたり、晩御飯をちょっとボリュームのあるパスタにしたり、微妙な算段でなんとか乗り切る。 たった一日二日のやりくりだというのに、「米びつに明日炊く米がない」と言うのは何となく心細くて、カツカツと追い詰められた気分になるのは何故なんだろう。
届いたばかりの米袋の封を切り、よっこらしょっと持ち上げてライサーに流し込む。さらさらと米が満ちていく音がふくふくと嬉しい。 いつも食べなれた格別上等でもないお買い得価格の無洗米。それでも我が家の米びつにたっぷりと米が蓄えられると心豊かに満たされた思いがするのが何となく自分でも可笑しい。
実家の母はいつもライサーを使わず、流しの下の四角いブリキの米びつから計量カップで1合、2合と数えながらその日炊く米の量を量って入れた。 友達の家で、ボタン一つで一合分ずつ簡単に量れるライサーの便利さを見覚えて、「どうしてうちではジャーッとお米が計れる米びつを使わないの?」と尋ねたことがある。 母は流しの前に膝をついて、いつものようにさらさらとカップでくみ上げた米を計りながら「こうやって一杯ずつ量るのが楽しいから」と笑って答えてくれたのを思い出す。 私自身は新婚の時に頂き物で導入した「ボタンでジャーッ」のライサーで長年愛用してきたけれど、数年前、無洗米を使うようになってから、一旦多めに落とした米を無洗米専用の計量カップで一杯ずつすくって米を計るようになった。 たっぷり蓄えた白米をさっくり掬ってさらさらと器にあける。冷たい米の触感は確かに心地よく、ちょっと楽しい。 育ち盛りの子どもを抱え、日に日に米の消費量の増える家族の時間を毎日汲み上げる白米の数で実感していたであろうあの日の母の嬉しさが今なら私にも判る気がする。
米びつにたっぷりと蓄えがあるという嬉しさ。 それは例えば、いつ使うとも知れないたくさんの便箋や大束の封筒を買い込んで文箱にしまいこむ時のワクワクする気持ち。 当座これといって使う当てもないハギレの布や綺麗なリボンをたっぷり集めて押入れに溜め込む時の楽しい気持ちにもちょっと似ている。 そんな話をしていたら、父さんにもそういう気持ちになる事があるという。 それは数年に一度、大型トラックで陶芸の土が運び込まれたとき。 材料屋でこれから使う釉薬をたくさん買い込んできたとき。 いつ使い切るとも知れない仕事の糧が、ここしばらくはとりあえずたっぷりと身の回りに確保してあるという嬉しさは、じわじわと静かに心を満たす喜びでもある。
一日一日、カップで量る白米の量で今日の日の家族の時間を計る。 ささやかな嬉しさは主婦の特権。 開けたての米を今日は4合。 福岡土産の明太子を、炊き立ての白飯で頂こうと思う。
昨日の夕食後、アユコが急にフルーツが食べたいと言う。 「自分で剥いて食べるんならどうぞ」というと、台所の隅に積んであったポンカンを取ってきて、コタツの向こう側で熱心に剥きはじめた。 横からアプコも調子に乗って、「アタシはりんごが食べたい」と言う。 今度はアユコが「自分で取ってくるんならどうぞ」とアプコに言い、アプコは喜び勇んでりんごを取ってくる。 アユコの横にちょこんと座り、くるくるとりんごを剥いてくれるのを楽しげに眺めている。 まるで親子じゃん。 ずぼら母!娘達にりんごくらい、剥いてやれよ。 アユ姉、悪いねぇ。
アプコ、包丁をおもちゃにして、アユコが剥き終わったりんごの皮を小さく刻んで遊ぶ。 「おいおい、アプコ、手ェ切るぞ。危なっかしくて見てられない。」と横からオニイが叱る。 「切らないよーだ。だって包丁の練習してるんだもん。」とアプコが唇を尖らせて反撃する。 あはは、オニイったら、心配性は父さんそっくりだと思っていたら、 「ほっといても大丈夫よ、そうやって刃物の扱いを覚えるんだから。」 とアユコが悟りきった口調でオニイに意見する。 ありゃりゃ、この放任育児法は、母そっくりか。 いやぁ、面目ない。
しばらくして、アプコとオネエは一緒にお風呂に入る。 剥き終わった果物の皮や包丁まな板は、コタツの上に出しっぱなしだ。 「自分で食べた後は片づけまできちんとやって欲しいわね。」 とたまには母親らしく、説教の一つもしてやろうと思っていたら、お風呂上りのアプコが濡れた髪のままですたすたやってきて、自分が切り刻んだりんごの皮やオネエが剥いたポンカンの皮を黙ってそそくさとスーパーの袋に入れ始めた。 きっとアユコの指令が出ているのだろう。 そのタイミングと手つきは、私の、そしてアユ姉のそれとそっくり。こんな些細な行為の一つ一つが母から、姉から、小さいアプコには継承されていくのだなぁと言う事が何となく可笑しく、何となく怖い。 恐るべし、我が家のちいママ、アユコ。 母にはもう、あんた達に教えることはないよ。 アユコ、これからもしっかりアプコを育ててね。
今朝、食べる時期を逸したりんごを甘煮にしてかたづけてしまおうと思いついた。 「あ、それ、やらせてやらせて。」 とどこからかアユコが飛んでくる。 アユコはりんごの皮を剥くのがすきなのだ。 「じゃ、全部剥いて刻んどいてね。」 とごろごろと5、6このりんごを渡す。 丸のままのりんごをくるくると回しながら、途切れずに長〜く皮を剥く事に熱中するアユコ。さすがに包丁の扱いもずいぶん上手になったなぁ。 スパンスパンと向けたりんごを四半分に割って、芯を取っては小さく刻む。包丁の腹を使って、ステンレスのお鍋に切れたものを運ぶ手つきも何となく主婦っぽい。 「ねぇねぇ、アユコ、芯はもう少し深く取ってよ。」 というと、アユコ、ちょっと困った顔をして 「芯を取るのって、なんか手まで切っちゃいそうで、まだちょっとこわいんだ。」 という。 アユコの切りかけのりんごを受け取って、ザクッと深く切り込んで芯を除ける。「一回目に包丁を深めに入れるといいよ。」と包丁を返すと、アユコがほぉっとため息をつく。 こんな些細な事でそんなに感嘆してもらって嬉しいよ。
ああ、しっかり者のアユコにも、まだまだ苦手はあるんだな。 母にもまだ、アンタに教えることの出来る事が少しは残っているらしい。 ほんの些細な事でもね。
月の輪通信
アプコ、先日卒園したばかりの幼稚園のお別れ会。 父母会の立案で今年度でご退職になる7人の先生方の送別会を兼ねての楽しい集まりだった。 卒園式から十日あまり。 「さよなら、元気でね」と手を振って後にした園庭を再び訪れるのは妙な気分で、アプコはいつもの制服ではなくて私服で訪れるのがなんとなく不安げで「ほんとにこの服でいいの?」と何度も尋ねる。 たった10日の間に、園庭のチューリップの芽はぐいっと伸び、通いなれた保育室はすっかりきれいにお掃除されて、先生方が新しい園児を迎えるための飾りつけをはじめておられる。 長い間毎日通った幼稚園も、もううちの子が通う幼稚園ではなくなったのだなということがしみじみと感じられる。
会が始まる前に、卒園式のときに仲良しの先生方と一緒に撮らせてもらった記念写真を先生方におわたしした。アプコが自分で配りたいというので、一人分ずつ封筒に入れたものを渡して配ってもらった。ほとんどの先生方はすぐに見つかって渡すことができたのだけれど、あと一人だけどうしても近くにお姿が見えない先生がある。 会の集合時間も迫っていたので、あとでもう一回探しに行くことにした。
小さなリズム室に4クラス分の親子が集まってのお別れ会。先生方のリードで、子どもたちと楽しいゲームが用意されていた。 アプコは10日ぶりに顔をあわせるクラスメートたちとふざけあうのにもなんとなく気後れして、遊びの輪にも入っていこうとしない。そのうち、集合の合図がかかって、ほかの子たちがクラスごとに並ぶようになっても母の足元にすがり付いて離れようとしない。無理に友達の列に戻そうとすると、あっという間に泣きべそ顔になった。 あらあら、もうすぐ一年生になるというのに、入園式に逆戻りのような甘えんぼぶり。どうしちゃったのかなぁと思いつつ、一方では「もう園児ではないけど、まだ大好きな幼稚園に入るアタシ」という微妙な違和感に悩まされているアプコの戸惑いもなんとなく理解できる。 アプコの不甲斐なさにしょうがないなぁとちょっと情けない気分になったけど、無理に友達のところへは戻さず、会の間中、親子でべたべたくっついてすごした。
会が終わって帰る時間になって「ほら、M先生、探しておいで。」と封筒を渡した。まだ、さっきの泣きべその名残でちょっとへこんでいるアプコは「お母さんも一緒にいこうよ」と渋ったけれど、「一人で行っておいで」と背中を押して送り出す。 玄関のロビーに立ったまま、アプコが長い渡り廊下をパタパタ下って行くのを見守る。 アプコはなんとか後ろを振り返りながら、△組のドアの前までいくのだけれど、その場でもじもじしてノックもできずに戻ってきてしまう。そのたびに「もう一回行っておいで」「トントンってノックしてごらん」と新たな指令を繰り返す。
末っ子姫で内弁慶のアプコ。 世話焼き上手なアユコやお兄ちゃんたちと行動するときには結構大胆にわがままを言ったり大きな声を出したりするくせに、一人で行動する段になるとどうしても恥ずかしがったり気後れしたりして戸惑ってしまう。 3年間の幼稚園生活を通じて、すこしづつ先生方に甘えお友達と仲良く遊ぶことを覚えて、お母さんやお姉ちゃんの知らない自分だけの世界をはぐくんできたはずだった。 ぴかぴかの一年生になる日を間近に控えて、急に甘えん坊の幼稚園児に戻ってしまったアプコ。 大好きなM先生のお部屋をノックして、写真を渡してくるのが今日のアプコの卒園試験。 何度も何度も首を傾げて戻ってくるアプコに手を振って、早くM先生がドアの外のアプコの存在に気づいてくれないかなぁとやきもきしながらそっと見守る。
何度目かの往復のあとで、ようやくM先生がドアの外のアプコに気付いてくれて、やっとアプコは写真を渡すことができた。M先生とお話をするアプコの顔に笑みが戻った。遠くからその笑顔を見届けてほっと気持ちが緩む。 アプコにとっては、別々の学校に進むお友達や大好きな先生とのお別れも、通いなれた園を去ることも生まれてはじめての別れの経験。 卒園式の時には意外とけろっとしていたアプコも、たった10日のお休みを経て再び園を訪れる段になって、ようやく長いさよならの意味を理解したのかもしれない。 ちゃんと一人で写真を届けて、先生と握手をして「さようなら」できたアプコは晴れやかな顔で再び渡り廊下を駆け上ってくる。 卒園試験、なんとか合格。 明日もがんばれ。
アプコが買っている5匹の金魚は昨年の夏、アユコが夏祭りの模擬店で捕まえてきてくれたもの。半年ほどの間にびっくりするほど成長し、小さな水槽があっという間に手狭になった。 冬の間、にごった緑色の水の中で時々見え隠れしていたのだが、世間が暖かくなってくるとアプコがしつこく父さんにせっつくようになって、ようやく水換えをしてもらった。綺麗になった水槽に新しい水草も買ってきて、ますます大きくなった金魚たちの姿に改めて感嘆する。 これが鯵なら、南蛮漬けにでも出来そうなサイズだ。
「おかあさん、みてみて!金魚さんたちが鬼ごっこしてる!」 とアプコがしきりに呼びにくる。 「暖かくなったから、元気に遊び始めたんね。」 と聞き流していたら、今度は父さんが 「一番大きい金魚、いじめられてるみたいだなぁ。」 と首をかしげている。 そばによって見てみると、確かに一番体格のいい金魚が他の金魚たちにしつこく追い掛け回されている。時には水槽の隅に押し付けられたり、水面にパシャンと跳ね上がったりして、いつものゆったりのんびりとすいぶん様子が違う。 「へぇー、金魚にもいじめってあるのかしらん。でも、こんなの初めてよね。」と眺めていて、ようやく気が付いた。 「これって交尾なんじゃない?」
ネットでいろいろ調べてみると、確かに暖かくなってくると、夜店の金魚も繁殖の季節になるのだという。とすればあの大きい金魚が雌、追い掛け回している3匹が雄、そして一匹だけ追いかけっこに加わらないでひょろひょろ遠巻きにしている小さいのは未熟な雄かセックスアピールの足りない雌なのだろう。 「これって、逆ハーレム状態だったのね。」 と父さんと笑う。
果てさて、この春の鬼ごっこの正体をアプコになんと教えようか。 「おしべとめしべ」のお話から、本格的な性教育に入るのには絶好の機会かもしれないが、金魚さんたちの鬼ごっこを手を叩いて楽しんでいる幼いアプコに男と女の営みのお話まで聞かせるには気が引ける。 ましてや、仮にこの金魚が産卵したとしても、放って置けば他の金魚たちが 卵を食べてしまって赤ちゃん金魚の姿は見られないだろう。 誕生の嬉しさの見られない生殖活動を初めての「性のお話」の題材に取り上げるのもなんだかなぁという気がして、アプコには真相を告げずじまいだった。
「おかあさん、いっつもおっきい子ばかりがおいかけられてるねぇ。」 無邪気なアプコが首をかしげる。 「ほんとにねぇ、意地悪されてんのかしらん。」 と調子を合わせていると。 「ちがうと思うよ。きっと、おっきい子はとってもジャンケンが弱いのよ。だから、いっつも追いかけられてるのねぇ。」 ああ、そう。 ジャンケンが弱いのね。 うんうん、今はまだそれでいい。 母はアプコの可愛いファンタジーにちょっとホッとした。
一日たって、水槽の中はまた静かなのんびりムードに戻った。 金魚たちの春の祭典はたった一日で終わったらしい。 昨日の大騒ぎがなかったことのように、平然と無表情に泳ぐ金魚たちはちょっと大人の顔をしている。
快晴の気持ちのいい朝。 子ども達を乗せて剣道の稽古に送る。 久しぶりに窓なんか開けたまま走りたいような、陽気だった。 オニイとゲンも快調にダジャレを飛ばし合ったりして、ご機嫌な気分。 「ねぇねぇ、昼ごはん何食べようか。稽古終わったら買い物に行く?」 と意気揚々と車を走らせていた。
行く手のセンターライン上に襤褸切れのようなものが転がっていた。 「あ、見たくないな」 と、嫌な予感がしたときには、既にその物体が車に轢かれて絶命した犬だか猫だかの動物の屍骸で、赤いリボンのように見えたのは潰れて毀れだした血だか内臓だかだと言う事を視界の隅に捕らえてしまっていた。 すぐにその場は通り過ぎて 「怖いもの見ちゃったよ。」 とカーラジオのボリュームを上げたけれど、助手席のオニイからの返事はなくて、後部座席のゲンが「なに?なに?何のこと?」と聞き返してくる。 「いまね、道路で犬が轢かれて死んでたのよ。」 と説明して話題を変える。 けれどもやっぱりさっきまでのお気楽なダジャレ合戦の空気は消えうせて、何となく言葉すくなく剣道場である小学校の門をくぐった。 車を降りようとすると、助手席のオニイが顔を伏せてうつむいている。 「どうしたの?頭痛いの?」と声をかけたら、 「いや、大丈夫」と答えるオニイ。 「風邪かな?」と聞くと「やっぱりな、僕ああいうの見ちゃうと、弱いねん。頭、痛くなっちゃった。」と沈んだ声がかえってきた。
やっぱり助手席のオニイもアレを見ちゃったんだな。 すっかり体も大きくなって、いつも強がって皮肉屋を装っているような近頃のオニイにも、轢死した犬を見捕らえて、怖くなったり気持ち悪くなったりするナイーブさが残っているのだということにちょっとした驚きを感じた。 そういえばうちの子供たちは小さい頃から、ホラー映画やら過剰な流血シーンの表れる映像やゲームには寄り付こうとしない。 根が臆病なのは両親譲り。 だから今朝のような気分のいい朝に、突然何の予告もなく痛々しい惨劇の痕跡を見せ付けられて激しく落ち込むオニイの気持ちもよくわかる。 けれどもその一方で、刺激的なスプラッター映像を含んだゲームや恐怖映画があちこちで取りざたされる昨今、生意気盛りの中学生の男の子であるオニイにこのナイーブさ、臆病さと言うのはどういうものなんだろう。
もしかしたら路傍に轢死した犬の屍骸をみつけた時、「かわいそうに。そのまま放っては置けない」と立ち止まって、自分の衣服が汚れるのも構わずに屍骸を人目に付かない所に埋葬してやるような子が、本当は「強い男の子」なのかもしれない。 それとも「すっげぇの見ちゃったよ。内臓がバーッと飛び出ちゃってさ・・・」と面白がって人に触れ回ったり出来るくらい大雑把な感性を持った子の方が、結構図太く生きていけるのかもしれない。 それでは、理不尽に突きつけられた残酷な死の現実を、嘔吐したくなるような頭痛という形で拒むオニイのピュアな感性は、ただの弱さ、臆病さに過ぎないのだろうか。
それを臆病と言うならそれもいい。 現実にある流血や残酷なものを、映画やゲームの残虐シーンのように自分から好んで求めるという現代の多くの少年達の荒れた無神経さより、オニイの純粋な臆病さの方がまだいい。それは多くの大人たちが身につけている悲惨な事柄に目をつぶって見なかったことにする方便を、オニイがまだ確実には持ち合わせていないということなのだ。 今の彼に、「あんなものを見たくらいで落ち込むな。さらっと忘れてやり過ごす強さを持て」と言う事も出来ない。 「かわいそうだと思うなら手を差し伸べる勇気を持て」と言う事も出来ない。 傷つきやすく、逃げ道を知らない。 そういう純粋さもまた、14歳のオニイの等身大の今の姿だ。 それもまた未熟な若者の強さなのかもしれない。
「帰りは別の道から帰ろうね。」 気を取り直してオニイは重い防具袋と竹刀を担ぐ。 頑張っていっておいで。 心も体も強くなれ、オニイ。
父さんが4月初めに予定していた韓国への視察旅行が流れた。 韓国ととなりのH市の文化交流事業の一環で依頼されていた旅行だったが、「竹島」を巡る情勢の悪化で実施を見送るとの連絡があったらしい。 「視察旅行なんて始めてだぁ。」と、依頼があってから父さんは韓国の陶芸に関する情報を集めたり、仕事の段取りをつけたりしていたが、急に予定がキャンセルになって呆然としてしまった。 韓流ブーム、日韓国交正常化40周年とにわかに親しい国となった観もある韓国だが、やはりまだ過去の苦いわだかまりを抱えた隣国でもあるのだと身近に感じる。
遅めの昼食に帰ってきた父さんが「福岡が大変なことだね。」と顔を曇らせている。午前中子ども達とあちこち外出していて、その時初めて地震のニュースを聞いた。 この月末から四月の初めにかけて、福岡のデパートでうちの窯元の展示会が予定されている。前売りのための作品も何点か既にあちらへ送り出した。どれもダイレクトメールに掲載した主要な作品ばかりだ。 いつも会場に詰めて作品の説明や商談を進める義兄のほかに、父さんも2,3日あちらへ出向いて会場入りする予定だったのだけれど、先方との連絡も取れないのでどうなることか分からないという。 かの地の甚大な被害状況を報道の画面で見ていると、作品や展示会の行方を心配をしたりするのは不謹慎なことではあるけれど、これまで力を入れて準備を進めてきた展示会が直前に流れるのは作家にとってはとても苦しいことだ。自分の作品の安否を気遣うのは、自作に対する我が子を思うような愛着があるからだ。 「展示会はどうなるの?作品は無事なのかしら?先方との連絡は取れたの ?」 矢継ぎ早に質問を繰り出す私に父さんは急に不機嫌になり、「どうなるか分からない」と口をつぐむ。 父さん自身も被災地の状況を心配する思いと、自分の作品や展示会の成り行きを気にする気持ちの狭間で、イライラと心を収めかねているのだ。
春先の予定していた二つの大きなお仕事がともに一度に白紙になって、呆然としている父さん。 実は去年も、展示会を終えて引き上げてきたばかりの新潟で大きな地震があり、残してきた売却済みの作品の安否をずいぶん心配したばかり。 なんだかこのごろ、父さんの仕事は天災や事件でトラブル続き。 「なんだか星回りが悪いのかもしれんなぁ。」と凹んだ父さんを見るのは辛い。 そういうときもある。仕方がないよ、とうさん。 元気出そうよ。 次々にトラブルに見舞われてはいるけれど、実際には父さん自身が事件に巻き込まれたり怪我をしたりしているわけではない。 考えようによっては微妙な所でうまく父さん自身の危険を回避出来ているのかもしれない。 元気な父さんがここにいて、再び新しい作品を作りあげる父さんの手がここにある。
突然降って沸いた春の足踏み。 すっぽりと空いた父さんのスケジュール帖の数日を、しっかり生かしていいお仕事残そうね。
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